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2004年8月5日木曜日

サッカーアジア杯での「反日感情」

しばらくブログ更新は止めようと思っていたのに、ちょっと時間ができたので、またせっせと書いています。

さて、アジア杯サッカーで日本は決勝に進みましたね。熱心なスポーツフリークでない私は、試合を観ても「ひでーグラウンドと環境でのバトルだなあ」くらいしか分らず、後は奇跡のようなゴールシーンに一喜一憂するのが関の山です。


そんな状況ですから、サッカー場における観客の反日ブーイングについても知ることは少ないのですが、昨日のテレビ朝日「報道ステーション」の解説者は、「ブーイングをする観客は、家に帰ると村上春樹の本を読み、日本製のパソコンで反日感情をネットに流している」として、反日感情だけではないと指摘していました。しかし解説に力も深みも感じられず(「報道ステーション」全体がそうですが)、なにか腑に落ちない感じでした。ブーイング映像も同じものを何度も度繰り返すのみで、観客や子供たちの反日感情のインタビューも新鮮味がなく、むしろ自虐的な意味合いしかないように思えました。



そんなことを思っていたら、中国での村上春樹ブームについて、blog::TIAOというサイトで「中国での村上春樹ブームと日本大衆文化の受容 ・・・中国社会の大衆化と日本研究の変容 by 王敏(AANレポートより)を読む」というエントリーを見つけました。なるほどと思う反面、これを読んで感じたことは、果たし村上春樹を好む層とサッカー場で中指を立てブーイングをする層は同じなのかということでした。また村上春樹を好んでいるから親日というわけでもないでしょう。ハナシはそんなに「親日」とか「反日」とか単純ではないはずです。


それにしても、中国人は日本人より気性の激しい人が多いのでしょうか。日本国はアメリカ軍によって東京を爆撃され、さらに広島と長崎に核兵器を使われ非戦闘員が大量に虐殺されたというのに、日本人の多くはずーっとアメリカに擦り寄ったままです。岸田秀氏によれば、これも複雑な集団心理ということになるのでしょうか。


私にはサッカー場における中国人の反応もマスコミが喧伝するような画一的なものではないような気がしています。たとえば、中国の日本に対する経済的劣等意識と、最近の自我の目覚めにも似た疾風怒涛のごとき発展からくる矜持と軋み、経済発展の果実が公平公正に中国民に行き渡ってはいないであろう不満などが、複雑に混ざった感情の表出とも捉えることができるのでしょうが、それさえもステロタイプな見方かも知れません。


だから、マスコミが「反日教育」を報道し日本人の国民感情を煽ることには若干の違和感を感じています。本日8日の朝日、読売、産経各社社説は本件を取り上げておりますが、各社の論旨は以下のような具合です。


まずは読売新聞から。


 「反日シンドローム」――。こう形容したくなる程、中国で反日感情が高まったのは、一九九〇年代半ば以降のことである。とりわけ戦後五十年の節目となった九五年、江沢民政権は、「愛国団結」を訴える「抗日戦勝キャンペーン」を大展開した。


 新聞、テレビは、旧日本軍の侵略、残虐行為を検証する報道であふれ、その後、「反日」は愛国教育の基調となる。アジアカップのスタンドを埋めたサポーターの大半は、この「愛国世代」の若者たちだ。彼らにとって反日は、「自明の理」という感覚になってしまった。


として「反日教育」を原因に挙げて以下のように結んでいます。


 平和の祭典オリンピックを主催することになる胡錦濤政権は、自ら育てた反日という「負の連鎖」を断ち切るよう努めるべきだ。負の連鎖が続くのは、日中双方にとって不幸なことだ。


次は産経新聞です。


 このような事態になった背景は複雑だ。反日愛国主義教育の影響や、経済成長に伴う大国意識の広がりに加え、大卒者でも就職難という現実社会への不満が若年層に強く、日本がそのはけ口になっているとの指摘もある。


 自国チームへの応援は大いに結構だ。ただ相手チームの選手やサポーターに不安や不快感を抱かせるようでは開催国として失格だ。中国人サポーターの行動と当局の無為無策は、四年後の北京五輪開催資格へ疑問の声を呼ぶ。日中戦での改善を期待する。



という具合に、どちらも中国に強い遺憾の意を表明し、中国に強く当たるべしというように読めます。まあ、予想とおりの反応です。私も中国に節度を求める気持ちは変わりありませんが、はてさて、日本政府が中国政府に対し「サッカー場でのマナーを何とかせよ」なんて、次元の低いことを主張するのでしょうかね。


最後は朝日新聞です。


 重慶や済南での「反日」騒動には、むろん日本の中国侵略という歴史的な背景がある。とくに重慶は、日本軍機の無差別爆撃によって膨大な数の市民が犠牲となった。日本の若者たちも、この事実を知っているかいないかで、騒動への見方が変わってくるだろう。


 小泉首相の靖国参拝や尖閣問題、加えて日本人による中国での集団買春など、中国側からすれば感情をさかなでされるような出来事には事欠かない。若者に高まりつつある大国意識や江沢民時代の「愛国教育」の影響もあるだろう。


 それだけではない。重慶のような内陸部は、発展著しい沿海部と比べてはるかに貧しい。就職先のない若者も多い。不満はなかなか政府に届かない。そんなうっぷんを「反日」に託して晴らそうとした面も小さくない。


として


 そうであれば、スタンドの「反日」をいたずらに過大視することは賢明ではない。むしろ考えるべきは、なぜ日本が標的として使われやすいかだ。歴史の和解に魔法のつえはないが、歴史のとげを抜くことは今日の政治家の責任である。


と「朝日らしく」まとめています。


さて、こういう反日感情に対し、先に紹介したblog::TIAOというサイトの「新聞社Webサイトの「社説」がどんどん隅の方へ ・・・サッカー・アジア杯「反日」批判の情報コレクトとして」というエントリーに中国人から以下のようなコメントがついていました。


I'm really feeling shamefaced about the Chinese football fans.


It is silly to bring political issues into sports field.


I don't think we receive an anti-Japanese education.
But I think our education doesn't make a clear attitude to Japan and its crime to Chinese people in war.


I think our "爱国主义教育" doesn't have a real content,so that many people don't know what it is.
They misunderstand it.
They think anti-Japanese is the best way to express their love for homeland.


This is really stupid.


Our history textbook for high school students doesn't describe much of crime done by Japan.
So I don't think the anti-Japanese mood at present is caused by those history classes.


Posted by: 張穎 at 2004年08月05日 11:41



これを読んで、「馬立誠:日本はもう中国に謝罪しなくていい」という本も思い出しました。北京での決勝戦はどんな状況になり、マスコミはどう伝えてゆくでしょう。ネット上でも冷静で分析的な意見が読みたいものです。

2004年7月30日金曜日

国旗や国歌に関する軽い話題


最近は下火になってきましたが、国歌、国旗について議論が百出です。日本の場合、国歌や国旗に問題があるから新しいものにしようという動きがなかなか出てきませんよね。逆にモンク言っても愛着があるのかなと。

「拍手は指揮者が手を下ろしてから」というサイトで、新ロシア国歌の浸透度というエントリーがありました。これには、

大国意識を国家発展の原動力にしたい大統領は、3年前、旧ソ連国歌に新歌詞を付け復活させた。だが、ある調査によると、歌詞を知っている者は「30人に1人」とされている。

という新聞記事を引用しながら、サッカー欧州選手権に国家演奏中にガムを噛んでいる選手にプーチン大統領が苦言を呈したということなのですが、まあ、そんなものでしょう、と私など思ってしまいます。国家が押し付けたって、愛着がなければガムでも噛んでます。

一方、田中宇の国際ニュース解説の最近の記事「キリストの再臨とアメリカの政治」においても、イラクの国旗のことが紹介されており、

昨年からのイラク戦争では、米占領軍政府が、キリスト教右派勢力に対するイメージ戦略ではないかと感じられるいくつかの政策を行っている。その一つは、今年4月末に制定されたイラクの新国旗である。この国旗は、白地に青色の三日月が描かれ、その下に2本の青・黄・青の順番に3本の線が入っているもので、イラク人たちは「イスラエルの国旗を想起させる」として猛反対した(イスラエルの旗は白地に青色の星が描かれ、上下に青線が入っている)。

と書いています。

このように、国旗も国歌もプロパガンダとして利用する格好のものなんですから、やっぱりまともにお上の言うことなど聞いていられないと考えるのは「反日」ですかね? 日本の出るサッカーで高らかに「君が代」が斉唱されていますが、やっぱり私には、あまり気分のいいものではないですね。つーか、節がしみったれてんだよな。

じゃあ、新しい国旗や国歌をつくろうとは誰も言わない。結局は何かのアイデンティティは欲しいけど、今のものもモンダイあるけど、ま、いいかというところなのでしょうかね。






2004年4月29日木曜日

「反日」


『人質事件――「反日」とは何ですか』と題する4月28日の朝日新聞の社説です。


「人質の中には、自衛隊イラク派遣に公然と反対していた人もいるらしい。そんな反政府、反日的分子のために血税を用いることは、強烈な違和感、不快感をもたざるを得ない」

 自民党の柏村武昭参院議員が参院決算委員会の質問の中で、そう述べた。
��中略)

自衛隊の派遣に異を唱える者はみんな反日だ。そんな連中はどんな目にあっても、放っておけばいい。柏村氏の発言はそんなふうに聞こえる。

 「反日」とは、なんだろうか。



柏村氏は人質になったことを「反国家的」「利敵行為」とも述べた。まるで戦時体制のような言い方だった。


つらつら考えるに、時代の空気なのでしょうか。「非国民」という言葉だって、普通に使われるようになるのではないでしょうか。やっぱりオカシイと思いませんか、私は思います。自らが自由を少しずつ狭めているのは、日本という国の閉塞感と見えない圧迫感から来るのでしょうか。

2001年8月15日水曜日

予想とおりの反日感情

ニュースを見ていたら小泉氏の靖国参拝に抗議してのデモや小泉人形を燃やすなどの反日行動が韓国と中国で行われたらしい。この反日行動が、ごく一部の人の間だけのもので一般市民は冷ややかなのか、あるいは、大多数がこの行動を喝采しているのか、本当のところはどうなのだろう。ニュースだけ見ると、規模や広がりについてほとんど伝わってこない。我々が受ける感情は「やっぱりな」ということくらいだ。

それにしても驚くのは、他国の行動に対してここまで過剰に反応する彼らの土壌である。それほどの反発が深い根のところにあるわけだ。行動を起こす人たちを見ると結構若い層のようだから、これは教育あってのことではなかろうかと思う。中国や韓国では、日本よりも詳しく戦争と靖国の関係を理解しているのだろう。

さらには、日本を迎合しようとしながらも反日感情を捨てきれないという何かしこりのようなものがあるのではないかと思う。それだって、教育が植え付けているのではないか?

例えば、「日本は韓国や中国を搾取してアジアで圧倒的に優位な立場を築いた」と認識しているとするなら、そういう歴史認識を教育で醸成しているわけだ。

翻って、日本人が米国やその他の諸外国の行動に対して、猛烈なる抗議をすることが一体あるだろうか。沖縄の問題にしたって冷ややかなのが現状だろう。これも教育のせいなのか、それとも、単なる無関心なのか。

やはり、他国との協調と国際社会での一員となるには、お互いの歴史観を理解することが重要で、その前提には、自分たちの歴史観を明確にする作業がぜひとも必要だと思うのだが。