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2005年8月5日金曜日

【音盤】工藤重典/武満徹:海へⅢ

いやあ本当に暑いですね、21時に外に出ても電光掲示板は33度とか示しています。こちらに来てそれなりの暑さにも驚かなくなりましたし身体も慣れましたが、それでも夜に30度を越えるのはつらい。

思わずプールにでも飛び込んでしまいたくなりますが、そうも出来ないので工藤重典さんの武満徹を取り出して聴いています。



工藤重典/「巡り」~武満徹没後5年特別企画
  • ①そして、それが風であることを知った ②巡り ③マスク ④海へⅢ ⑤エア
  • 工藤重典(fl) 岩佐和弘(fl) 川本嘉子(va)、篠崎史子(hp) 
  • 2000年11月8~10日 那須野が原ハーモニーホール(栃木県) 
  • SONY SRCR2585

で、またしても「海へⅢ」なんですね。新ネタはないのかと思うでしょうが、まあご容赦を。

高木さん、ガロア、そして工藤さんと聴き比べてみますと、2001年に書いたレビュの通り工藤さんの音色は暖かです。尺八のような音色さえ出していたガロアとも違い、身体を包むような生暖かさを伴っていてます、自己主張するような演奏スタイルではありません、流れるか浸るかのような心地よさ。それゆえガンガンに効いた空調とは違った自然な心地よさと涼しさを感じます。反面、曲の優雅さが前面に出ていていますからスリリングさは薄い、武満的難解さも隠蔽されている。

考えてみるとガロアの三つの演奏は、よく練られた演奏なのだなと思います(それぞれ印象が違いましたし)。また高木さんのアプローチも捨てがたいなと。

2005年7月8日金曜日

【音盤】工藤重典&福田進一/ピアソラ:タンゴの歴史

工藤さんと福田のデュオによるタンゴの歴史は1991年の録音。工藤さんと福田さんのデュオはこれが3枚目のもので、ライナーによるとこの作品(タンゴの歴史)を日本で流行らせた仕掛人であるらしく。久しぶりに聴いてみての印象は「さすがに工藤さんのフルートは洒落ていて上手いなあ」というもの。


工藤&福田◎黄金のデュオ3

    ①花を分ける(ヴィラ=ロボス)②フルートとギターのためのソナチネ(ニャタリ)③アリア~ブラジル風バッハ第5番より(ヴィラ=ロボス)④サウダージ第3番(ディアンス)⑤コルコヴァード(ミヨー)⑥タンゴの歴史(ピアソラ)⑦愛の歌~映画「緑の館」より(ヴィラ=ロボス)

  • 工藤重典(fl) 福田進一(g)
  • 1991年11月
  • 日本ビクター VICC-93

高木さんのようなアクや押しはあまり強くはないのですが、細かなフレーズに成熟した味のようなものが感じられます。装飾の付け方もフリルのような丁寧さで、ブラジル風というよりフランス風とでもいうような上品さや優雅さを感じます。工藤さんならではでしょうか。美しさや洗練された感じだけではなくキレも極めて鋭く、最後の4目の「現代のコンサート」など流石といった表現力。

もっとも「タンゴ」に流れる血とか太陽とか土臭さみたいなもの、身体に沁みこんでいる情熱とリズム、みたいな感覚を求めるならば、ちょっと綺麗にまとまり過ぎているという気がしないではありません。高木さんのタンゴの歴史と比べてみて、新ためて音楽の目指した方向性はまるで違っているなと思った次第。どちらが好きかは趣味のモンダイでしょうか。

ところで久しぶりにこのCDを取り出して聴いたのですが、CDは工藤さんの直筆サイン入りでした。コンサート会場でサインしてもらったのですね・・・(覚えてなかった)

2002年3月31日日曜日

工藤重典公開レッスン

  • オネゲル:牝山羊の歌 受講者:清水 あゆみ
  • ゴーベール:ロマンス 受講者:谷内 由布子
  • ボザ:イマージュ 受講者:三浦 茜
  • ドップラー:ヴァラキアの歌 受講者:林 加奈子

札幌フルート協会主催、ヤマハ北海道支店協力による工藤重典さんの公開レッスンが開催された。レッスン曲は、私の技術レベルを遥かに越えているものであるが、生工藤に接することができるので聴講してきた。

聴講するには本来楽譜を持って、しかもあらかじめその曲に接していないと、ほとんど意味のないものだ。それでも、曲解釈における考え方や、短いレッスンの中で受講者がどのようにアドバイスを受け止め、音楽的に表現するのかということ見聴きするだけでも、少しばかりは得るところはあると思う。今回も、受講者が工藤さんの模範演奏などを耳にしながら、少しあるいは劇的にその表現を変えてゆく様を見ることができ、興味深いものであった。

それにしても、工藤さんの表現力の幅の広さとドラマチックなことときたらどうだろう、一瞬のフレーズ、いやたった一音の中にまで物語が出来上がるのだ。どんな音も「死んだ」音となっては音楽にならないということを教えてくれるものであった。

はっきり言って、個別の曲に関することは、難しすぎてよく分かりませんでしたっ! 公開レッスンの後は工藤さんのミニコンサートが開催された。こちらも素晴らしいものであった。

��閑話休題)

ボザのイマージュを受講者が演奏した後に、工藤さんが興味深いことを述べていたので思い出して書いてみたい。ただし、言葉使いは工藤さんのものではないし、ニュアンスなどにも間違いがあるかもしれない。録音やメモを元に書いているのではないので、間違いなどがあればご指摘願えると幸いである。

「ボザのこの曲もそうだが、武満徹の楽譜も非常に事細かに演奏上の指示が書かれている。それこそ一音ごとに記号がついている場合もあり、考えようによっては誰が演奏しても同じ音楽になってしまうのではないか、と思うフシさえある。」

「武満さんの作曲した曲を、彼の前で演奏したことがある。自分(工藤)としては、作曲家の意図とおりに吹くのは難しかったのだが、武満さんは演奏を聴いて『フランスの香りがして非常に良いですね』と言ってくれた。」

「武満さんは、私にだけではなく、他の人にも同じように言っていたのかもしれない。でも例えばガロアが武満の前で同じ曲を演奏したなら『ドイツ的で非常に良いですね』と言ったかもしれない。」

「そう云いう風に、演奏家の演奏スタイルが、作曲家のイマジネーションに還元されるということはある。」

「演奏にはある程度演奏家の自由な奏法というものが許される。今の受講生の演奏のように、作曲家の意図したことを忠実に演奏できたのなら、それから先に、演奏者がその曲を自分のものとして消化し、新たな表現として何を加えるということが重要になってくる。非常に難しく高度な問題だが、演奏家として考えなくてはならないことで、そこにこそ演奏する意義がある。」

だいたい、以上のような内容だったと思う。工藤さんは、全く作曲家の意図しないことを自由きままに演奏すれば良いと言っているのではない。演奏家に残された数パーセントの表現ということについての言及なのだが、当たり前のようで非常に難しいことを彼は提示したように思える。

まあ、いずれにしても私には到底及びも想像もつかない境地なのだが・・・

2002年3月30日土曜日

工藤重典のフルートを聴く

日時:2002年3月30日(土)17時50~18時30時
場所:メッセビル6階(札幌)
演奏:工藤重典

モーツアルト: アンダンテK315、ロンドK184
プーランク: フルート・ソナタ
ドップラー: 愛のうた(ピアノ:阿部 佳子)

札幌キクヤ楽器で工藤重典の公開レッスンがあり、その最後に工藤さんによるミニコンサートが催された。工藤さんの生演奏を聴くのは昨年の3月、王子ホール以来、ちょうど一年振りである。

二週間前の、森&高橋さんのデュオもここメッセホールで行われたが、決して音響的に優れた空間ではない。それでも200近くは入るのだろうか、仮設ステージとパイプ椅子を持ち込んだ会場はほぼ満席の聴衆と換気の悪い空間のため少しデッドで暑く、息苦しい感じ。

しかし、工藤さんの演奏は冴え渡っていた。14時から17時半までのレッスンの後だというのに、素晴らし演奏を聴かせてくれた。

工藤さんは今回はゴールドフルートにての演奏。ピアノは阿部博光さんの奥様(阿部佳子さん)による伴奏だ。工藤さんの音はどちらかというとふくよかで豊なひびきだと思う。繊細なというよりは幅の広い音だ(繊細な表現ができないとか言うのでは決してない、誤解のなきように)。時にはきらびやかに、そして、時には朗々と彼の音は響きわたる。中音域で少し「割れた」ような音に聴こえる瞬間があったが、これも彼の音の持ち味なのかもしれない。

最初のモーツアルトも良かったが、なんと言ってもプーランクのソナタは圧巻であった。思い起こせば昨年の王子ホールでの演奏でもプーランクを演奏した。工藤さんにとっては特別思い入れのある曲なのかと思う。この曲を聴いて、工藤さんの素晴らしさは、その音色の劇的なまでの変化にあるように思えた。1楽章の最初の出だしの天から降ってくるような音から始まり、湧き上がるような音楽作りをするかと思えば、次の瞬間にはガラリと雰囲気を変えた音色を聴かせ、会場の空気感さえ変えてしまう、その絶妙さ。それとともに、こんなにも「語りかけてくる」プーランクというものは初めて聴いたように思える。物凄い音楽的な説得力なのだ、さすが! と思ってしまった。

会場が小さいせいもあってか、ホールでの響きとは違い、フルートの微妙なニュアンスまで聴き取ることができたように思える。3楽章が始まる前に、工藤さんが一瞬笛を放し「緊張しますね」と言って汗を拭いたのは、会場の雰囲気がプレッシャーとなったということなのだろうか・・・?(まさか前席の聴衆に向かって話し掛けたわけではないだろうし)アンコールとして用意された「愛のうた」も素晴らしいものだったが、とにかく今日は工藤さんのプーランクを再度聴けただけでも行ったかいがあった。

最後になるが、阿部佳子さんのピアノも素晴らしかった。音色の柔らかさ、微妙なニュアンス、そして力強さ、決してフルートを殺さずそれでいてピアノの美しさを表現している、素晴らしいピアノ演奏であったと思う。

この公開レッスンとミニコンサートが無料なのだから、二週続けて得をしたと思うのであった。

2001年4月30日月曜日

【音盤】工藤重典/「巡り」~武満徹没後5年特別企画

そして、それが風であることを知った 
巡り 
マスク 
海へⅢ 
エア

工藤重典(fl) 岩佐和弘(fl) 川本嘉子(va)、篠崎史子(hp)
2000年11月8~10日 那須野が原ハーモニーホール(栃木県)
SONY SRCR2585

工藤重典による武満徹へのオマージュのようなCDである。武満徹がフルートという楽器を好んでいたことは、良く知られていることだろう。彼の曲は、静寂さと豊穣さを併せ持ち、また、それが雄弁になることとは全く逆の方向へ深化するように感じるのだが、フルートの素朴にして自然な音の流れは、彼の表現しようとした世界と、ある一致を見たのかもしれない。

彼のフルート作品は、例えば遺作の「エア(95)」など、ドビュッシー的な色彩が色濃く反映しているように聴こえるものの、どちらかというと西洋とも東洋ともつかない不思議な魅力があると思う。武満はフルートの特殊奏法や時に日本の伝統楽器である尺八を思わせるような音色さえ、要求しているし、「マスク(59-60」などはまさに能楽を意識して書かれた曲ではある。だからと言って彼の音楽が純日本的というわけではないようにも思えるのだ。それは、いわゆるタケミツトーンと呼ばれる、彼独自の音なのかもしれない。

彼の曲を読み解くキーワードとして「風」や「水」などとともに、「間」とか「時間」というものもこの盤から感じることができる。「マスク」など日本のフルートでの掛け合いと呼吸が、絶妙なる間を作り出し、目の前を流れてゆく時間を感じることができる。彼にとっては時の流れはまさしく、水や風のごとくあったのだろうか。そういえば、風の中からふとはっとするような光や音を感じる瞬間はないだろうか?そんな感触さえ彼の音楽からは聴こえてくる。

もっとも、武満の曲を多く耳にしているわけでもないし、彼の膨大なる著作群に目を通したわけでもないので浅はかな想像の域を出はしないのだが。

工藤重典は、今年3月の王子ホールでの演奏も聴いてきたが、彼のフルートの音色は独特のふくよかさを備え、ある種の安心感があると感じている。非常に聴きやすくのだが、「日本人のフルーティストの音」と感じる瞬間がある。具体的にどうと言うことが難しいのだが、あくまでも直感的な印象である。

そんな彼が奏する武満徹の世界であるが、透明にして流れるように演奏され、武満の持つ静謐なる世界を十分に表現してくれているように思う。特に親しみやすい「海へⅢ(88)」などは、豊穣にして深淵なる世界を目の前に見せてくれて、音の大海の中へ身を委ねる快感を覚える。ここでも彼の音は柔らかく暖かい。まるで暖流系の海の中を泳ぐようだ。

エアに至っても、一種の子宮に抱かれるような心地よさと暖かさは失われない。エアこそ、題名が示すように風に乗って漂う表層とそれから受ける変化なるイマジネーションを感じることができる。

ところで、レコード芸術4月号の「ディスク・ディスカッション」に、この盤が俎上に乗せられている。その中で工藤の武満の「危うさ」について述べていて興味深い。非常に乱暴に要約すると、『最近武満を癒し系として聴く傾向がでてきた。武満のもつ音楽の美しさを「美しいだけ」と捉えかねられないような演奏はいかがかと思う』というような内容だ。

確かに、工藤のこの盤を何度も聴いてみると、武満のどこが前衛なのかとも思うし、先にも書いたように、しみいるように体に音楽が入り込んでゆくのを感じることができる。これが「癒し」と言われればそれまでなのだが、それが何故、武満にとって「不幸」なのかは分からない。武満は音楽に「癒し」を求めてはいなかったということなのだろうか。

武満のフルート作といえば、ニコレやガロワそして小泉などの演奏などとも比較して論じなくてはならないのだろうが、私には彼らの演奏の違いを述べることがまだできない。また、武満の曲を大雑把に述べることも、どうしてもはばかられる。彼の作品については改めて、ひとつずつ取り組んでみたいと、ゆくゆくは考えている。

2001年3月22日木曜日

工藤重典のフルートを聴く~J・P・ランパルへのオマージュ

日時:2001年3月22日
場所:王子ホール
フルート:工藤 重典
ピアノ:藤井一興

J.S.バッハ:無伴奏フルートのためのパルティータ イ短調 BWV.1013
ベートーベン:スプリング・ソナタ ヘ長調 Op.24
P.ゴーベール:ファンタジー
矢代秋雄編曲:さくら変奏曲
A.バッチーニ(矢代秋雄編曲):妖精の踊り
プーランク:フルート・ソナタ

昨日はパユをサントリーホールで聴き、今日は工藤重典のコンサートを聴ける。東京はなんと音楽的に潤沢な場所であろうかと思う。

この演奏においては、ランパルに捧げるとあるように、昨年亡くなったランパルの弟子であり、80年の第1回ランパル国際フルートコンクールで優勝した工藤さんが、彼にゆかりの深い曲を中心に演奏したものである。

1曲目のバッハの無伴奏パルティータは、木管を用い柔らかな響きとバッハ特有の、どこか崇高なものを求める気持ちや、まるで大きな時間の中に投げ出されたかのような感じを聴くものに届けてくれた。

2曲目のベートーベンのスプリング・ソナタのヴァイオリンのフルート編曲版なのだが、どうもこの手のロマン派の曲は、失礼ながら聴いていて飽きてしまう。技巧もメロディーも素晴らしいのだが、これは好みなのだろう。それに工藤さんは本調子ではないのか?と思わせる部分が幾度かあった。彼の演奏を聴くのは2度目だが、ミストーンがあったり高音での音の伸びやかさに欠けているように思えた。いや、これは昨日の「パユショック」のせいだろうかなどと思いながら、曲にのめりこむことが出来なかった。

休憩をはさんで、ゴーベールの後の2曲は、ランパルのために矢代が編曲した曲。演奏の前に工藤さんの説明があり奏されたが、ランパルをしのぶという意味合いからも、音色が深く会場を包む思いがした。「妖精の踊り」はヴァイオリンであっても技巧を要する曲だが、フルートではそれこそ超絶的な技巧の演奏になるのではなかろうか、圧倒的な技量に裏付けられた快演であった。工藤さんの調子が悪いなどと考えたのは私の思い過ごしと疲れのせいのようだと思い知らされた。

最後のプーランクのフルートソナタは、ランパルが初演したもの。曲の細部もプーランクとランパルが練り上げたものであるとのことで、工藤さん自らがフルート協奏曲の中でベスト2に入ると言う曲である。そういう思い入れのある曲であるためか、非常に楽しめる演奏であった。1楽章出だしのかっこよさ、2楽章の夢見るようなゆったりとした感じ、3楽章の一転した早いパッセージ、何度聴いても良い曲だ。でも、工藤さんの一番のフルート協奏曲とは何なんだろう?

アンコールはまずはチャイコフスキーの「感傷的ワルツ」。おお、これはいい。楽譜が欲しいと思ってしまう。(吹けないだろうけど)

2曲目は、武満徹をしのんでということで遺作の「Air」。実は今回の演奏会で、これが一番素晴らしかった。工藤さんは最近、武満をしのぶという形でCDも出している。武満独特の沈黙が隣り合うかのような豊穣な世界が、最初の一音から展開された。よく聴くと、武満が影響を受けたというドビュッシー的な色彩が色濃い曲である。こういうテの曲は、演奏会場で聴いたとき独特のテンションをもって聴くものをつかむ。たった数分間だが音楽とともに深く内面に入り込んでゆくような感じを受けるものだ。昨日のパユのシリンクスといい、プロの演奏家のもつ力はやはり凄い。

このごろは、アンコール3曲てのがお決まりなのか、最後はビュッセールの「プレリュードとスケルツォ」。名前を聞くとどんな曲?と思うが、聴いてみると、「ああ、あれ」と言うくらいよく知られた曲である。武満の緊張を溶かし、満足のなかコンサートは終了した。

話しは変わるが、このコンサートの客層がちょっと変わっていたので最後に付け加えておきたい。工藤さんだって世界的に有名なフルーティストだ。昨日のパユでは、オールパユのコンサートではないにも関わらず、フルートバックを抱えた「いかにも」的な人が多く目ににつた。今日の工藤さんの演奏会は、60歳前後の高齢の男女が多く目に付く。王子ホールという場所がらなのか、工藤さんであっても東京ではもはや演奏会としては珍しくもないのか、うらやましい限りである。それにしてもなぜ?と思いながら会場では場違いな思いをしながら席に座っていた。

2001年2月4日日曜日

【音盤】工藤重典/フルートバロック名演集

  1. シェドヴィル/ソナタ第6番ト短調「忠実な羊飼い」
  2. C.P.E.バッハ/フルート・ソナタ ト長調「ハンブルガー・ソナタ」
  3. F.クープラン/王宮のコンセール第4番ホ短調
  4. ヘンデル:ソナタ第4番ト長調 op.1-5
  5. テレマン:フルート・ソナタ ヘ短調「忠実な音楽の師」より
  6. ブラヴェ:フルート・ソナタ ト短調「ルマーニュ」 op.2-4
  • フルート:工藤重典
  • チェンバロ:リチャード・シーゲル
  • 録音:1994 水戸芸術館
  • Mister Music

工藤重典氏による、軽目のバロック音楽を集めたCDである。工藤氏は最近、木管フルートもよく用いているが(サイトウキネンでも木管だった)、ここではどうやら金属製の現代フルートのようである。

廉価版CDが氾濫するなかで、3000円という価格設定に割高感があるのは否めない。しかし、工藤を聴きたくば買うしかない、そして買った後決して後悔しないと断言できる。繰り返し何度も聴いてしまう心地よさがある。

最初に納められている「忠実な羊飼い」は、長くヴィヴァルディの作とされていたが、最近では二ニコラ・シェドヴィルの作品であることが確認されている。当時の売れっ子ヴィヴァルディの名を語って、楽譜を多く売ったのではないかと推察する。

このソナタは1番から6番まであり、6番だけが異質だという人もいる。私も他の曲の中で、とりわけこの6番が好きで、できもしないのに、フルートの発表会で取り上げ見事自爆してしまった曲だ。工藤氏はあくまでも、軽やかに吹き抜けるように演奏していて快い。

C.P.E.バッハのソナタは、どこかで耳にしたことがあるのではなかろうか。初めて聴くとしても親しみやすい曲だ。非常に瑞々し小品である。工藤の音色で聞くと、朝日のさす緑の庭園をゆっくりと散歩しているかのような気持ちにさせてくれる。なんたる至福の瞬間か。

「王宮のコンセール」はフランソワ・クープランの作である。クープランというと、一家が音楽家だったらしく、色々なクープランがいるらしい。クラヴサンの曲でもフランソワの華やかさは、遠くルイ王朝の時代の栄華を思い起こさせるものがある。この曲は全部で7楽章に分かれているが、まさに天上の響きである。

テレマンのフルート・ソナタも見事で終楽章には技巧を駆使した装飾が施されており、見事というしかない。もうため息のでるばかりである。もう、ここらは聴いてもらうしかない。

フルートばかりのCDとか演奏会は、最後には少々飽いてくるものだ。特に同じ時代の音楽ばかりだとなおさらで、だからフルーティストは演奏会のプログアムを様様に工夫している。

このCDはバロックばかり集めたものでありながら、約1時間もの長きに渡り、非常に甘美な時間を我々に提供してくれる。

オケばかり聴いて、なんだか食傷気味だったり、おなかいっぱいになってしまったとき、日曜の朝のひと時、フルートとチェンバロの絶妙なハーモニーを楽しみたい。(そういう私はこれを冬の夜に聴いているのだが)