昨日(4月22日)の朝日新聞日曜版で、筒井康孝がコラムで最近の政治ジャーナリズムに対する批判を述べていた。
要約すると、あまりにも最近のマスコミは政治家の悪い部分のみを強調して、面白おかしくスキャンダラスに報道しすぎる。分かりやすいという理由で、芸能人を扱うのと同じようなスタンスで政治家に接している。ジャーナリズムがスキャンダル性を前面に出すため、それを覆い隠すために「正義」という仮面をかぶる・・・・というものであったと思う(手元に紙面がないため、不正確だと思うが)。かの失策という烙印を押された橋本元総理でさえ、あの時期の勤めとしては仕方なくいのではないか、むしろ「失策」というのはマスコミが作り上げたイメージが大きいと読み手に印象を与える一文さえあった。
橋本氏の部分はおいておくにしても、何と的確に、最近のマスコミの馬鹿さ加減を言い表していることか。確かに、マスコミは政治を冒涜しすぎたのではなかろうか。政治家が醜聞にまみれていることも確かである。しかし、いまの社会において、マスコミはどこにも「希望」を見つけ、若き世代に提示してやることもできていない。
私の小学6年になる息子は、マスコミ報道の政治家の馬鹿さ加減(そればかりだから)にあきれ返り、政治や社会にたいして不信感というものを植え付けられつつあるようだ。平安時代の蘇我氏などの歴史などを覚えるにつれ、「全然変ってないんだね」と感想をもらすのである。
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