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2021年9月20日月曜日

【音盤】ロビン・ティチアーティのラフマニノフ交響曲第2番

敬老の日を含む三連休、初日こそ雨模様でしたが残る二日は、久々に天気が良く行楽日和になりました。それにしても、今年の天気は少しおかしくて、金木犀も9月初旬には開花していましたし、通勤途中の今日は、銀杏の潰れた独特の匂いを嗅ぎました。

そんな、秋が深まってくる中、ロビン・ティチアーティ(Robin Ticciati)とベルリン・ドイツ交響楽団によるラフマニノフの交響曲第2番を聴いています。カットなしのオリジナル版とのことで、演奏時間も1時間3分と長いです。


2021年7月8日木曜日

ドゥダメルのマーラー交響曲第8番、壮大な音の洪水

Apple Musicのハイレゾ化、「空間オーディオ」と「ロスレスオーディオ」を十分に体験できる音源として提供されているもののひとつ、ドゥダメルとロサンゼルス・フィルによるマーラーの交響曲第8番です。

これは既に発売済の、2012年2月のマーラー没後100年記念演奏とは別もので、2019年5月と6月のウォルト・ディズニー・コンサートホールでのライブ録音です。

https://music.apple.com/jp/album/mahler-symphony-no-8-in-e-flat-major-symphony-of-a-thousand/1565928607

2021年6月10日木曜日

交響曲第7番 キリル・ペトレンコ&バイエルン国立管弦楽団

ペトレンコのマーラー交響曲第7番の録音が出ました。オケはバイエルン国立管弦楽団、2018年の録音です。ペトレンコは2013年から、ケント・ナガノの後任として同劇場の音楽監督を務めていました。このアルバムは同劇場の自主レーベルとのこと。

自分はApple Musicで聞いているのですけれど、実物のブックレットは非常に立派なようです(ちょっと欲しいかも→買わないけど)。


https://music.apple.com/jp/album/mahler-symphony-no-7-in-e-minor-live/1564332870

2021年6月2日水曜日

クルレンツィスのベートーヴェン交響曲第7番は期待外れか

満を持して発売になったクルレンツィスのベートーヴェン交響曲第7番です。衝撃とも言える第5番が出たのが2020年、次は7番と聞かされて、ファンとしては相当に待ち遠しかったのではないでしょうか、録音は5番と同様に2018年です。

https://music.apple.com/jp/album/beethoven-symphony-no-7-in-a-major-op-92/1553729421


出だしからマッシブな音を聴かせてくれます、テンポは中庸といったところでしょうか。

全体を通して、よくまとまっているとは思うものの、一聴した感想としても、Amazonのレビュウを読みましても、どうも中途半端感が否めません。この曲に求める興奮と高揚が少ないというのが、その理由です。

2021年5月25日火曜日

サン=サーンス没後100周年 カントロフ指揮で初期の交響曲

今年2021年はサン=サーンス没後100周年なのだそうです。それを記念しての録音。

サン=サーンスの交響曲といえば「オルガン付き」しか聴いたことありませんし、このブログでもサン=サーンスの作品については、どうやら一度も書いたことがないことに気づきました。(そもそも、フランス系音楽に苦手意識があったので)

余りにも無知なので少しサンサーンスの初期のことを調べてみました。といってもWikipediaやネットに転がっている知識程度です。

2021年2月13日土曜日

【音盤】ネルソンス のブルックナー交響曲第三番

2017年からネルソンスはブルックナー全集をゲヴァントハウスと録音を開始しています。その第一弾が、交響曲第3番です。演奏はライブとのこと。 



2021年1月10日日曜日

【音盤】ロバート・トレヴィノ/マルメ交響楽団 ベートーベン交響全集


https://music.apple.com/jp/album/beethoven-symphonies-nos-1-9-live/1513662128

ディスクの詳細はHMVのサイトより。
全集ですから聴き通すのに時間がかかります。
昨年はベートーベン生誕250年でその記念リリースです。
最近は音源でもベートーベンの交響曲からは遠ざかっていましたが、こういう混乱の時代においてベートーベンを改めて聴くと、やはり力が沸くものです。


2020年10月3日土曜日

【音盤】レ・シエクルのベートーヴェンとゴセック


Classica Japanの飯尾さんのブログより。

(ゴセックが)ベートーヴェンと共通するのは、カッコよさとダサさの共存。ただし、カッコよさとダサさの天秤でベートーヴェンは前者に傾くけど、ゴセックは後者に傾いていて、終楽章の元気いっぱいのエンディングで少し笑いが残る。そこがチャーミング。もし彼らと同時代に生きていて、両者を一度聴いただけで、片方は何百年後も全世界で演奏され片方はほとんど演奏されないなどと予測できるかといえば、できないと思う。

上手い言い方です、確かにと静かに首肯してしまいました(笑


2019年5月15日水曜日

レ・シエクルのマーラー交響曲第1盤

 

2019年4月25日木曜日

【音盤】ペトレンコのチャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」

 

2016年1月21日木曜日

【演奏会】スクロバチェフスキ 読売日本響 ブルックナー8番 都響 芸術劇場

スクロバチェフスキ92歳
高齢にもかかわらず立って、暗譜で、休憩なしでの演奏会
ブルックナーの8番なので、ゆうに一時間半近い演奏

1楽章から3楽章までは悠然たるテンポで鳴らす
都響は弦の厚みもあり、また金管群にもあまり不安はない
情緒的に流れることもなく、正統的なブルックナーを淡々と聴かされると言う感じ
しかし音の重なりや重厚感という点では多少不満も残るか、オケの性能というより響きのイメージ
ワーグナーチューバを使うせいか、ブルックナーからワーグナーにつながる独逸音楽の系譜みたいなものが聴き取れる
4楽章は、多くの人が「意外」と思ったように早く煽るようなテンポ
若々しいと言えば言えなくもないが、92歳である。意表を突かれたとさえ言っていい。
このテンポと今までのギャップは何なのか、若干の乗り切れなさを残しての終焉。

しかしブラボーとスタンディングオーベーションの嵐。
みんなスクロバチェフスキが好きなのだなあ、暖かい拍手。
でも、なんだかブルックナーを聴いたという満足感がない。
独逸の森の空気感も感じ取れなかった。

特にティンパニ。叩いていないわけではないのだが、軽すぎるだろう、そこでその音はないだろう、みたいな。
何かのイメージが刷り込まれているのだろうな。

スクロバチェフスキは何も独逸、ロマン派だけが得意な指揮者ではない。
自ら作曲もするし現代曲も振る。
過度な思い入れやタメも使わない、ある意味、非常に高齢だが現代的かつ合理的な指揮者なのだと思った。





2013年7月6日土曜日

【演奏会】大野和士指揮 新日本フィル ブルックナー7番

2013年7月5日(金)19時15分
すみだトリフォニーホール
指揮 大野和士
新日本フィルハーモニー交響楽団



シャリーノ/「夜の肖像」(1982年)
ツィンマーマン/「ユビュ王の晩餐のための音楽」(1966年)
ブルックナー/交響曲第7番 ホ長調(ノーヴァク版、1954年)


ワーグナー生誕200年を記念したプログラムなのだが、ワーグナーは一曲も演奏しない。大野氏がこだわりぬいたプログラムとはいえ、ひねり過ぎの感がなきにしもあらず。

シャリーノはバイオリンのフラジオレットの上に、静かな音か薄膜のようにかぶさる10分程度の曲。無調?という点ではワーグナーにつながるか。

ツィンマーマンもメジャーな曲ではない。バイオリン、チェロなどの弦が入らず、逆にオルガンやギター、ピアノ、ハープ、エレキギターなどの楽器が加わる。いろいろな曲からの引用が展開されるが、期待させたほどには乗り切れない。最後の乱痴気騒ぎのような場面(幻想の暖断頭台への行進とワルキューレが奏されるところ)も浮ついた印象だけを残す。

オモチャ箱をひっくり返したような感じ、という点では、むしろマーラーにテイストが近いように思える。

休憩をはさんでの今回のメインとなるブルックナー7番。大野氏の指揮は、過大な感情は移入せず、速めの軽快なテンポで曲を進める。盛り上がるところもしっかり音量はあり、目立った大きな破綻もない。少し雑と聴こえるところや、ブルックナー的な音の重奏感が不足しているように思え部分がなきにしもあらず、聴く場所が2階席であったせいだろうか。

しかしながら、どこか不完全燃焼の残るプログラムと演奏であったことも確か。私が聴いたのはワーグナーの息吹だったのか、正真のブルックナーだったのかと自問。


それでも、この手の音楽は生で聴くのに限ると思う。現代音楽は、聴き方や集中力が異なるから、組み合わせは別の曲が望ましいと思った次第。情よりも理が勝ったプログラムであったか。

2013年4月11日木曜日

2009年3月15日日曜日

ハイティンクの無料音源を堪能

CLASSICAの飯尾さんによる「ネットエイジのクラシックジャンキー」で、『巨匠ハイティンクのライブ音源無料ダウンロードサービス!』という記事が目に留まりました。

ダウンロードが3月15日までとのことなので、せっかくですからダウンロードしてみました。演奏はロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団で、以下の3曲です。

  • ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」 (2005年)
  • シューマン:交響曲第1番「春」 (1981年)
  • ビゼー:交響曲ハ長調 (2000年)

音源は楽章ごとに分かれたmp3形式。前回の配布では全楽章が1音源でしたから使い勝手はこちらの方が良いかと思ったところ、楽章の最初と最後にオランダの公共放送局radio4のアナウンスが挿入されている曲が幾つかありました。

多少興ざめではあるものの、これほどの音源をサービス期間中とはいえ無料でダウンロードできることはありがたいことです。往年の響きが失われているとお嘆きの方もいらっしゃいますが、ロイヤル・コンセルトヘボウの柔らかな音色も素晴らしく、全曲とも堪能することができました。

シューマンやビゼーの交響曲は普段あまり食指を伸ばさない、またハイティンクでさえ私にとっては積極的に親しもうと思う指揮者ではありません。しかし「無料」ということもあって、こうして聴いてみますと、どれもじっくりと聴くべき価値はしっかりあり、特にハイティンクに関しては一度まとめて聴いておくべき指揮者なのだろうなと改めて思ったりしました。

2009年1月25日日曜日

【音盤】ドゥダメルのマーラー交響曲第5番(DG 1week)


ドゥダメルのベートーベンに続く第二段、マーラーの交響曲第5番をDGの1week streamで聴いてみました。

音楽的なテーマはベートーベンの第5番に似ているし、音楽に希望を託しているドゥダメルが録音したいという気持ちも分かります。

しかし、この5番にあってもマーラーの音楽は複雑であり混沌としすぎている。まったくもって一筋縄ではいかない。今の時代にあってマーラーに過度の感情を移入しすぎる演奏は忌避される傾向にはあると思う。しかし、だからといってマーラーが有していた矛盾や屈折、諧謔を無視していいとも思えません。

ドゥダメルの演奏は、重心の低い厚い音を提供してくれます。特に低弦やブラスの支えが利いているように思えます。ダイナミックレンジも広い、強奏はアクセントが効いていますし、カンタービレやメロディラインの部分も美しい。確かに水準の高いオケです。

第一楽章の抑圧された凶暴さとか音楽の振幅、第四楽章の抒情に流れすぎない明晰さなどは見事です。この有名な楽章が単に甘ったるい感傷だけではないことを前後の楽章の間で分からせてくれます。終楽章の推進力も流石といったところでしょうか。

であるにも関わらず、何か足りない、全体に音楽が平板に聴こえます。途中で何だかバラバラになった音楽に戸惑っている自分(私)がいる。音楽に摩擦が少ないというんでしょうか、説得されない。悪く言うと退屈、私にとって何度も聴き返したいマーラーにはなっていない。そもそもマーラーなど常日頃に親しみたい音楽ではありません。ですから聴くからには何か欲しい。

うーん、難しいものです。実演を聴いたら印象は全く違うかもしれませんよ。1週間の間にあと、数回は聴いてみると思いますけど、まずはファースト・インプレッションということです。

2009年1月22日木曜日

【音盤】ドゥダメルのベートーベン交響曲第5、7番(DG 1week)

DGの1週間視聴サービスで真っ先に聴いてみたのが、今更ながらにドゥダメルのベートーベン。話題になるだけあって、注目に値する演奏でした。買っていない盤の演奏を、しかもストリーミング配信されているものを評する行為が「妥当」なのかはさておき、インプレッションを書いておきます。

問題はドゥダメルの楽天性と明朗性についてどのような判断を下すかです。今のところは素直に肯定、受容する気持ちと、態度を留保したい気持ちに分かれています。

ドゥダメル自身、インタービューなどで語っているように、彼は音楽の力を信じています。またベートーベンの交響曲の持つ音楽的テーマについても精通しています。またベネズエラという国、決して西側諸国のように裕福とは言えない環境に居た音楽家達によって演奏されるベートーベンということ。

これらをすべて理解するかしないかに関わらず、演奏から聴こえてくるのは楽天性と明朗性。そして単純な世界観と若者らしい可能性と希望です。悪いはずはありません。いやむしろ出来すぎているとさえ感じます。

音楽と同時進行で主観的感想を連ねてみたら、A4で4枚もの賛辞と疑問で埋め尽くされました。それ程までに刺激的で驚きの演奏です。既に多くの人たちが熱狂的に支持するのも首肯できます。特に交響曲第七番 終楽章の圧倒的なスピードとリズム、凄まじいまでの疾走を聴くと、体の内部からふつふつと沸き起こる本能的肉体的な喜びを抑えることができません。

第五番 第三楽章のコントラバスの響きも鳥肌ものです。チェロとコントラバスのフガートの部分です。コントラバスがこんなにもリズミカルに弾けられるものでしょうか、まさに「踊る巨象」です。

You Tubeにプロムスの映像があります。まるで「のだめ」でも披露されていた楽器回し(本当にクルクル回す!)。あのノリと軽さ、ラテン的健康な官能性。(本当にあの映像は衝撃です)。クライバーの洒落て豪奢なノリとも違う。

とはいえ、いわゆる爆演系とはなっていない。弱音も丁寧に、ダイナミックレンジも広い。ですから、聴く前に想像していた演奏とは少々異なり、最初に聴いいたときには肩透かしのような感じがしたものです。何度か繰り返して聴くに従い、彼のこの盤における特性が分かるようになってきました。深い精神的ドラマは歌われていませんが、ラストへの歓喜を志向する強い確信と希望を感じます。そこには南国を吹き抜ける生ぬるい熱風さえ錯覚します。いいぢゃないですか。ベートーベンに深い精神性を求めるならば、何もドゥダメルを聴かなくても満足できる盤は他にもありましょう。

さて、こうして何度か繰り返して聴いてみますと、彼がほかの曲もどう料理するのか、ぜひとも聴いてみたいという欲求が沸き起こってきました。

2008年10月11日土曜日

ランニングのおとも カラヤンのブルックナー


ランニングのおともとして聴いている曲にカラヤンのブルックナー全集(→DG版:HMV)があります。これもITSでダウンロードしたものです。



カラヤンのブルックナーは、まさに豪華絢爛。田舎くささやトロさ、深刻さは全く感じられず、ひたすらに美的快感原理が追求されているように聴こえます。それゆえ正統派のブルクネリアンは、おそらく今でも彼の演奏をかなり批判的に評価するのではないでしょうか。


録音は1975年から81年にかけて。カラヤンも70歳前後と高齢ですし、ベルリンフィルとの絶頂期は過ぎています。しかし、それではあってもテクニック的にも音響的にも世界最高峰のオケです。そこから至福を感じるかあるいは壮大なる空虚と浪費を感じ取るか。これは人により大きく異なるでしょう。


カラヤンの音楽は、彼があまりにも強大な権力を持ったが故か、日本の音楽界や音楽マニアの間で貶められた時期がありました。音楽に快楽より深い精神性を求めること、正統派ドイツ音楽への追求などなに対するアンチテーゼでもあったのでしょう。そういう当時にあっても、カラヤンのブルックナーのあまりの美しさを、控えめながらも強く主張する声もあったように覚えています。


今ではクラシック音楽を巡る状況も変化しました。カラヤン生誕100年の今日にあって、こういうブルックナーを受容する層も増えたのではないかと思います。私もこうして改めて聴いていますと、ブルックナーだって深刻ぶって聴かれるばかりが能ぢゃないと思ったりする次第です(>って、走りながらとか、眠りに落ちる間際でしか聴かないんですけどね)。