あるBBSで以下のHPが紹介されていました。「超絶技巧的ピアノ編曲の世界」」~体育会系ピアニズムの系譜
という名前からして凄いページなのですが、その内容も圧巻です。編曲ものの超絶技巧曲のデータベースなど膨大な量のテキストが公開されています。
サイトの中には音楽と関係のない「いいたい放題」というページもあり、これまた物凄いテキスト量です。
で、ここからが本題なのですが(藁)「秋田に未来はあるか」という文章があり興味深く読ませてもらいました。というのも、先日書いた「札幌と福岡の差異」を考える上でのアナロジーのようなことが述べられているからなのです。
内容は、秋田に覇気がないのはなぜか、隣県の岩手と何が違うのかということを独自の視点で展開しています。秋田県が「各地の拠点となるべき都市が見当たらない」ということから初めて、秋田県人の「画期的なこと,革新的なことをどこか恐れ」る風潮を指摘し、それを「『不作のない』風土」に原因があると結び付けています。そのため「創意工夫に賭ける熱意」に欠ける人が多いのだと導いています。さらには、教育の展望のなさやビジョンの欠如をあげ、秋田の未来を憂慮してます。
牽強付会の感は免れないと思いますが、秋田に住んでの実感なのでしょう。ただ、後半の秋田県のばかさ加減をあげつらう部分や、将来に対する展望のなさについては、何も秋田県だけの問題ではなく、日本全国に蔓延している傾向ではないかと思えるのです。北海道や札幌も同様ですし、他県にしても同じような話はころがっているでしょう。
だとすると、秋田の活気のなさやふがいなさは、ひとつ日本の縮図であると思えるのです。札幌と福岡がどう違うかということについては、また日を改めなくてはならないようですな。
時代は大きな転換期、自分もとうに還暦を過ぎた。何に関心があり、どう考えていたか、記憶と思考の断片をつなぐ作業。将来の何に「投資」するか、自分を断捨離したときに最後に残すものは何か。私的なLife Log、ネット上の備忘録。
2001年12月27日木曜日
2001年12月24日月曜日
福岡の印象
出張で福岡市に行って来た。たかだか一日しかいないので何が分かるかという気もするのであるが、福岡市の札幌市との違いに少なからず驚きを覚えた。
人口だけで比較すると、札幌が180万人、福岡は135万人であり数字だけから見ると札幌市の方が大都市である。周辺の市町村まで集めた人口となると、どうなるのかは分からないが、この印象からだけだと札幌とさほど変らない規模の(あるいはもう少し小さな)都市を想像していた。商圏の広がりにしてもさほどではないのではないかと思っていた。
しかし、実際は全然違った。都市の成り立ちとか色々本来ならば考えねばならない問題があるのだが、全てをオミットしての印象だけから話すと、「福岡は非常に活気にあふれている」「商業ゾーンも平日の昼間から人があふれている」そして「街全体のカラーリングが古いものとあたらしいものが同居しながら、きわめてアジア的な色彩をはなっている」ということだ。
翻って札幌市を考えてみると、冬と雪のハンデはあるものの、住んでいて、どうしても明るいイメージが沸かない。何がこの印象に影響しているのだろうか。住んでみたい都市として札幌、福岡はよく名前が挙げられる都市であるが、両者には大きな差異があるように思えたのだった。
人口だけで比較すると、札幌が180万人、福岡は135万人であり数字だけから見ると札幌市の方が大都市である。周辺の市町村まで集めた人口となると、どうなるのかは分からないが、この印象からだけだと札幌とさほど変らない規模の(あるいはもう少し小さな)都市を想像していた。商圏の広がりにしてもさほどではないのではないかと思っていた。
しかし、実際は全然違った。都市の成り立ちとか色々本来ならば考えねばならない問題があるのだが、全てをオミットしての印象だけから話すと、「福岡は非常に活気にあふれている」「商業ゾーンも平日の昼間から人があふれている」そして「街全体のカラーリングが古いものとあたらしいものが同居しながら、きわめてアジア的な色彩をはなっている」ということだ。
翻って札幌市を考えてみると、冬と雪のハンデはあるものの、住んでいて、どうしても明るいイメージが沸かない。何がこの印象に影響しているのだろうか。住んでみたい都市として札幌、福岡はよく名前が挙げられる都市であるが、両者には大きな差異があるように思えたのだった。
登録:
投稿 (Atom)