この本は、「戦争とプロパガンダ」シリーズの第4部であり、アメリカのイラク侵攻が濃厚になりつつあった2002年11月からバグダット陥落直後の2003年4月までに発表されたものを集めたものです。彼の視座からは大国の不遜と欺瞞があぶりだされてきます。
●中野真紀子訳●みすす書房
エドワード・ウィリアム・サイード、エルサレム生まれの文学研究者であり文学批評家であり、西洋文明の中心に帝国主義を据えたことで特筆すべき功績を残しています。またパレスチナ問題に関する率直な発言者でもある彼は、昨今のアメリカのイラク侵攻に対しても鋭い批判をしていましたが、2003年9月25日享年67歳で白血病の合併症で亡くなりました。
ここでは偉大なるサイード氏に関する感想を述べるより、彼の論点をいくつか引用するに留めます。
何ゆえ、このような沈黙、このような驚くべき無力におちいっているのだろう。
史上最強の国家が、アラブの一主権国家に今にも戦争をしかけようとして、ひっきりなしにその意図を再確認している。現在のそのアラブ国家を支配している政権はおぞましいものであるが、明らかにこの戦争の目的は(中略)中東全体の設計を完全に変えてしまうことにある。(中略)それにもかかわらず、アラブ世界からは、長い沈黙が続いた後に、やんわりと意義をとなえる少数の声がぼんやり聴こえてくるだけだ。(中略)このような人種差別的なあざけりをわたしたちが受けいれるいわれがあるだろうか。(「ゆるしがたい無力」P.41)
このように、着々と進む戦争に対し、アメリカにおいてもアラブにおいても無力な状態を悲痛な思いでつづっています。
ブッシュ政権が戦争に向かって一方的に、容赦なく突き進んでいるのはさまざまな理由から憂慮すべきことである。だが、ことアメリカ市民に関するかぎり、このグロテスクな見世物は民主主義のとんでもない破綻を意味している。おそらく裕福で強力な共和国が、ほんの一握りの人間たちの秘密結社によってハイジャックされ、(彼らはみな選挙で選ばれたわけではなく、したがって民衆の圧力には感応しない)、あっさりと転覆されてしまったのだ。(「責任者は誰だ?」P.56)
中傷され、裏切られた民主主義。賞賛されながら、実際には面目を損なわれ、踏みにじられた民主主義。一握りの男たちが、この共和国の運営を掌握するようになったからだ。まるで-まるでアラブの一国と同じだというかのように。(「責任者は誰だ?」P.63)
「裏切られた民主主義」とは、この本のタイトルともなっていますが、アメリカにおいて民主主義が既に破綻していることを指摘しているのは彼だけではありません。一握りの男たちとはシオニスト・ロビー、右派キリスト教団体、軍産複合体などに属する三つの少数派集団のことであることは言わずもがなです。サイード氏はメディアも戦争体制の一翼を担うものでしかないと厳しく批判しています。
メディアが、戦争の口実としてイラクが十七の国連決議を無視していることにふれるときも、イスラエルが(合衆国の支持を受けて)無視している六四の国連決議のことは決して語られない。(中略)嫌われ者のサダムが何をしてきたにせよ、まったく同様のことをイスラエルのシャロンもアメリカの支持のもと行ってきたのであるが、後者については誰も何も言わず、ただ前者を声高に非難するばかりだ。
(中略)
そういうわけで、アメリカの国民は意図的に嘘を告げられており、彼らの利害はシニカルに偽って代弁され、偽って伝えられ、ブッシュ二世とフンターの私的な戦争のほんとうの目的やねらいは、徹底した傲慢さで隠蔽されている。(「責任者は誰だ?」P.61)
そのとき日本の報道が何を伝えていたか、小泉首相をはじめアメリカの侵攻に協力する人たちは、どこまで情勢をつかんだ上で判断していた(あるいはいる)のでしょうか。
「国際政治に正しいとか悪いはない、あるのは国益だけだ」と言ってのけたは親米保守派の筆頭である岡崎久彦氏ですが(6月13日 テレビ朝日「サンデープロジェクト」)、シャロンが何をしようとサダムが何をしようと、こんなアメリカに追従していればよいというわけですか。
(気が向けば、つづく)
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