2004年5月30日日曜日

プッチーニ:歌劇《トゥーランドット》









  • 指揮:ジェイムズ・レヴァイン

  • 演奏:メトロポリタン歌劇場管弦楽団

  • 演出:フランコ・ゼフィレッリ

  • トゥーランドット姫:エヴァ・マルトン

  • 皇帝アルトゥム:ユグ・キュエノー

  • ティムール:ポール・プリシュカ

  • カラフ:プラシド・ドミンゴ

  • リュー:レオーナ・ミッチェル

  • DG UCBG-9012




オペラには疎いので、プッチーニの最後の名作「トゥーランドット」も、名前だけは知っていますが筋も音楽も全くの予備知識がありません。それでもDVDによる132分のメトロポリタンでの絢爛豪華な舞台を見終わった後は、深い感動の嵐に包まれてしまい、聴衆の怒号のようなカーテンコールに合わせて思わず足踏みをしてしまいました。



オペラには疎いので、プッチーニの最後の名作「トゥーランドット」も、名前だけは知っていますが筋も音楽も全くの予備知識がありません。それでもDVDによる132分のメトロポリタンでの絢爛豪華な舞台を見終わった後は、深い感動の嵐に包まれてしまい、聴衆の怒号のようなカーテンコールに合わせて思わず足踏みをしてしまいました。


演奏はレヴァイン指揮のメトロポリタン歌劇場管弦楽団が、カラフ役にはドミンゴ、トゥーランドットにはエヴァ・マルトンが配されており、1987年のメトロポリタン歌劇場でのライヴ映像です。歌手陣も豪華ですが、演出がゼフィレッリですから、贅沢極まりない舞台であったと思います。


さて、そんな中で私が最も心を動かされたのは、リュ-という奴隷役のミッチェルでしょうか。密かにカラフ王子を慕うリューが、捨て身となって王子への献身を歌い身を捧げる第3幕は全く見事で、この場面の彼女の歌唱なしではラストに向けての感動はないのではないかと思えるほどです。ステロタイプな筋立てだなあと理性では思うものの情の方が動かされてしまってどうにもなりません。ああ、はかなげなリューよ、そして、そんなにまでしてトゥーランドットを欲するカラフという男の愚かさよと、ハンカチをくしゃくしゃにしながら見入ってしまいます。


トゥーランドット役のマルトンについては、氷のような冷たく残虐な女王というイメージとは若干のずれがあって、特に第2幕でカラフ王子に謎解きを迫るシーンでは、小林幸子のような衣装と演出がコミカルすぎて、ちょっと鼻白む思いであったことは否定できません。しかし第3幕以降、リューが身を呈してカラフの謎を守ってからのトゥーランドットは、揺れ動く心理と溶けてゆく非情さの表現が実に見事で、ドミンゴの歌唱力との相乗効果から、全く持って感動的なフィナーレを魅せてくれました。クライマックスでトゥーランドットが「約束の朝、私は彼の名前を知りました」と高らかに告げるシーンなど、もはや涙ものでございます。


ドミンゴが素晴らしいことは今更書くまでもないですし、ソロで朗々と歌う歌唱力は惚れ惚れするのですが、どうしてでしょう、全体的なオペラを見終わった印象としてはドミンゴの占める比重が低いのですよね。むしろ、ピン、ポン、パンの三大臣などの方が印象的であったりします。全体に、ワーグナーのオペラでもそうですが、オペラの中の男というのが、どうもだらしないというか、子供じみた感情に支配されているように思えてしまうからでしょうか。


それにしても人間の歌唱力の凄まじさには息を呑むばかりです。ゼフィレッリ演出の舞台装置は、まさに絢爛豪華でニューヨークの目の肥えた観客でも度肝を抜くようなものであることはDVDであっても分かりますが、やはりメインは音楽であり歌唱にあることは当然といえば当然でしょう。合唱も加わった重唱を聴いていると、余りの素晴らしさに体が発汗しまいました。


というわけで、「トゥーランドット」初見にも関わらず、すっかりと虜になってしまったという、またしても直情的なレビュでした。