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2009年2月2日月曜日

玉三郎の「鷺娘」、伝説化・・・

先月の歌舞伎座での玉三郎の「鷺娘」について、ナマ「鷺娘」もそのうち「伝説」になるでしょう。
と書いたのですけど、当たってしまいましたね。

ブログ「六条亭の東屋」で知りましたが、玉三郎自ら、もう歌舞伎座でも新歌舞伎座でも「鷺娘」は踊らない(踊れない)と書いています。

勿論芸直は追究して有り余るものでございますし、これからまだまだ深めていけることもありましょうけれども、娘物の舞踊として私の年齢と肉体を考えましても今回の公演で線を引かせて頂くことに致しました。

玉三郎 公式サイトでの「今月のコメント」です。潔いといえば潔く、寂しいといえば寂しい。しかし観ておいてよかったと今は素直に僥倖に感謝するのみ。

2009年1月26日月曜日

歌舞伎座:初春大歌舞伎~昼の部


歌舞伎座で「初春大歌舞伎」の昼の部を観劇してきました。歌舞伎座の建て替えもいよいよ決定したようです。2009年4月までの16ヶ月間、「歌舞伎座さよなら公演」と銘打っての公演の最初となります。

演目は「祝初春式三番叟(いわうはるしきさんばそう)」に続いて幸四郎の「平家女護島 俊寛(しゅんかん)」、菊五郎と時蔵の「花街模様薊色縫 十六夜清心(いざよいせいしん)」そして玉三郎の「鷺娘」です。久々に歌舞伎を堪能できました。

一番良かったのは、もっとも期待していなかった「十六夜清心」です。河竹黙阿弥の作品。演じられるのは「稲瀬川百本杭の場」「川中白魚船の場」そして「百本杭川下の場」。鎌倉極楽寺の僧である清心と遊女の十六夜が、どんどんと悪者になっていくという狂言の前半部分。

清心が僧でありながら色恋や浮世の快楽を捨てきれずに、悪心を抱いていくその変化が見所です。求女をはずみから殺してしまい、自らも死のうとするものの、遠くから嬌声が聞こえて逡巡、そして思いとどまっての名台詞。「これを知ったはお月様と、俺ばかり」! ここの変り方が、ヌラヌラと面白い。

俳諧師白蓮を吉右衛門が演じています。狂言を通してみると、こいつはとんでもない悪党なんです。その悪さが台詞から見えていてさすがの貫禄といったところ。通しで観てみたい狂言です。

「鷺娘」は今回が二度目(→一度目はこちら)。変な批評などせず、玉三郎の踊りにどっぷりと浸かるのが、一番よかろうと思います。ナマ「鷺娘」もそのうち「伝説」になるでしょう。

幸四郎は、私はあまり好きな役者ではない。いくら有名、人気、幸四郎のオハコとはいえ、正月から観たい演目でもありません。感動よりもあざとさと過剰さが気になってしまいました。意に反して良かったのが、千鳥を演じる芝雀! 初心な感じがなんともかわいい。「りんぎょやってくれめせや~」が耳について離れません(笑)。彼女の純粋さが、大きく俊寛の心を動かしたことが良く分かります。最後の回り舞台の演出は劇的ですが、やっぱり幸四郎の演技がなんとも、泣き叫ぶより最後の沈黙の方が余程説得力がありましたね。

2007年10月14日日曜日

歌舞伎座:芸術祭十月大歌舞伎 夜の部 怪談 牡丹燈籠

久しぶりに歌舞伎を観てきました。歌舞伎座で上演中の夜の部、三遊亭円朝原作の通し狂言『怪談 牡丹燈籠』です。歌舞伎の『牡丹燈籠』は河竹新七版と文学座版の二種類があるそうですが、今回は後者のもの。74年初演、大西信行脚色・戌井市郎演出によるものです。伴蔵が仁左衛門、お峰が玉三郎という組み合わせ。なんでもう秋だっていうのに、怪談なんだろうとは思いますが、まあよしとしましょう。

前半は恋焦がれた新三郎を幽霊になったお露が憑き殺してしまうところまで、後半はお国と源三郎、お峰の末路まで。仁左衛門と玉三郎という話題の組み合わせですから、前評判や人気も上々。休日は安い3階席は空いていません。幕見席に久しぶりに並んで、狂言のみの観劇としました。

ただし、幕見席というのは、やはり通(つう)の席だなと改めて思いましたよ。最初は、お米やお露の声が聞き取りにくく、何を言っているのかさっぱり、芝居にのめり込めない。4階の幕見席からでは役者たちの細かな所作までは全く分からないんです。

それでも台詞回しはほとんど口語ですから筋が分からないということはない。有名な怪談話が気のきいた欲得まみれの夫婦劇になっています。特に玉三郎演ずるお峰がいいです。芝居は喜劇調で妙に玉三郎の演技がツボにハマっています。伴蔵が幽霊を見たという話を、怖がりながらも「聞きたーい」と言う所、幽霊からもらった百両を震える両手で数えるところ、そして「チュウ、チュウ、タコ、カイ、ナ~」。わざとらしさも感じますが、ここは素直に笑った方が得。

それでも見所は、馬子久蔵(三津五郎)をとっつかまえて、伴蔵の浮気を吐かせ、そして酔って返る伴蔵に浮気を詰め寄るシーンでしょうか。ここの玉三郎は歌舞伎というよりも現代ドラマを演じているかのよう。それだけに、これが歌舞伎か?と違和感もないわけではありませんが、やはりこれも歌舞伎。そして芝居として面白い。

玉三郎については、渡辺保氏が今月の劇評(→こちら)に以下のように書いています。

玉三郎は結局新七本よりも大西本のほうがその芸風に合っているのかもしれない。そこに玉三郎の女形としての特徴と現代性があるのだろう。これは「玉三郎論」の重要なデータである。

玉三郎の現代性ですか、成る程、よくわかんないけど。

お米演ずる吉之丞の幽霊姿は、近くで見るとかなりサマになっていたとの感想もありますが、これは全く確認できず。近場で観れなくてやっぱり残念です。ラストの「殺し場」は、お国と源次郎、伴蔵とお峰と続きます。いかにも歌舞伎的な「殺し場」ですが、伴蔵とお峰の場面は演出が過ぎましたか、雷鳴は不要なように思えます。ここは、しっかり二人の芝居を観たいところ。こずるいところもあったけれど、哀れな女です、お峰は。

本芝居は、三遊亭円朝の通し狂言が元になっていますので、2回ほど三津五郎が高座の円朝を演じて物語をします。なかなか楽しめる演出ではありましたか。やっぱり、久しぶりに観ても歌舞伎は面白いですね。


2005年10月11日火曜日

歌舞伎座:芸術祭十月大歌舞伎


歌舞伎座で芸術祭十月大歌舞伎の夜の部を観てきました。

演目は田之助、左團次、菊五郎などによる「双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき) 引窓」、玉三郎の人形振りが話題の「日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)」、そして今年12月に坂田藤十郎を襲名予定の鴈治郎による「心中天網島 河庄」です。

あらかじめ渡辺保氏の歌舞伎評と、一閑堂のぽん太さんのエントリをじっくり読んでから望みましたので充分楽しん観ることができました。

勘三郎襲名披露の狂騒の頃は、前売券も発売と同時に売切れでしたが、この頃はネットでも比較的容易に席を確保できます。一幕見で3本も続けて見てしまうと、3階席などの廉価な席を予約した方が結局は待ち時間などを考えるとリーゾナブルなので、この頃は予約してから観に行っています。それに、甘党なら(おそらく)クラクラしてしまうであろう歌舞伎座内の桃源郷を彷徨う楽しみが増えますから、断然こちらの方がお得感がありますね。


ということで感想です。まずは「引窓」から。ぽん太さんのエントリでは実直な生活感のようなものが出ないと、あたら空疎になる芝居だとあらためて感じた。と評価は高くない様子。一方で渡辺氏は、左団次の濡髪、団蔵の平岡丹平、権十郎の三原伝蔵まで。そのアンサンブルによって今月歌舞伎座一番のみものであるとえらい褒め様。私の感想がどちらに傾くか自分でも興味津々で観たのですが、結果としては予想以上に楽しんでいる自分を見つけてしまうことになりました。

「引窓」は、継子と実子と母親、そして継子の妻四人による家庭劇なのですが、母お幸の田之助が良い出来です。実子を思う母の痛ましいほどの気持ちが客席までビシビシ伝わって来ます。特に犯罪人として追われている実子の絵姿を買いたいと、なけなしのお金を差し出す場面は、(渡辺氏も指摘していますが)不覚にも涙がこぼれます。それほどに実に入っている。ときとして嘆きが大げさ過ぎるキライもありましたしたが、それを割り引いてもまず、田之助といったところでしょうか。

次に良いのは菊五郎演ずる継子の南与兵衛。町人から武士になった喜びの表現のうれしさ、母の不穏な様子に訝る雰囲気、手水鉢に映った長五郎を見つけてからすべてを悟るに至るきまりの見事さ。

水鏡で羽織を脱ぎかけて右足を伸ばしたきまりが大きく、お早とからんで三味線につく三度のきまり、すなわち右手に捕縄、左手に十手で中央に立つきまり、つづいてウラ見得、口に十手をくわえて捕縄をさばいてのツケ入りの見得が味が深く、「狐川を左にとり」を二階の濡髪に聞かせるハラもキッパリ

と渡辺氏の劇評にありますが、本当にこの一連のキマリ方ときたら惚れ惚れするほどで、思わずボゥっとなってしまったほどです。ここですよ、歌舞伎の「快楽」と呼べる瞬間は、引用していてまたボゥっとなってしまいます。観ていて、このキマリ方は「盛綱陣屋」における首実検の場面に似ていると思いました。勘三郎演ずる盛綱のキマリも見事でしたが、鮮やかさの点ではこちらの方が印象深いか。

実子を演ずる長五郎の田之助は、継子の南与兵衛と対比することで彼の実像が浮かび上がってくる。逆に言えばそれほどに菊五郎の継子としての矜持と演技が見事ということか。田之助は、なりはでかい相撲取りでありながら、母にすがり義兄弟の情けを受ける立場。終わり方も菊五郎がかっこよすぎる。

魁春のお早もいい味が出ています。与兵衛が武士に取り立てられたときの嬉嬉とした喜びようのかわいらしく、いじらしいこと。その喜びがあるから、その後の母をかばって、せっかくの幸福まで犠牲にしようとする心根が映える。

ということで、「野崎村」以来に全てにおいてハマった芝居でした。

次は玉三郎の「日高川入相花王」です。渡辺氏の劇評を見てみましょう。

玉三郎には「櫓のお七」の人形振りという傑作があるので大いに期待したが、人形振りの振りが地味でつまらず、お七のようにはいかなかった。川の中へ入って蛇体になるところも演出が一工夫足りない。

これだけです。人形振りはいただけませんでしたか? 私には初めて観る演目でしたから、菊之助の人形遣い役と玉三郎の人形振りはそれなりに面白かったのですが。

それにしても玉三郎の踊りは優美です。人形振りというからもっとギクシャクした振りを期待していたのですが、いちいち可憐で美しすぎます。美しすぎる故になのでしょうか、蛇体にまで変じるような妄念が私には今ひとつ感じられません。だから川に身を投じてからの演技にも、何か空々しさを感じてしまう・・・。ここの感じ方も、ぽん太さんとまるで逆。まったく、音楽にしても芝居にしても人によって感じ方は全然違うものだなと。(>だから劇評は「意味がない」のではなく「面白い」のです)

対岸に辿り付いて疲労のために呆と立ち尽くす姿は、おそらくこの芝居の中の一番の出来だっと思います。黒幕が切って落とされ、一面明るくなった舞台は、時間の経過とともに、彼女の妄念さえも浄化していたのではないかと一瞬勘違いさせる程でありました。

最後は鴈治郎の「河庄」です。今月のガイド本に演劇評論家の水落潔による「三代の頬かむり」と題する解説と写真が載っているのがうれしいです。これで渡辺氏の劇評にあった「(頬かむりの中に)日本一の顔」という意味が分かりました。それほどまでの鴈治郎にとっての「河庄」なんです。

これを演じて藤十郎に、と思っていましたのでこんなに嬉しいことはありません

とは鴈治郎の言葉。

しかし、私はこの「河庄」を真に楽しむことができませんでした。何故なら治兵衛の、いや鴈治郎の花道の出が3階席からでは全く見えないんですよっ!! これを見ずして何の「河庄」と言えましょうぞ。しかも、少ない歌舞伎経験から、女形としては随一でないかと思っている雀右衛門の台詞が、小さくて聞き取れないっ!! これでは「河庄」の根っこの半分くらいを削ぎ落とされたような感覚。無念っ!!

それにしても雀右衛門、大正9年生(1920年)まれですよ。それなのに漂う色香、惚れ惚れするほどの艶やかさ、脇に徹しているときの微動だにしない姿勢、舞台に居るだけで「絵」になる。足腰がかなり弱っているご様子ですが、出来る限り彼の芸に接していたいものです。

で肝心の鴈治郎、これがなかなか良いのです。先月の「植木屋」といい「河庄」といい、上方狂言は素直に楽しめます、余計なことをしなくてもそれだけで充分に面白い。しんみりした部分とツッコミのバランスは、まさに上方なのでしょうか。「じゃらじゃらした」雰囲気と良く言われますが、成る程なと頷いてしまいます。

日用帳のfoujitaさんも書かれていますが、最後の3人で絵になるところが無類というのには同感。今回の歌舞伎は「絵心」が充分に満たされる舞台でした。もう一度観なくてはということにも激しく同感なのですが、しかし・・・爆発的な忙しさの控えている10月にこの幸福な時間は再び訪れるのでしょうか・・・?

追記 10/12

歌舞伎系ブログを読んでいたら、中村雀右衛門が腰痛のためしばらく休演とのこと。ついこの間の歌舞伎座でも動きが今ひとつでしたし、立ち上がるときに介添えをそっと周りの人がするほどでしたから、大丈夫かと案じてはいたのですが。一日も早く良くなることを祈っております。

2005年9月28日水曜日

歌舞伎:「殺し場」の美学と「平家蟹」


渡辺保氏は著書「歌舞伎」において、歌舞伎の「殺し場」を「陶酔の場所」と副題を付け以下のように説明しています。


��歌舞伎の殺し場が)かほどに甘美で美しいのはなぜなのか。(中略)そこに実は歌舞伎の本質がある。「殺し」の瞬間において役者の身体がもっとも美しく見えるからである。(中略)歌舞伎はその殺人の甘美な身体の意味をただ絵にして見せただけだ。別にサディスティックなあるいはマゾヒスティックな趣味の産物ではない。(「歌舞伎」渡辺保著 文庫版P.268-269)


殺しの場面における精神と肉体の緊張が極度な凝縮、そこに甘美な陶酔を誘う役者の身体の緊張した輪郭が現れ、これがこそが歌舞伎の美学だと説明しています。


本書では「××殺し」と呼ばれる六つの演目と、「××斬り」といわれる二つの演目を紹介し、さらに詳しく「殺し場」について説明しています。「××斬り」とは、吉原百人斬りの「籠釣瓶花街酔醒」と油屋十人斬りの「伊勢音頭恋寝刃」のふたつのこと。

「××斬り」の方は幸いにして両方とも観る機会がありました。「籠釣瓶」において勘三郎演ずる次郎左衛門が、玉三郎の八ツ橋を斬った場面は(演技が大げさすぎるという批判も目にしましたが)思えば本当に印象的な場面でした。まさにあの一瞬のためにあの演目が存在すると言っても過言ではなかったかもしれません。玉三郎の死に様が余りにも美しすぎるため、その美しさに素直に陶酔することに対し反発さえ覚えたものです。分かりやすい「美しさ」とは言い換えるならば「俗っぽさ」をも併せ持つ、それ故に「俗さ」を許容できないという勘違いした態度です。しかし歌舞伎というもののあり様を考えてみれば、玉三郎の「死に様の美しさ」に陶然とした方が余程素直であったのかもしれません。


似た様なテーマの「伊勢音頭」は、殺される側は勘三郎が演ずる万野でありましたから「殺し場の美」というものは感じませんでした。むしろ、鞘走って過って傷させてしまったことによって、彼の中で何かが崩壊してゆく。連続した殺しの場面は適度に様式化されており、静かに人を次々と斬る貢からは妖刀の魔力や狂気が表現されていたように思えます。血糊の付いた衣装で逃げ惑う人が登場する様には少し驚きましたが、それでもナマなグロさは減じられていたようです。


ところで、九月大歌舞伎の「平家蟹」です。これは岡本経堂作で福田逸氏の演出なのですが、これがどうも後味が悪い。玉蟲が玉琴と那須与五郎を毒殺する場面なども、それでも冗長過ぎる上に、苦しみ方がヘタにリアルであるため芸に違和感がある。今月の歌舞伎座のガイド本によると芝翫丈の発案で原作に相当手を入れたとありますが、照明や音響効果を含めて歌舞伎の枠を少し広げる演出は効果的であったのかも疑問です。


経堂の主題である「狂気・執念」は嫌という程に伝わってくるものの、逆に玉蟲持っている時の流れや源氏に屈さない潔さは相殺されてしまっていないか。「妄執」を全面に打ち出すのもいいのですが、それでも殺しの場面がむご過ぎてまた滑稽でちいとも美しいと感じる場面がない。


福田氏は決して今風に新奇なことをしたわけではないが(中略)近代古典を現代に活かし、更にそれを次世代に受け渡したいといふ芝翫丈の熱い想ひを、なんとしても実現させたかったと先のガイド本に書いていますが、私はもう一度「平家蟹」を観たいという気にはなれません。また歌舞伎の演出がいたずらに「リアル」に近づくのは、私にはあまり好ましいものとは思えません。劇は理解しやすくなりますが、何か大切なものがゴソリと抜け落ちているような感覚を覚えますが、いかがでしょう。


ちなみに岡本経堂の「平家蟹」は明治45年の大阪浪速座で六世梅幸の玉蟲で初演された新作歌舞伎。玉蟲は誇り高い平家の女官。かの屋島の合戦で那須与市に射抜かれた檜扇をかざしたのが玉蟲と紹介されます。生き残った彼女の平家に対する怨念ただならぬというのに、玉蟲の妹玉琴は何とあろうことか那須与市の弟の那須与五郎と末を誓ってしまうのです。玉蟲は二人を許し祝言を挙げるフリをしながら、神酒の中に混ぜた平家蟹の毒肉で二人を毒殺し、自らも平家蟹に誘われるように壇ノ浦の海へと誘われてゆき幕となります。


縁の下に蠢く平家蟹も不気味ですが、何よりも、のたうち苦しむ二人を冷徹に見据える玉蟲の怨念が恐ろしい。それもこれも、歌舞伎でありながら演出や台詞が現代劇に近いせいでしょうか。底知れぬ暗さが全体に漂い殺しの場面だけではなく歌舞伎の持つ形式性や美学が非常に薄いように感じました。

2005年8月28日日曜日

歌舞伎座:伊勢音頭恋寝刃

八月納涼歌舞伎の第二部を観てきました。演目は「伊勢音頭恋寝刃」より油屋と奥庭、「蝶の道行」、「京人形」の三作です。中村勘三郎襲名披露以来の歌舞伎で久しぶりの観劇です。

今月の歌舞伎界の話題といえば、夜の部に演じられる串田和美演出の「法界坊」であることは間違いないでしょう。しかし勘三郎襲名の最後の演目は「野田版 研辰の討たれ」でしたから、いま一度しっかりとした古典歌舞伎を観たいという気持ちもありました。また渡辺保さんの歌舞伎評でも「伊勢音頭」をして今月一番の期待作と書かれていましたし、戸板康ニ氏に関するサイトでもある「日用帳」でもなんといっても三津五郎の『伊勢音頭』がたのしみでたのしみでしかたがない、三津五郎の『伊勢音頭』と聞くと当然たのしみにしてしかるべきの『法界坊』なぞすっかりかすんでしまったというエントリを読み、もう「伊勢音頭」しか眼中になくなりました。それで観終わった後の感想はといえば「歌舞伎ってやっぱり面白いなあ」という深い満足感でありました。

簡単に感想を書き留めますと、まず何と言っても渡辺さんも指摘されるように三津五郎の貢役がよかった。台詞の聞き取りやすさ、見栄の決まり方、イキの良さ、場の雰囲気の変え方、まさに歌 舞伎の型がそこにあり、そして歌舞伎を観る楽しみを充分に味わわせてくれる役周り。いったいいくつの見栄を切ったことでしょう、そのいちいちが小気味良く、胸の奥でストンと落ちるべきところに何かが落ちる感じ、これが歌舞伎の醍醐味か。

この貢にからむのが勘三郎の万野。勘三郎が舞台に出るだけで客席から笑いが漏れるのはいかがなものかと思うものの(万野が死ぬところまで笑いが漏れるんだからヤレヤレです)それが人気役者たる由縁か、それでも性根の悪い万野役をきっちり演じ切っていました。ここが生ぬるいと貢の中で鬱屈した感情が育たない、また陰湿に過ぎると舞台が暗く重くなる。勘三郎の笑いと真剣な部分のバランスは絶妙。

この「伊勢音頭」という物語、遊女お紺(福助)の愛想尽かし、妖刀「青江下坂」の魔力につられての郭での連続殺人と来れば思い出すのは4月の襲名披露の演目「籠釣瓶花街酔醒」です。あちらはどうしようもない悲劇性を帯びていたものの、こちらはラストのあり方を含めてもう少し軽い、というか、先にも触れた勘三郎の役柄が上手い具合に喜劇的性格を付与し、最後はムチャクチャな筋立てであるのに不思議とやりきれなさや救いのなさが少ない。

いや、軽いのはもしかすると三津五郎演ずる貢の性格にもあるのかもしれません。歌舞伎とは、また当時の感覚は「こんなもの」という肯定的な面が強く、逆にそれ故にといいましょうか、籠釣瓶に通じるような現代性は少ないように感じました。

舞台が廻って踊り子の華やかな音頭の後、血まみれの人物が現れての殺しの場面も残酷なシーンを楽しむというエンタテイメント性を演出に感じ(ちょっと長すぎるが)、18世紀末の江戸の文化的爛熟さを垣間見る思い。

醜女という設定のお鹿(弥十郎)がちょっとかわいそうな役回りですが、これというのも全ては万野の悪企みのせい。ではいったいに万野は何故にここまで貢を陥れようとしているのか、という謎が残ります。観ていると貢の怒りを買うような行動ばかりしている。徳島岩次とつるんで貢から銘刀を奪い取ろうと企んでいるだけにしては、ちょっとやりすぎな行動。「嫌い嫌いも好きのうち」なんて可愛い感情でもない。

こういった行動に対して一閑堂のpontaさんは玉三郎万野の平安というエントリで、

彼女の男への執着は闇のように深く、濃いのだ。あたかも煮詰まった毒酒のように…。 そんな彼女はようやく獲物をみつける。

(中略) 今日の破滅、貢に仕掛けた破滅だけは不可逆なものであって欲しいと万野は思っていたのではないか?

と1999年6月に歌舞伎座で演じられた仁左衛門の福岡貢、玉三郎の万野の「伊勢音頭」を引き合いにして書かれています。この捩れて深い業のような人間性。そのようなものまでは勘三郎の万野からは感じることはできませんでしたが、先の疑問に対する一つの回答であるのかも知れません。

愛想尽かしをするお紺についても最後にふれなくてはならないか。何故愛想尽かしをするのか、そのわけが観ていて分からなくてはならない、お紺は貢の方を見もせずに、寝入っている岩次(>たっだよな?)の懐近くに手をかざし、ひたすらに憎まれ口をきいている。ああそうか、そうかと分かる演技、女心は怖くていじらしくてフクザツだなあと。

お紺、万野、お鹿という三者三様の女模様の複雑さや深さ。これに比べたら男はなんと単純なことよのう。劇を支配する支離滅裂さと脳天気な結末は、勘三郎の「軽さ」ではなく、貢の持つ「男」というものの、どうしようもない単純さと軽さに起因しているのかもしれない。

ちなみに「伊勢音頭」は寛政8年(1796年)に近松徳三の書いた歌舞伎で、同時期に伊勢古市の油屋で起きた事件を題材にしています。一方の「籠釣瓶」は三世河竹新七により明治21年に初演、享保年間の百姓次郎左衛門の吉原百人斬が題材になっております。どちらも「妖刀」の魔力による殺人とされていますが・・・刃物は人を魅了する力を持っているのですなア、おそろしや、おそろしや・・・浴衣といい、ウチワといい、スプラッタといい、まさに納涼歌舞伎でございました。

2005年5月20日金曜日

歌舞伎座:五月大歌舞伎 野田版研辰の討たれ


夜の部の「野田版研辰の討たれ」は評価の分かれる演目だと思います。初演当時ほどの反響や批判はさすがにもう薄れてきているように思えますが、それでも「果たしてこれは歌舞伎なのか」という議論は今でもあると思います。私のような新参者が、歌舞伎の世界に子供の頃から浸かりきってきた人の芸をとやかく論ずることはナンセンスだとは思うのですが、時間が経つと考え方も変わりますから、現時点での感想を素直にまとめておくとします。


私はあまりテレビを見ませんので、最近のお笑い系の新ネタどころか芸能界の動きには極めて疎い人間です。それでも次から次へと繰り広げられる演出や台詞には(分らない部分もありますが)圧倒されましたし、今までの歌舞伎には全く見られなかったエネルギーや若さを感じますから、数ある歌舞伎演目のひとつとして、こういう芝居があってもよいのかなと思います。

五月夜の部の演目は、人気古典歌舞伎の「義経千本桜」と玉三郎の「鷺娘」、そして「野田版」ですから、現代見ることのできる「カブキ」の最高峰が出揃ったような感さえありました。三ヵ月の襲名披露公演を振り返ってみるに、歌舞伎の持つ表現世界の広さと奥深さをまざまざと見せ付けられました。歌舞伎がまさに九頭龍(ヒュドラ)にも例えられる訳も分ろうというものです。

夜の部最初に演じられた「義経千本桜 川連法眼館の場」は非常にケレン味溢れる芝居です。ケレンとは俗受けを狙って演じられる芸(「肩透かし」や「仕掛」「早替り」など観客の意表をつく演出)のことを指します。歌舞伎が江戸時代においては武士の能と対照的に、庶民の芝居であったことを考えれば、筋とは関係のないところのケレンそのものを楽しむという観方もあったのだと思います。歌舞伎は論理的な「筋」をあまり重視せず、型の美学を見せるものであるような気がしていますから。(これとて一面的な歌舞伎観ではあります)

そのケレン味たっぷりの「川連法眼館の場」の後だというのに、「野田版研辰の討たれ」を観てしまうと、それまでの芝居の細やかな所作の印象などが消しとんでしまいます。玉三郎の「鷺娘」の苦悩と悲しみと嗜虐美さえも忘却の彼方に行ってしまうほど、とにかく「野田版」には全く異質なものを感じました。

「野田版研辰の討たれ」が歌舞伎であるのかということは、観ながらずっと考えていたことです。八代目幸四郎(初代白鸚)は「歌舞伎役者が演じればそれは歌舞伎です」と答えたらしいですが、果たしてそうなのでしょうか。赤穂浪士の討ち入り事件を皆で「聞いたか」「聞いたか」と初っ端から噂話するところなど実に歌舞伎風ですし、義太夫も登場するので確かに歌舞伎らしいのですが、それでも私は「歌舞伎風野田劇」という感をぬぐえませんでした。

全員が動き駆け回る演出方法も、二人にスポットライトが当たり語る場面も、全員がダンスのようなステップを踏む場面も、現代劇では見慣れたものかもしれませんが歌舞伎においては斬新です。歌舞伎を歌舞伎たらしめている見得にしても、福助が「天晴れぢゃ」と言って切った素っ頓狂な見得を、更に「お裾が・・・」と言ってツッコミを入たりするのですが、これではギャグ・マンガです。これらの演技からは、歌舞伎独特の間や美学が感じ取れず、観ていてちょっと疲れる。いったいドタバタ喜劇をわざわざ歌舞伎座で演ずる意味は何なのか、首をかしげる気持ちも少なくはないです。

夢の遊民社の野田を見たのは、恥ずかしながらもう20年も前です。下北沢の本多劇場で観た野田の言葉遊びとスピーディーな劇には驚嘆しましたし、好きか嫌いかは別として強烈なエネルギーを感じたものです。野田氏と勘九郎氏の出会いは結構古いらしく、何かの本によりますと、意気投合した二人が夜中の歌舞伎座に忍び込み、野田氏が「ここで芝居をやりたい!」と叫んで舞台の上を走り回ったときから「野田版~」は生まれたのだそうです。廻舞台を使った演出は、意表を付くもので、かつ極めて効果的であり、なるほどと舌を巻きました。

実のところ自分の中でも賛否両論なのですが、全体としては「観客をわしづかみにしてしまう点、野田秀樹はやはり天才だな」とは思います。劇としての密度も高く、テーマも現代的で上出来でありましたから、観ておいて良かったと思います。でも、多くの感想にあるように「楽しくて仕方が無い」「面白すぎ」「最後にホロリ」などとは素直には思えず、面白いとは思いながらも、野田のあざとさが見えてしまい、そうするともう、そこに踊らされるのが何だか阿呆らしくなってしまうのも確か。

もっとも、この芝居を評価する人には、野田劇か歌舞伎かという議論さえが不毛でありましょう。面白くて何がダメなのか、現代的な要素を取り入れて発展してゆくのが歌舞伎のありようではないかと言うでしょうね。歌舞伎とは何かということになると、勉強不足な私には実はさっぱりでして、ヒュドラに例えられるほどに捉えどころのないのが歌舞伎であると先ほど書いたばかりです。間や歌舞伎の美学がないと書きましたが、このスピーディーさも現代の間と美学であると言えないこともないわけですし。

勘三郎の「野田版」にかけた熱意は彼の発言から十分に伝わってきますし、勘三郎が歌舞伎の将来を誰よりも考えていることも理解はしています。しかし、こういう劇が心底に楽しまれるのだとしたら、これは歌舞伎にとって幸福なことなのか、あるいは不幸なことなのかと思ってしまうのです。これをきっかけにリピーターが増えれば、これほど幸せなことはないのでしょうが。

概して批判的な意見ですが、私は結構保守的でクソマジメなところがありますから、こういう感想を持つのも仕方ないでしょうな。翻って、このごろ話題さっぱりな、クラシック界の現状についてもつらつらと考えたりしてしまったので、こんな文章になっちまいました。以上。

◇

「てぬぐいぶろ」さんのブログに、はからずもその3。 歌舞伎でアルか?というエントリがありましたので紹介しておきましょう。

古典にも面白みを感じますが、面白いと思うのはそれが古典だからではないでしょう。
なかには「ふんっ」て思う作品も古典と呼ばれていたりするわけで(私見)。
 :
別に「野田版」に心酔しているわけではありませんが、「歌舞伎座では伝統を重んじた歌舞伎を」と声高に云う方は、
��通し狂言」のみを歌舞伎として認めるのか、
と疑問に思い……、ちょっと鼻息荒くしてみました。

歌舞伎に疎い私は「通し狂言」だけが「伝統を重んじた」ものであるとの認識はありませんが、歌舞伎として認められるには何が要件なんだろう、とそれが気になっているだけです。Flamandさんがコメントで書かれている継承・破壊・創造などというサイクルも理解しますが、どこまでが創造的破壊なのかの見極めは私にはついていません。歌舞伎に接している以上、勘三郎からは目が放せないといったところでしょうか。

2005年5月16日月曜日

歌舞伎座:五月大歌舞伎 夜の部


5月の歌舞伎座も中村勘三郎襲名披露公演でいよいよ賑わっています。前売り券はそれこそあっと言う間に売り切れ、幕見席であっても2時間前に歌舞伎座に着くようでは立見必死なのを知り、本日は何と12時半から列に並んで夜の部を観てきました。

この時間ですと、まだ昼の部の幕見のお客さんが並んでいます。夜の部は16時10分から発売ですから、我ながら頭がオカシイのではないかとは思ったのものの、東京に居ますと2時間くらい並ぶのは平気になりましたので、ハナシの種に3時間半くらい並んでみようかと・・・。それでも歌舞伎座に着いたときには、既に5~60人もの列になっておりました。係の方によると「早い人で朝の8時半から」並んでいたそうです、やれやれ。

それもこれも、夜の演目が菊五郎による「義経千本桜 川連法眼館の場」、玉三郎による「鷺娘」、そして「野田版研辰の討たれ」なものですから、これを見逃してなるものかという気になったからであります。(昼の「菅原伝授手習鑑」と「芝居前」も観たかったが・・・もう気力なし)


さて、前置きが長くなりましたが、前評判が高いだけあり「野田版研辰の討たれ」が他を圧倒していたという印象です。野田秀樹の演出ですから、歌舞伎を見慣れた目には非常にスピーディでダイナミックです。特に幕が引かれてから赤穂浪士の討ち入りから道場の場面にかけての演出は(歌舞伎以外では目新しい物ではないものの)うまいなあと、のっけから感心。テーマの取り方も、大衆の軽薄さや無責任さをあぶり出し、更に「仇討ち」の意義に斬り込んだ点、現代的な視点を見せています。

随所にギャグがちりばめられており(例えば芝のぶのギター侍ネタとか)、言葉遊びの天才野田と吉本好きの勘三郎ならではといったところ。何の予備知識がなくても楽しめるという点から歌舞伎初心者(>私もそうですが)にもウケたわけが分ります。

もっとも「野田版研辰の討たれ」は、歌舞伎というものを考えさせてくれる演目でしたので、ヒマを見つけてまた書くこととします。

「義経千本桜 川連法眼館の場」は、狐の恩返しみたいな演目であります。渡辺保さんが芸の完成度ということでいえば、今月一番の出来である。第一に菊五郎の忠信が、菊五郎型の古格を守って、手本となるべき舞台だからである。というだけあり見ごたえ十分。すでに六十を過ぎてあの演技というのには驚きます。「桓武天皇の御宇~」などの狐言葉が濁ってイマひとつだったのは、ご愛嬌でしょうか。

玉三郎の「鷺娘」はメトロポリタン歌劇場で絶賛されたというもので、それはそれは見事な舞踊。照明効果と衣装の引き抜きが見事にマッチして、幻想的なまでの美の世界を表現していました。4月の勘三郎による「娘道成寺」と並んで、娘心をこめた踊りですが、醸し出す雰囲気は全く別物で、「玉三郎版鷺娘」といった趣でしょうか。確かに一見の価値ありですが、幕見席では遠すぎて十分に鑑賞でききれないのが残念ではありました。

蛇足ですが、16時近くそろそろ昼の公演がひけると思った時、突如突風とともに凄まじい雷雨となました。(こんな凄まじい雨、久しぶりに見た!)あまりの突然さに列の皆々騒然、歌舞伎座の前の甘栗売りのテントなど吹き飛びそうですし、幕見席列上のビニールのテントにはホースでぶちまけているとしか思えないような雨がザバザバと落ちてきて、それはそれは爽快を通り越し恐怖さえ感じるような雨でありました。雹まで降ったんですな。

日本列島は15日、気圧の谷が上空を通過した影響などで、東北から関東甲信、北陸の広範囲で大気が不安定になり、東京・大手町では午後3時50分ごろから同4時ごろまで雷を伴った激しい雨が降り、ひょうも観測された。

 気象庁によると、都心でひょうが観測されたのは、2000年7月以来。雨は10分間雨量で8ミリだったが、同庁は「短い間に一気に降ったようだ」と説明している。

2005年4月27日水曜日

歌舞伎座:四月大歌舞伎 京鹿子娘道成寺


四月大歌舞伎の観戦記の最後、忘れぬうちに「京鹿子娘道成寺」の感想も書いておきましょう。もちろん白拍子花子は勘三郎です。もっとも長唄にまでは予習が廻らず、ぶっつけでは唄がほとんど聴き取れない、それでも多彩な踊りはそれとなく堪能することができました。

渡辺保さんの歌舞伎評では、勘三郎の娘道場寺を次のように評しておられます。

ことに私が感嘆したのはそのクドキ。美しさや持ち味で見せる「道成寺」は他にやまほどあるが、これは踊りで見せるクドキである。その芸の、スケールの大きさ、豊満さ、見事さ、今が見頃の満開の桜。感動的であった。

両手に手ぬぐいを持っての踊りの細かな所作について、どこがどう素晴らしいのか言及した後に、以下のような賛辞。

ということは勘三郎の今度のクドキが美しさとか持ち味とかいう曖昧なものではなく、体を限界まで目一杯使って空間に娘を造形しているということだろう。空間に体の形を刻み込んでいるといってもいい。その造形こそが踊りそのもの。人工の極致である。

なるほど、勘三郎の充実振りがこの文章を読むだけで伝わってきます。他と比べたこともないので、そこまでの素晴らしさは残念ながら私にはわからない。ただ次々と変化してゆく踊りを観ながら翻弄されるばかり、何と多彩な踊りなのでしょう。

最初は烏帽子をつけた能がかりの舞から始まります。形式美を十分に感じさせる厳然とした踊りですが、その後に衣装(いわゆる“引き抜き”)も音楽も、がらりとくだけた娘心の踊りに変わる。あれまと、雰囲気から場の空気まで全然変わってしまったことに、しばし呆然。踊りだけでこんなに表現できるとは!

「恋の手習い」のクドキでのしどけなさもなかなかのもの、立役の多い勘三郎なのでしょうが、彼の女方というのも味わいがあります。さらに感心したのは鞨鼓や鈴太鼓を手にした早間(急テンポ)の踊り。そのリズミカルさ、キレの良さ、まさに鞠が跳ねるかのような躍動感とドライブ感。天性の勘の良さや極めて現代的なセンスを感じました、そこが勘三郎の人気の秘密なのでしょうか。

勘三郎の踊りに関してはねこっぽ雑記のエントリが目にとまりました。

勘三郎さんの台詞回しを動きに翻訳したらこうだよな、という感じ。動きがちゃきちゃきしているというか分かりやすいほどはっきりしているというか。叩くところは叩く、回すところは回すという感じで後になればなるほど「えっ!?」というほど激しくなる

そうですね、この後半になるに従い激しくというところに凄みさえ感じる。伴奏の三味線も、超絶技巧とでも言いましょうか、それはそれは激しくも素晴らしい音楽、思わず拍手が鳴り響きます。聴いていてちょっと震えのきそうな部分です。

この二つの場面(鞨鼓と振り鼓の場面)の動き方自体もとんでもなく激しくて、玉三郎さんの道成寺のイメージが大きかったうちの母親はカルチャーショックを受けていました。

ねこっぽさんは玉三郎の踊りに言及されていますが、人によってかなり違う表現になるようですね。激しさは清姫の怨霊の恨みの強さと激しさなのでしょうか。鐘の中に隠れるのはそれこそ、あっという間の出来事。

最後は鐘の上で見得を切る型ではなく、鐘の中で鬼に変身した花子を團十郎の大館左馬五郎が押し戻しをするというもの。歌舞伎十八番の娘道成寺での押し戻しは、東京では何と23年ぶりの上演なのですとか、これを見るだけでも価値はあったかな。勘三郎と團十郎が揃って見栄を切って幕となるところは、もう天晴れ。これぞ歌舞伎の快楽極まれり。

所化の配役の豪華さも襲名披露ならではとのことですが、歌舞伎ミーハーになれるほどには歌舞伎俳優を諳んじているわけではなく、この点はノーコメント(というか、よく見えん、分からん)。なにやら途中で所化たちが客席に向かって投げていましたが、あれは何ですか?(蛇っすか?>手拭っす) まるでアイドル歌手のコンサートのよう・・・。それにしても、皆さん遠目でも誰が誰だか分かるんですね(@_@) 改めて恐るべし、歌舞伎ファン!

ところで、鐘にのぼっての見栄といえば、「てぬぐいぶろ」さんが、こんなにナイスな画像を提供しておいでです。ご覧になっていない方は、お訪ねあそばせ。(>つーか、歌舞伎ファンで、あちらを読まずこちらを読んでいる人はいねーよ)

2005年4月21日木曜日

新勘三郎の籠釣瓶花街酔醒 追記

昨日、中村勘三郎と玉三郎の籠釣瓶の感想を書きました。他の感想はいかがかと、歌舞伎系ブログを拾い読みしてみましたが、なかなかにピンとくる感想に出会いません。勘三郎の襲名披露という華やかさのせいか、勘三郎に対して批判的な文章はほとんど見つからないのも、これまた不思議。


皆さん、勘三郎のキャラクターや演技がお好きな様子。私は2月から観たばかりですから、好きも嫌いもないですし、演技の凄みも歌舞伎座の幕見席からでは、ほとんど伺い知ることなぞできやしません。勘三郎は籠釣瓶で、ある種の狂気を演じていたとは思うものの、玉三郎に引っかかったように、どこかストンと腑に落ちない処もないではない。


そういう中で、南方演劇論というブログで勘三郎の籠釣瓶に批判的な文章を見つけ、成る程と思った次第。



4月8日の観劇日記にはこうあります。 


まず結論から言おう。

勘九郎、いや、勘三郎は、籠釣瓶を“喜劇”にしてしまった。


従来の籠釣瓶なら笑うべきところでない所で、客が笑う。

その原因は3つある。


最初から手厳しい。この御仁は勘三郎のドタバタがあまりお好きではない様子。正直なところ、私もそこに何かひっかかりを感じて勘三郎の公演を観続けています。


愛嬌と器用さは先代譲りなのは間違いないが、江戸明治という時代が持っている「闇」は、新勘三郎に限らず、今の役者すべてに無くなってしまったものである。

ここでいう江戸の「闇」が何であるか私には分かりませんが、心に留めておくべき事項かもしれません。今のところ、確かめる術も私にはありませんが。


現代性がこの戯曲の魅力であり、“喜劇”となりうる要素を胚胎していると言える。

ただ、喜劇として上演するなら、一度戯曲を解体し、きちんとした演出が必要となるだろう。

籠釣瓶が喜劇として解されるというのも釈然とはしないものの、劇の持つ現代性については、昨日触れたところ。歌舞伎を戯曲として解体してしまっては、もはやそれは歌舞伎にならないのではないかと。新歌舞伎と言われる歌舞伎や世話物が、リアルに演ずれば演ずるほど、私は歌舞伎としての魅力が減じ、嘘ら寒い思いで席から逃げ出したくなるのを抑えられません。


最後の殺人など、飛び上がって片足立ちになって斬る。別に妖刀の魔力なぞ見せなくても良いし、町人なのだから上手に斬るとかえっておかしい


確かに意外な斬り方でした、でもその芝居かかった大げささが、殺人というリアルさをそぎ落とし、そぎ落とすことによって反転したリアルさを獲得して歌舞伎足りえたと私など思ったものです。このリアルさから考えると、玉三郎の死に様はやり過ぎという気もするから演技とはわからないものです。


2005年4月20日水曜日

歌舞伎座:四月大歌舞伎 籠釣瓶花街酔醒

どうにも分からなく、そして、やりきれないのは籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)です。先月の鰯賣戀曳網(いわしうりこいのひきあみ)で、勘三郎と玉三郎が手に手をとって、ラブコメディを演じ襲名を祝ったその黄金コンビが、今回は「縁切り」と「殺し」となってしまうのですから。

男のプライドを傷付けられたとて女を殺傷に及ぶという点では、番町皿屋敷を思い出したりもしますが、あちらよりは「殺し」の理屈が理解できる。とは言っても、後味の悪さに変わりはありません。

この劇は三世河竹新七の手になる世話物で初演は明治21年、いわゆる新歌舞伎。享保年間の「吉原百人斬り」を題材としています。すなわち江戸吉原で野州佐野の百姓次郎左衛門が、兵庫屋の八ツ橋の不実を恨んで斬り殺し、さらに大勢を殺傷したという事件。

河竹新七の籠釣瓶は全八幕の狂言ですが、歌舞伎では五幕目の「吉原仲之町見染の場」から「立花屋二階 八ツ橋殺しの場」までが演ぜられます。籠釣瓶とは水もたまらぬという意味を持つ名刀のこと。

さて、何が分からないかというと、花魁の八ツ橋(玉三郎)の心の内です。彼女は本気で次郎左衛門(勘三郎)に身請けしてもらうつもりだったのでしょうか。あるいは、花魁得意の上得意先へのサービスの一つだったのでしょうか。八ツ橋には言わばジゴロともいうべき間夫の繁山栄之丞(仁左衛門)が居ます。栄之丞に着物を贈ったりと、相当につぎ込んでいるようですし、栄之丞ときたら昼間から遊べる身分で、起請までかわしています。そうでありながら、八ツ橋は次郎左衛門からの身請話を茶屋公然と進めているのです。「縁切り」は、釣鐘権八(芦燕)らにそそのかされたこともありますが、栄之丞へ実を見せるためにやったこと。観ようによっては、八ツ橋は痘痕顔の醜男である次郎左衛門のことなど、ただの上客としか思っていなかったともとれます。ここをどうとらえるかで「縁切り」の場面の演技が変わってくるように思えます。

で、玉三郎演ずる八ツ橋はどうだったか。渡辺保さんの評では、玉三郎の八ッ橋は初役以来の当り芸。しかしどういうわけか、今度は淡泊で生彩を欠く。ことに愛想づかしはほとんど次郎左衛門をなだめつすかしつしているように見える。とあります。いやいや、私は全然そういう風には見えなかった。玉三郎の縁切は、情が入っているようで、次郎左衛門に客以上の思いがあるような辛さが出ていたように思えます。確かに「なだめすかし」というのも当たっていますが、そうすると後の台詞の切なさ加減はどうでありましょう。

八橋 そう御得心なされたら、もう用のないこの座敷、これでわたしも晴々した、どれ、廻しへ行ってきましょうわいな。
九重 それではどうでも佐野さんを、今宵かぎりお断りかえ。
八橋 わたしゃつくづくいやになりんした。

もっとも八ツ橋が、花魁にありがちな面も持っていたことは認めるにしてもです。三枚起請という言葉だってあるくらいですから。

で、ここの縁切りの場面は、それはそれは見事なくらいに冷酷なんですね。それを演じきっているのが勘三郎の次郎左衛門です。彼は下野佐野の絹商人、ふと立ち寄った吉原の華やかさと八ツ橋に一目惚れして、三日とあけずに通いつめるほどの入れ込みよう。遊びぷりも茶屋から感心されるくらいに気持ちのいい遊び方、八ツ橋のみならず、他の花魁やら太鼓持ちやら、誰からも好かれる好人物。こういう人物像は勘三郎うまい。

最初は田舎のポッと出の純朴さが、次に吉原通いを始めるものの、どこか野暮ったさをひきずっている人のいい旦那。それでも自分が吉原一の花魁八ツ橋に惚れられていることを自慢したくて仕方がないお調子者。なぜなら、彼は先にも書いたように、顔中痘痕の醜男、本心ではコンプレックスがある。八ツ橋に縁切りされた後の場面、一緒に吉原に連れてきた仲間に

聞くと見るとは大きな違い、大方こんな事だろうと、思った壺に相違なく、身請けどころかこの様では、いつでも振られ通しと見える。

と莫迦にされているところから推し量ると、彼の仲間内でのあり様が思い浮かびます。それだけに、ここの縁切りは見ていてつらい。八ツ橋にはそこまで分からないし気付かない。有名な

花魁、そりゃアちっと袖なかろうぜ。夜毎に変わる枕の数、憂川竹の勤めの身では、きのうにまさる今日のはなと、心変わりしたかは知らぬが~

に続く台詞でも、まだ

江戸へ来る度吉原で、佐野の誰とか噂もされ、二階に来れば傍輩の、花魁達や禿にまで、呼ばれる程になってから、指をくわえて引っ込まれようか。ここの道理を考えて、察してくれたがよいではないか

と言っていて、信じられず諦めきれない様子。でも彼が変わるのは、八ツ橋に間夫が居たと分かったその瞬間なんですね。間夫の出現で彼のプライドはズタズタ、今まで築いてきた自分の所在もものの見事に吹き飛ばされた。八ツ橋さん、栄之丞に実を見せるためだけと言うには、ちと罪つくり過ぎたといったところ。

おそらく次郎左衛門の殺意は、この瞬間に芽生え、そして次第に妖刀籠釣瓶に引き寄せられていったのかも知れません。次郎左衛門が何故籠釣瓶を持っているのか、どうして痘痕面なのかは、一~四幕までに書かれているのだとか(読んだわけではない)。次郎左衛門の父親次郎兵衛が、かつて妻のお清が瘡毒を病んで女乞食となっているのを、戸田川で惨殺、その祟りで次郎左衛門は痘痕面になってしまいます。籠釣瓶は浪人の築地武助から譲られたもの。運命の歯車が劇の前にグルリと廻っていたわけです。

ですから、立花屋二階の殺しの場の凄みと怖さは、ちょっと言いようがない。前半の人のいい次郎左衛門を知るだけに尚更。実はこういう傍筋は劇を観た後に知ったのですが、それでも、次郎左衛門が八ツ橋と再開した後、八ツ橋を惨殺に至るまでの一連の台詞と動作には、まさに鬼気迫るものと、もはや止められない激情が込められており、思い出すだけで背筋が寒くなるほど。次郎左衛門が八ツ橋と二人きりになった後、階下の様子を伺い、靴下をさっと脱ぎ、そしてこの世の別れじゃ、呑んでくりゃれから八ツ橋を逃げる後ろから斬り倒しはて、籠釣瓶は、よく切れるなあまでは、とにかく凄い。明かりを持って上がってきた下女を、刀を振り上げるでもなく、触れるようにして斬捨ててしまうところも見物。彼が激情だけではなく、籠釣瓶に引きずられて殺しに入ったことが暗示されているようです。

歌舞伎は「よく切れるなあ」で終わりますが、底本の方はこの後「大門入口捕物の場」となり、殺人鬼となった次郎左衛門が、殺しを重ねながら最後捕らえれるまでを書いています。最後の台詞はこれにて思いおく事なし。御法は決して、そむきませぬです。八ツ橋に始まる殺しを重ねることで、彼の中の鬼も去ったということでしょうか。

そういう点からは、この籠釣瓶、歌舞伎の形をとりながら極めて現代にも通じる人間像を演じきっているように思え、それ故に歌舞伎を超えて生々しく感じるのでした。蛇足ですが「吉原見染め」も素晴らしかったし(幕見席でほとんど見えんけど)、八ツ橋の斬られた死に様も、こんなに美しい死に様があったものかと、嘆息しましたが、それはあちらこちらで皆さん書いていおられる通りです。ああ、もう一度見てみたい。

2005年4月10日日曜日

歌舞伎座:中村勘三郎襲名披露 四月大歌舞伎


歌舞伎座での中村勘三郎の襲名も二月目となりました。いよいよ人気も高まっているようですが、今日観ずば4月はもう無理と思い、意を決して幕見席の列に並び夜の部を観てきました。

今回も1時間半以上待つこととなったのですが、それでもギリギリ立ち見にならずに済んだというくらいに混んでいます、皆さん気合が入っています。夜の部の演目は下記です。

<夜の部>

  • 毛抜
  • 口上
  • 籠釣瓶花街酔醒

三月は「口上」が昼の部でしたが、四月は夜の部になっています。実は一番興味深かったのはこの口上でした。中村勘三郎を中心として以下のように下手から上手に並んでいます。

芝翫、仁左衛門、秀太郎、時蔵、魁春、又五郎、富十郎
勘三郎
團十郎、左團次、段四郎、海老蔵、彦三郎、玉三郎、七之助、勘太郎

一列にずらりと並んだ様は壮観。「口上」など滅多に観られるものではありませんし、ましてや勘三郎を継ぐという、歌舞伎界としては大きな襲名行事。並んだ顔ぶれだけで、何となく御目出度い気分にさせられます。中村屋は中村屋一門の色である猿若柿色の薄黄色の裃を纏い、それだけで華やかな光彩を放っていました。三月と違って七之助が口上に列席していることも喜びひとしおでありましょう。

口上は芝翫が仕切りもちお祝いの言葉を述べます。続に仁左衛門から順に富十郎まで、次に團十郎から勘太郎まで、一人一人が一七代勘三郎との思い出やら、幼い頃の勘九郎との思い出を語っていきます。それぞれが、役者としての人柄や立場などを映し出しているようです。

圧巻は、やっぱり富十郎ですかなあ。その朗々としたハリのある声には惚れ惚れ、今回は籠釣瓶の立花屋兵衛で出演していますが、派手ではないものの味のある役割で、最期は陰惨な芝居にホッとした雰囲気を与えていましたね。私はこの人の大らかな芝居が好きだなあ。

團十郎の口上も歌舞伎座に復帰できたことの喜びと、江戸時代から続く中村屋との深い関係について言及していました。團十郎の歌舞伎座復帰の演目は、歌舞伎十八番の「毛抜」。もちろん男も女にも好色な粂寺弾正を演ずるのですが、台詞回しもはっきりとしていて、ううむ流石といったところ。

海老蔵は、こうして聞いているとまだまだ若いなあという感じ。演目としては毛抜で勅使桜町中将を演じていましたが、お公家さんですから、まあ今回はよいかなというところ。

玉三郎は聞かせるし見せますな。「三月の襲名披露もあっという間に終わって、鰯売りの千秋楽で勘三郎さんと手を取り合って花道に下がったら、しんみりしてしまいまして、そのことを申し上げたら、何を言っているの4日後には、また始まるんだよ」と言われたりしましたとか。玉三郎は籠釣瓶の八ツ橋役です。もはや言葉もありません。斬られても、あんなに美しい死に方があったのかと、しばし呆然でした。

七之助は当たり障りのない口上で終わってしまいましたが、あの場で謝ってもねえ。

口上の事を書いたのか演目の事を書いたのか、さっぱり訳の分からない文章になりましたが、時間があれば追記しましょう。それに肝心の勘三郎について何も書いていませんしね。

2005年3月14日月曜日

歌舞伎座:保名、鰯賣戀曳網


さて、一気に先週観た三月大歌舞伎「夜の部」の感想を済ましてしまいましょう。「保名」と「鰯賣戀曳網」です。

「保名」は歌舞伎名舞踏のひとつ、安倍保名とは陰陽師の加茂保憲の高弟で、恋人の榊の前が自害したことから、悲しみ心乱れてしまっているという設定です。ちなみに保名と狐の間に生まれた子供が安倍清明ということになっています。

保名を踊るのは片岡仁左衛門ですが、その舞は見事の一言に尽きました。舞台効果を考慮し客席の照明を消した中、花道から保名が、つがいの蝶を追いながら、我の心この世にあらじという態で入ってきます。悲しみに心乱れた保名は恋人の小袖を持って踊り狂うのですが、踊りそのものが哀しくそして美しいのです。

仁左衛門は内容や構成上、曲にそう変化や起伏はないし本当に難しい踊りと言っていますが、いえいえ、二十数分のこの踊り、しっかりと楽しませていただきました。

夜の部の最後は「鰯賣戀曳網」、三島由紀夫原作の新歌舞伎です。こちらは細かいことは一切考えず、ただユーモア溢れる芝居を楽しめばよいといった類のもの。勘三郎と玉三郎のコンビのやり取りがおかしみを誘います。

三島の作とのことですが、新歌舞伎においても古典歌舞伎と同じような様式美を備えたいとの彼の美学が踏襲されており、義太夫もツケも用いられています。ただ、ストーリーは非常に他愛もないもの、あちこちで笑いが絶えない大団円のメルヘンです。

勘三郎は鰯賣猿源氏を演じており、このちょっと情けないコミカルな役どころが、ビタリとハマっています。「盛綱陣屋」よりも、こちらの方が大らかで自由に演じているように思えます。蛍火を演じる玉三郎との息も申し分ないといったところ。しかし、いくつになっても(いくつになったんだ?)玉三郎は美しいです。猿源氏の世慣れた父親役のなあみだぶつを演ずる左團次も捨てがたい魅力。

とにかく楽しめる芝居で、私の後ろの女性など始終「アハアハ」と笑い放しでした。これだけを目当てに観に来ている人も多いようでした、勘三郎の当たり役なんでしょうか。鰯賣の呼び声「伊勢の国安漕ヶ浦の猿源氏が鰯かうえい」という台詞が耳について離れません。

しかし、三つのお芝居を観た感触としては、「鰯賣」は面白いだけで何度も観たいと思うほどではなく、古典歌舞伎の面白さには適わないと思うのですが、いかがでしょう。余談ですが、いくら台詞の調子やフリがおかしくとも、どうしてこの場面で皆笑えるんだ?というところが「盛綱陣屋」で何度かあり、あれあれと思ったことも確か、歌舞伎ド素人の私ごときが書くことではございませぬが。

いずれにしても、豪華な顔ぶれの襲名披露。一度は観ておいて損はないかと。さて、お次は昼の部だ、いざ/\(>って、もう行く時間はないぞ)