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2018年11月25日日曜日

【演奏会】2018/11/22 フランコ・ファジョーリ+VBO オペラシティ

東京オペラシティでコンサートホールで開催された、世界的に人気のカウンター・テナー歌手 フランコ・ファジョーリのコンサートに行ってきました。来日公演は、オールヘンデルプログラムで、バックをヴェニス・バロック・オーケストラがつとめます。

私も期待大でこのコンサートにのぞみましたが、いまだ興奮さめやらずといったところ。最初から最後まで圧倒的な内容でありました。

演目最期のcrude furieを歌い終わった後の、歌舞伎かフラメンコか、いやタンゴか!と思わせるような、タダダン!!の足踏みにも思わずブラボー!
3曲のアンコール後の、ほとんど全員かと思えるほどのスタンディング・オーベーションとブラボーの嵐。古楽系では、2014年4月のジャルスキー以来、待ちに待ったスーパースターであり、もはや今回の公演は開催と同時に「伝説」と化したのではないでしょうか。




感想を書こうにも、何から書いて良いのかも分からないので、そのうち考えがまとまれば追記します。


多少被りますけど、追記です。

フランコ・ファジョーリという名前を知ったのは、大方のファンと同様にYouTubeでの「アルタセルセ」の動画でした。これについては、もはや詳しく書くことなどありません。ネットに山と情報があります。 自分も当時(2013年の頃です)、何気なく音楽クラスタを巡っていて見つけたのだと思います。6分程のアリアを聴いた後、茫然となりました。「一体今聴いたのは何だったのか!!」と理解を越えた衝撃を受け、繰返し映像を観ました。まるで大島弓子の「綿の国星」ばりのカツラに歌舞伎のようなドーラン。そして信じられないばかりの音域の歌声。すべてが常識をはずれていました。

その後、ネットに転がる「アルタセルセ」と「ファジョーリ」の映像を探しては聴き、CDを買い、やはり満足できずにDVDを買うという普通にミーハーな道を辿りましす。そして、バロック・オペラという、多少アブナイ世界があるということや、バロックダンスという分野があることを始めて知ったのも、全てはこれがきっかけでした。

熱狂的なファンが生まれるのも分かります。彼の歌声は「情」に訴えかける部分が多いように思えます。他のカウンター・テナー歌手、そう、フィリップ・ジャルスキーの方が技量的にも、当時は名声的にもあったのではないでしょうか。しかし、比べてしまうとジャルスキーはいわゆる優等生なですね。歌声においてもスタイルにおいても。だから二枚目半的なファジョーリの方が、世の習いの通り、どうしても魅力的に見える。
「アルタセルセ」では完全にジャルスキーを食っていて、まさにファジョーリの舞台、公演そのものが「事件」であったのだと思います。

そんな彼ですから、期待も大きかったのですけど、それを全く裏切らない演奏会でありました。甘い歌声も、超絶的な技量も、余すことなく、おそらく絶頂期の、超一流カウンターテナーの歌声を聴かれたことは、この上ない僥倖でした。

アンコールで、舞台2階席からの熱烈なファンの要望に応て、アルタセルセからの「Vo solcando un mar crudele 」を唄ったのも「事件」でしょうか。オケは用意していませんでしたから、チェンバロで音程を軽く合わせてからのアカペラ。唄う前に何度も「これは用意していませんでしたから」と言い訳していたように、多少音程は怪しいところがあったでしょうけど、そんなことはどうでもよく、思い出すだけに鳥肌ものです。

最後はヘンデルの歌劇「リナルド」から「Lascia ch'io pianga」が唄われました。会場の皆さんにもご一緒にみたいな感じで、ステージ前の方から合唱になったのには驚きました。「え~?みんな歌えるの?」みたいな。一緒に行った妻は歌ってましたけどね(笑)。

こんな演奏会ですから、最後はオール・スタンディング・オーベーションとブラボーの嵐。どこの巨匠の引退コンサートかと思わせるほど(比較が違うか)。まさに、この来日公演そのものが「伝説」となった日でありました。

2014年4月25日金曜日

【演奏会】2014/04/25 ジャルスキーオ オペラシティ

最初は声量がないかと思ったが、後半から一転。

ポルポラの「いと高きジョーヴェさま」では、もはや落涙をこらえることができず。

まさに奇跡の歌声。天から響いているのか。

すごいものを聴いてしまった。








伝説のライバル
ファリネッリ&ポルポラ VS カレスティーニ&ヘンデル

  • ポルポラ:歌劇『ジェルマーニコ』序曲 *
  • ポルポラ:歌劇『アリアンナとテーゼオ』より「天をご覧なさい」 
  • ポルポラ:歌劇『身分の知れたセミラーミデ』より「これほど憐れみ深く貴方の唇が」 
  • ヘンデル:《12の合奏協奏曲》第4番 op.6-4 HWV322 * 
  • ヘンデル:歌劇『アルチーナ』より「甘い情愛がわたしを誘う」 
  • ヘンデル:歌劇『アルチーナ』より「いるのはヒルカニアの」 
  • ヘンデル:歌劇『オレステ』より「凄まじい嵐にかき乱されながらも」
  • ヘンデル:歌劇『アリオダンテ』より「戯れるがよい、不実な女め」 
  • ヘンデル:《12の合奏協奏曲》第1番 op.6-1 HWV319 * 
  • ポルポラ:歌劇『ポリフェーモ』より「いと高きジョーヴェさま」 
  • ポルポラ:歌劇『ポリフェーモ』より「愛しの人を待つあいだ」 





@bonnjourさんのツイート、まさにその通り。


追記でYouTube動画を貼っておきます。いくつかの動画があります。

https://youtu.be/PJII7eC11Mk


 

2007年9月18日火曜日

[NML]ヘンデルの歌劇「フロリダンテ」を聴いてみる


戯れに、NMLで歌劇「フロリダンテ」を聴いてみました。
はっきり言って対訳もなく、あらすじも分からずに歌劇をNMLで聴くというのは苦行以外の何ものでもありません。ネットで調べても、ほとんど情報は得られません。

数少ない情報によると下記のような物語らしく。
王女エルミーラは英雄フロリダンテの凱旋を喜んでいます。ところが本来ならば二人は結婚する約束だったのに、暴君のオロンテ王がそれを認めないばかりか、フロリダンテを国外に追放し何と自分がエルミーラと結婚しようとします。エルミーラの妹と捕虜であるティマンテ(グリコーネ)は愛し合っており、フロリダンテとエルミーラを何とか助けようとします。フロリダンテとエルミーラは逃亡するのですが失敗、もうこれまでと毒杯をあおろうとしたところを、暴君オロンテに捉われてしまいます。あわや二人が殺されようとしたときに・・・。
禁じられた愛に逃亡、友情、裏切り、復讐劇と、結構ドロドロした物語ですが、最後はハッピーエンド。しかし、全体にクライ物語ですから、ひたすらラメント節が延々と続くワケで・・・、はっきり言ってつきあっておられません。最後まで聴くのは、相当の忍耐力が要ります。

以上のような貧弱な知識を仕入れ、NMLの曲目をネットで調べた日本語訳に当てはめてみると(間違っているところもあるかもしれません)、聴き所が何となく分かってきます。

エルミーラやフロリダンテの嘆きに耳を傾けるのも良いでしょう。コラルボに裏切られた暴君オロンテの驚きを聴くのも良いでしょう。ハッとするアリアや、美しい旋律もあります。でも全体に地味です・・・ね。

何しろCD3枚分です、力尽きましたです!(下のリスト作るだけで疲れました)。誰が誰の役を歌っていようが、もう、どうでもいいです。間違っても、もう一度全曲通して聴こうとは思わないでしょう。ヘンデルでも他に聴くべきものはありますから。

それにしても、今日も暑かったですね。残暑もそろそろウンザリです。

Floridante, HWV 14
序曲
第1幕
第1場 / Scena I
  1. Aria: Dimmi, o spene! (Elmira) 「私に告げてください、希望よ」
  2. Recitative: Oggi di Tracia (Elmira, Rossane) 「今日、勇士であられるトラキアの王子が」
  3. Aria: Godi, o spene (Elmira) 「喜んで、希望よ」
  4. Recitative: Avventurosa Elmira! (Rossane) 「幸運に恵まれたエルミーラ!」
  5. Aria: Ma un dolce mio pensiero (Rossane) 「それでも私の甘い思いが」

第2場 / Scena II
  1. 行進曲
  2. Recitative: Questo de' miei trionfi (Floridante, Elmira) 「これは僕の勝利の」
  3. Aria: Alma mia (Floridante) 「私の魂のお人よ」

第3場 / Scena III
  1. Recitative: Giove, compensator (Rossane, Floridante, Elmira, Timante)「ジョーヴェが、偉業に報いたまうあの御方が」
第4場 / Scena IV
  1. Recitative: Oronte, il Re de Persi (Coralbo, Floridante, Elimira, Rossane) 「オロンテが、ペルシアの王が」
  2. Recitative: Ch'io parta? (Floridante, Elmira) 「私が出立するようにと?」/「私があなたを失うなど」
  3. Aria: Ma pria vedro le stelle (Elmira) 「でも先に私はみることでしょう、星々が」
  4. Recitative: Fammi bersaglio (Floridante) 「さあ、私をおまえの」
  5. Aria: Sventurato (Floridante) 「不運であっても喜べ、置き去りとなった心よ!」
第5場 / Scena V
  1. Recitative: Cinto d'allori (Rossane, Oronte) 「月桂樹を戴いて」
  2. Aria: Finche lo strale (Oronte) 「矢が的に届くまでは」
  3. Recitative: Novo aspetto di cose (Rossane) 「物事の新たな成り行きは」
第6場 / Scena VI
  1. Recitative: Ma viene il prigionier (Rossane, Timante) 「まあ、囚われ人が来るわ」
  2. Aria: Sospiro, e vero (Rossane) 「溜息しています、確かに」
  3. Recitative: Per quali vie lontane (Timante) 「何という人間の思考のおよばぬ」
  4. Aria: Dopo il nembo e procella (Timante) 「黒雲と大嵐のあとには」
第7場 / Scena VII
  1. Recitative: Al primo cenno (Floridonte, Oronte) 「ご指示があるやすぐ、陛下、」
第8場 / Scena VIII
  1. Recitative: Padre, Signor (Elmira, Oronte, Floridante) 「父上、陛下、怒りをお抑えください」
  2. Duet: Ah, mia cara (Elmira, Floridante) 「ああ、僕の愛しの人、貴女がこのまま留まるなら」
第2幕 / ATTO SECONDO
第1場 / Scena I
  1. Recitative: Ecco il vago mio sol (Timante, Rossane) 「麗しい僕の太陽がこちらへ」
  2. Lascioti, o bella (Timante) 「貴女様においてまいります、美しきお方、この顔を」
  3. Recitative: O fortunati affetti miei (Rossane) 「幸運な私の愛情よ」
  4. Aria: Gode l'alma inamorata (Rossane) 「恋する魂は享受します」
第2場 / Scena II
  1. Recitatives: Difficil cosa (Timante, Floridante) 「貴方様と見抜くのは難しいことです」
第3場 / Scena III
  1. Recitatives: Fedele Elmira! (Elmira, Floridante) 「真心篤いエルミーラ!」/「愛するフロリダンテ」
第4場 / Scena IV
  1. Recitatives: Glicon, se sei (Rossane, Timante, Floridante, Elmira) 「グリコーネ、もしそなたが真実を申しているなら」
  2. Aria: Bramo te sola (Floridante) 「僕は貴女のみ熱望する」
  3. Recitative: Oronte un messo (Timante, Elmira, Rossane) 「オロンテが伝言をよこされました」
第5場 / Scena V
  1. Recitatives: Questo e il tempo (Oronte, Elmira) 「これは運命の時である」
  2. Aria: Barbaro! (Elmira) 「残虐なお方、私は貴方に死を望むほど憎みます」
第6場 / Scena VI
  1. Recitative: Convien lasciar libero il corso (Oronte) 「なるがままに任せておくことだ」
  2. Aria: Ma non s'aspetti (Oronte) 「やはり待つべきでない、いや」
  3. Recitative: Ormai tutta silenzio (Rossane, Timante) 「夜も更けてすっかり静寂ですわ」
  4. Duet: Fuor di periglio (Rossane, Timante) 「厳しい魔手の」
第7場 / Scena VII
  1. Arioso e Recitativo: Notte cara - Parmi ascoltare (Elmira) 「微かな動きを耳にしたよう」
第8場 / Scena VIII
    41. レチタティーヴォ:(フロリダンテ、エルミーラ)
  1. Recitative: O facil porta (Floridante, Elmira) 「たやすい扉よ」

第9場 / Scena IX
  1. Recitative: Qual buona sorte (Oronte, Elmira, Floridante) 「何と運の良い!」
  2. Aria: Tacero (Floridante) 「私は黙ろう、だが貴方に叶うことはない」
  3. Recitative: Guardia a costei (Oronte) 「この女に厳しい見張りを」
  4. Recitativo accompagnato: Sorte nemica (Elmira) 「敵意ある運命よ」― 「おまえは災いうちの最悪を」
  5. Aria: Ma che vuoi piu da me (Elmira) 「でもこれ以上、私に何を望むのです」
第3幕
第1場 / Scena I
  1. Recitative: Giunsi allor (Timante, Rossane) 00:55
  2. Aria: No, non piangete (Timante) 03:11
  3. Recitative: O sventurati e vani (Rossane, Elmira, Coralbi) 「ああ、不運で甲斐ない」
  4. Aria: Se risolvi abbandonarmi (Rossane) 「もし貴女が私を見捨てることにしたら」
  5. Recitative: Or mi si svela (Coralbo, Elmira) 「もし貴女が私を見捨てることにしたら」
  6. Aria: Non lasciar (Coralbo) 「任せておおきなされますな」
第2場 / Scena II
  1. Recitative: Elmira, a te … (Oronte, Elmira) 「エルミーラ、そなたのもとへ戻ろう」
第3場 / Scena III
  1. Recitative: Numi, che aspetto … (Floridante, Oronte, Elmira 「まさか、何たる悲惨な姿!」
  2. Aria: Se dolce m'era gia (Floridante) 「僕にとりこれまで甘かったのであれば」
  3. Recitative: Si mora, si (Elmira) 「死ぬことだわ、そう」
  4. Aria: Vivere per penare (Elmira) 「苦しむために生きること」
第4場 / Scena IV
  1. Recitative: Nella vasta, citta (Timante, Rossane) 「広い町ではすでに」
  2. Aria: Vanne, segui 'l mio desio! (Rossane) 「いらしてください、私の願いをお分かりください」
  3. Recitative: Servasi alla mia bella (Timante) 「僕の美しき人のため役立とう」
  4. Amor commanda (Timante) 「愛が命じ」
第5場 / Scena V
  1. Questi ceppi (Floridante) 「この足枷とこの戦慄の場は」
第6場 / Scena VI
  1. レチタティーヴォ:「哀れな、愛する王子様」(エルミーラ、フロリダンテ)
第7場 / Scena VII
  1. Recitatives: Misero amato 「わたしの命令はこのようではなかった!」
第8場 / Scena VIII
  1. Recitatives: S'uccida 「殺されよう」 (Coralbo, Oronte, Timante, Elmira, Floridante)
  2. Aria: Si, coronar vogl'io (Elmira) 「そうです、私は飾りたいのです」
  3. Recitative: Ah! traditor Coralbo! (Oronte) 「ああ、裏切り者のコラルボ」
  4. Aria: Che veggio? (Oronte) 「何を見ている?何を感じる?」
最終場 / Scena ultima
  1. シンフォニーア
  2. Recitative: Fido e guerriero (Elmira, Floridante, Rossane, Timante) 「忠実にして戦い恐れぬ」
  3. Aria: Mia bella (Floridante) 「僕の美しき人、僕は心から嬉しい」
  4. Recitative: La cittade (Elmira) 「町も、王宮も」
  5. Chorus: Quando pena la costanza (All) 「不変の心が苦悶するとき」

[NML]David Hobsonでヘンデルのテノール・アリアを聴く

行き当たりばったりですが、今日はNMLでヘンデルのテノール・アリアを聴いてみました。

ヘンデルのアリアの魅力って何なんですかね。ヴィヴァルディのように、一瞬にして人を捕まえて話さないという類の強烈さはありません。しっとり歌う部分、技巧的な部分、音楽性は多彩です。それでも、感情が発散しないというか、適度の抑制が効いています。底が抜けないというのでしょうか、ヘンデルの性格なんでしょうか。

David Hobsonのテノールを聴いていると、更にそう感じます。綺麗な声です、どこにもひっかからず、歌声がサラサラと流れていきます、声質は軽くどこまでも明るい。彼はオーストラリアで最も有名で人気のオペラ歌手であり、作曲家だと知ると(→公式サイト)成る程なと(オーストラリアについては、何も知らないのですけど)。日本酒でいえば上前如水みたいな・・・。深刻にラメントな淵に落ち込まないだけ、良いといえましょうか。例えば、Judas Maccabaeus, HWV 63 のSound an alarm!など、ハイドン的な管弦楽の伴奏に合唱まで加わって、それなりのカタルシスは得られますか。青空に浮かぶヘンデルつーか。

それにしてもヘンデルです。彼は何と多くの歌劇やオラトリオを作曲しているんでしょう。改めて調べてみて驚くばかりです。バッハと並び称される割には、「ハレルヤ・コーラス」とか「オンブラ・マイ・フ」「水上の音楽」「調子のよい鍛冶屋」くらいしかピンと来ないんです・・・。

2007年9月17日月曜日

[NML]Sarah Connollyでヘンデルのメゾソプラノ・アリアを聴く

ヘンデルのアリアということで、Harry ChristophersとSarah Connolly(MS)によるアルバムも聴いてみました。

アルバムは、Alcina、Solomon、Ariodante、Herculesと、ヘンデルの「英雄モノ」のオペラです。'Heroes and Heroines'とあるように、音楽は多彩。Connollyのちょっと暗い歌声は、英雄たちの悲哀や嘆きを切々と唄っています。

しかし、なんだかちょっと響かない。解説によると(→こちら)ヨーロッパだけではなくアメリカも請われているメゾ・ソプラノ歌手であるらしいんですけど。抑えの効いた歌声がワタシ的にはイマひとつなのか、結局ワタシは、スコーンと抜けた技巧的ソプラノが好きってことなの?それぢゃあ、あまりにも単純なご趣味ではあります。

伴奏のThe SixteenはHarry Christophersが設立し指揮もしているイギリスの合唱とピリオド楽器のオーケストラ(→公式サイト)。こちらも抑制が効いた、そして品のある小気味良い演奏です、イギリス的とでもいうのでしょうか、華やかさや過激さはありません、しかし、悪くはないですよ。

いかにも以前から知っているような書き方していますが、全て今日初めて知った知識です、念のため。

[NML]Yvonne Kennyでヘンデルのソプラノ・アリアを聴く

��D購入意欲も活動意欲も減退しておりまして、今日はNMLでYvonne Kennyの唄うヘンデルのアリアを聴いてみました。私はディープなクラヲにもバロクーにもなりきれない中途半端なリスナーですから、ヘンデルのオペラやオラトリオなどほとんど聴いたことなどないんです。(というか、ヘンデルそのものを殆ど聴いていない!)

何気に聴いてみたものの、これが結構ハマります。

Giulio Cesare in Egitto,HWV17 Act III Scene 7: Da tempesteなど、いかにもバロック的巧的に満ちた曲と言えましょうか。Serse, HWV 40 Act I Scene 7: Ne men con l'ombreも良いです。何を唄っているのかは皆目分かりませんが、こういう快活な曲は単純に楽しめます。いや、いや、しっとりとした曲も素晴らしい。Rinaldo,NMV 7 ActII Scene IV: Lascia ch'io piangaはずっと聴いていても良いです。いやでもしかし、Alcina, HWV 34 Act 8で Ah! mio corと悲嘆に満ちて唄う曲が、本盤の中の一番かなあ。

曲の良し悪しや演奏について評することなどできませんが、ヘンデルって結構聴き所満載なのですね、全く知りませんでした。

Yvonne Kennyはシドニー生まれのソプラノ歌手。1975年にロンドンでドニゼッティの「ロズモンダ」でオペラ・デビューをしています。NMLのラインナップを眺めると録音も豊富です。伴奏のオーストラリア・ブランデンブルク管弦楽団は、決して尖らずに心地よい演奏を聴かせてくれます。

それにしてもヴィヴァルディだって聴いていない曲が沢山あるというのに・・・、困ったものです。

2007年8月6日月曜日

[NML]ヴィヴァルディ RV626、RV 601

NMLにヴィヴァルディのRV 626とRV 601があったので聴いてみました(CHAN0714X



演奏のPurcell Quartetは1983年に設立されたイギリスの古楽楽団。50以上のレコーディングがあり、幅広いレパートリーで活躍しているようです。1998年にはモンティヴェルディの最後のオペラ"L’Incoronazione di Poppea"で来日し、その後も10年近く日本とは深い関係にあるようです。いずれにしても実力派団体(→Bach Cantatas Website)。


Catherine Bottは1952年英国生まれのソプラノ歌手。彼女もシドニーのAustralian Brandenburg Orchestraを伴ってヘンデルのアリアの日本公演を果たしているらしく。古楽分野を中心にフォーレやヴォーン・ウィリアムスなどの作品でも活躍のご様子。


NMLのラインナップでもCHANDOSの録音を結構聴くことができるようです。(→Bach Cantatas Website)(写真はHyperionより


で、演奏ですが、先に聴いたピオーとはやはり全然違う。こうして聴いてみると、naiveエディションはかなり扇情的とも言える危険なバロックであると改めて思います。RV 626の一曲目を聴いて金縛りにあうこともなければ、RV 601で絶賛した'A solis ortu usque ad occasum'も美しい曲ではありますが、陶然とするほどではない。逆にブロック・フルーテ(Stephen Preston)との'Gloria Patri et Filio et Spiritui sancto'もピオーとは趣は違いますが、これはこれで絶品でしょうか。ラストの'Amen'も神々しいくらい素晴らしい。最初は何だか「もったり」した印象だと思ったのですが、繰り返し聴いていると、この演奏も気に入りましたよ。


ピオーとボットの表現の違いとともに、やはり伴奏、すなわち音楽の指向性の画然とした違いが大きいかもしれません。しかし、モテットとか詩篇というような教会音楽には、このくらいの落ち着きと大人しさが相応しいかもしれません、聴くたびに心を乱されてはかないませんからね。

2007年8月5日日曜日

【音盤】 Vivaldi In furore,Laudate pueri e concerti sacri

  1. モテット『正しい怒りの激しさに』 RV626
  2. シンフォニア ロ短調 『聖なる墓にて』 RV169
  3. 詩篇『主の僕たちよ、主を讃えよ』 RV601
  4. ヴァイオリンとオルガンのための協奏曲 ニ短調 RV541
  5. ヴァイオリン協奏曲 ヘ長調 『聖ロレンツォの祝日のために』 RV286
  • サンドリーヌ・ピオー(S)
  • アカデミア・ビザンチーナ オッターヴィオ・ダントーネ(cond)
  • naive op 30416

一年ほど前に、古楽系ブログで話題になった盤で、今更の感もありますが、聴いてみて感じたことを簡単に書いておきましょう。声楽を伴わない器楽曲も納められていますが、やはり聴くべきはサンドリーヌ・ピオーの歌声です。

  • 『はた迷惑な微罪』 2006.07.20 ~まさに激しさと、華麗さで、これぞイタリア・バロックの醍醐味
  • #Credo 2006.07.23 ~ヴィヴァルディらしい激情型の音楽でカッコよくて聴き応え十分です。ほとんどコロラトゥーラ・ソプラノ@夜の女王みたいじゃない
  • ロマンティク・エ・レヴォリュショネル 2006.07.27 ~CD屋で試聴して、一瞬で身が凍りつきました。
  • ぶらぶら、巡り歩き 2006.9.04 ~宗教曲がこんなにも劇的なものだったのか
  • Takuya in Tokyo 2006.9.10 ~特に付け加えることもありません。 素晴らしいの一言です。

激しいばかりがビバルディではありません。刺激だけなだけが現代バロックでもありません。厳かにして幽玄な部分の信じられない程の美しさと静謐さ、そして神聖さ。この俗と聖の両極端に足を踏み入れ、聴くものの心情をこれでもかというくらいにかき乱す。ヴィヴァルディの多様さと表現力の幅の広さを思い知る一枚です。

まずはRV626モテット『正しい怒りの激しさに』から3曲。

冒頭のアリアからして、度肝を抜かれ、鳥肌ものです。伴奏はスピーディーでキレが良く現代的な演奏。それにピオーの超絶的な歌声が、神聖にして厳かに、それでいて驚くほどの透明性と軽やかさを兼ね備えて飛び回ります。ほとんど奇跡の歌声。繰り返されるヴィルトオーゾ的な部分と中間部の美しさの対比の見事さ。この1曲だけでもはや脱帽。

��曲目は一転して、オルガンに乗った厳かな短いレチタティヴォ。そして、いかにも、そういかにもビバルティ的な弦の伴奏に導かれて'Tunc meus fletus'(Then my tears will be turned to joy)が唄われます。まさにsorrowfulとかpatheticとしか表現しようのない唄は、ソプラノのハイキーがはかなげで、そしてその敬虔さに涙をさそいます。

悲嘆と望みは、'Alleluia'で解放されます。メリスマティックな技巧も、ほとんど聴いていて口があんぐりな状態です。この歌声の軽やときたらどうでしょう。突然にソプラノの限界とも思えるキーがポンと出てきて、最後は軽くスパイラルアップ!敬虔にして耽美で快楽的。聴いていて背中に汗が流れてしまいます。kimataさんが18世紀前半の夜の女王と書いていましたが、まさにです。

続いてはRV601詩篇『主の僕たちよ、主を讃えよ』。

'Laudate pueri'(Prise the Lord)は、Allegro non moltoながら、上下する音符、惜しげもなく使われる高音、そして、長調が表現する喜びと明るさに満ちた、聴くだけで幸福になれる曲。

それにしても、3曲目の'A solis ortu'(From the rising of the sun to the going down of the same...)の美しさときたらどうでしょう。昇る太陽を象徴するかのように静かに刻まれる弦にのって、どこまでも伸びやかなピオーの歌声が被ってきたときには、ほとんど奇跡のような・・・と書くのが陳腐すぎるくらい。最初のロングトーンの美しさだけで確実に泣けます。体中に喜びと幸福が溢れます。最後の高音では脳内ホワイトアウトです。激しい曲もいいのですが、私はこの曲が文句なしにイチ押しです。

シリチアーナのリズムに乗った'Excelsus super omnes'は厳かな祈りか。雰囲気が変わっての'Suscitans a terra'は、ザクザクとした弦の軽快な伴奏にピオーのソプラノが勢い良く歌われます。カンタービレとビルトオージック部分が交互に歌われ、至福の時間もあっという間。

'Gloria parti'はフラウト・トラヴェルソの音色が印象的。モダン・フルートとは明らかに違う暖かな音色は、包み込むようで、ピオーの歌声もトラヴェルソと対話するかのように、しっとりと歌われます。

最後は明るく'Amen'です。中間部のAmenと歌うメリスマティックな技巧の凄まじさよ。波状攻撃の高音、限界までスパイラルアップする吹き上がりとヌケの良さ!まさにヴィヴァルディの面目躍如と言った曲。最後にこれを聴くと、ああヴィヴァ聴いたなあと大満足です。

2007年4月14日土曜日

【音盤】 Vivaldi Operas

  1. La verita in cimento
  2. Juditha triumphans
  3. L'Olimiade
  4. Orlando finto pazzo
  • Academia Montis Regalis,Alessandoro De Marchi
  • Concerto Italiano,Rinaldo Alessandrini
  • Ensemble Matheus,Jean-Chistophe Spinosi
  • naive OP30401

naive社から出されているヴィヴァルディのオペラ集を聴いてみました。4つのオペラからのコンピレーションもので、演奏者も雑多です。こういうアルバムの印象は得てして茫洋としてしまうのですが、じっくりとアリアを聴きこみますと、ヴィヴァルディの才能の多彩さに目を見張る思いがしてきます。というか、イロイロな人が絶賛している通り、splendid!!です。

演奏は四つのペラを下記の三つの団体が演奏しています。

  • Juditha triumpahns「勝利のユディタ」」, Orlando finto pazzo「狂気を装うオルランド」/Academia Montis Regalis,Alessandoro De Marchi
  • L'Olimpiade/Concerto Italiano,Rinaldo Alessandrini
  • La verita in cimentoEnsemble「試練の中の真実」/Ensemble Matheus,Jean-Chistophe Spinosi
その四つのオペラからのアリアを総勢11人の歌手陣が唄っています。ライナー・ノートではその関係が分かりにくいので表にしてみました。[9]と[13]はオーケストラだけの曲です。

この中で一番驚かされたのは[12]番、《Orlando finto pazzo》からのアリア、Lo stridor, l'orroでしょうか。この不安過ぎるアリアは何度も聴いて癒されるという類のものではありません。しかし、この音楽の奇妙さ、異彩さ、凄さは聴いてみないと分からないかもしれません。ソプラノのいきなりハイキーにスパイラルアップする多少の狂気さえ感じられる歌は、実にゾッとするほどの和音を奏でる弦が伴奏しています。中間部はレチタティーヴォ的になってハープシコードやハープ(?)などに乗って唄われます。これがバロック時代のメロディなんでしょうか、バロック・オペラの範疇内なんでしょうか。だとしたら深過ぎます、バロック音楽という世界は。いや、それとも、ヴィヴァルディの独創性なんでしょうか。それを判断するほどに私はバロックやヴィヴァルディに無知すぎます。

《la verita in cimento》からの[14][15][16]そして[8]はSpinosiの演奏。彼の演奏方法については賛否があるようです。確かにかなり鋭角的で硬質な弦の響きは耳障りと感じる人もいるかもしれません。しかし私には非常に新鮮であり、しかもクリアさ、抜けた空気感、そしてバロック時代のザラつきのような息吹を感じ、それはそれで受容します。

その中で[14]はAnima mia, mio benは五重唄です。前半と後半のしっとりとした歌、中間部の急な部分の差が素晴らしい。[15]のMi vuoi tradir, lo soはアレグロのアリア。ヴィヴァルディの技巧が炸裂し、Spinosiの伴奏がこれでもかとばかりに迫ってきます。ヴィヴァルディが良く好んで用いるようなフレーズが散りばめれ、驚くほどの歯切れの良さで展開します。スピード感と強烈なアクセントが爆発するSpinosiの最たる演奏は[4]のAgita infido flatuでしょうか、もう息もできぬほどの演奏。あたかもイタリアの渓谷を流れる激流か。

Spinosiとて、ガリガリやるだけが能ではありません。[1]の天から降ってきたのではないかとさえ思えるカウンター・テナーの歌声による悲痛な歌、Tu m'offendiや、ソプラノのアリアである[8]Amato ben tu sei la mia speransaは張り裂けそうなばかりの思いをしっとりと聴かせてくれます。

ここにはSpinosiばかりでなく、Alessandriniの演奏も納められています。比べて聴くとSpinosiの演奏との違いが際立ちます。例えばコントラートによる[3]Gemo in un punto e fremo。スピード感がありながらも、どことない余裕と厚みがあります。刺激的な演奏ではあるものの、鋭角に過ぎない彼の演奏センスが光ります。ソプラノの[5]Lo seguitai feliceは官能的でいながら力強いソプラノが脳天を貫きます。[10]の二重唱も捨てがたい、珍しいバス独唱の[11]も聴きのがせません・・・。

[2]のVieni, me sequera fidaには、何とchalumeauという、クラリネットの先祖のような楽器(→Wikipedia)が使われています。[2]と[6]を唄うメゾ・ソプラノKozenaの声も極めて魅惑的、眩暈がしそうです。[7]Andeo,volero,grideroは《Orlando finto pazzo》から、バルトリのヴィヴァルディ集にも納められているアリア。iTunesにこれらの曲は入れてありますので、両者を比べて聴いたりしています。

という具合に、イチイチ書いていてはキリがありません。とりあえず、本アルバムを言及しているサイトをリンクして終わりとします。他にもあるんでしょうが、探せませんでした。

2007年4月3日火曜日

【音盤】ヴィヴァルディ:Arie d'Opera

  1. La Candace RV 704
  2. La Silvia RV 734
  3. La vertia in cimento RV 739
  4. Tito Manlio RV 738
  5. Tieteberga RV737
  6. Medea e Giasone RV 749.13
  7. 'Zeffiretti che sussurrate' RV 749.21
  • Sandrine Piau(S)、Ann Hallengerg(Ms)、Paul Agnew(T)、Guillemette Laurens(Ms)
  • Mode Antiquo, Federico Maria Sardelli
  • naive OP30411
naive社から出されているヴィヴァルディ・エディションからFoa28を聴いてみました。Foa28は、ヴィヴァルディの個人選のアリア集で1717年から1721年の間に作曲されたものとされています。この中には47のアリアとアンサンブルが含まれており、ヴィヴァルディのアリアの多様性を知るのに格好の選集となっています。何の目的で編まれたか判然とはしませんが、いくつかの失われたオペラ・アリアなども含まれており貴重な音源です。

本アルバムは、その中からソプラノ5曲、メゾソプラノ5曲、テノール4曲、四重唱1曲、二重唱1曲の全16曲が選ばれています。ソプラノはバロック界を代表するSandrine Piau、テノールはPaul Agnewです。それぞれのアリアは6つのオペラからのもので、RV749.13のみ元オペラを特定できていません。


その中ではPiauが唄う、'Zeffiretti che sussurrate'RV749.13'が何といってもこのアルバムで特筆モノでしょうか。「四季」を思わせるヴァイオリンの旋律に導かれて、何とも匂い立つような歌声で唄われます。ソプラノに呼応するエコー(aria co eco)、Vieni, vieni o mio diletto (Come, come, my beloved)で始まる中盤の力強い歌声への変化、そして再び冒頭の響きの再現。たった5分の曲の中に、これほどの技巧と美しさを湛えていようとは。何度聴いていても飽きないラストの超高音の凄さ。

Piauといえば、アルバム冒頭に納められた《LA CANDACE 第1幕》からのアリア'Certo timor ch'ho in petto'も素晴らしいの一語。Piau節全開といいますか、力強く美しく、そしてキモチの良いほどの抜けです。イタリアの乾いた空、ベタついたところなど微塵もない。

同じオペラからの'Usignoli che piangete'は、鳥(ナイチンゲール)を模した極めてアクロバティックな曲。鳥といえば'Quell augellin che canta'も鳥が歌う声を模してアリアを歌わせています。

アルバムでPiauのソロは全部で5曲あります。'Mio cors'io ti credessi'は一転して短調のアリア。《LA SILVIA》の中から冷たく嫉妬深いNerinaが、恋人Nisoに対する秘められた怨みをみたいなものを、弦の短調なユニゾンに乗って切々と唄います。技巧的なアリアとは全く趣が違う、オペラの筋は分からないけど、こんな女性に恨まれたらコワイなと。ヴィヴァルディの音楽の作り方は、確かにうまいですね。


メゾ・ソプラノの曲も随分と聴かせてくれます。Ann Hallengergの唄うL'innocenza sfortunata'など、始まったら思わずにウキウキとして一緒になってリズムを刻んで鼻歌まで歌ってしまうほどです。オペラ《TIETEBERGA》の筋など全く知りませんが、不幸な女王を救って裏切り者を懲らしめろと唄っています。ソレ、ソレ、パシィ~ッ!!です。

イマひとつ弱いかなと思ったテノールのPaul Agnewにしても、何度も繰り返し聴いていると、これはこれで柔らかくて良いではないかと思えてきます。重唱も勿論のこと良いです。最後の曲'lo son fra l'onde d'irato mare'はメゾソプラノとソプラニーノの二重唱といったところ。輝かしい音色で締めくくってくれるのも嬉しい(技術的には、難しいんだろうなあ・・・リコーダーだもの)。

買った当初は、オペラ・アリア集というオムニバス的な作りから、軽く聴きながしてオシマイにしていたのですが、それではとても勿体無いことに気付いたわけです。しかし、こんな具合に1曲ずつ書いていたらキリがありません。とにかくに、ビックリし、うっとりし、惚れ惚れし、スッキリし、ワクワクします。ヴィヴァルディ恐るべし、であります。

敬意をもって、TakuyaさんのエントリにTBしておきます。生Piau聴いてみたいなあ(^^)

2007年2月19日月曜日

バルトリ/ヴィヴァルディ集


バルトリが好きであるかどうかは別としても、私がヴィヴァルディについて認識を改め、そしてバルトリの凄さを知ったのは、紛れもなくYou TubeにあったAgitata da due venti(これこれ(*1)であったことは白状しておきましょう(*2)

そしてこのアルバムは、バルトリがミラノの古楽器アンサンブル「イル・ジャルディーノ・アルモニコ」と共演した、まさに攻撃的にして挑発的なヴィヴァルディ集です。想像以上に刺激的な盤に仕上がっています、まさに両者の面目躍如といったところでしょうか。全く飽きさせずに最後まで聴きとおしてしまいました。

The Vivaldi Album/Cecilia Bartoli
  1. 歌劇「テンペーのドリッラ」RV.709~そよ風のささやきに 
  2. 歌劇「グリゼルダ」RV.718~恐ろしい嵐のあとは 
  3. 二つの瞳に真(まこと)ささげて窶(やつ)れゆくのは 
  4. 歌劇「狂乱を装ったオルランド」RV.727~「何を言っているのかしら?…私は行こう,飛び行こう,叫ぼう」 
  5. 歌劇「テルモドンテに向かうヘラクレス」RV.710~ささやく春のそよ風よ 
  6. 歌劇「忠実なニンフ」RV.714~むごい運命に苦しめられる魂は 
  7. 同~言ってください,ああ 
  8. 歌劇「ジュスティーノ」RV.717~不運な小舟は 
  9. 同~運命よ,おまえは私を招いたが…私には胸中,それほどに強き心がある 
  10. 歌劇「オリュンピアス」RV.725~さまざまな愚かさのなかで…我われは凍る冷たい波間の船 
  11. 歌劇「ファルナーチェ」RV.711~凍りついたようにあらゆる血管を 
  12. 歌劇「バヤゼット(ティムール)」RV.703~海もまた沈めようとするようだ 
  13. 歌劇「テウッツォーネ」RV.736~戦闘ラッパの
  • アントニーニ(ジョバンニ) (con), シュウテン(サイモン) (con), イル・ジャルディーノ・アルモニコ, バルトリ(チェチーリア) (sop), アルノルト・シェーンベルク合唱団
  • DECCA 466 569-2

バルトリの歌唱力は、例えば最初の一曲を聴くだけでも驚愕としか書きようがありません。物凄いスピードで上下する音程、震えそして煽るかのような旋律、鉈でザクリと切り取ったかのようなキレの良さ、そして独特の存在感と太さを持った声音。別な見方をすると、かなりアクが強いと言ってもいい。聴く方にも、ある程度の許容力と体力が必要です。

しかし、一度その魅力に取りつかれてしまうと、もういけません。バルトリが良いのかヴィヴァルディが凄いのか自分でも判然としないまま、両者のかもし出す音楽はスパイラルのようにカラダ中を駆け巡ります。次第に血中ヴィバルトリ濃度が高まり、ついには脳内麻薬様物質が分泌されていくかのようです。

ヴィヴァルディは好みの旋律を使いまわすことが多かったのか、例えば1曲目などは、そのまんま「春」になっています。以前エントリした、「オリンピアーデ RV.725」のDel'aura a sussurarでも同じように使われていた旋律です。11曲目は、さながら「冬」でしょうか。

ヴィヴァルディの歌劇はスピノージの演奏などがネット上で話題なんですが未聴です。次あたりは聴いてみようとおもっています。

  1. ちょっと、というか、かなりコワイ・・・
  2. Sandrine Piauのこの映像("Alleluia" RV626 )やこの映像("Spirat anguis inter flores" RV630)もスゴイかった・・・

2007年1月17日水曜日

[NML]ヴィヴァルディ:グローリアへの序章 RV.639、グローリア RV.588



8.557445 VIVALDI:Jubilate, o amoeni chori, RV 639 - Gloria in D major, RV 588


Jane Archibald(S), Nils Brown(T), Anita Krause(Ms)

Aradia Chorus,Aradia Ensemble

Kevin Mallon, conductor




ヴィヴァルディのグローリアにはRV589と番号違いのRV588というものもあります。こちらはRV589に比べて知名度がかなり低いようです。



Naxos MLのこの盤では、RV639グローリアへの序章に続いてRV588が演奏されています。RV639はアルト独唱による演奏で、痙攣するかのごときアルト歌唱の技巧を聴くことができます。アルト独唱からシームレスにグローリアの合唱がかぶるところは、なかなか良いです。オルガンがラリラ・ラリラ・ラリラと脳天気に鳴り響き、アルトと合唱が渾然となっていく様は結構快感です。単純な音楽が好きな私は、何度もこの部分を繰り返して聴いてしまいます。


RV589でソプラノとアルトの二重唱が美しかったLaudamus te.は、ここでも二重唱、どちらも魅力的です。付点のリズムが楽しかったDomine Fili unigenite,Jesu Christe.は、こちらでは男女の合唱による荘厳なカノン
、アルト独唱のQui sedes ad dexteram Patris,miserere nobis.もかなり雰囲気が異なります。こうして全体を通して比べながら聴くと(*1)、RV589はやはり曲としての完成度が高い。RV588の方は何だかのんびりした感じがあります。そこがまた良いと言えなくもありませんが。


どちらも良い曲です。合唱関係者とか余程のヴィヴァルディ・ファン(*2)でもなければ、聴く機会などなかった曲であったと思いますのでNMLに感謝です(^^)



  1. Naxos MLの場合ストリーミング配信なので曲単位で比較するには向かない。結局、プレイリストにアルバムを登録し、曲単位でチマチマと聴き比べることになる。曲やアーティストの解説もないし、ちょっと不便ではある(>つーか、贅沢な要求か)。

  2. ヴィヴァルディについてはネットで探せる範囲のことしか調べていないという横着さ、それにしてもヴィヴァルディに関する記述は、実のところネットでは驚くほど少ない。

2007年1月14日日曜日

[NML]ヴィヴァルディ:ソプラノのためのモテット集

FL23099 ヴィヴァルディ:ソプラノのためのモテット集
Karina Gauvin, soprano
Chambristes de Ville-Marie

ついでなのでNAXOS MLから、もう一つヴィヴァルディの声楽曲を聴いてみました。これは、《Motet, Sum in medio tempestatum, RV 632》、《Motet, O qui coeli terraeque, RV 631》、そして《Psalmo, Laudate pueri Dominum, RV 600》からのもの。

それにしても、ヴィヴァルディの声楽は快楽に近い!ワーグナーとは対極のところの官能を刺激します。随所にヴィヴァルディらしい高度な技巧を凝らした声楽を聴くことができます。オススメを一曲だけ書こうと思ったけれど、どれも素晴らしいくて選べませんでした(^^;;;

ソプラノ独唱はKarina Gauvin。高度な技巧部分も抑制が効いた柔らかな声音で好感が持てます。彼女の公式サイト(近頃更新はされてない様子)を見ますと、ヘンデルやバッハの他にフランスものも録音しているようです。

2007年1月13日土曜日

[NML]ヴィヴァルディ:オリンピアーデ

HCD32022 VIVALDI: L'Olimpiade (Highlights)

  • Gyorgy Kaplan, tenor / Maria Zempleni, soprano / Kolos Kovats, bass / Klara Takacs, mezzo-soprano / Istvan Gati, baritone / Jozsef Hormai Horvath, tenor / Lajos Miller, baritone / Aniko Peter Szabo, harpsichord / Zsolt Bartha, cello, 
  • Budapest Madrigal Choir,
  • Hungarian State Orchestra
  • Ferenc Szekeres, conductor

あちこちらで時々話題になっているNaxosミュージックライブラリ。気に入った盤は手元に欲しいと思うものの、ちょっとだけ聴いてみたいとか、知らない曲を買うにはちょっと勇気もいる。ということでNaxosミュージックライブラリに登録してみました。

で、手始めに聴いてみたのがコレ(ヴィヴァルディの歌劇「オリンピーアデ」)。いやあ、これは良い! #Credoのkimataさんが、しきりにヴィヴァルディのエントリをするので気になっていたのですが、たしかにハマりそうな曲ばかり。

何と言っても、コーンと底の抜けたような明るさ、乾いた響きが心地よい。そして、ヴィヴァルディの有名な曲の断片(*1)があちらこちらに聴こえる面白さ。残念ながらNaxosでは曲の解説などがありませんから、何を唄っているのかは全くわからないのですが、流して聴いているだけで自然と心が浮き立ちます。

  1. Del'aura a sussurar (Chorus) などは、断片どころか、誰でも知っているヴィヴァルディのアノ超有名曲ママぢゃない!

2006年1月11日水曜日

ゲルギエフ指揮:マリンスキー劇場管 ワーグナー「指環」演奏会形式


��日はゲルギエフ指揮マリンスキー劇場管によるワーグナー「指環」の演奏会形式版を所沢で聴いてきました。


    ワーグナー 舞台祭典劇「ニーベルングの指環」より

  1. ヴァルハラ城への神々の入場~「ラインの黄金」より
  2. ヴァルキューレの騎行~「ヴァルキューレ」より
  3. 魔の炎の音楽~「ヴァルキューレ」より
  4. 森のささやき~「ジークフリート」より
  5. 「ヴァルキューレ」第1幕,全曲(演奏会形式)


  • ジークムント:アレクセイ・ステブリアンコ(T)
  • ジークリンデ:ムラーダ・フドレイ(S)
  • フンディンク:ゲンナジー・ベズズベンコフ(Bs)

行く前は「演奏会形式」ですし随分迷ったのですが、当日券(1階18列20)を開演5分前に購入、結局聴いてしまいました。結果的には満足のゆく充実した演奏会であったと思います。




まず、演奏曲目が「指揮者の強い要望により」上記に変更されたとのアナウンス。知名度の点からは「ヴァルキューレの騎行」ははずせないのだろう、とは思いましたが、前半はちょっと雑駁な印象。


いきなり「ラインの黄金」の「ヴァルハラ城への神々の入場」から聴きはじめるのは、どうしたって違和感、無理がある。「ラインの黄金」を演奏するならば、「指環」全体を象徴するかのような前奏曲ははずして欲しくないなあ、などと勝手なことを考えながら聴いてしまいます。二曲目から「騎行」を聴かされるのもツライ、まだそんな気分ではない。


歌が入らない演奏なのも、主人の居ない(あるいは眠り薬で眠らせている)家にお邪魔しているような感じで、どうも居心地が悪い。それはヴァルキューレでも同じで、彼女たちの奇声が聴こえない騎行は興醒めでシンバルの連打も白々しい。しかも勇壮な金管の彷徨が耳に馴染まない、というか何か変。タンギングの付点リズムはそういう音符でしたっけ?と疑問に感じながら、煮え切らない気持ちで聴き続けます。「魔の炎の音楽」もしかり、アタマの中でヴォータンやらブリュンヒルデの歌声を補間して聴いてしまいます。


もっともこれは、勝手な私の感想であって、演奏自体は悪くない、というか音の厚さの点でさすがと思わせます。楽団員が舞台に上がってきた時の印象は「でかいな」というものでしたし、低弦や金管の音量も十分。ゲルギエフは指揮台を設置しない平場で、タクトを持って精力的に指揮していました。そういえば、演奏前のチューング音のバラバラさは、結構印象的でしたね。そこにこのオケの自由奔放さとイキの良さの片鱗を聴いたのですが、実際はどうなんでしょう。


休憩をはさんでの「ヴァルキューレ」第1幕は、予想外の大満足といったところ。前奏曲の嵐とそこを逃げるジークフリートを象徴するかのような音楽から、ズイズイと演奏に引き込まれます。


ジークムント役のステブリアンコは、どう見てもジークムントには無理のある体型ですが、(チクルスではジークムントは別の人)声の張りは若々しく素晴らしい。またジークリンデのムラーダ・フドレイ は美貌と美声を兼ね備えた歌手。歌声もホールの隅々まで通り申し分なし、声質も魅力的です。


この二人が自らを告白しあい、愛に目覚めてワーグナー的「ふたりだけ」の世界に没入してゆくさまは見事で、演奏会形式ではあったものの、十分に楽しめるものでした。オケと歌手の音量バランスもよく、音楽が高まっても歌声が聴こえなくなるということは全くなし。眩暈のしそうな音楽を作り上げています。一体この演奏にどういう演出をしているのか興味はつきませんが、演奏会形式ですと曲そのものを堪能することができます。


この段になると、ゲルギエフがどうとか、金管のあれがどう、とか言うのは野暮なことです。ラストに向けての迫力や盛り上がりは素晴らしく、どこまでも駆け上るめくるめく感興と圧倒的な迫力で幕となったときには、思わず「うむ!」と訳の分からないコトバを発してしまいました。


ただし、オペラの実演には接したことのない私ですから、この演奏が「オペラ演奏的」あるいは「ワーグナー演奏的」見地から評した場合どうか、ということについては、全く述べることができません。基本的には、あまりクセや官能に重きをおかない、といって機械的過ぎることもなく、適度に感覚を刺激しながらストレートにふけ上がる性能の良いエンジンという感じですかね(>かえって分からねーよ)。


第1幕だけで終わったのは、演奏が満足いくものでしたから、物足りなくもあり、フドレイが膝を突いて観客に挨拶する仕草を観ているだけで、「あ"~、オペラ観てー」という気は強くなったことだけは確かです。

2005年9月8日木曜日

【音盤】ゲオルギュー/プッチーニ:アリア集

1月に来日してソロリサイタルを開催する予定の、今や押しも押されぬソプラノ歌手アンジェラ・ゲオルギューのプッチーニ・アリア集。以前から気になっていたのですが、仕事も切羽詰まっており難しいことは考えたくないので、こういうアリアでもバーッと聴きながら気分転換を図るのも良いかもしれません。

2005年7月14日木曜日

スターウォーズとニーベルングの指環2

自分で書いておいて、没企画(「CDでワーグナーの歌劇・楽劇を聴く」という無謀なシリーズ)になっていたものだからすっかり忘れていました。スター・ウォーズと指環の類似性について言及した海外サイトが、そういえばあったのですよね。


Richard Wagner Web Siteというサイトの中の「スターウォーズ・シリーズとワーグナーの《指環》~構成、主題そして音楽のつながり(The Star Wars series and Wagner's Ring
Structural, thematic and musical connections
)」というページです。あの時は内容を読まずにスルーしたので今まで全く忘れていました。テキストは膨大でまだ触りしか読んでいませんが、せめてタイトルだけでも拾っておきましょう。



Introduction

■Structural identities


  1. The dimensions
  2. The non-linear realisation
  3. To create a World
  4. The need for total control
  5. The cult following

■Thematic identities

  1. The Old Sin which is Atoned by Youthful Heroism
  2. The Conflict Between Power and Love
  3. Father and Son : The Central Conflict, and Two Battles of Life and Death
  4. Father and Daughter - a Conflict of Will
  5. The Magic Sword
  6. The Orphaned Hero
  7. Tuition and Initiation by a Dwarf
  8. The Incestuous Hero Twins
  9. The Symbols of Power
  10. The Evil Dragon
  11. The Forced Marriage, the Tyrannical Husband
  12. Magic Sleep and Sex Change
  13. The Magic Helmet

■Musical identities

General similarities

  1. The importance of the orchestra
  2. The opening effect
  3. The use of leitmotifs
  4. The construction of the leitmotifs

Specific identities of construction

  1. Luke Skywalker = Siegfried
  2. Obi-Wan Kenobi / the Force = Siegfried as tragic hero
  3. Siegmund & Sieglinde, twins = Luke & Leia, twins
  4. The Death Star = The Ring
  5. Leia = Brünnhilde
  6. Darth Vader = Hunding
  7. Han & Leia = Tristan & Isolde

タイトルを眺めるだけで、ワーグナー好きな方でスター・ウォーズも好きな方には興味深い内容ではないかと思います。英語が読めない人でも、ライトモチーフの項は楽譜とMIDIファイルが提供されていますので両者の類似性を目と耳で楽しむことができます。あまりにも鮮やかな解説です。(>そうか、デス・スターがリングだったのか!)

2005年7月12日火曜日

スターウォーズとニーベルングの指環

スターウォーズがワーグナーの「ニーベルングの指環」に似ているというのは、あながち私だけの感想ではないようです。つらつらと読んでいた感想にも、ライトモチーフについての言及が結構ありました。

ルークとレイヤは双子との設定ですが、ジークムントとジークリンデの関係に似ていますか。ただし二人は愛し合ってしまう前に互いを制御するのはハリウッドの倫理観でしょうか(>って、一般人の倫理観だよ)。

またルークとレイヤを生んで母親のパドメが死んでしまうのも、ルークをジークフリートと考えるとこれも同じです。ジークフリートはミーメに育てられますが、ルークもタトゥイーンで育てられそしてその枠を破って外の世界に飛び出しました。そしてジークフリートはヴォータンの力の元である槍を折ってしまうのでしたよね。ルークがダース・ヴェイダーとの闘いとある意味で似てます。

ジェダイのライトセーバーはノートゥングかとか、ヴォータンがダース・ヴェイダーならワルハラ城はデス・スターかよとか(ヴェイダーがエピソード3で満足げにデス・スターの建設されている様を眺めるのは印象的)、だから神々の黄昏かよとか(>だんだん記憶があいまいになる・・・)

じゃあ、ブリュンヒルデは誰なんだとか、グートルーネは、アルベリヒやラインの乙女たちは、ローゲは?トネリコの木はここでは何を意味するんだよ、フォースはどうだ・・・ヨーダは・・・などとやりだすとキリがありません。私もワーグナーに詳しいわけではありませんので、ここらへんでボロが出ないうちに止めるとしましょう。誰か、後お願いしますm(_ _)m >てことでclassicaにトラバして寝ます。

2005年1月12日水曜日

ワーグナー本

Syuzo's Weblogで吉田 真著「ワーグナー」の紹介ありました、要チェックですな(つーかSyuzoさんのサイトからのネタが続くな・・・)

考えてみたら「CDで聴くはじめてのワーグナー」のシリーズは、昨年3月に「ラインの黄金」を聴き始めて止まったままです・・・まいいか。

2004年11月28日日曜日

【音盤】C・クライバー/ビゼー:歌劇「カルメン」


ビゼー:歌劇「カルメン」

カルメン:エレーナ・オブラスツォワ
ドン・ホセ:プラシド・ドミンゴ
エスカミーリョ:ユーリ・マズロク
ミカエラ:イソベル・ブキャナン
フラスキータ:チェリル・カンフシュ
メルセデス:アクセル・ガル
スニーガ:クルト・リドル
モラレス:ハンス・ヘルム
レメンダード:ハインツ・ツェドニク
ダンカイロ:パウル・ヴォルフルム
ウィーン少年合唱団
ウィーン国立歌劇場合唱団
ノルベルト・バラチュ(合唱指揮)
ウィーン国立歌劇場管弦楽団

カルロス・クライバー(指揮)
演出・装置・衣装:フランコ・ゼッフィレッリ
収録:1978年12月9日、ウィーン国立歌劇場(カラー&ステレオ)

季節の変わり目で風邪がはやっておりますが、いかがお過ごしでしょうか。当方は絶不調が続いており、元気付けにという意味も込めて、クライバーの、《カルメン》(78年)をゲット、快晴の土曜日、西日が燦々と入り込む部屋で、DVD視聴をいたしました。

驚いてはいけません、《カルメン》でさえ私にとっては、これが初聴であります・・・


C・クライバーの《カルメン》はファン待望の正規映像とのこと。フランコ・ゼッフィレッリの舞台・衣装演出、37歳の絶頂期のプラシド・ドミンゴによるドン・ホセ、エレーナ・オブラスツォワのカルメン役です。クライバーファンには有名な演奏であるだけではなく、《カルメン》の演奏の中でも評価の高いものだといいます。

オペラ無学な私は、この有名すぎる《カルメン》のストーリさえ熟知しておらなかったのですが、ライバーの映像で、ようやく初体験を果たしたことになりました。
さて、感想はといえば、聴いてびっくり、観てびっくり。改めてどこの断片をとっても名曲のオンパレードであると感心すると同時に、ドミンゴやオブラスツォワもさることながら、やっぱりクライバーの指揮は何て魅力的なんだろうということに最初は尽きてしまいました。

オープニングの入り方からして凄い。拍手が鳴り止まぬ内にオーケストラをかき鳴らし始めます。颯爽として優雅で、しかも熱く、なんてカッコいいんだろうと溜息が出てしまいます。前奏曲での渾身の力を込めた指揮ぶりなども見ごたえがあります。

5分ほどの「通俗名曲」とさえ呼ばれるような聴きなれた音楽を、これほど優雅に、そしてワクワクと聴かせてくれることには心底驚きます。クライバーの音楽を聴いていると、安定した位置にある気持ちの重心を、不安定な位置にまで吊り上げられ、さらに揺さぶられているように感じるときがあります。微熱を帯びた高揚とでも称しましょうか、それが、この《カルメン》では冒頭から感じられるのです。期待は嫌でも高まるというものです。

圧巻は、第2幕のジプシーの唄ですね。猛烈なアッチェレランドとクレッシェンド、オケも歌手達も崩壊寸前にまで煽られながら、ギュンギュンと舞い上がってゆくかのように壮大なる熱狂を作ってゆく様は、衝撃的という言葉以外では表せません。カルメン演ずるオブラスツォワが、歌と踊りが結びついて、はじめはゆっくりと、でもだんだんと速く激しくと歌うそのままの演出が、舞台でひしめき合う男女や、フラメンコを踊る男女の熱狂が渾然一体となる様は悪魔的でさえあり、ここを以って《カルメン》のハイライトと言う意見もあることには納得してしまいます。

カルメンはホセから本当に心変わりしたのか

さて《カルメン》を観ていて疑問に感じたことがあります。それはカルメンのホセに対する気持ちです。

第4幕からラストに向けての展開を単純化しますと『心変わりしてしまったカルメンのもとにストーカーと成り下がったホセが押しかけ、カルメンの冷たい態度に、ホセが遂には逆上してカルメンを殺してしまう』ということになります。

しかし、カルメンは本当に心変わりしていたのか、ということが気になります。カルメンは仲間にホセが来ているから気をつけろと忠告され、更にホセが自分を殺そうとしている、ということを知りながら、敢えてホセに会っているのです。しかも、ホセに対し会話の中で何度も「私を殺して」という態度さえ取るのです。

最初に見たときは、ホセに対して自殺幇助を求めたようにさえ見えたこの場面。何度か観て確認しますと、カルメン演ずるオブラスツォワが実に複雑な表情で、揺れ動いている女心を演じていることが分かります。ホセをいとおしく思いながらも、彼女とホセは生きる世界が違っていることを知り、更には少しは闘牛士のエスカミーリョにも心が動いてはいたでしょう。そういう突き放した態度と、諦めきれない気持ちが、移り変わる場面で実によく演じられています。

鎖、指輪(愛)、自由と死

ラストのクライマックスでは、ホセが贈った指輪を放り投げたカルメンに逆上し、単純なホセはナイフを取り出します。そして「悲劇」です。ここでの演出は、カルメン自らがナイフを構えたホセに抱き寄るようにして刺されています。彼女から死に向かったという解釈のようです。

ホセからとっくに心が離れていたなら、最後まで指輪をしてたことは理解できません。おそらく彼女は、このような形でホセと「決着」することを、ずうっと待っていたのでしょう。ホセを愛するということは、第3幕でのカード占いの結果では「死」を暗示するものでした。誰にも縛られず、自由であることを願っていた彼女が、強い運命には抗えないことを知っていたとしたら。彼女が闘牛場の外でホセと会ったときに感じたであろう喜びと哀しみと諦め。自らの運命を自らの意思で断ち切ろうとした彼女を思うと、カルメンがホセを冷たくあしらう様は涙をそそります。

彼女は本当に自由を心から望んでいたのでしょうか。第一幕のカルメンの歌う有名なハバネラ《恋は野の鳥》の後、言い寄る男達をあしらいながら、カルメンは自分を無視しているホセに気が付きます。カルメンは彼に近づき何をしているのか?と問い、ホセは「鎖をつくっている」と答えます。「鎖? 心をつなぐ鎖」とカルメンは一瞬呆然としてつぶやき、ホセに(最初は戯れかもしれませんが)運命の花を投げつけるのです。

この点からも彼女の心情を憶測することはできそうです。いずれにしても《カルメン》には初めて接したばかり、参考文献にも全く接していないので思い違いかもしれません。ただ、カルメンの心情をどのように解釈するかで演出も感想も180度変わったものとなるでしょう。

それにしてもオペラの男性はガキばかり

最初は、カルメン演ずるオブラスツォワのアクが強すぎること、ドミンゴも37歳ですから直情で純朴な田舎の兵隊という雰囲気ではなくて、オペラの配役と実年齢のギャップやら、イメージのギャップに困惑してはいたのですが、第4幕での心理劇を理解しますと(勝手な解釈ですが)、それぞれの人物が急に際立ってきます。

特にカルメン役のオブラスツォワは、(もっと当たり役のカルメンもいるでしょうが)これはこれで納得です。ミカエラの清純さも捨てがたいのですが、劇に占める役どころは小さいですね。ワーグナーならさぞ献身的にして母性的な救済役として配するところでしょうか。

しかしオペラの男性役というのは、どれもこれもどうしてこう子供じみて単純なんでしょう。「愛した惚れた」で一直線で破滅に向かってくれます。《カルメン》はストーリー的にはむしろ、ホセの破滅の物語と解釈した方が良いと言われているようですが、この演出ではカルメン役のほうが光っているように思えます。

ドミンゴの歌唱力はそれはそれは素晴らしいでのですが、役にあまり深みがありません、ドミンゴを責めてはなりません。あと、ネット上の解説を斜め読みすると、ホセを「ストーカー」と評する文に多く出くわします。ホセは確かにしつこいし、殺意さえ持っていましたが、それを「ストーカー」と片付けるところに、現在の単純さと酷薄さのひとつが表出されているように思えます。あと、カルメンの心情に言及した文章はほとんどないのが不思議です。

このように観れば観るほど興味の尽きない《カルメン》です。クライバーの音楽も相まって「空前絶後」と評される演奏です。決して《ジプシーの歌》や《花の歌》だけがハイライトではない演奏であるというのが、本日の結論。