2003年8月1日金曜日

横山秀夫:動機

陰の季節」で否定的なレビュを書いた気持のまま、ほとんど期待もせずに本書を読み始めたのだが、その感想を全面撤回させていただかなくてはならない。横山氏の小説は、非常に面白いし着想にしても、確かに言われてみれば今までになかった視点だと、やっと分かった。

今回の4つの小説は、警察もの(「動機」)だけではなはない。前科物の出所後の運命的な物語(「逆転の夏」)や、地方新聞の女性記者(「ネタ元」)、そして地方の裁判官が主人公(「密室の人」)だ。これらの物語に共通しているのは、生じる事件がごく身近なものであり、時にそれは「陰の季節」でもそうだったように、内部組織の不祥事に近いものだったりする。それのどれもこれもが、人間の一寸した「魔」をついて生じた事件に端を発している点が、題材に対し感情移入しやすくなっている。また、彼の書く人物は、殺人前科者であっても裁判官であっても、結局は「ただの人」として描かれ、それが極めて印象的なのである。

例えば「密室の人」の「魔」とは、裁判の審理の間についつい居眠りをしてしまうということから、話しは予想もしない方向へ展開してゆくし、「逆転の夏」においては、事件の発端が女子高生の中絶手術代稼ぎの売春に、これもひょんなことからひっかかってしまった男が、金銭トラブルから女子高生を成り行きで殺してしまったという事件が鍵となって物語は進行する。

「ネタ元」にしても、地方新聞の女性記者を中央新聞が「引き抜き」をかけるということを題材して扱っている。引き抜きという人間の虚栄心や出世欲などを微妙にくすぐる誘いに対し、男社会で果敢に奮闘している主人公の心が揺れる様の描写は見事だ。

横山氏の書く小説は、人間に対する活写が(少しステロタイプに感じることもあるのだが)非常に生き生きとしており見事だ。ごくふつうの人生を真面目に送ってきた人たちの姿、あるいは、暗い過去や哀しい過去を背負った人間の苦悩や悔しさというものが、実にギリギリとするほどの迫力で描き出されている。そして、やはり彼の小説からは、そういう人間たちに対する暖かい視線があるのだ。

こういう営みや描写が。「陰の季節」では、わざとらしく、そして少し古いタイプの小説であると感じ、違和感を覚えたのだ。彼や彼女らが守ろうとしているものや戦っているものが、あまりにも小さな組織内のできごとであり、矮小な世界の出来事であるため、目を塞ぎたい気持になってしまったのだ。

しかし、こういう世界に目をつぶってしまったならば、そして、普通の営みを否定すると嘘いてしまったならば、いったい自分自身は何を守っているというのか、自分の矜持はどこにあるのかと問わねばならないだろう。

「聞いたふうなことぬかすんじゃねえ! てめえらの仕事って何だよ。俺らは体張ってんだ。街ィ守ってんだよ。てめえは何守ってんだ? 本部長か? てめえ自身か? 言ってみろ!」

「馬鹿野郎、そんなもん家族に決まっているだろうが!」

増川の手がふっと緩んだ。(「動機」P.53)
「鬼畜じゃなかった。山本はただの男だった。気が小さくて……誘惑に弱くて……どこにでもいるつまらない男だった。獣でも鬼畜でもないただの……」(「逆転の夏」(P.179)

こういう描写が、ちょっとクサイというかわざとらしく、鼻白む思いもするのだが、今回は許す。何故なら、私はここの表現に救いを見出し、そして打たれてしまったのだから。

ああ、大事なことを書くのを忘れていた。横山氏の小説は人情ドラマではない。あくまでも、そういう世界を基盤とした上質なるミステリーである。横山氏が今では押しも押されぬミステリ作家であることは誰もが認めるところだが、やっと端っこを掴むことができた思いだ。

(……にしても、こうまでレビュ変わるかよ(--;;;