早いもので今年もあと1週間、今日はクリスマスイブです。
以前はクリスマスの頃に、バッハ・コレギウム・ジャパンが演奏するヘンデルの「メサイア」を聴きに行ったものです。コロナ禍を契機に、コンサート会場からもすっかり足が遠のいてしまいました。
ちょっと寂しいので、昔を思い出しながらこの盤を聴いています。
時代は大きな転換期、自分もとうに還暦を過ぎた。何に関心があり、どう考えていたか、記憶と思考の断片をつなぐ作業。将来の何に「投資」するか、自分を断捨離したときに最後に残すものは何か。私的なLife Log、ネット上の備忘録。
早いもので今年もあと1週間、今日はクリスマスイブです。
以前はクリスマスの頃に、バッハ・コレギウム・ジャパンが演奏するヘンデルの「メサイア」を聴きに行ったものです。コロナ禍を契機に、コンサート会場からもすっかり足が遠のいてしまいました。
ちょっと寂しいので、昔を思い出しながらこの盤を聴いています。
リコーダーのミカラ・ペトリが、キース・ジャレットのチェンバロで、J.S.バッハのフルートソナタを1992年に録音したものです。
キース・ジャレットといえば、自分にとっては神とも言えるジャズピアニストです。彼のピアニズムは、ジャズという枠内で捉えることができません。技量に関しても、この録音を聴いても(ピアノの専門家からは異論もあるかもしれませんが)クラシック奏者に比肩するのではないかと思います。
15:00開演。今まで聴いた中では一番印象に残るメサイアか。
最初はソリストの声量が足りないと思えたが、後半に向けて油が乗ってきた。BCJのアンサンブルは絶品で非の打ちどころがないハーモニー。トランペットに若干の不安があるのは仕方のないところか。それでも柔らかくオケ、ソリストと抜群の相性でもあった。
本公演のソリスト(ソプラノⅠ)は当初ミリアム・アランが出演予定でしたが、負傷(骨折)のため来日が不可能となり、代わってクリステン・ウィットマーが出演します。何卒ご了承ください。
指揮:鈴木雅明1990年<バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)>を創設以来、バッハ演奏の第一人者として名声を博す。グループを率いて欧米の主要なホール、音楽祭に度々登場しており、雄弁かつ透明なサウンド、本質に迫る演奏アプローチで、極めて高い評価を積み重ねている。2013年3月にはBCJ合唱団、イェール・スコラ・カントールムを率いてニューヨーク・フィル定期にデビュー、大きな成功を収めた。BISレーベルへのディスコグラフィは目覚ましく、特にBCJとの<バッハ:教会カンタータ・シリーズ>および声楽作品集には『この歯切れよさ、明晰さ、そして峻厳な精神性の高さは、聴く者の心を動かさずにおかない(タイムズ)』と世界中の批評家から賛辞が寄せられている。12年ドイツ・ライプツィヒ市より国際的なバッハ演奏貢献に対して「バッハ・メダル」、ロンドン王立音楽院・バッハ賞を受賞。平成25年度神戸市文化賞受賞。13年度サントリー音楽賞をバッハ・コレギウム・ジャパンと共に受賞。現在、イェール大学アーティスト・イン・レジデンス、神戸松蔭女子学院大学客員教授。
ソプラノI:クリステン・ウィットマー東京芸術大学にてクラシック声楽とバロック声楽を専攻。卒業の際、読売新人賞、アカンサス賞、同声会賞を受賞。在学中、友愛国際リートコンクール、日仏歌曲コンクール、日本モーツァルトコンクールなどで受賞。卒業後、明治安田クオリティオブライフ文化財団の奨学生としてオランダに留学。デン・ハーグ王立音楽院にて、マイケル・チャンス、ペーター・コーイらに師事、現在、ヘンリー・パーセル声楽曲の研究を専門としている。これまでにソリストとしてフィリップ・ヘレヴェッへ、ジョシュア・リフキン、ヨス・ファン・フェルトホーフェン(オランダ・バッハ協会『マタイ受難曲』)、鈴木雅明などの指揮者と共演を重ね、ユトレヒト古楽音楽祭でペーター・コーイとのデュオリサイタル、フランス・ブリュッヘン最後の舞台となった18世紀オーケストラとのラモー『優雅なインドの国々』ガラコンサートなどにも出演している。BCJメンバー。
ソプラノII:松井亜希岩手県出身。東京芸術大学声楽科卒業、同大学院修士課程・博士課程を修了。20世紀フランス歌曲研究で博士号取得。在学中に日仏声楽コンクール、友愛ドイツ歌曲コンクール優勝、日本音楽コンクール入選。近年はBCJメンバーとして多くの公演・録音に参加、代役ソリストを務めたカナリア諸島音楽祭ほか、国内外でのヘンデル、バッハ公演独唱で高く評価され、新国立劇場『ポッペアの戴冠』においても絶賛を博す。2014年12月16日、東京オペラシティ・リサイタルシリーズ「B→Cバッハからコンテンポラリーへ」に出演予定。広範なレパートリーとしなやかで透明度の高い歌声を生かし、多彩な活動を行なっている。
アルト(カウンターテナー):クリント・ファン・デア・リンデボーイソプラノとして南アフリカの主要オーケストラと共演。イートン・カレッジ、ロンドン王立音楽大学及び同大学修士課程に学ぶ。ロイヤル・フィル、アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック、キングス・コンソートなどのオーケストラやノリントン、シュライアーほか多くの指揮者と共演。ヘンデル等のオペラでタイトルロールを多く歌い、05年大野和士指揮R. シュトラウス『影のない女』でブリュッセル/モネ劇場にデビュー、09年夏のエディンバラ音楽祭で鈴木雅明/BCJとのヘンデル『リナルド』に出演、高い評価を得る。14年3月にはBCJのニュージーランド公演及びスペイン・フランスツアーに出演、注目を集めた。
テノール:チャールズ・ダニエルズ英国ソールズベリー生まれ。キングス・カレッジ(ケンブリッジ)および王立音楽院(ロンドン)に学び、後者ではエドワード・ブルックスに師事。9世紀から現代にわたる幅広いレパートリーを持ち、オランダ・バッハ協会、アンスタン・プリュリエール、バイエルン放送管弦楽団、サー・コリン・デイヴィス指揮、オランダ・フィルハーモニー管弦楽団、イル・コンプレッソ・バロッコ、コレギウム・ムジクム・ベルゲン、ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団など、共演多数。ドイチェ・グラモフォン、ハイペリオン、EMI、SOMMレコーズなど90以上のレコーディングに参加。キングス・コンソートとのパーセル作品の録音は20枚以上にのぼる。
バス(バリトン):ロデリック・ウィリアムズイギリスを代表するバリトンの一人。バロックから現代音楽に及ぶレパートリーをもち、知的な歌唱でオペラ、コンサート、リサイタルに幅広く活躍。モーツァルト作品でオペラ・ノースおよびスコティッシュ・オペラにしばしば出演するほか、イングリッシュ・ナショナル・オペラ『魔笛』のパパゲーノ役が高く評価され再演を果たす。D.ソイヤー、S.ビーミッシュらの新作初演でも歌っている。作曲家としても活動し、ウィグモアホール、バービカンホール、パーセルルームなどで作品が初演され、BBCでライブ放送されている。2016年4月にはリーズ歌曲フェスティバル・プラスでアーティスティック・ディレクターをつとめる予定である。
合唱・管弦楽:バッハ・コレギウム・ジャパン鈴木雅明が世界の第一線で活躍するオリジナル楽器のスペシャリストを擁して結成したオーケストラと合唱団。透明かつ劇的な合唱とオリジナル楽器による演奏は「アンサンブル全体が協和しながら光を発するかのような響きの美しさ(朝日新聞)」と高く評価されている。ライプツィヒ・バッハ音楽祭、BBCプロムス、カーネギーホール、コンセルトヘボウなどでの演奏を通じて、その評価を高めている。2013年3月には、合唱団が鈴木雅明指揮ニューヨーク・フィル定期に出演し喝采を浴びた。スウェーデンBISより80点に及ぶCDをリリースし、多くの賞を受賞。10~11年には『バッハ:モテット全集』が欧州3カ国のベスト・ディスク賞を獲得。12年には震災チャリティCD『Bach for Japan』をリリース。95年から時系列順で取り組んできた<バッハ:教会カンタータ・シリーズ>が13年2月、全曲演奏・録音(全55巻)を完遂、大きな反響を呼んでいる。14年3月には初のニュージーランド公演およびパリ、バルセロナを含むスペイン・フランス公演を行い、各地で絶賛を博した。
新宿バルト9で上映されているUKオペラCinema 「ジュリオ・チェーザレ」(ヘンデル作曲、グラインドボーン音楽祭2005年)を観てきました。DVDにもなっている本作品は、クレオパトラ役のダニエル・デ・ニースを一躍有名にした公演。
映画館でオペラというのは何度か観た事があります。貴重な映像を大画面で観る事ができるのは有難いのですが、音量と音響がちょっと酷い。クラシックを知らない人には適正な音量というものが理解できていない、ただ単に「大音量であれば迫力がある」としか考えていないのでしょう。音は割れ、高音もヒステリック。クリスティ率いるエイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団の微妙なハーモニーが騒音としか聴こえないのが何とも哀しい。歌手の歌声は肉声のそれではなく、ハンドマイクを通した街頭演説さながら。
歌手のドアップ映像もつらい。ハリウッドのスターではない。大アップでの熱唱はビジュアル的に耐えることができません。
そのような音楽的、ビジュアル的悲惨な面があったとしても、デ・ニースのクレオパトラは素晴らしい。彼女が登場すると世界が全然変ります。ジュリオ・チェーザレ役のサラ・コノリーやセトス役のキルヒシュラーガーなど並み居るヘンデルを得意とする歌手陣を向こうにまわしての圧倒的な存在感。これにはデイヴィッド・マクヴィカーの演出によるところも大きいのだと思います。ドロドロした復讐劇に、少し軽目のエンタテのトッピングをかけている。その対比が上手い。
デ・ニースには文字通り「つま先」まで痺れてしまいます。でかい口、大きな眼。チャーミングにしてコケティッシュ、健康的な色香。いわゆるエロかわいいてやつでしょうか。最後、さながらミュージカルのように歌って踊る「Da tempeste il legno infranto」がアタマにこびりついて離れません。確かにデ・ニースがフィガロのスザンナ役を演じたならばハマリ役でしょう。
二度の休憩をはさんで227分。観るのも結構体力が要ります。デ・ニース観たさに映画館に脚を運びましたけど、さらに別のオペラを観たいかと考えると、この音響では勘弁といったところでしょうか。新宿では16日(金)までですから、観るならお早めにといったところでしょうか。
これも、CLASSICAや#Credoを始めとするブログで強力にオススメ*1)だったCD。実はネットで話題になる前から買っていたのだけど、封を切る気力がなくて、やっと最近聴いてみたのです。いやはや、皆さん絶賛する訳が分かりました。まだ20歳のデ・ニースですが、若さがはちきれんばかりとでもいいましょうか。歌唱力の瑞々しさ、のびやかさ、躍動感、これは惹かれますね、まさに現代的な表現というのでしょう。
ラメントな歌を歌っても、どこか明るさを感じます。同じヘンデルを歌ってもコジェナーのような「暗い情念」とは無縁です。これ程の明るさや突き抜け感はどこから生じるのかと思って調べてみますと、スリランカとオランダの血筋でオーストラリアに生まれ、国内で多くのコンクールに入賞した後,ロスアンジェルスに移り,15歳でロスアンジェルス歌劇場でプロデビュー
*2)なのだそうです。
ライナーによりますと、両親は彼女の音楽的才能を伸ばすため6歳の頃からピアノ、歌、ダンスのレッスンを学ばせたようです。歌手としてのキャリアも若くして(ってまだ二十歳だって!)積んでいて、13歳にしてタングルウッド音楽祭に参加したのは最年少記録というとらしいです。
歌とともにダンスの才能もあり、彼女のインストラクターはダンスに専念するように言ったそうですが、彼女は歌を選んだようです。
"but singing has always been my main focus, the thing I get the most joy out of. It's the ultimate way I can express myself"
そうなんですね、この歌に対する彼女の愛情が、このアルバムからは溢れだしていて、それが聴くものをとことん圧倒してしまうのでしょう。彼女のダンスの才能が、ヴィヴィッドな躍動感として歌にあらわれているというのは私の思い込みかもしれませんが、コケティッシュにしてリズミカルに跳ねる彼女の姿が目に浮かぶようです。
というのも、kimataさんが紹介されていたDeccaの映像も良いのですが、ためしに、彼女を一躍有名にした'Giulio Cesare in Egitto'(2005年グラインドボーン)のYou Tubeの映像を観てください。
何と言っても、この小気味良い動き、猫のように軽いステップ、チャーミングな首の振り方! たった1分ちょっとの映像を何度観たことでしょう。同じ舞台での以下も必見でしょうか。
なんと優雅な動きでしょう。歌いながら、こんなに細やかな表現をするとは・・・! どちらも共演はサラ・コロニーのようです。
そんなデ・ニースの本アルバムは、得意のヘンデルのアリアから彼女自らヒロインの曲を集めたようです。
"I picked a lot of strong heroines who sing the strongest melodic and dramatic music possible, while also looking for intelligent characters in some of the lesser-known Handel operas"
という具合にして衝撃的にして必殺ビームを照射する本アルバム、必聴かと。内容に入る前に力尽きました! 顔立ちは私好みではありませんが、彼女の才能と歌唱力に撃沈です*3)。
◇
古楽系ブログで今年随分と話題になったヘンデル、そして、一部で評判の分かれるコジェナーのヘンデル・アリア集を、やっと、そしてボチボチ聴いています。ヘンデルもコジェナーも私には全く未開拓分野ですから、とやかく言うことはできません。コジェナーの唄い方がヘンデルに合っているのかという問題もありますが、彼女の古楽に対するアプローチとともに、聴き逃すことのできない盤と言えます。
ライナーを読みますと、コジェナーはヘンデルに現代にも通ずる人間の心理とドラマを読み取っており、劇中の人物の情感を的確に表現するために、あざといまでの歌唱力を駆使しているようです。収録曲のタイトルを眺めるだけで、ちょっと凄いですよ。
- 歌劇「アルチーナ」~ああ、我が心よ! お前は踏みにじられた!
- オラトリオ「ヘラクレス」~どこへ逃げたらよいの?
- 歌劇「アグリッピーナ」~ああ、不安が迫り来る
- 歌劇「エジプトのジュリオ・チェーザレ」~希望がこの心を照らしつつある
- オラトリオ「ヨシュア」~ああ!もし私にジュバルの竪琴があれば
- 歌劇「アリオダンテ」~不貞の女め、情夫の胸に戯れるがいい
- オラトリオ「テオドーラ」~眩しき太陽よ―深き闇よ
- 歌劇「ガリアのアマディージ」~苛烈なる地獄より呼び出さん
- 歌劇「オルランド」~ああ、地獄の妖怪め! ― 冥府の番犬ケルベロスが ― 美しい瞳よ、どうか泣かないでおくれ
- 歌劇「アリオダンテ」~暗く不幸な夜のあとには
- 歌劇「リナルド」~私を泣くがままにさせて
彼女の過剰さが話題となった*1)、たとえば9曲目の「Orlando」での歌唱、あるいは2曲目の「Hercules」で演ずるDejaniraの表現。どちらも狂気を身にまとった女性の、引き裂かれんばかりの心情が、凄まじいばかりに迫ってきます。これは確かにバロックの表現を越えているのではと感じる部分です。しかし、バロックがおとなしく神聖で美しいばかりの音楽であったというのは、私のような不勉強な者の勝手な思い込みかもしれないのです。
コジェナーがMarc Minkowskiと仕事をしているときにugly
に歌うことの効果を学んだと言います。
Baroque music is not all about beauty; sometimes you need a sound that may be not so lovely yet says so much more about the text, and particularly the character's madness at that moment.
��曲目の「Alcina」からの女王Alcinaの嘆きも真に迫ってきます。まさに女神のように振舞っていたAlcinaが、人生において初めて恋に落ちた心情を歌っています。この歌をブラインドで聴いてヘンデルの作であると、バロックに詳しくない人が特定できるでしょうか。あるいは伴奏がバロック・オーケストラから現代のものに変ったとしたらどうでしょう。
These are special moments which everyone can find deep in their own experience.
それほどまでにヘンデルの音楽は豊穣であり、そして、それを歌うコジェナーの表現は、「ある意味において」的確だといえます。ただ、ただ、コジェナーのパワーに圧倒されっぱなしです(失笑)。
ヘンデルのアリアは長くて眠くなるという印象がありましたが、ヴィヴァルディのそれに負けず劣らずに技巧的な曲もあり、また、ラストの有名な曲を始めとして、信じられないくらいに美しい曲も収録されており、ヘンデルのアリアは確かにバロック歌手やバロックファンにとって至宝であるなと思った次第です。 もっとも、心情が大切だからと、歌詞の対訳を調べ劇の背景を調べてアリアの意味づけを行う程には、今はパワーがありません・・・。
こういうヘンデルに対して、ブログ「庭は夏のひざかり」のSonnenfleckさんは下記のように書いています。
このアリアに限らずあんまりヘンデルや古楽を聴いてる実感がないのがこのアルバムの特徴で、最強の個性派女優としてのコジェナーが前面に押し出されて来、彼女のスタイルによる何か新ジャンルのうたを聴かせてもらってる感じ
他に例えるとすると、「バルトリの歌うヴィヴァルディ」みたいなものなんでしょうか。私にはそこのところがまだ判断つきません。もう少しヘンデルのアリアを聴いてみる必要がありそうです。
◇
王女エルミーラは英雄フロリダンテの凱旋を喜んでいます。ところが本来ならば二人は結婚する約束だったのに、暴君のオロンテ王がそれを認めないばかりか、フロリダンテを国外に追放し何と自分がエルミーラと結婚しようとします。エルミーラの妹と捕虜であるティマンテ(グリコーネ)は愛し合っており、フロリダンテとエルミーラを何とか助けようとします。フロリダンテとエルミーラは逃亡するのですが失敗、もうこれまでと毒杯をあおろうとしたところを、暴君オロンテに捉われてしまいます。あわや二人が殺されようとしたときに・・・。禁じられた愛に逃亡、友情、裏切り、復讐劇と、結構ドロドロした物語ですが、最後はハッピーエンド。しかし、全体にクライ物語ですから、ひたすらラメント節が延々と続くワケで・・・、はっきり言ってつきあっておられません。最後まで聴くのは、相当の忍耐力が要ります。
行き当たりばったりですが、今日はNMLでヘンデルのテノール・アリアを聴いてみました。
ヘンデルのアリアの魅力って何なんですかね。ヴィヴァルディのように、一瞬にして人を捕まえて話さないという類の強烈さはありません。しっとり歌う部分、技巧的な部分、音楽性は多彩です。それでも、感情が発散しないというか、適度の抑制が効いています。底が抜けないというのでしょうか、ヘンデルの性格なんでしょうか。
David Hobsonのテノールを聴いていると、更にそう感じます。綺麗な声です、どこにもひっかからず、歌声がサラサラと流れていきます、声質は軽くどこまでも明るい。彼はオーストラリアで最も有名で人気のオペラ歌手であり、作曲家だと知ると(→公式サイト)成る程なと(オーストラリアについては、何も知らないのですけど)。日本酒でいえば上前如水みたいな・・・。深刻にラメントな淵に落ち込まないだけ、良いといえましょうか。例えば、Judas Maccabaeus, HWV 63 のSound an alarm!など、ハイドン的な管弦楽の伴奏に合唱まで加わって、それなりのカタルシスは得られますか。青空に浮かぶヘンデルつーか。
それにしてもヘンデルです。彼は何と多くの歌劇やオラトリオを作曲しているんでしょう。改めて調べてみて驚くばかりです。バッハと並び称される割には、「ハレルヤ・コーラス」とか「オンブラ・マイ・フ」「水上の音楽」「調子のよい鍛冶屋」くらいしかピンと来ないんです・・・。
ヘンデルのアリアということで、Harry ChristophersとSarah Connolly(MS)によるアルバムも聴いてみました。
アルバムは、Alcina、Solomon、Ariodante、Herculesと、ヘンデルの「英雄モノ」のオペラです。'Heroes and Heroines'とあるように、音楽は多彩。Connollyのちょっと暗い歌声は、英雄たちの悲哀や嘆きを切々と唄っています。
しかし、なんだかちょっと響かない。解説によると(→こちら)ヨーロッパだけではなくアメリカも請われているメゾ・ソプラノ歌手であるらしいんですけど。抑えの効いた歌声がワタシ的にはイマひとつなのか、結局ワタシは、スコーンと抜けた技巧的ソプラノが好きってことなの?それぢゃあ、あまりにも単純なご趣味ではあります。
伴奏のThe SixteenはHarry Christophersが設立し指揮もしているイギリスの合唱とピリオド楽器のオーケストラ(→公式サイト)。こちらも抑制が効いた、そして品のある小気味良い演奏です、イギリス的とでもいうのでしょうか、華やかさや過激さはありません、しかし、悪くはないですよ。
いかにも以前から知っているような書き方していますが、全て今日初めて知った知識です、念のため。
��D購入意欲も活動意欲も減退しておりまして、今日はNMLでYvonne Kennyの唄うヘンデルのアリアを聴いてみました。私はディープなクラヲにもバロクーにもなりきれない中途半端なリスナーですから、ヘンデルのオペラやオラトリオなどほとんど聴いたことなどないんです。(というか、ヘンデルそのものを殆ど聴いていない!)
何気に聴いてみたものの、これが結構ハマります。
Giulio Cesare in Egitto,HWV17 Act III Scene 7: Da tempesteなど、いかにもバロック的巧的に満ちた曲と言えましょうか。Serse, HWV 40 Act I Scene 7: Ne men con l'ombreも良いです。何を唄っているのかは皆目分かりませんが、こういう快活な曲は単純に楽しめます。いや、いや、しっとりとした曲も素晴らしい。Rinaldo,NMV 7 ActII Scene IV: Lascia ch'io piangaはずっと聴いていても良いです。いやでもしかし、Alcina, HWV 34 Act 8で Ah! mio corと悲嘆に満ちて唄う曲が、本盤の中の一番かなあ。
曲の良し悪しや演奏について評することなどできませんが、ヘンデルって結構聴き所満載なのですね、全く知りませんでした。
Yvonne Kennyはシドニー生まれのソプラノ歌手。1975年にロンドンでドニゼッティの「ロズモンダ」でオペラ・デビューをしています。NMLのラインナップを眺めると録音も豊富です。伴奏のオーストラリア・ブランデンブルク管弦楽団は、決して尖らずに心地よい演奏を聴かせてくれます。
それにしてもヴィヴァルディだって聴いていない曲が沢山あるというのに・・・、困ったものです。
Sophie Yatesの演奏によるヘンデルの鍵盤曲をNMLで聴いてみました。Vol.2では組曲No.1~5を、Vol.3ではNo.6~9を聴くことができます。
ヘンデルはJ.S.バッハやドメニコ・スカルラッティと同年の1685年に生まれています。スカルラッティはホロヴィッツに限らず、ピアノ奏者が時々取り上げる作家ですから少しは馴染みがあるのですが、考えてみるとヘンデルの鍵盤曲など私はさっぱりです。ヘンデルの諸作品を聴きながら気付きます。Yatesが良いとか言う以前に、私は古楽どころかヘンデルが何者であったのかさえ知らないことに。
第5番ホ長調(HWV 430)の終曲は「調子の良い鍛冶屋」として有名ですが、変奏曲としては少し単純。むしろ短調の曲に魅力を感じます。特に第7番ハ短調(HWV 432)の終曲のPassacaille(パッサカリアの主題と3つの変奏)は、かなり激しい調子となり鍵盤を駆け巡り、聴いていてドキドキします。重層的な音符の重なりは、オルガン的な雰囲気さえ漂わせ感動的でさえあります。
NAXOS ML ハマってしまいますね(^^;;; 今日は#CredoのkimataさんがNMLで聴いて思わず購入してしまったという、キャロリン・サンプソンとロビン・ブレイズのヘンデル。ついでですから聴いてみました。
いやァ、これまた良い。普段雑誌で紹介されていても、おそらくは購入までには至らないこういうテの曲をネットでいつでも全曲聴けるというのは、かなり画期的なことかもしれません。
声楽や古楽系も全くフォローしていない私ですから、ロビン・ブレイズのカウンター・テナーを聴くだけで、もううっとりです。本を読むBGMにでもと思ったのに、思わず聴き惚れてしまいました。収録されている曲はどれも明るく暖かな雰囲気。サンプソンのソプラノとの絡みが何とも品が良い。端正にしてふくよかな芳香が香る。こういう音楽を聴いているだけで何だか得をした気になって、幸せな気分になれます。
ちょっとネットでググってみますと、両者とBCJ共演しており、今年のBCJの演奏会にも来日してカンタータを歌うそうです。半年以上も先の演奏会の予定など入れられないのですが、とりあえずはメモっておきましょう。
W・ベネットによるヘンデルのフルートソナタ集です。ベネットはギリス出身のフルート界を代表する名手です。かなり以前ですが、実演にも何度か接したことがあり「端正」とも表現される演奏スタイルにいたく感銘を受けたものです。
このヘンデルのソナタ集も、独特の深みのある音色と教科書のような正確さで淡々と演奏されています。
ベネットはM・モイーズやランパル、J・ギルバートなどに師事しており、いわゆる正統派の演奏家ということになるのでしょうか。先ほど「端正」という表現を使いましたが、音色にもクセやいやらしいところが無く、また音楽の解釈においてもあざとさなどを感じることは全くありません。
音色も明るく柔らかなでありながら、どこかコクのある響きです。「明るい」と言っても、楽天的な華やかさよりも明晰さを感じる方向で、どこか「教授」とでも評したくなる雰囲気があります。さぞかし実生活においては超真面目人か変人であるのではないかと想像しているのですが実際はどうなのでしょう。
さて、そのようなベネットですから演奏には文句の付けるところなどどこにもないのですが、何か物足りないと感じてしまうことも認めざるを得ません。それでも繰り返し演奏を聴いていると、抑制された表現の中に秘められたものが閃くように現れる瞬間があり、静かな感興を覚えることができます。
そういうわけで、こういう盤を聴いていると、フルートでも練習せねばという義務感だけは湧き上がってはきます。そういえばこの曲集の中のソナタ ホ短調でも吹いてみるかなとか・・・