8月30日の産経抄に特攻隊の精神を美化するような一文が載っておりました。昨日ディスかバリー・チャンネルにて「カラーで見る神風特攻隊の悲劇」という番組をたまたま観ただけに、気になってしまいました。
産経は『特攻隊の散華に熱い涙をそそいだ[...]坂口安吾
』の一文を紹介しながら、以下のように書いています。
▼坂口安吾は『特攻隊に捧ぐ』と題した四ページほどのエッセーで、特攻隊の烈々たる「愛国殉国の情熱」に最大の賛美と敬愛をおくったのだった。いささか唐突になるが、アテネ五輪の日本メダリストたちには共通した対応がある。それは「みなさまに感謝します」という言葉だった。
▼その感謝の心と言葉が、それを聴くわたしたちの胸に響いた。この「みなさま」のなかには、生きている人ばかりでなく死んだ人も含まれているはずだ。特攻の英霊たちは、いまの日本の平和と繁栄だけではなく“精神力”も培ったのである。
ヲイヲイ、何を言いたいのでしょうかね。「みなさま」のために自らの命を捧げた「特攻隊思想」が尊いというのでしょうか。先のディスカバリー・チャンネルの番組のナレーションで「アメリカは日本の特攻隊を組織してまで護ろうとする「国体」が理解できず、日本は民間人も殺す原爆を理解できなかった」みたいなことを言っていました。番組は連合国(アメリカ)寄りの見方に基づいて作られていますから、米軍の残虐さは影をひそめ、特攻隊の無謀さを淡々と描いてはおりましたが、いかに当時の日本国が狂っていたかは如実に分ります。
「神風」のみならず、その他の自殺兵器を次々と開発し「一億総玉砕」などと言って、本土決戦に備えた話しは、戦中派の方からも聞いたことがあります。軍部は巧みな教育と情報操作を行って、国家神道と天皇を主軸に武士道精神を絡め、忠義を重んじ個を軽んじさせ「武士道は死ぬことと見つけたり」などと言い「死して靖国で会おう」などと誓って無謀な攻撃命令に従属する国民を作りつづけたのです。
靖国を軽んじることが特攻隊などで死んだ人を軽んじるという意見がありますが、話しの次元が違うように思えます。命を侮辱したのは戦争に走った当時の日本政府なのではないでしょうか。日本人が狂気に近い政策を清算できていない以上、産経のような感情的美談論調には全く賛同ができません。こうなると、またまたベルンハルト・シュリンクの「朗読者」のスタンスを思い出してしまい、さらに憂鬱になります。
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