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2007年3月31日土曜日

安藤忠雄 特別企画~2006年の現場 悪戦苦闘

東京ミッドタウンにできた安藤忠雄設計による21_21 DESIGN SIGHT(→公式HP)に行ってきました。オープン特別企画は「安藤忠雄 2006年の現場 悪戦苦闘」(→公式HPより)という、まさにこのスペースを造るためのメイキングのような企画展。黒川紀章の国立新美術館でのオープン企画と異なり、ここに入るには1000円が必要です。

建物の殆どは地中に埋められており表参道ヒルズ直島地中美術館など最近の安藤作品のスタイルが踏襲されています。

展示内容は、主として本建物が現在の形に至るまでの数多くのエスキスやスタディ模型が時系列に並べられており*1)、ひとつのプロジェクトにかける無数のアイデアと労力を知ることができます。また東京で現在進行形の5つの新プロジェクトについても俯瞰できます。


伊藤豊雄の建築展でもそうでしたが、安藤氏も素材感とか現場の肌触りに拘ります。特に安藤氏は昔から職人と一体になって建築を造るという意識を強烈に打ち出しています。建築家のイメージなりディテールを具現化するには数多くの他者を介さないと実現できない。自らのアタマと手が一致していない。安藤氏は自分の世界観を他者に向って徹底的に語り、自ら描き、コミュニケーションによってそれを理解させ、恐るべきパワーでカタチにします。彼は啓蒙者であり教育家でもあり革新家でもあるわけです。

もっとも、そうして出来た空間に共感を覚えるか否かは個人的な問題になります。それでも彼の存在と活動には敬意を覚えます*2)。大きなガラス面からの光は、地下の中庭を通してホールや展示空間にまで柔らかく届きます。極めてストイックでシンプルなコンクリートの壁に、際立ったエッジ。若者は彼の研ぎ澄まされたデザインに共感を呼ぶのでしょうか、来館者にも若い人が多い。

ワンパターンと言ってしまえばそれまで、しかしやはり説得力はある。少なくとも彼の建築は今の時代には合っているのように思えます。安藤のモチーフを用いた空間が東京においても増えることは、否定すべきものではないと考えます*3)

  1. これで1000円かよ、事務所に積んでいたものを寄せ集めて企画展なんて、安易過ぎる!などと不満に思ってはいけない。作家のイメージの変遷に直接触れることができる点にこそ観るべきものがあるのだと・・・思おう。
  2. 好きか嫌いかと言われれば・・・、独逸ロマン派も良いけどたまにはクセナキスだって聴いてみたいだろう、みたいな。ん?ちょっと違うか(<-->クライアント側が、あまりにも無難に安藤氏や隈氏などの流行作家を選ぶことに疑問を感じないわけではない・・・。またかよみたいな、世界にはもっともっと前衛的な作家がいるのに、みたいな。

東京ミッドタウン オープン

六本木ヒルズのすぐ近く、六本木防衛庁跡地に三井不動産他が手がけた都心最後の巨大再開発とも呼ばれる「東京ミッドタウン」が30日にグランド・オープンしました。桜も満開となりかけた本日、早速ですが行ってきました。


都心の一極集中度は凄まじいものがあり、銀座や青山の高級ブティック店や丸の内などの最新のオフィスビルなど、凝った建物も、いい加減見飽きてきた気もしていましたが、さすがに三井不動産が自信を持って提供する物件です。規模といいグレードといい類を見ない。

再開発広さは約7haの防衛庁跡地と隣接する桧町公園との一体的な開発により、六本木という一等地で10haという巨大な土地を取得したのが2001年のこと。土地取得からあっという間にグランド・オープンに漕ぎ着けた手腕には感嘆するとともに、巨大プロジェクトのスピードアップの度合いに驚かされます。

ランドマークとなるのは、ミッドタウン・タワーと呼ばれる54階の超高層ビル。47~53階にはリッツ・カールトン・ホテルが陣取ります。まさに東京のホテル戦争がこれから始まろうとしています。

正面は、巨大な三次元曲面のトップライトを有した空間が各施設をつないでいます。振り返ると六本木ヒルズが見えますね。


私は三井不動産の回し者ではないですから、施設概要を述べることは止めます。それにしても、これほどの床面積と公園を有する開発というのは今後は難しいでしょう。ガレリアから外に出ますと、東京タワー、泉ガーデン六本木、アークヒルズ、山王パークタワー、TBS周辺再開発(建設中)などなどの超高層ビルがズラリと公園の緑を囲むように眺めることができ、メガ都市ならではの景観を呈しています。

平日のオープンですが、観光客や冷やかしなどの連中を含めて結構な人だかりです。マスコミ関係者や、いかにも六本木~みたいな綺麗な方や洒落た方が多くて楽しめます。

ここには安藤忠雄設計のアート・スペースと隈研吾監修のサントリー美術館もオープンしています。なんだかんだと話題の施設であり、明日の休日は相当混雑すると予想されます。六本木なんて、日中は訪れるようなマチではなかったんですがね。オープン記念なので、ガレリアではイル・ジャルディーノ・アルモニコの演奏が行われ・・・るワケがありません。

それにしても、またしても巨大な物欲と妄想と時間と金を吸収する施設が増えたということで、六本木周辺の人の流れは(六本木を芸術の街にしようという目論みもあるそうですから)全く変わったものになってしまうかもしれません。

ちなみに三井不動産は今年から来年にかけて、ラゾーナ川崎、ららぽーと豊洲、ららぽーと柏の葉、ららぽーと横浜と、相次いで関東近郊に巨大商業施設をオープンさせ、周辺には中高層住宅をドカドカ建てまくっています。そして都心部では高付加価値型の再開発により、土地の価値を上げまくっています。土地デフレを脱却したということで「持たざる経営」も修正を加えつつあります。恐るべし勝ち組不動産の代表格。プチ金持ちからも超金持ちからもドンドン金を吸い取って、どんどん裕福になあれ。・・・と。*1)

ちなみに、いつも巡回しているブログの中では、やはりといいましょうか弐代目・青い日記帳が一番乗りでしたね(^o^)/こちから、ご覧くださいな











2006年6月29日木曜日

直島めぐり【その3】ジェームズ・タレル


安藤氏とジェームズ・タレル氏によるコラボレーション作品は地中美術館と「民家プロジェクト」の南寺で接することができます。

タレル氏といえばアリゾナ州のローデン・クレーター・プロジェクト(未完成)が有名です。このアート作品はクレーターという自然のすり鉢の中から天空を眺めるというものです。あたかも宇宙空間を切り取ったフレームの中から見せるという壮大なるものです。以前TVか何かで放映され、いかにもアメリカ的なスケールのでかさに驚いたものです。

地中美術館にある「アフラム、ペール・ブルー」は、室内インスタレーション作品。光の中に脚を踏み入れるかのような不思議かつ非現実な体験が得られます。ただ危険防止のために柵とアラームが設置されているのは残念。これでは地下鉄ホームではないですかっ、タレル氏の非現実感を「この先危険」を知らせる無機質なアラーム音が、まったくただのジョークにしてしまっている罪は大きいと思います。

南寺で体験できるのは「バックサイド・オブ・ザ・ムーン」という作品。こちらは、そういう莫迦げた演出はありませんから、素直にタレル氏の作品世界に浸ることができます。

まず鑑賞者は全くの「暗室」に通され、ベンチに座ることを促されます。室内は目を開いているのか閉じているのかさえ判然とせず、目の前には網膜に明滅する模様しか見えません。ちょっとした根源的な、実存を脅かすかのような恐怖さえ感じます。

ふと長野善光寺の胎内巡りをふと思い出します・・・(空間の広がり感はまるで異なりますが)、あそこでは「鍵」に触れると極楽浄土が約束された筈。タレル氏の「鍵」は光。室内に入り5~10分すると暗闇に慣れてくることで、部屋の正面に薄ぼんやりとした映画のスクリーンのような弱い光が見えてくると説明されました。光が見えたらそこに向かって歩いて行ってよいと・・・。

本当に自分にも「光」が見えるのか、不安と期待に捉われながら、自分がどこに居るのかも分からない暗闇で待つこと数分。それは不思議な体験でした、徐々に目の前に何かが見えてきたときの覚醒の感覚と感動。

説明すると、ただそれだけの作品なのですが印象は強烈でした。何も見えなかったところから浮かんでくる光のスクリーン。一旦見えてしまうとそれを背景に明滅する先を歩く人の幻影さえ認識できます。全くの暗黒の中で自分や同行者を再び見出したときの不思議な驚き。あたかも3D画像が初めて「見えた」時の驚きや悦びに似ていましょうか。

この手の作品は、「時間がかかる」ため、日本やスウェーデン、ノルウェイなどでは受け入れられるものの、アメリカやドイツでは展示が難しいとタレル氏は言います。日本人であることを喜ぶべきでしょうか(笑)

タレル氏は「光や空間の芸術家」と紹介されます。アートや芸術が人に感動を与えたり、自己を再認識させたりするものであるのならば、タレル氏の作品は改めて一級の作品であると思うとともに、はじめてインスタレーション作品の持つ「力」を思い知った次第です。

直島めぐり1 ベネッセハウス

直島めぐり2 地中美術館

直島めぐり3 ジェームズ・タレル









2006年6月27日火曜日

直島めぐり【その2】地中美術館


安藤忠雄氏の地中美術館は2004年7月18日にオープンしました。クロード・モネの絵画とともに、現代美術作家であるジェームズ・タレル氏、ウォルター・デ・マリア氏の作品が常設展示されています。



建物のほとんどが「地中」に埋設されていること、そして今や世界的なとも言える建築家である安藤氏の建物そのものが「作品」になっていることなどから、建築関係者を越えて話題となりました。

予め写真や雑誌などで、建物の概要は掴んでいたつもりですが、実際に安藤氏の建築を「体験」してみますと、彼の作品の中でも群を抜いて素晴らしいと感じました。今年オープンした表参道ヒルズが、全くいいところなしであり落胆させられたのとは、えらい違いです。

表参道ヒルズは、そのプロセスそのものが「作品」であったというのが私の評価ですが、直島プロジェクトはプロセスと結果を含め彼の代表作足りえていると思います。安藤氏の作品は、商業的な垢にまみれてしまうより、建築が屹然として存在を主張できるカタチの方が合っているのでしょうか。建物を地面に埋めてしまうということは、究極の環境配慮なのか、環境に対する欺瞞と冒涜なのかは議論が分かれると思いますが・・・
ここに収められたモネの作品も、静謐な空間と柔らかな自然光によって生来絵が持っていた美しさと力を取り戻しているかのようです。モネの聖地ともいえる新装されたパリのオランジェリー美術館がどういった展示空間になっているのかは分かりませんが、今まで接したモネの中では、最も絵画に適した環境であると感じました。

モネは大好きな画家ですから、このような空間で睡蓮シリーズに接することができたことには深い喜びと至福さえ感じます。自然光に照らされた絵画は通俗名画的な俗悪性を一切脱ぎ去り、霊的な雰囲気さえ漂わせていました。

ここでの安藤氏の建築は非常に控えめで、作品の力を引き立てることに成功しているようです。安藤氏には珍しく、コンクリートには塗装を施し、室内の入隅部は曲線を用いています。床に敷きつめられた70万個にも及ぶ2cm角の大理石も静謐な空間を作ることに一役かっています。

ジェームズ・タレル(米国:1943年生まれ)の展示スペースのひとつである「オープン・スカイ」は、鋭利に切り取られた空と、そこから降り注ぐ光の変化を楽しむ空間芸術です(左写真)。これには全く驚かされました。ウォルター・デ・マリアの展示スペースも素晴らしい。(ジェームズ・タレルについてはエントリを改めます)



しかし何よりも一番驚いたのは、やはり安藤氏の建築そのものでした。特に三角コートを結ぶ回廊の壁を切り取る開口幅35cmのスリット(左、下写真)は驚きでしかありません。建築の持つ有無を言わさぬ説得力という点において圧倒的です。



印象派のモネも、展示されているのが晩年の睡蓮シリーズですから、もはや抽象絵画、光と色彩の洪水と称しても良いような作品。建築家の安藤氏と、モネや光の芸術家であるタレル氏などの現代美術が、違和感なく融合しているのも、ともにギリギリまでの純粋性を志向しているという点で共感しあうものがあるのでしょうか。



ちなみに、掲載した写真や図面は「あちこち」から無断転載したものです。

2006年6月26日月曜日

直島めぐり【その1】 ベネッセハウス


香川県の直島に今年の5月オープンしたばかりのベネッセ・ハウス「パーク」に宿泊。安藤忠雄氏のコンテンポラリー・アート・ミュージアムと、2004年に出来た地中美術館、それと家プロジェクトなどを駆け足で観てまわってきました。

下の写真はホテルのバルコニーからの風景、なんともリッチです。部屋からは瀬戸内海が一望でき、山からは鶯の鳴声が朝の5時くらいから聴こえてきます。



宿泊施設も安藤氏の設計ですから、エントランスロビーからして、こんなカンジです。最近はコンクリートに長大な横スリットというのが、彼のお気に入りのようです。



レストランに向かう廊下も、こんなふうにコンクリートで出来ています。ここでは縦のスリットが綺麗ですね。



レストランのウッドデッキの目の前は砂浜。長閑な瀬戸内海が望めます。天気が良いと四国まで点在する島々が見えるのでしょうね。瀬戸内海は交通の要所らしく、タンカーやらフェリーがひっきりなしに往来しています。

ホテルは「アート・ミュージアム」というくらいですから庭には様々なアート作品が点在しています。



ほんとうに駆け足ではありましたが、なかなかにJCB GOLD的な旅でありました。詳細は続きます。



直島めぐり1 ベネッセハウス

直島めぐり2 地中美術館

直島めぐり3 ジェームズ・タレル











2006年4月26日水曜日

【本棚】陣内秀信:東京の空間人類学


東京はかねがねから、ずいぶんと複雑で興味深い都市であると思っています。そのきっかけを与えてくれた本のひとつが、陣内秀信氏による本書です。20年ほど前に読んだ本なのですが、こうして読み返してみますと、今となっては類書は多いものの内容のオリジナリティは高いと思います。

自らの足を使ったフィールドワークによって得られた知見は、混沌とした東京の成立史を明快に解き明かしてくれます。このような都市論が評価されてか、1985年のサントリー学芸賞を受賞しています。(この賞自体、私にはあまり馴染みがありませんが・・・)

彼の東京サーベイは東京には百年前の建物がほとんどないからといって、この都市はすでに過去の顔を失いアイデンティティを喪失したとあきらめるのは早計過ぎるとの観点から、建物ではなく地である敷地に着目し、変化に富む立地条件と、その上に江戸以来つくられた都市の構造とが歴史的、伝統的な骨格を根底において形づくっていることを明らかしています。

たしかに、ちょっと歩いてみると分かりますが、東京と言うのは非常に坂が多い。陣内氏の東京にもローマと同様、七つの丘があるという指摘は、彼のスタンスをある程度表しています(ひとつは東京を地形論的に読み解くという独自性、もうひとつは陣内氏がベネツィアなどで展開した西欧都市を研究の延長としての都市方法論)。

アースダイバー」の中沢新一氏は、東京が武蔵野段丘東端の「フィヨルドのような地形」の上に成立していると指摘しました。いずれにしても、地形のもつ力とか場の意味を無視しては現代の東京も成立しえていないと考えることは、ある意味で納得のできる考え方です。大名屋敷や旗本屋敷、町人街などが江戸からどのように変遷してきたかを、本書を紐解きながら想像を巡らせるのはなかなか楽しいものですし、街歩きをまたしてみたい気にさせてくれます。

ただ、陣内氏は都市論を中心とした学者ですから、どちらかというとハードな建築学的な視点に立っています。「空間人類学」と、いささか大仰なタイトルの割には内容的は建築学者という狭視的な記述がに留まっているように思えます。

また、実は彼が一番主張したかったのは「モダニズム都市の造形」という終章ではないのか、と思わせるところもマイナスです。この章では西欧的な「アーバンデザイン」の先駆が1920年のモダニズムの時代に認められていたにも関わらず、戦災と高度成長を経ることによって1985年当時の日本は、1920年代の都市デザインレベルには到底達していないと嘆いています。今までの文脈とは明らかにトーンが異なり、建築計画論的主張は建築に興味のない人には説得力に乏しいものです。

また、彼の主張には当時流行った「ウォーターフロント」や「都心回帰」、あるいは「都市や地域の文脈」というキーワードが散見されます。青山の同潤会アパートは安藤忠雄氏の設計により「歴史的連続性」を残すとか言われながらも、全く異質なものに建替えられてしまいました。都心部や湾岸地域は大手デベロッパーや投資家達によって、その姿を激変されつつあります。本書が書かれてから20年。陣内氏が本書を書くきっかけになったと想像する「都市の連続性」「都市の文脈」ということが、どう実現され(あるいは無視され)、今後どう変化してゆくのか。個人的には、そこのところが興味のあるところです。

2006年2月12日日曜日

表参道ヒルズオープン

本日オープンした表参道ヒルズに行って来た。行ってびっくりした。地下鉄表参道駅からヒルズまでは、まるで初詣の境内か勘三郎襲名披露時の歌舞伎座前のような混雑状態。建物の前には行列と歩行者がひしめきあっていてもうグチャグチャ、なんと入場制限しているらしい。田んぼの真ん中にできたイオンのオープン日ぢゃあるまいに・・・基本的にイナカモンの小生には意外な光景。

2005年9月4日日曜日

青山・表参道あたりを散策

土曜日である。休日なのだが仕事も気になる。しかし、天気が良いので仕事するのもバカらしい。ということで散歩がてらに会社に行くこととした。

取ったコースは原宿から都心の職場まで。表参道やら裏の脇道をブラブラ往復。明治通りと表参道にはさまれた地区、すなわち神宮前5丁目あたりは、閑静な中に面白そうな店が点在していたり連なっていたり、歩いているだけで飽きない。あっという間に姿を変えてしまう都市の姿がそこにはある。変化が激しすぎるという批判もあると思うが、地方都市にはありえないエネルギーや貪欲さを感じるのも確か。

銀座ともちょっと違った雰囲気で高級ブランド通りへと変身を遂げつつある表参道では、その筋で話題の安藤忠雄の建築がほぼ全貌を現していた。GUCCIやLVの豪奢な建物にも慣れてきたが、今の若者のようにTシャツにジーンズ姿で気軽に入る気はしない。

246を抜けるとおととし話題をかっさらったPRADAの向かいに、更に奇怪な形のヴェロックスが完成間近だ。こうしてみると、いったいどうやって造ったのだろうと疑問が沸いてくる。ヴェロックスではここ御幸通りとともに、明治通りでも店舗を建設中だという。どちらも日本人には思いも付かないデザインだ。

ここまで来て、そういえばと思い出し原宿駅近くまで戻り太田記念美術館で北斎を観る。一服の清涼剤というか別世界だなここは。

再びあちらこちらでグラビア撮影が行われている人だらけの表参道を抜け、根津美術館のあたりを北東に曲がると青山霊園である。ここら当たりは話題のショップもほとんどないため、人通りも交通量も極端に少ない。青山陸橋では暇を潰すタクシーが行列である。お盆も過ぎた墓地には蝉時雨が降り注ぐ、暑苦しいアブラ蝉に混じってツクツクホーシも鳴いている。夏も終わりだなあとしみじみ。蝉時雨をBGMに青空にギラギラと聳え立つ六本木ヒルズは一種独特、異様な光景だ。蝉時雨以外の静寂さが一層隔絶感を際立たせる。

乃木坂トンネルを越えた当たりから、六本木の巨大開発を目の当たりにすることになる。一つはナショナルギャラリー、もうひとつは防衛庁跡地の東京ミッドタウンである。ナショナルギャラリーはほぼ建物は完成の様子、一方の東京ミッドタウンはまさに鉄骨ムキ出しで建設の真っ最中。その大きさには改めて驚きの念を隠せない。

未だ激変しつつある東京の片鱗に触れながら職場にたどり着いたら、はっきり言って疲れきっておりました・・・

2003年8月23日土曜日

【風見鶏】表参道の界隈

久々に表参道をウロウロしてみた。33度は越えるのではないかという中、JR原宿駅を降りると、何やら聴きなれた民謡調ロック音楽が流れている。まさか!と思ったら「スーパーよさこい2003」というイベントであった。ほへ~と関心、ついに、よさこいも竹の子の聖地に戻ってきたか(藁)
そのまま表参道を青山一丁目方面へ歩く、青山には超高級ブティックが目白押しだ。超某人気ブランド店の前で親子連れが記念写真を撮ろうとして、警備員に咎められていた。写真くらいいいぢゃないの・・・。
高級ブランドは大胆な建築意匠を用いてイメージを高めようと躍起だ。ブランドには全く興味がないのだが、建物を見ているだけでも興味はつきない。
しばらく歩くと同潤会アパートのあったところは、工事現場に様代りしていた。延々400m近くもあったはずの同建物がなくなった景色は異様だ。安藤忠雄氏設計の建物ができるのは2006年1月とか。
更に進んで246の手前には、今の日本の建築会では無敵である隈研吾氏設計による商業ビルが完成を間近に控え聳え立っていた。
さて実は今日の目的は、246を越え根津美術館の近くに出来たプラダ ブティック青山店をこの眼で見ることである。この建物は、今をときめく建築家ヘルツォーク&ド・ムーロンの設計で、日本の建築家たちに大きな衝撃を与えた建物だ。(ゴメンなさい、写真は「日経アーキテクチュア750号」のものです) 




写真を見てお分かりのように、常識的な形態を全く逸脱したガラスのボックスだ。わたしもこんな建物を見るのははじめてだ。
意を決して(藁)中にも入ってみたが、近未来映画のセットにタイムスリップしたかのような感覚を覚えた。ちなみにふと手にとったサマーセーターの値段も、一瞬頭が白くなるようなものでもあったが(獏)
こうして1.5km程度の距離を歩いてみると、日本の商業ビジネスシーンの実験場のような体裁を現していることに気付かされるのであった。


HIYORIみどり 「とにかく、建物もいいけど暑かったわね。歩くだけで水を1リットルも摂取したわよ。日差しはお肌に悪いし、こりごりだわ」
KAZAみどり 「オープンカフェで飲んだ、アイスモカショコラが美味しかったわ。スタバの2倍以上の値段だったけどね」

2003年5月11日日曜日

安藤忠雄展 2003 再生-環境と建築

東京ステーションギャラリーで開催されている安藤忠雄展に行ってきた。安藤忠雄氏はコンクリート打放しのギリギリにまで凝縮された建築美で知られる世界的に活躍する建築家である。

私は建築設計などが専門ではないため、彼の建築について知ることは今でも少ない。しかし、それでも彼の建築の魅力は何だろうかと考えると、数年前に彼の作品巡りをしたときのことを思い出す。関西を中心に、姫路文学館や直島コンテンポラリーアートミュージアム・アネックスなどを見学しのだ。

彼の作品はそれでも少しは写真などで見知っていたものの、実際にその空間に立ったときの驚きと感動は強烈であり、今でも忘れがたいものとなっている。

ここで建築のデザイン論とか安藤建築について、拙い意見を述べる気はないのだが、そのとき確かにデザインのもつ力というものを如実に感じた。建築でデザインを云々する人の中には、自己満足に終始してしまい、説得力を持ち得ないものを主張する人もいる。そういうものは得てして、出来あがった後の評判は芳しくない。一方で、彼の建築からは、ある種の普遍的な力を感じたものだ。何故そこにそのディテールなのか感じ取ることができた。彼のデザインに打ちのめされたと言っても良い。

建築は「作品」とよく言われるが、決して棚や壁に飾るような芸術作品とは違う。それは用途をもった空間と生活や様式までも設計しているものだ。だから、現代美術におけるインスタレーション作品とも一線を画さなくてはならないのだと思う。 彼の作品が、そういう意味から使われ続ける建築足り得ているかは、彼の作品群がそれを証明しているかもしれない。

パンフレットの作品模型は2001年10月、国際コンペで参加の決定したフランスの「ピノー現代美術館」。チケットのスケッチは社会問題ともなった青山同潤会アパート建替え計画だ。直島プロジェクトにおいて、あるいは同潤会アパートにおいて、建物を地下に埋設し「見えない建築」を目指したということは、環境に配慮した建築計画だろうが、ガラスの多用や見えない建築というコンセプトは何も安藤のオリジナルではない。また、意外かもしれないが、安藤氏の作品は東京には多くない。東京が「建築無法時代」とも言われるほど空前の変貌を経験しつつあり、あまたのデザイン要素が氾濫している中にあって、安藤建築が東京にどのような楔を打ち込むのか興味がつきないところだ*1)

なお、本展示会にはイロイロな種類の人が訪れていた。それこそ老若男女入り乱れてという感じなのだ。改めて彼の人気の広さを思い知った次第。また、本展示会の情報を私に教えてくれたEさんに感謝。

  1. (追記)以下BBS書きこみより

    安藤忠雄ですが、HPに書いたものは堅苦しくて面白くないですね。

    展示会には写真やビデオのほか、ドローイングや模型も多く、 建築知識のない人にも楽しめる内容でした。

    建築家のドローイングや図面は(自分で書いているかどうかは別にして) そのまま額に入れて飾れるようなデザインのものがあるのですが、 まさに安藤のドローイングはそれで、図面的には緻密というわけでは全く ないものの、建築のイメージを伝えるという意味からは、なかなか イマジネーションに飛んだものだと感じました。

    また、彼は常にアイデアが吹き出ているようで、ホテルやらレストランの ナプキン、または飛行機の半券などにまでエスキスを描いているのには 驚かされます。 ��画家ぢゃないから、それが号いくらという値段にはなりませんがね)

    かの丹下健三が赤坂プリンスのデザインを決めたときも、どこかのホテルの ナプキンかマッチの箱に「こんな形」とかぐちゃぐちゃ描いたのがオオモト 案だと聞いたこともありますし。マッチの裏のぐちゃぐちゃを形にしてしま うところが、まあ大家たる所以ですかね。

    模型もなかなかかっこよくて、光の入り方や空間の意外性などが良く分る ものでした。特に同潤会アパート建替え計画は、表参道の並木より建物高さ を低く抑えるため地下階が深いんですよ。そのため、地下にまで自然光を入れ るため、アトリウムを囲むように店舗と住宅を配置しているのです。そういう 仕組みがやっぱり模型の方がよく分る。

    アトリウムを広くとって大階段を設置するという計画は、原広司の京都駅でも おなじみですが、それが彼のモチーフとなってフランスのピノー美術館や 同潤会アパートでも見ることができます。これは計画上の模倣というよりは ボキャブラリーと判断すべきでしょうが。

    マンハッタンのペントハウスという計画は、既存の超高層ビルの屋上と、 中間階にガラスの箱を貫通させた計画ですが、非常に斬新なアイデアで、 模型を見てうなっちゃいました。 イメージ的には最近竣工した上野のこども図書館の手法ですね。保存建築に 新たな表層や空間を加えることで、再生するというものです。まあ、これも 安藤だけのモチーフではありませんが。

    マンハッタンのグラウンドゼロプロジェクトは、建物ではなくモニュメント を設計したという点で注意を引きました。現在、あそこはWTCを上回る 超高層計画がコンペで決まりましたが、安藤のような解決策もありかなとは 思ったものです。

2003年5月10日土曜日

【風見鶏】安藤忠雄展2003 再生-環境と建築

東京ステーションギャラリーで開催されている安藤忠雄展に行ってきた。安藤忠雄氏はコンクリート打放しのギリギリにまで凝縮された建築美で知られる世界的に活躍する建築家である。

私は建築設計などが専門ではないため、彼の建築について知ることは今でも少ない。しかし、それでも彼の建築の魅力は何だろうかと考えると、数年前に彼の作品巡りをしたときのことを思い出す。関西を中心に、姫路文学館や直島コンテンポラリーアートミュージアム・アネックスなどを見学しのだ。

彼の作品はそれでも少しは写真などで見知っていたものの、実際にその空間に立ったときの驚きと感動は強烈であり、今でも忘れがたいものとなっている。
ここで建築のデザイン論とか安藤建築について、拙い意見を述べる気はないのだが、そのとき確かにデザインのもつ力というものを如実に感じた。建築でデザインを云々する人の中には、自己満足に終始してしまい、説得力を持ち得ないものを主張する人もいる。そういうものは得てして、出来あがった後の評判は芳しくない。一方で、彼の建築からは、ある種の普遍的な力を感じたものだ。何故そこにそのディテールなのか感じ取ることができた。彼のデザインに打ちのめされたと言っても良い。

建築は「作品」とよく言われるが、決して棚や壁に飾るような芸術作品とは違う。それは用途をもった空間と生活や様式までも設計しているものだ。だから、現代美術におけるインスタレーション作品とも一線を画さなくてはならないのだと思う。

彼の作品が、そういう意味から使われ続ける建築足り得ているかは、彼の作品群がそれを証明しているかもしれない。

パンフレットの作品模型は2001年10月、国際コンペで参加の決定したフランスの「ピノー現代美術館」。チケットのスケッチは社会問題ともなった青山同潤会アパート建替え計画だ。直島プロジェクトにおいて、あるいは同潤会アパートにおいて、建物を地下に埋設し「見えない建築」を目指したということは、環境に配慮した建築計画だろうが、ガラスの多用や見えない建築というコンセプトは何も安藤のオリジナルではない。また、意外かもしれないが、安藤氏の作品は東京には多くない。東京が「建築無法時代」とも言われるほど空前の変貌を経験しつつあり、あまたのデザイン要素が氾濫している中にあって、安藤建築が東京にどのような楔を打ち込むのか興味がつきないところだ。

なお、本展示会にはイロイロな種類の人が訪れていた。それこそ老若男女入り乱れてという感じなのだ。改めて彼の人気の広さを思い知った次第。また、本展示会の情報を私に教えてくれたEさんに感謝。

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��追記)以下BBS書きこみより

安藤忠雄ですが、HPに書いたものは堅苦しくて面白くないですね。

展示会には写真やビデオのほか、ドローイングや模型も多く、 建築知識のない人にも楽しめる内容でした。

建築家のドローイングや図面は(自分で書いているかどうかは別にして) そのまま額に入れて飾れるようなデザインのものがあるのですが、 まさに安藤のドローイングはそれで、図面的には緻密というわけでは全く ないものの、建築のイメージを伝えるという意味からは、なかなか イマジネーションに飛んだものだと感じました。

また、彼は常にアイデアが吹き出ているようで、ホテルやらレストランの ナプキン、または飛行機の半券などにまでエスキスを描いているのには 驚かされます。 (画家ぢゃないから、それが号いくらという値段にはなりませんがね)

かの丹下健三が赤坂プリンスのデザインを決めたときも、どこかのホテルの ナプキンかマッチの箱に「こんな形」とかぐちゃぐちゃ描いたのがオオモト 案だと聞いたこともありますし。マッチの裏のぐちゃぐちゃを形にしてしま うところが、まあ大家たる所以ですかね。

模型もなかなかかっこよくて、光の入り方や空間の意外性などが良く分る ものでした。特に同潤会アパート建替え計画は、表参道の並木より建物高さ を低く抑えるため地下階が深いんですよ。そのため、地下にまで自然光を入れ るため、アトリウムを囲むように店舗と住宅を配置しているのです。そういう 仕組みがやっぱり模型の方がよく分る。

アトリウムを広くとって大階段を設置するという計画は、原広司の京都駅でも おなじみですが、それが彼のモチーフとなってフランスのピノー美術館や 同潤会アパートでも見ることができます。これは計画上の模倣というよりは ボキャブラリーと判断すべきでしょうが。

マンハッタンのペントハウスという計画は、既存の超高層ビルの屋上と、 中間階にガラスの箱を貫通させた計画ですが、非常に斬新なアイデアで、 模型を見てうなっちゃいました。 イメージ的には最近竣工した上野のこども図書館の手法ですね。保存建築に 新たな表層や空間を加えることで、再生するというものです。まあ、これも 安藤だけのモチーフではありませんが。

マンハッタンのグラウンドゼロプロジェクトは、建物ではなくモニュメント を設計したという点で注意を引きました。現在、あそこはWTCを上回る 超高層計画がコンペで決まりましたが、安藤のような解決策もありかなとは 思ったものです。