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2008年11月4日火曜日

【本棚】図解!あなたもいままでの10倍速く本が読める

世に速読関連の本はあふれています。それほどに現代人は処理する情報量が多いということの裏返しなのでしょう。ですから、繰り返し出ては消えていくこの手の本も、売れ行きが減退することはありません。(→Amazon

本書の目新しいところは「フォト・リーディング」という手法。1ページ1秒くらいでページを脳に焼き付けるのですとか。

フォト・リーディングを効果的に行うためには、「プレ・リーディング」(プレビュー:読書の方針決定)、「ポスト・リーディング」(ポストビュー:反省と深化)も欠かせない、何度も本文に接することによって、本書の理解も深まるのですとか。

斜め読みだろうが何だろうが、同じ本を三度も読めば、そりゃあ理解は深まります。肝心の「フォト・リーディング」となると、私には万人向けとは感じられませんでした。本書を元に何度か試してみましたが、こんなトレーニングを、とてもではありませんが続ける気になりません。この本だけで「フォト・リーディング」ができるようになる人も居ると思えない。そのうえ、「フォト・リーディング」以外は比較的まともなことしか書いていない、世の速読本とあまり変わりはないといった印象。

安易なビジネス本とか、ハウツー本などには、このような速読法は効果的でしょう。私も立ち読みのときは新書や単行本は1冊30分程度です、それ以上は疲れてしまいますし。しかし、じっくり読み込みたい本や、難しい本は速読はしません、というか速読に適さない、速読できない。

結局のところ読書法というのは、今までに蓄積された読書量と読書の質がベースとなって、それぞれが独自に編み出すものなのだと思います。私のように大した読書経験もない者には「速読可能なレベルの本」の数など、たかが知れているといったところ。あるいは、「速読可能なレベルの本」をいくら大量に読んだところで、得られる糧も知れているというと、書きすぎでしょうか。

2008年9月1日月曜日

[立ち読み]「残業ゼロ」の仕事力、人生力


新聞広告などで大きく宣伝されていましたので、ざっと二冊を読んでみました。もっとも、立ち読み、それも2冊合わせて30分程度です、はずしていたらごめんなさい。


『仕事力』の方はタイトルの通り残業することがいかにムダであるのかを、諸外国のデータや著者の経験に基づいて力説しています。『人生力』は、前著の蒸し返しの部分が多いので、読むなら『人生力』だけでも良いかもしれません。


本書は、残業を続けることが仕事後の人生(著者はそれを「本生」と称しています)をスポイルすることになるという、著者の最も基本的な人生に関するスタンスを強調しています。


著者の「所詮仕事はゲーム、人生に必要なお金をかせぐためのもの」「楽しみは仕事がおわってから」というスタンスに違和感を覚える読者も多いようです。しかし、本質はそこになないと思います。著者だって仕事を人生の一部と考えて「楽しんで」いることは十分に伝わりますから。


私の場合、一番印象的だったのは、以下の式です。


��4時間-(睡眠時間)=(仕事の時間)


仕事の時間には通勤時間も含まれます。これでは自分の時間が残らないのだと。著者は最低でも3時間は毎日自分の時間をつくれ、家族と会話しろと説きます。まず自分に投資しろということです。すなわち、


��4時間-(自分への投資時間)-(睡眠時間)=(仕事の時間)


ということです。「自分への投資」には自己啓発もありましょうし、家族との時間も含まれます。著者は仕事関係のパーティーなどには出席しても、「どんなに親しい人とも二次会は行かない」と書いています。「睡眠時間」も確保すべきリソースなわけです。


自分のリソースさえ計画配分できない輩が、企業利益を叩き出せるわけなどないのかもしれません。残業ゼロの発想とは、人生の生産性を上げ、よりよく生きていく上での不可欠なものと痛感する次第です。


その他、著者の個々の「アイデア」については、実践していることも多く、それほど感銘は受けません。そんなの当たり前だよなといったところ。


いずれにしても定年前後に配偶者から別居願い、離婚届けなど突きつけられないようにすることは、「24時間仕事人間」にとっては痛切な問題でしょう(><)。

2008年7月3日木曜日

[立読み]岡崎太郎:1日3分「夢」実現ノート


またまた「自己啓発本」です。若かりし頃はこのテの本を忌避敬遠、嫌悪さえしていましたが、そういう考え方が非常に「傲慢」で「自己中心的」でしかないと、歳を経るにつれ思うに至り、チマチマと読んでいるわけです。相変わらず「手元に置く価値があるか」ギモンなので、立読みの斜め読みなんですが。


2008年7月2日水曜日

[立読み]山本ケイイチ:仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか


極東ブログで紹介されており興味を持ち、amazonのカスタマーズ・レビュでもタイトルの割には「結構まともな内容」という評価。この手の本は無視するわけにもいかず、といって買うほどの内容かはギモンなので立読みの斜め読みです。



成る程、非常にポジティブな内容。何のためにトレーニングをするのかという目的意識を明確にし、確実に成果を上げるトレーニングを実施するという方法論は、ビジネスにも通じる、これからは「IT」「英語」「筋肉」(笑)なのだと。


そりゃあ確かです。しかし、これでは「仕事が出来る人がなぜ筋トレをするのか」ではなく「仕事が出来る人はやっぱり(しんどい)筋トレも継続することができる」ということなのではなかろうか、と自問しながら読み進めました。ただ、そう言ってしまうのでは実も蓋もない。


これからの優れたビジネス・パーソンは、きちんと自己管理を行い、QOL(Quality Of Life)を高めていく生き物であるという、一点の曇りもない健全なる考え方にも感銘を受けました。そういう人間になるべく自己改造することが大事なのだと。それにしても、この手のポジティブな本が書店には、本当に溢れていますね。


なお、さきに紹介した「極東ブログ」の書評のような「グロテスクな側面」は、あまり強く受けませんでした。興味のある方はご一読を。

2008年3月27日木曜日

[立読み]成毛眞:本は10冊同時に読め!

サブタイトルが『―生き方に差がつく「超並列」読書術 本を読まない人はサルである!』。 かように、非常に自己主張の強い本です。本(本書ではない!)を読む人と読まない人では圧倒的に差がつくと。

「普通の人と同じことをしていては一般人から抜け出せない」「40歳で「庶民」となるか、それ以上に行けるかが決まる」「本を読まない人とは付き合うな」などの主張には違和感も覚えます。私も40後半、「庶民」を脱することはできませんでしたし、そもそも「庶民」を脱しようなどと、考えたこともなかったですから。

このテの本がいつもそうであるように、氏の読書法には何も目新しいところはありません。10冊併読しろ、ジャンルはバラバラで読め、本は最後まで読むな、あるジャンルの本は大人買いしろ、ハウツー本は読むな(捨てろ)とか・・・。他の誰かも主張しているような内容です。普通の読書人なら自らやっていることばかり。この点に読むべきほどの内容はありません。

「本を読むときは、線は引かない」「本に書き込みしない」「三色ボールペンなんて、ましてや使わない」「買った本は捨てない」「メモなんて取らない、まとめもしない」などという氏の方法論も展開していますが、これも余計なお世話。松岡正剛氏は本の中にたくさんの線や書き込みをしますし、三色ボールペン齋藤孝氏は何と言うか、勝間和代氏は買った本は(彼女のお住まいが狭いとは思えませんが)バサバサ捨てているようですし、レバレッジ本田直之氏にも異論はあるでしょう。結局、方法論なんて個人によって万別です。

氏は子供時代からの1万5千冊以上の蔵書を捨てずに保管しいるとのこと、うらやましい限りです。本へのお金のかけ方も、(勝間氏も立花氏もそうですが)尋常ではありません。

私はこの春の引越しにより、子供時代からの本を(泣く泣く)ほとんど二束三文で売りさばきました。「耳をすませば」の月島雫の父(月島靖也=声は立花隆)部屋?のようになってしまうのは嫌でしたし。

かように意味で刺激的な本ですが、本書も「成功者のハウツー本」の域は全く出ていません。成毛氏や勝間氏的に言えば、「本屋で前書きと目次を読み、気に入ったところだけササっと読んで次にいく本」であることに変わりありません。私も書店の立ち読み20分で済ませてしまいました。

アマゾンでは10冊併読の読書術の記述がないとのコメントがありますが、本書はマニュアル本ではありません。サル化してきた日本人に対するアジテータ本なんですね。「成功者のマネをしている限り(これもサル)一生それ以下にさえなれないよ」と、一応成功者である著者が主張しているわけです。一種のトートロジーですね。

本書に同感するところがあるとすれば、本が与えてくれる世界の広さを熟知した、本に対する愛着の深さ、本は勉強のためのものではなく人生を豊かにするためのものという楽観的な考え方でしょうか。それなのに明治の文豪を読む価値なしと断ずる神経は、私の理解を一万光年くらい超えています。成毛氏の精神は豊かなのか貧弱なのか、その結論は先送りです。

※立ち読みですので、文中の著者の主張は、記憶に頼ったものであり、本文からの引用ではありません。

2008年2月23日土曜日

[立読み]一日30分とか効率を10倍とか・・・ハア=3


とりあえず、ざっと読んだ啓発本の感想など。あまりマジメに論ずる気もありませんので、防備録程度。amazonにもレビュ載せてますが、白状します。買ってません、立読みですm(_ _||)m


感想も、褒めているんだか貶しているんだか・・・。せっかくアマゾンリンク貼ったって、こんな感想読んで本書を買う人なんていませんよ!


古市幸雄:「1日30分」を続けなさい!人生勝利の勉強法55


このような書が読まれ売れるということは、世に勉強しない人が溢れていること、手っ取り早く知識を身につけて効果を出したいと思っている人が多いからとの指摘は、ある程度当たっていよう。


本書に書いてあることは、確かに「当たり前のこと」ではあるが、例えば勉強の効果は、ある程度経たないと目に見えてこないとか、英語学習はそもそも勉強時間の絶対量が圧倒的に足りないということは的を得ている。


不勉強なる私は、本書を読んでから、英語などをマスターするには「絶対時間しかない」と再認識した次第である。そう思い知るだけでもタメにはなった。


つまりは今までの自分が「甘かった」だけのことであるが。ただ、いつ「臨界点」を越えられるのか、本人には分からないのがツライところである



古市幸雄:「朝30分」を続けなさい!人生勝利へのスピード倍増!朝勉強のススメ


前書と内容のかぶるところが多く、この本を出版した主旨が良く分からない。大事な点を強調したいなら、前書を繰り返し読んで、あとはひたすら実践するだけで良い。勉強法というのは、本来的に人に教わるものではないと思っている。


それでも敢えて書いたとしたら、前書に対する筆者への批判が多かった故だろうか。


「当たり前のこともできないよう(な奴に)では、応用問題なんてできない」「勉強法の勉強ばっかりやってんぢゃねーよ」「さっさと勉強始めろ」「勉強が続かないのは強いモチベーションがないからだ」


痛い指摘ではある。人により何を勉強するかは異なるだろう。ただ、「勉強しない輩=負け組」とする論には反発も多かろうと思う。またその反発の源は勉強も出来るしその努力もしている優等生から正論を吐かれているときに感じる違和感であろうか。


アマゾンレビューにも批判は多いが、筆者の言っていることは、基本的には間違っていないと思う。





勝間和代:効率が10倍アップする新・知的生産術―自分をグーグル化する方法


勝間氏は尊敬に値する人物であるとは思う。しかし、本書は美味しくいただけない。読んでいてとても疲れる。


彼女は本書のようなガジェットで武装しなくても、もともと恐ろしく情報処理能力が極めて高い方なのであろう。そんな彼女の場合は、ちょっとしたツールの使い方でさらにその処理能力が倍増するというわけだ。


しかし一般的な我々は、それほどの情報量を必要ともしなければ、処理する必要もない。「情報洪水といってもそんなに浴びてないぢゃない」との指摘は、まさに彼女が成し得る一般人に対する指摘である。


この本のは「彼女のように極めて成功した人」はどうやって生まれたのかの一端を垣間見せるもので、立花隆氏の「ぼくはこんな本を読んできた」みたいなものである。成功者のメソッドを知ったところで、刺激にはなるが全てをマネなどできない。また全てマネできたとしても、勝間氏になれるわけでもない。


とはいっても、何かとてつもないパワー(刺激)を得たい時に読むには本書は非常に効果があるとは思う。パフォーマンスの上がらないとき「そうか!自転車はペダルを踏むときだけぢゃなくて、戻すときも漕ぐものなのか!」と思い出すだけで効果・倍・・増・・・、やっぱり、疲れそう=3 凡人はダメね。


2008年1月27日日曜日

【本棚】大前研一:大前流 心理経済学


副題は「貯めるな使え!」と刺激的なキャッチ。要は1500兆円にもなる個人金融資産を眠らせることなく、有意義に消費、投資にまわして日本を活性化し、自分の人生をより良いものにしろというメッセージ。 もっとも「大前流」とあるように「心理経済学」という点の内容は残念ながら浅い。 

ここでも日本人の多くが自分の資産さえ把握していない不思議(P.125)に警鐘を鳴らしています。把握していないのではなく、今まで把握する必要がなく、陰謀論的には把握させないように誘導されていたのかも知れませんが・・・。

氏のメッセージは強烈なのですが、一方で個人金融資産1500兆円というところに読者の生活実感がどこまで合致するか疑問です。

大前氏も高齢者から若い世代に資産を移す(P.159)と指摘しているように金融資産は高齢者に偏っています。本当にお金の必要な若年層は資産より負債の方が多いのが現実でしょう。そこで大前氏は、資産移動のために贈与税の改革と生前相続制度を挙げているのですが、現実味が少ない。というのも、資産はもはや年齢だけではなく、階層に偏在しているのが日本の現状なのではないかと感じるからです。

前提の1500兆円に関する詳細な分析がないだけに、資産ギャップを感じる人には、ほとんど空論と写ります。

それでも、多少雑ではあるものの、見逃すことのできない指摘も多い。たとえば「第6章 心理経済と集団IQ」。

シンガポールの生き残り戦略などを紹介しながら、日本の旧態依然とした地域利益重視型島国政治によって、国際社会から完全に取り残されつつある現状を活写しています。また最近話題になり始めた政府系ファンドについても言及しています。

かように海外はめまぐるしく変化しており、スピード感は驚くほどです。今の日本政治が完全な機能不全に陥っていることは日々接するニュースや仕事からも実感として感じることです。アメリカの大統領予備選の報道ぶりを見るに付け、日本の政治風景の不毛さを思い知ります。

日本がこのまま国際社会での地位を急激に落としていこうとも、多くの人たちは日本に住み続けなくてはなりません。その中で幸福を追求するには、「無知」と「怠惰」を戒め、自ら主体的な個として生きなくてはならないということなのでしょう。

正月からいくつかの投資関連本やら自己啓発本を読みましたが(梅田望夫の「ウェブ時代をゆく」も含め)、共通して感じたことは「お金の運用」の仕方ではありません。「投資」ということの持つ意味と、自分の人生に対する積極的関与の重要性です。私たちは、より良く生きるために「投資」を怠ってはいけないのだと。

2007年9月25日火曜日

[読書メモ]岡田斗司夫:いつまでもデブと思うなよ


ダイエット本として、かなり売れている様子。classicaのiioさんや#credoのkimataさんも紹介している*1)。私の体形はメタボとは程遠い「痩せ型」であるため本書は無縁と思ったものの、気になる部分もあったため、書店で立読の斜め読み。


成る程、単なるダイエット本かと思いきや。たしかにテクニカルな点ではダイエット本だが、その骨子は昨今の「見た目主義」の風潮に乗った論調。自分自身の「ダイエット」、自己への投資ということ。


成果を上げてもデブだと損、デブはマイナスイメージがある、見た目が大事、デブは損だから痩せましょうと説く。人を動かすには損得感情に訴えなくてはダメということか。あるいは人を動機づけるものは、損得を越えて人から賞賛されるということか。デブから痩せることは、その一助になるのだと。


痩せるテクニックは記録すること、すなわち目標設定と「見える化」で目新しいものはない。あるいは、ビックマックを食べたくて我慢するのではなく、一口食って後は捨てるのだとか。


しかし・・・、極端なデブは別として、痩せることは本当に自己投資なのか?単なるメタボ協奏曲に乗った動きでしかないのではないか?というギモンがないわけでもない。




  1. http://www.classicajapan.com/wn/archives/001482.html
  2. http://blog.livedoor.jp/credo5026/archives/50910016.html