2007年8月26日日曜日

福岡伸一:生物と無生物のあいだ


話題の本らしく、新聞の書評でも絶賛しています。暇な週末でしたので買って読んでみました。噂に違わず面白く、生物学の研究の場に立ち会うような興奮があって一気に読めてしまいます。それでも感想はといえば、amazonの皆さんが書かれている様に、肯定半分、落胆半分といったところでしょうか。


皆さんが褒めているように、確かに福岡さんは文章が旨い。科学的観察には一見似つかわしくない叙情的かつ詩情とノルタルジーさえ感じます。ですから、本書の一番素晴らしいのは実はプロローグとエピローグであったりします。特にエピローグに描かれた福岡氏の少年時代の体験談は圧巻で、そこには生物と時間をいとおしむ、限りなく静かな眼差しがあり、生物学者 福岡伸一の原点が述べられています。





そうなんですね、本書は福岡伸一氏の生物学に対する探求譚なんです。いわゆる先端科学の解説本というには食い足りません。「生物と無生物」の違いに関する説明も用意されているものの、もっと深い最先端の話題を期待して読む人は、大いに肩透かしを食らうことでしょう。


一方で本書を生物学に取り組んだ科学者たちの物語という読み方もできるかもしれません。おそらく福岡氏はサイモン・シンの「フェルマーの最終定理」や「暗号解読」などを意識して本書を書いたかもしれません。でも、残念ながら、シン程のワクワク感にまでは達していないんですね。


それは、おそらくは、生物学者「福岡伸一」という細胞皮膜を破ることなく、生化学という外部をあたかも膵臓細胞の小胞体が外部を内部に取り込んだように書いたことによるのでしょう。結局は生化学の物語ではなく、福岡氏の物語なのです。ラストの数章が自らの膵臓細胞研究を巡る記述になってしまったのも、全体のコンテキストから考えると違和感を禁じ得ません。ある意味において極めて私的な本と感じたのも、それ故です。もっとも、福岡氏の研究の概要を示すことをリアリティと受け取るか、あるいはテーマの矮小化と捉えるかは人それぞれだとは思います。


それにしても、ここまで鮮やかに理系と文系の両刀を使いながらサイエンスものを書く力量があるのならば、福岡氏の他の本も読んでみたいという気にはさせてくれます。



それにしても、不確定性原理を発表したシュレーティンガーの「原始はなぜそんなに小さいのか」という問いかけ。生物や無生物の構成物質が原子や分子であるとして、それらの振る舞いが確率論的にしか定まらないということ。そのような不確定な粒子あるいは波動から物質が成立しているということ。分子レベルでは、生物は数日のうちに全く入れ替わってしまうということ。


今更の知識ではあるものの、やはり改めて考えると不思議以外のなにものでもない。いかにして秩序は造られたのか・・・。