K.310イ短調はモーツァルトの中でも数少ない短調のソナタです。作曲は1778年のパリ滞在中のもの。最愛の母を亡くした哀しみが表現されているのか、あるいは思うようにパリで評価されず、満足な職を得ることができない不満をぶつけているのか、実際のところは分かりません。第二楽章こそモーツァルト的な優しさに満ちているものの、第一楽章と第三楽章の暗さと情熱は一度聴いたらなかなか忘れられません。
そして、グールドの演奏のユニークさと激烈さも特筆モノと言っていい。木で鼻をくくったような出だしの響き、極度に乾燥した音色は詩情をほとんどたたえず、冷徹に曲を虚空に放り出します。あまりにこの演奏は厳しく、突き放した孤独の中を駆け回ります。しかし激烈ではあっても曲や作者への感情移入は聴かれない。冗長さは全くなく、研ぎ澄まされた演奏から聴こえるのはグールドの皮肉とその裏に隠された意図か。
異様に速いテンポと相まって、この演奏を聴いてしまうと他の演奏は「生ぬるく」聴こえてしまう。私は非常に面白く聴いていますが、モーツァルト好きには受け入れがたい演奏かもしれません。
- 第8番イ短調K.310
- 第10番ハ長調K.330
- 第11番イ長調K.331《トルコ行進曲》
- 第12番ヘ長調K.332
- 第13番変ロ長調K.333
- 第15番ハ長調K.545
- グレン・グールド(p)
- SRCR2068
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