2006年4月21日金曜日

武満徹:ピアノ作品集/藤井一興








  1. 雨の樹素描(1982)
  2. 閉じた眼(1979)
  3. フォー・アウェイ(1973)
  4. ピアノ・ディスタンス(1961)
  5. 遮られない休息(1952/59)
  6. 2つのレント(1950)


  • 藤井一興(p)
  • フォンテック FOCD-3202



1950年の処女作「2つのレント」から1982年の「雨の樹素描」までの武満のピアノ曲を集めたもの。Tower Recorodで「今なら半額」というのに、ついつられて購入、iPodに入れて何度も聴いています。しかし武満の曲は何気に流して聴くということを許容しません。じっくりと耳を澄まさなければ、何も残らずに通り過ぎてしまいます。


例えば1950年の「2つのレント」という曲。武満の処女作にしながら「音楽以前」と当時の批評家(山根銀二氏)から酷評を受けたと言う作品。Adagioは、冒頭のくぐもった靄のかかったような低音のトーンが支配的な曲。自分がどこに居るのか定まらない不安定な気持ちになりながらも、何かを確かめるような感じ。続くLento misteriosamenteは、もう少し音が容をなしている。逆にメロディー的なものが解体されて響きとして再構築されてしまったと言う方が適切か。彼の音楽に感じられる時空間の広がり、饒舌とは反対の色彩の豊かさは、この処女作にして充分に感じることができます。


今こうして聴いてもかなり実験的な音楽として聴こえます。でも決して「音楽以前」などという稚拙な独りよがりな音楽ではありません。


一方で有名な「雨の樹素描」の美しさは特筆もの。自然と人間を超えた叡智に抱かれるかのようなイメージ。ピアノを通した水滴の表現はあまりに見事。ピアノの音の粒立ちがキラキラと煌いています。音楽というよりも音そのものが連なり、重なり、変化する様。それゆえに、響きは夢幻のイメージをかきたてます。たった2分43秒の演奏に身も心も洗われるかのよう、しかし決して安易なヒーリングではありません。


瀧口修造の追悼作である「閉じた眼」も、上記と同じような路線にある曲のような印象。ただ「雨の樹素描」よりは激しい。しかし、それとて、あからさまな、あるいは象徴的意味での感情表現ではない、聴いていて、ひたすらに純粋な響きのみが支配してゆく峻厳さに身を任せるのみ。


ここに納められた曲は、どれもが瞑想的というか、自分の内部へ、あるいは何かにじっと耳を澄ませることで聴こえてくる音楽のようです。一音一音を確かめながら、どこか空間から音を紡いで織り上がったような作品群。武満独特の色彩に彩られた繊細さと豊穣さ。先にも書いたように、作品に真摯に耳を傾けなければ音楽の囁きに気付くことはありません。こういう曲を聴いていると、俗世間のザワザワしさが莫迦らしくなってしまいますね。