2018年8月26日日曜日

小瀬村真美 幻想〜像」(イメージ)の表皮


殺人的な暑さの中、原美術館で開催中の小瀬村真美さんの初個展に行ってきました。

何が驚いたかって、古典的写実静物画と思ったら精緻な写真で、写真かと思ったら、それが時間軸を持った動画であって、動くということ。 

いや、動くというのは正しくない。対象が生まれるその時から、朽ち果てるまでの長い時間を短縮したり、美しく作られた静物が、破壊される一瞬の時間を、逆に無限と思える時間に引き延ばして見せてくれる。

何たる発想の斬新さ、表現の恐ろしさ。 
これらの作品を前にして、慄然として動けなくなる。

生とか死とか、そんなありふれた概念だけではなく。

シーツで覆われた静物たちも、もはや静物の実態を失った仮装の姿として立ち現れることの、裏と表が裏返ったかのような存在感と虚無、そこに孕む、言いようのない儚さと美しさ。

 全てが夢のような展示空間。

以下は、ファースト・インプレッション



画家の諏訪敦さんも批評しているように、渾身の個展です。諏訪さんの どうせなにもみえない から6年目の画集でも感じた、九相図を小瀬村さんの作品にも感じました。 
昨今の流行りの写実絵画でもなく、写真でもなく、そのどちらも、包含しながらにして、裏切るような表現。 静的な静物画あるいは肖像画であるはずなのに、スタティックではなく、ダイナミック。 

絵画や写真の虚実を、暴いて見せながらも、そこに新たな美的観念を持ち込む。

どうして、現代の作家は、美しいものを、ただ美しいとして済ませることができないのか。観るものに不快感や苦痛さえ与える表現をするのか。そのギリギリまでのせめぎ合いに、息が詰まるほどの展示空間。 

一方で写実としてのディテールと、どこか嘘っぽい、というか模倣絵画的な佇まい。この微妙なギャグと倒錯感。素晴らしい理性と感性でした。 原美術館のロケーションもまた良し。過去と現代がラップし、異次元の個展と言えましょうか。