団塊の世代の大量退職時代を迎え、熟年離婚という言葉が珍しくなくなった現在において、桐野氏が問う改めての夫婦あるいは家族、そして個人としての女。
彼女の作品は、「黒い作品」にしても本作のような「白い作品」にしても、閉塞的な状況にある現代女性の解放とサバイバルをテーマにしています。今回は夫の定年と突然の死という、どこにでもありそうな事件を通して、いままで「のほほんと」暮らしていた主婦が、様々なことに目覚める過程(解放)と、その後の人生を生き抜く決意みたいなもの(サバイバル)を描いている点で、まさに桐野氏の作品世界です。
前半は寡婦となった敏子に言い寄る男性とのヨロメキ遍歴を読まされるのか、といささかゲンナリしたものですが、やはり桐野氏です、そんな安易な方向に作品を流しません。
この小説には「OUT」や「グロテスク」に見られたようなサスペンスや非日常はありませんが、それゆえに、読むものと等身大の話題であり、自らを問い直すことになります。上巻は見ていられないほどに無知で世間知らずであった彼女が、最後は清濁を含めて受容しながらも生きていけるようになったことは、小説的ファンタジーです。しかし、何かをきっかけとし、自己を問い直し、「不満」という言葉で片付けて見ないようにしている現実と向き合うことの重要さ、そして、そんなネガティブな要素から逃げていては損であることを、この小説は教えてくれます。
あの日、関口の機嫌が悪くて、私に不満があるんだろう、と尋ねた。私はこう答えたのよ。『不満というものが何かも忘れた』って。関口は衝撃を受けたみたいで、こう言った。『わかった。後で話がある』って。
ささやかに、「恙無く」生きようとする市井の大勢に対する、かなり強いエールでもあります。それにしても、彼女の小説では、既に昭和的家族観は完全に崩壊していますね・・・。
蛇足ですが、高村薫と同様に、私は桐野氏はミステーリー作家であるという意識が希薄であろう感じているので、こういう小説展開は、彼女にとってごく自然の成り行きだと思っています。
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