2018年9月16日日曜日

藤田嗣治展 東京都美術館



東京都美術館で開催中の藤田嗣治展にいってきました。

レオナルド藤田の名前で、知ったかぶりしてましたが、あって良かったです。全く藤田像が変わりました。


それにしても日本という国の閉鎖性を、まざまざと感じさせる藤田の才能と人生です。

日曜美術館での藤田嗣治を観て。

晩年に宗教画に向かったのは、藤田という存在に承認とか赦しを求めたのではないか。

フランスで認められ、一躍の時代の寵児にはなったものの、それはひとときのもので。日本でもフランスでも、何処か阻害され、居所がない。 

彼の想いと時代や世間との微妙なズレ、誤解、偏見、羨望。それは東京美術学校時代から変わらなかったのではないか。

孤高ともいえ、分類不可能な芸術家でもあり。迷いながら自分のスタイルを作り、破り、また、戻るその葛藤と変遷の過程。

絵画的には、何だかな、と思える晩年の宗教画と、そこに描かれた自画像は、求めても求めきれなかった彼の居所への希求を見るようである