2004年8月28日土曜日

立花隆:解読「地獄の黙示録」

「地獄の黙示録」が公開されたの1980年ですから、もう24年も前になります。当時私は高校生でありましたが、劇場で観た時は、衝撃と興奮と混乱に陥ってしまったことを覚えています。2001年には大幅にカットを加えた特別完全版が劇場公開されましたが、こちらは劇場では観逃してしまいました。


前半のセンセーショナルなサーフィンシーンが終わった後、ジャングルの中へ進んでゆく過程は、精神的な内奥へと進むがごとくで、次第に更に大きな恐怖へと導かれるようでありながらも、それを一体と名状してよいのか、当時もそして今も判然としない思いを抱いておりました。




ひと言に「戦争の狂気」と言えうような単純なものではなく、もっと人間の本質に根ざした矛盾や狂気を描いていること、父親殺しが一つのテーマになっているらしく、それが映画としての伏線になっているのだとは理解しても、それでも後半の長々としたシーンは、ジャングルの熱気と恐怖そのままに憂鬱な映像でありました。


さて、そんな「地獄の黙示録」を立花隆氏が、持ち前の博学振りを発揮し、真正面から読み解いているのが本書です。立花氏は「はじめに」で次のように書いています。


��私は)この映画が、映画史上最も特異的に面白い作品だと思っている。




この映画は、内容の深さにおいて、はじめて世界文学に匹敵するレベルで作られた映画である。


立花氏の詳細な分析と解説は、本映画の元となったエリオットの「荒地」や、コンラッドの「闇の奥」をはじめ、あちこちの台詞にちりばめられている詩の一節や歌詞を縦横に引用しながら、なおかつ、日本語スーパーの誤りを『日本の洋画界では翻訳のデタラメさが堂々とまかり通る(P.67)』と書き、映画解釈上決定的なミスとなるような翻訳の誤りをひとつひとつ訂正し、背景を示してくれます。


本書を読んでいると、映画のシーンが目の前によぎるようで、立花氏の解釈に成る程と思うのですが、反面、ここまでの知識や教養がなくてはこの映画を楽しめないのかと思うと、逆にゲンナリすることも否定できません。立花先生に「オマエは何にもわかっとらんな」と言われているようで、ナサケないっす。


それでも、気を取り直し、


その深さと重さにおいて比類がないような作品は、多少の破綻がある作品でも、いつまでも人々に論じつづけられるものである。(P.189)


という一文を読み、いずれにしても、またこの映画を観て、自分なりに考えてみたくなったことは確かです。


ふとiioさんのClassicaにエントリーがあったなと思い出したので、エイっとTBしておきます。(こういうのをSPAM TBというのかな?)