2月8日の衆議院選挙の結果は、自民党優位と思われていたものの、ここまでの圧勝とは予想を超えていました。
いま見えている風景を改めて。
時代は大きな転換期、自分もとうに還暦を過ぎた。何に関心があり、どう考えていたか、記憶と思考の断片をつなぐ作業。将来の何に「投資」するか、自分を断捨離したときに最後に残すものは何か。私的なLife Log、ネット上の備忘録。
その際に、憲法96条改正、9条改正については「反対」として判定した。
衆議院議員選挙は、蓋を開けてみれば民主党の単独過半数確保、絶対安定多数確保の圧勝という結果で終わった。風が吹いたというより暴風というのが印象でしょう。
民主党の圧勝の理由として、国民の多くが、自民公明による一党独裁に近い戦後政治に嫌気がさしただとか、小泉政権が生み出した格差に対する不満とか色々な理由ありましょう。小泉政権下での郵政民営化を争点として争った前回の衆議院戦況。あの時は、鳩山代表などが伸び悩む当選者の報を前に暗い顔をしており、立場は逆転したものの、全く今回と逆の風景であったと思い出します。これが小選挙区制の怖さと言ってしまえばそれまでではあります。
今回の民主圧勝について考えるに、小泉政権が誕生した2001年あたりから、自民崩壊の芽は顕著になってきたのだと考えています。小泉氏は「自民党をぶっ壊す」というキャッチフレーズで、当初、国民の圧倒的な人気を獲得しました。小泉氏が持ち込もうとしている政治とか制度が何であるのかも理解せずに「変革」というムードに乗ったというのが当時。それと同様に、郵政を象徴的なものとして「解体=改革」するというイメージを刷り込み、自民分裂に追い込みながらも、自民対自民の構図を作り上げ与党圧勝を演出したのが前回の選挙。世界同時不況後の米国でのオバマ旋風は「改革」を旗印にしたエネルギーを感じ、翻って更にわが国の閉塞感に、みなもう嫌気がさしていたというのが本音か。マニフェスト選挙とか言われたとしても、民主党を完全に信頼するほどに国民もバカでも無知でもない。しかし、それであっても自公政権の顔ぶれとやり口には、もうウンザリというのが正直なところでしょう。
ですから、積極的な選択としての民主党支持ではありえず、あくまでも私はムードとしての変革であるのだと考えています。民主党が今後どのような政権運営をするのか。民主党政権は、小泉政権の進めた規制緩和と市場主義(新自由主義)の反動からの格差社会を是正することを目的としています。当面は外交問題などよりも、弱者救済、セーフティーネットの拡大、既得権益からの利益再配分、平均的消費拡大による内需拡大とその結果としての経済再生という方向で考えるのだと思います。
それはそれで悪くはありませんが、結局は限られたパイの中での利益再配分ですから、誰もが果実を得られるわけではなく、それに気づいたときには、どこかから反発と反動が生じることは予測されること。国民の圧倒的多数による支持政党というのは、もはやファッショでしかありませんから、それほど民主政権が安泰とも思えない、いずれまた反動が生じるのではないかと考えています。
30日の選挙が近づいてきた。民主党が300議席確保かなどと新聞や週刊誌では予想されている。もはや政権交代は既成事実のような雰囲気さえある中で、自民党の民主党に対するネガティブ・キャンペーンも熱を帯びてきている。「一度でも民主党に政権を渡すと破滅」などと、まるで麻薬か何かのような書き方だ。英ファイナンシャル・タイムズ紙では、日本も一度ギャンブルをしてみては、などと揶揄される始末。
野党の政策を並べてみても、民主、社民、共産、新党日本など、微妙な部分での食い違いはあるため、民主の圧勝という結果は政治風景として望ましいものではなかろう。民主の中でも党員の出身母体から寄り合い所帯という批判もある。しかし、政権を取ればある程度まとまることは期待されようし、逆にその多様性が政策的議論も高まるということもある。
何と言っても、私たちは自民党政権しか経験したことがない。現状の閉塞感から「変革」を求めるムードだけで決定されてしまうことに恐れがないとも言い切れない。政治は対立を含む。対立とは並存する利益団体とそれに属する者たちと属さない者たちとの対立であり、パイが限られているならば利益の再配分を意味する。そういう点において、現在の政治風景は自分たちの利益代表が誰であるのかが見えにくい。地方農民にも都市農民にも、中小企業社員にも大企業社員にも、あるいは子供のいる家庭にもいない家庭にもフィットする政党の存在ということそのものに無理があるように思えます。
8月30日の衆議院議員選挙に向けて、各党のマニフェストが出揃いました。今回は「政権選択選挙」なのだという触れ込みで、民主党は悲願の政権奪取に向けて必死です。対する守りの自民も日本を守るのは自民だとばかりに抗戦しています。
マスコミはやたらと対立軸をあおりますが、そもそもが、自民も民主も「誰に向けての政治」であるのかが問題です。自民はかつては農村票を母体としていました。今では農村支持は民主のものでしょうか。都市の浮動票やサラリーマン票を狙うのは自民なのか民主になるのか。
「<国民>の生活を守るのはどの政党か」と麻生首相は問いかけます。格差社会を増長させ経済を疲弊させたという反省と責任は自民にはないかのごときです。しかし<国民>と一言でくくれるほどに、日本は単一ではない。都市住民も居れば、地方住民、農漁村住民も居ます。農民であっても都市近郊農民と稲作農家では全然違う。新富裕層も年収200万円世帯も<国民>。高齢者とか子育て世代、あるいは大企業、中小企業、役人とか自営業とかの軸もある。疲弊した産業には<国民>ではない労働力も注入されている。
各政党は誰の利権を守ることを政策の基本としているのか。逆に言うと、自分の属する枠組みをどこの政党であれば守ってくれるのか。<全国民>が、今よりも更に<利得に与る>社会は目指しようがないことだけは確かか。
<国民>という枠組みが複層的な枠組みの中にあり、それぞれが何らかの「既得権益」を有し恩恵にあずかっている。昨今の派遣切りとかフリーターは、既得権益から完全に排除された人たちといえます。既得権益は時代とか世代により異なり、本人能力を超えた偶発的な要因で決定されることが大きくなってきている。これは不可逆な流れなのか。政権を代えれば流れが変わるのか、漠とした期待はあっても実は誰も分からない。
日本は、そして日本の政治システムは疲弊しているという見方は当たっている。<疲弊から回復した後の日本>をどれだけイメージできるか。ここは観念的ではありますが、もう少しマジメに考えられても良い。
今度の総選挙では民主党を含む野党が地すべり的に政権を奪取するのではないかとの期待が多い。衆議院の定数480議席に対し、現在の野党は146議席(民主112議席、欠員2議席)ですから、過半数を獲得するには97議席以上の議席数の獲得が必要となります。自民公明が334議席が240議席以下になることを意味しますから実に3割も議席数を減らさなくてはならない。
前回の2005年の衆議院選挙では、自民が84議席も議席数を伸ばし、反面民主が64議席を失いました。小泉首相の郵政選挙での圧倒的な勝利であったとしても、この議席数です。このときほどのインパクトを持って政権交代となるほどの議席数の移動が本当に生じるのか予断を許しません。
2001年に小泉内閣が生まれたときを思い出します。<国民>は<改革>という言葉に酔いしれ、<小泉政権>を熱烈に支持歓迎しました。その当時、<小泉政権>が実現する<世界>がどういうものとなるのか、<痛み>とは何かを具体的にイメージできていた人はどのくらいいたでしょう。余りにも<国民>はイノセントでありすぎはしなかったか。
そして今回、<政権交代>という果実のみに着目することも、当時と変わらないイノセントさと<世界>に対する不明を思わずにはいられません。かといって、解決方法も見つかりませんけど。
本日のサンデープロジェクトは「自民圧勝」の後追い報道でしたが、blog::TIAOのエントリ「(49:51)+(51:49)=327:153 ……民意は何か」と、そこで引用されている「「小泉圧勝」?国民の半分は「反小泉」という事実」というエントリなどは、深く心に留めておくべきでしょう。
歌舞伎などにも深い見識を持たれている一閑堂のpontaさんもこの選挙では、小選挙区制度のすさまじさを実感することができた。
と「メイキング・ドラマ」というエントリで選挙を「総括」されています。民主党も党首が決定しましたし、したたかさに負けたなどと総括している場合ではないでしょう。
◇
昨日立ち読みをしていたら、最近のTVが面白くないことに対し「聴衆をバカにしていながら、聴衆に媚びる」番組つくりが最近のTV番組凋落の原因というような文がりました。(何の本だったかは失念、元NHKの人が書いたのだとか)
これは全てにおいて言えていることではないでしょうか。例えば歌舞伎においても、音楽・芸術においても、教育においても、マスコミにおいても、政治においてもです。
全ては「作り手」と「受けて」の相互の関係性が結果を生むのでしょう。
本日(もう昨日か)の衆議院選挙自民圧勝に対し私は何も言うことができない。結局、住民票のある投票区に帰ることができなかったのである。ギリギリまで帰るつもりでいたから(選挙以外にも帰りたい理由があった)不在者投票の手続きも行っておらず、結果としていつものごとく段取りの悪さから、ささやかなる政治参加の機会を逸し、くだらない仕事に休日も忙殺されていたというわけである。
帰るのが難しいと告げたとき家人曰く、「無理して帰ってきても一票なんだし・・・」。それはそれで正しい。しかし、実はそれはその一票を投票することでしか直接的な政治参加表明ができないのであるから、個人にとっては「した」か「しなかった」かというグレーのありえない徹底的な差異である点で間違っている。
だから自民圧勝に対しても、刺客たちの当選に対しても、彼らを選んだ多数に対しても、残念だった民主党に対しても私は意見を言うことができない。古館氏の司会する番組の裏で、筑紫さんと久米氏が席を並べている番組の愚劣さなどについても書くことができない。というか、何かを書く以前に、疲れきった昨日の私の身体は22時以降まで覚醒していることを許してはくれなかった。
「丸山眞男 音楽の対話」(中野雄 著、文春新書)を読み始める(つーか、あと少し)。丸山の膨大な著作群に接することなく中年になるまで生きてきてしまったが、音楽に対する彼の指摘がいちいちツボを抑えている点に驚いている。私と音楽の好みが一緒であるかはさておき、音楽に対する接し方、探求の仕方、愛情には脱帽するのみ。ただ中野氏の文章はイマイチ、というかイマ五くらい・・・、本書をしたためた気持ちはわかるのだが。私は「丸山氏の音楽に対する愛情」は読みたいが、「中野氏の丸山氏に対する愛情」には残念ながら興味はないということだ。
考えてみれば丸山を知る人が丸山の音楽観を確認すべく書かれた本なのだから、おそらくは中野氏の丸山に対する敬意や愛情は、丸山を知ってこの本を手にする人にとっては共有できる感情なのだろう。
したがって丸山を知らない無学な私にとっても、中野氏の文章を通じて丸山の思想の片鱗に触れたいという気持ちが(すこーしだけ)起きた点で、結果的には中野氏のスタンスは正しかったと言える。(>何言いてーんだ?)
衆議院選挙が公示されいよいよ舌戦も暑くなってきた。夏は確実に終わりつつあるが暑いところはまだ暑い。
以前仕事で付き合っていた知人から久し振りにメールが来た。彼の会社は春に会社更生法が適用され、その後外資が支援すると発表されていた。会ってハナシを聞いてみると給料は大幅カット、会社は「10年で上場させる」という方針らしく、これでは先が見えず不安なので同業他社に転職をすることにしたと。幸い彼はすぐに大手から内定を貰う幸運に巡り合えた。果たしてこの場合「おめでとう」と言うべきか・・・とりあえずは、よかったなと。
小泉首相の進める改革。痛みの中で良い方向に脱皮できる人は幸せである。経済的には「淘汰」「再編」とくくられるできごと。いまの私とて10年後どころか5年スパンで見ても先が透明なわけではない。この年になって「先が漠然と不安」というのは確かにやりきれないが、社会環境や経営責任のせいにする年齢でもなくなってきた。
病院の待合室でファッションやライフスタイル関連の月間誌をパラパラ眺めるにつけ、一体どこの世界のできごとかと思うような話題ばかり、やっぱり日本は変質しつつあるのかなと、ぼんやり思う。
ハリケーンで略奪激化 米南部、貧困層に不満
超大型ハリケーン「カトリーナ」上陸に伴い、約48万人の市民の大半が市外に脱出した米南部ルイジアナ州ニューオーリンズで、市内に残った住民による略奪や自動車の襲撃などが激化、地元警察などが警戒を強めている。(8/31)
スピルバーグの映画「宇宙戦争」でも、トム・クルーズの前妻は安全な場所に早々に避難していた。アメリカのような日本なって欲しいと思わないが、そういう将来の方向性まで今回の選挙が背負っているのかは判断がつかない。競争社会ということは上のような帰結でもあるのだから。
あの戦争は何だったのか―大人のための歴史教科書 新潮新書 (125)
保阪 正康 (著)を読む。感想は表にそのうち・・・。早い人なら1~2時間で読んでしまうだろうが、内容は示唆に富む。批判も多い気もするが・・・
地下鉄やら電車に学生達が舞い戻ってくるまで、あと数日。甲子園で優勝した駒大苫小牧の過去の暴力事件で優勝を取り消すだの取り消さないだの無意味な論争も続いていて、つくづく世の中ヒマなのか大事なことが何なのか見えないのか。
大事なことが見えないといえば、マスコミ報道と衆議院選挙だったりするが、コイズミの目くらまし戦法によって思考不全に陥ったままで選挙に突入するのは不幸でしかない。もっとも、どこが政権を取ろうが不幸な状況に変わりはないのか。ゲームやパソコンのようなリセットボタンなどは存在しない。
相変わらずモーツアルトのコジを聴いているが、聴けば聴くほどに素晴らしい音楽であることを認識。モーツアルトの天才は螺旋を描きながら空中で明るく弾けている。人間に対する愛情と皮肉を併せ持ちながら。
「週刊!木村剛」でも紹介されていますが、ゴールデンウィーク中にオンエアされた私(木村剛)とホリエモンのラジオ対談
がポッドキャストとして提供されています。あれだけ政治に興味がないようなことを放言していながら広島6区から立候補するというのはムジュンではないかと普通の感覚の人間なら思います。しかし、おそらく彼は「普通の」人間ではないので彼なりの損得勘定をしたのでしょう、そこには個人的な興味はありません。
それでも彼がネットラジオで語っていた内容は(都市若年層住民をターゲットとしたものであったとしても)、明確なメッセージを持ってはいます。曰く、
話が直接的で単純な点が受ける理由でしょうか。論理的な裏付けや深みには追求すべき点もあると思いますが、なんたって「ブログのラジオ版」での発言ですから良しとしましょう。
今回の選挙は「都市住民」(改革派)と「農村型住民」(守旧派)の闘いであると論ずる人も居ますが、
都市住民の最先端のホリエモンが広島6区で出馬したことはビミョーです。それらをさておいても、政治家をとりあえず目指し始めた彼は、結局何を成しえないこととするのでしょう。
社長業もタレント業も国会議員も、8時間睡眠してなお三股かけられるほどに余裕のある職業であることは、よく分かりました・・・ というか、この選挙はどういう意味を持つことになるのでしょう・・・時代の変わり目にさしかかってきているような気持ちだけはありますが、その先が多くの人にとって薔薇色かといえば、そうは感じませんが。
ベタベタと暑い今日、大方の予想とおり郵政改革法案が参議院で否決され衆議院が解散さた。自民は真っ二つ、野党は便乗で議席を伸ばそうと野望を燃やす。で、私はどちらを支持と聞かれても、良く分からないとしか答えようがない。
TVは「小泉首相がついに自民党をぶっ壊した」というような評価の仕方をしているが、あれだけ意見も主張も違う議員が同じ党であったということそのものがオカシイ、既に自民党は壊れていたわけで、最後のタガをはずしただけなのかもしれない。
郵政民営化が象徴するものは、地方対都市とか、既存既得権益対改革路線とかいう図式は分かりやすいが、戦後の日本を営々と支えてきたシステムさえも、小泉は崩壊させたということだろうか。
郵政民営化選挙だと山崎拓議員は言うが、本来なら郵政よりも重要な法案が山積みのハズだし、郵便局がなくなって自分的に困るかといわれると、大都会に住んでいる限りそれほど困ることもない。巨額の郵便資金がハゲタカに狙われるというが、ここについても問題意識は極めて低い。
これから9月の選挙までイロイロな動きがあるだろうし、今回の選挙に過大な期待を寄せてしまう人たちも居るように思うのだけど(今度こそ日本が変わるとか)、私はあんまり期待していない。ムードと雰囲気だけが先行したドタバタにならなけりゃいいだけどね。
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「ローマ人の物語 (1) ― ローマは一日にして成らず(上) 新潮文庫」読む。軍役の義務と市民の権利、国を守ることは国民の使命ですか。
アメリカでは来月の大統領選挙に向けてブッシュとケリー候補がTV討論などで熱弁をふるっています。海外のWeb Newsを見出しだけでも見るとはなしに見ていても、毎日彼らの話題で持ちきりなことが分ります。
今回の選挙は「戦争最中の選挙」であることから、「イラク戦争」を含め今後の防衛についてどう考えているのか、今後4年間で何を実現させるのかを占う点でも、日本にとっても無関係の話題ではありません。
しかしどうなんでしょう、防衛に関して言えば、日本はアメリカ追随の姿勢から、武器輸出三原則の見直し、憲法改正、独自の防衛力構想をも含め、何か議論がかみ合っていないような気がしています。「テロとの戦い」というのを最大限許容したとしても、ハード面でもソフト面でも冷戦時代をひきづっていないかと。その最たるものがMD(Missile Defence)だったりします。
これについて、10月9日付けのJMMは「アメリカの選択、日本の選択」と題しこの問題は日本の産業競争力を損なう危険があり、計画に参加すべきではないし、また武器輸出三原則の緩和も日本経済を繁栄させるという観点から見て、下策だ
と書いており、納得させられました。
「産業競争力を損なう」という主張は、防衛産業という国家機密に類する産業は国際競争力が働かないためであるとし、以下のように書いています。
戦車や軍用機、そしてハイテクの塊のようなMDなどに至っては、「軍事機密」という隠れ蓑の向こう側で、一体何が妥当な価格なのか、社会的なチェックは不可能です。こうした環境は日本経済の不得手とするところです。MDプロジェクトにおいて、アメリカから強く誘われるまでになった日本の技術力は、民需の過酷な価格と性能の競争によって養われたことを思うと、政治と軍事の影に隠れた世界では、コストと性能という板挟みの中で戦う緊張感を維持することはできないと思います。
MDによる均衡の崩れとか、MDの実質的な効果とか、対テロにMDが必要かとか、果てしない軍拡競争というかつての冷戦時代にもあった技術的問題も被さってきます。北朝鮮の脅威を最大限に考えたとしても、得策かどうかは分りません。
10月12日Washington PostのOP-EDでもDavid Brooks氏は、大統領選挙における候補者の主張「赤字の削減」と「軍事費の拡大」の矛盾を鋭く突いており、MDについても以下のように述べています。
A starting point for defense budget skeptics is national missile defense. The Bush administration plans to spend $10.7 billion this year in a rush to deploy a system that even some of its own experts say isn't ready. That spending could be cut in half, to allow the testing for a system that would eventually work against potential adversaries such as North Korea or Iran.
David Brooks氏はMDのほかにも冷戦時代を踏襲したような無駄な軍備について指摘していますが、日本がアメリカの軍事費までをも肩代わりをするようなことに、みすみすなってしまうことは避けてもらいたいものです。
参議院選挙が終わり、自民党は目標の51議席の確保はできませんでしたが、公明党と併せて安定多数を確保、一方民主党は、共産、社民などの票を食い躍進という図式で終わりました。
しかし、二大政党の到来などとマスコミがはやし立てるのも、なんだかずれていると思いながら、政権に対しては複雑な思いを抱いています。
というのも、民主党への支持はおそらく「No小泉路線」という意識の集約であったろうとは思うものの、その勢力は思ったほど大きくはなかった、という点と、民主党の政策や民主党員の顔ぶれを見ても、自民党ほどではないかもしれませんが「多彩」であり、ひとつの政策政党としては矛盾を孕んでいるのではないかと思うからです。
政党は何らかの利益を代表するものですが、「自民」=地方・農村、「民主」=都市というほどには単純な図式では、もはやありません(一人区において今回の与党勝率は14勝13敗、前回は25勝2敗だった)。憲法問題についても、かつてを知る者には自民も民主もオール与党のようであり様相は複雑です。鈴木宗男氏が落選したとはいえ、あれほどの得票したのは、間違いなく地方のある「層」の利益代表として期待したからでしょう、政治と有権者の関係は結局変わっていない部分も多いのだと。
小泉政策は格差の拡大と属米路線が明確で、「改革」の目的もそこにあるようですから、これまたある「層」の利益を代表しているのでしょう。その「層」以外の人たちは、自分達がその「層」に居ないことを、実はまだ気づいていないのかもしれなく、従って選挙が前評判ほどには盛り上がらず、争点も「年金問題」という卑近なものに終始してしまったような気がしないでもありません。
自分たちがその「層」ではないことを気づかないというのは、書店にあふれる「金融関連書籍」のヤマを見るとふとそう思うわけで、誰もがもしかしたらソロスになれると思っているのかもしれません。
小泉氏は、当面責任を取るつもりも無く「改革路線は微動だにせず」ですから、格差拡大と属米路線を更に薦める政策をとりつづけるでしょう。そういう路線に「No」という政治家が現れない限り、どこの政党が票を取ったとて、五十歩百歩の感は否めません。
福祉、年金、消費税、少子化、国防、改憲、教育、不良債権処理、国債、金利、どれもこれも日本の将来にとって重要な問題ですが、それらを全て含めて私たちはどこに向かうのか。今の日本を炙り出すような選挙ではあったと思います。議席を伸ばした民主党の今後には期待しましょう。
��004参院選 民主50、自民49 議席確定
第二十回参院選は十二日、開票作業をすべて終了、比例代表を含めて百二十一議席とすべての当選者が確定した。自民党は勝敗ラインの五十一議席に届かず四十九議席。公明党と合わせた与党でも改選過半数の六十一に届かなかった。民主党は五十議席を獲得して改選第一党となった。自民は平成元年参院選で単独過半数を割り込んで以来、その回復が悲願だったが、十三年参院選でみせた「小泉ブーム」の再現は、ならなかった。民主党は比例代表で第一党となる一方、選挙区では、自民の牙城だった二十七の一人区で健闘。東京、神奈川、愛知で二議席を獲得するなど大都市圏の複数区でも幅広く議席を得た。公明党は改選の十から十一議席に拡大。共産党は改選十五から四議席へと大幅減、社民党も改選二議席を維持しただけだった。(産経新聞)
Yahoo http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040713-00000002-san-pol [7月13日2時35分更新]
スーパーチューズデーが始まりましたね。今後ブッシュ政権からケリー氏でも誰でもいいのですが民主党政権になった場合、小泉政権のイラク派兵に対し不利になることはないのかと考えていたら、そうでもないようです。
ロイターの記事によりますと、
民主党はもともと保護主義色が強いが、選挙後は通商政策が中道路線に戻ることが多い。安全保障政策については、民主党候補が政権奪取後はより国連重視に転じるとみられる。自衛隊のイラク派遣に対する国民の支持を取り付けたい小泉政権にとって、米政権交代は外交上困ることはなく、むしろやりやすくなるとの指摘も出ている。 (吉川 裕子記者 リンダ・シーグ記者)
ということのようです。なるほど、今度は国連ですか。アナン事務総長と日民主党の管代表は
イラク戦争を始めることについては国連は一貫して査察の継続を主張し、反対であったことを明言された。アナン氏が自衛隊派遣を評価したことで、戦争の大義名分が認められたかのような論陣を張ろうとしているが大間違いだ
と話していたのは先月24日でした。これからの情勢を見極める必要がありそうです。
日本経済新聞社が29日投票の第19回参院通常選挙を前に実施した全国世論調査で、小泉純一郎内閣の支持率は過去最高を記録した前回6月調査(85%)から16ポイント低下し、69%となった。(6月23日 日経新聞)