2018年12月25日火曜日

2018/12/24 吉村芳生 超絶技巧を超えて  東京ステーションギャラリー

東京駅ステーションギャラリーで開催中の「吉村芳生 超絶技巧を超えて」を見てきました。

どんな絵であるかは以下のリンクを辿れば少しは「理解」することはできます。ただ実物を見なければ「理解」はできても実感はできません。実際に、久しぶりに凄まじいものを見せられたというのが正直なところです。


以下は図録も満足に読んでいない段階でのファーストインプレッションです。


彼の技法が凄いとか、絵を造る過程が執拗で凄まじいとか、自画像の数が膨大で驚くとか、そういうことが凄いのではない。鉛筆で書いていようが色鉛筆だろうが、結果的にはどうでも良いのです。描かれた作品そのものが凄いとしか言えない。

技法とか画材というのは、おそらくは画家の言語なのだと思います。彼の採用した手法が描き出したものは、全てが彼岸の境地であるように思えました。茫漠たる風景にしても、街中のスナップのような風景であっても、あるいは、ジーンズや靴を描いたものであっても。描かれたものが細かなマス目に細分化されることで、人の手技であるアナログの産物であるのに、濃淡データがデジタルのような儚さに還元されてしまい、結果として表現されているものが、日常のありふれた景色と表裏一体のところ、あるいは日常を反転させた彼岸そのものように見えてきます。

長大な菜の花を描いた風景画も、水に写った草木を最終的には反転しています。目に見える風景とは逆さなんです。彼が見ていたものは、克明に描きながらも、そこを突き抜けた世界であったのではないかと思います。

初期の作品である365日の自画像も、友人のスナップを描いた肖像画にしても、見ていて日常とのズレを微妙に感じます。彼が執拗に描いた毎日の顔は、もしかすると明日には違ったものに変質するかもしれないという、説明のできない不安、すなわち死を常に意識していたのではなかろうかと感じるのです。

それゆえに、これまた長大な藤の絵も圧巻です。東日本大震災の犠牲者を花にたとえ、ひとつの花をひとりの命として描いたという絵は、池田学の「誕生」を思い起こさせます。テーマや捉え方は異なるものの、カタストロフや悲劇に対しアートとして何ができるのか、何を成しうるのかの一つの回答であると思います。(MORI ART MUSEUMの「カタストロフと美術のちから展」はまだ観ていません)

「ただ機械のように、自我を殺し、淡々と手を、目を動かした時間、空間がこの瞬間に燃え上る」 

成る程と。しかし、技量を考えると、こういうアプローチしかできなかったわけではあるまいに、敢えてそうしたのはどうしてなのかと。 些細なことを、一片たりとも疎かにできないという生への執着か。

直接的に「死」を描いてはいないものの、精細な芥子の花やコスモスの花の絵は、美しいだけではなく、何かそこに毒々しいまでのものが隠されています。吉村氏が完成画面をガムテープを張って剥がすなど、損傷させたという行為は分からなくもありません。

彼の手から生み出された、一見美しい世界は、そのまま提示するのではだめで、いちどどこかを損傷させなくてはならないという衝動。美を美としてだけ提示するのではなく、移ろい損なわれ消えていくものとして捉えていたのではないかと感じました。

彼の膨大な新聞紙に描かれた自画像に至っては言葉もありません。ストレートに彼の生と喜怒哀楽が表現されているという点において、これは彼の内面の日誌であり、本来的な作品ではないのではないかと思いました。それであっても、同様に、彼の将来的には消えていく感情を、毎日固着させなくてはならないと感じる強い衝動には畏怖さえ覚えます。移ろうものに対する執着であり、死を見据えていても吉村氏は生に拘っていたのかもしれません。