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2005年8月21日日曜日

甲子園 駒大苫小牧 4

普段は野球なんて見ない人たちも街頭のTVスクリーンの前で一喜一憂する。地元の新聞(北海道新聞や朝日新聞地方版)はブチ抜きの大見出しで駒苫の勝利を報道している。TVのニュース番組では「もうっ最高!」と涙を流す人たちの姿や、便乗商戦に踏み切るスーパーやデパートの姿を映し出している。

��7年振りの夏連覇は、昨年の北海道勢の初優勝以上に全国的ニュースバリューを持っているとは思うものの、たかが「甲子園」という閉ざされた世界での偉業である。必要以上のフィーバーやだらだらと脳が麻痺したかのような感動の再生産にはちょっと辟易。

それにしても駒苫に全く関係のない人たちをも感動の渦に落とし込んだことは確か。高校野球を通じて発揮される「郷土愛」を思いながら、「ナショナリズム―名著でたどる日本思想入門」(浅羽通明:筑摩書房 ISBN:4480061738)を読了。「郷土愛」というのは「思想」や「理論」ではなく、体に染み込んだ皮膚感覚みたいなものだと感じる。もっとも「郷土愛」=「愛国心」でないことは自明。感想は気が向いたら、そのうち表へ。

つーか、休み中に読んだ本はこれ一冊だよ、トホホ。

2004年8月23日月曜日

甲子園での駒大苫の勝利2

いや~、びっくりといいましょうか、なんといいましょうか、あれよあれよと言っている間に、駒大苫小牧が甲子園で優勝してしまいました。

今日の決勝は済美(愛媛)は春の優勝高ですから、どんな試合になるのかと思ったら案の定、猛烈な打撃戦、打ち勝ったのが駒大苫でしたね。それにしても、ようビハインドになってからも打つわ打つわ・・・。

(左写真は産経新聞サイトから無断転載)
9回2死1、3塁で相手打者が4番でしたから、いやーな雰囲気でしたが見事打ち取りましたね。何度見ても涙モンですわ。北海道に夏の優勝旗が渡ることなど、ありえねーと思っていたのですが、世の中変わったモンです。オリンピックでもメダルラッシュですし、スポーツ界って知らない間に進化しているのね。

ところで、北海道では号外が出たようですね。(

2004年8月18日水曜日

オリンピック報道ばかりなり・・・


NHKをはじめ、TV番組はニュースの時間になってもオリンピック報道ばかりです。いったい他のニュースはなくなってしまったかというくらいの勢い。こういうときは、為政者はシメシメと思って、よからぬことをしているのでしょうな。

そういう斜に構えた見方を控えるにしても、福原愛選手の3回戦勝利は、なんだかうれしい。初戦を苦労して勝っただけに、なおさらであります。
前回の福原選手の試合を見ながらの会話。

 「卓球って何点入ったらセットを取るんだ?」
 「白ねー」
 「スローモーションになると、カッコわるい~~」
 「どうして、ミスしたタマを選手が拾いに行くんだ?」
 「テニスと違ってビンボーなのよ」(>ウソだよ)

試合を見終わって

 「ああ、こんなに長い間、卓球の試合を観たの、生まれて初めてだよ」
 「ほんと、ほんと。だいたい、もういいな(笑)」(>って何がいいんだよ)

全く、ひどいものです。

2004年8月17日火曜日

甲子園での駒大苫の勝利

アテネオリンピックの影になって、今ひとつ生彩を欠いているような甲子園ですが、今日の3回戦第1試合は駒大苫小牧(南北海道)と日大三(西東京)の試合。予想を裏切ってといいましょうか、鈴木投手の好投と同点にされてからの8回裏、鈴木からの猛攻で追いすがる日大三高を負かしてのベスト8進出。素直に、うれしいです。鈴木の気迫あふれる顔つきがよかったですな。日大三は、松島をはじめ本当に残念だったでしょうね。

それにしても、オリンピックの野村、谷、内柴といい、あるいは北島といい、戦う男たち(女たちもですが)の顔つきは精悍にしてカッコいいです(愛ちゃんは、幼さが残りますが)。北島のゴールの後の猛獣のような雄たけび、ああいう闘争心はやっぱり必要だよな、と思うのでありました。

第86回全国高校野球選手権大会(朝日新聞社、日本高校野球連盟主催)は、16日(第10日)の3回戦第1試合で、日大三(西東京)と駒大苫小牧(南北海道)が対戦、駒大苫小牧が7―6で追いすがる日大三を振りきった。

 駒大苫小牧は1回、2死一塁から原田の右翼線適時二塁打で先制。2回に2点、3回に1点を加えた。同点に追いつかれた直後の8回裏、1死二塁から鈴木の中前適時打で勝ち越すと、さらに2点を加えて試合を決めた。3回途中から救援登板し、13三振を奪った鈴木の好投が光った。

 日大三は3回表、佐々木、山中の連続適時打で2点を返した。8回には、1死満塁から、高木の左前適時打、さらに秦のスクイズが安打となり、一時は同点とした。3点を追う9回、2死満塁から後藤の中前適時打で2点を返し、なお走者一、三塁と詰め寄ったが後続を断たれた。

 日大三の松島は、連続打席安打を大会記録タイの8に伸ばしたが、4回の第3打席は三振に倒れ、大会新記録は生まれなかった。 ��朝日新聞より)

2001年10月1日月曜日

高橋尚子のベルリンマラソン

��ちゃんこと高橋尚子のベルリンマラソンには、本当にびっくりした。

シドニー後のマラソンで、残る世界新を期待されながら、それらの重圧を全くものともせずに実現してしまった。いや、重圧はあるんだろう。でも、レース終了後の彼女の清々しい顔を見たら、そんなことを全く感じさせない。

師を信じ、自分を信じ、そして、限界まで自分を追い込むその精神力と体力のすさまじさ。監督が「モノが違う」と彼女を評しているが、それは心肺機能や筋力などの肉体面ばかりではなく、彼女の計り知れぬ精神力をも言い当てているのだと感じ入った。師や自分をそこまで信頼できるということは、並大抵のことをしていたのでは決して得られない境地だ。

私は学生時代、体育会系の競技をしていたが、厳しい練習は強くなるため、自分の限界を超えるために行っていたつもりだった。でも、最後のレースの場で、苦しい中で朦朧とする意識のむこうに、最後の最後で自分を信じきれていないもう一人の自分がいた。当然、そのようなレースは負ける。

大和證券グループのCFが何度もかかり、うざったかったのだが、「彼女の走る姿がみんなの勇気になった」とかいうくさいコピーが(正確なコピーを失念!)、本当になったとき、やっぱり私は涙して彼女を見てしまった。

��月は、小泉の経済回復に関することが中心の日記となると思いきや、テロの話題一色になってしまった。10月の最初に、喜ばしい出来事から書けることを素直に今は喜びたい。