渡辺淳一2010年の作品。発売当時、かなり話題になった本だったと記憶している。その頃の自分は、近くはないがまだ先のことと気にはなるがスルーした。今になり、還暦もそう遠い未来ではなくなってきたので読んでみた。
定年退職した夫が毎日家にいることになる。夫はやることがなく時間を持て余す。それでも、働いていた時と変わらずに、妻に日常の些事を要求する。水をよこせだの飯はまだかだの、そういうことだ。そういう夫に対し、夫が毎日家にいることに耐えられなくなる。いわゆる妻は主人在宅ストレス症候群か。夫が描いていた定年後の悠々自適の生活とは裏腹に、夫婦の関係が急速に悪化していく・・・。
それにしても、どうして定年した男どもはみんな、やることがなくなって路頭に迷うのか。定年に至るまで、定年後の生活を、この時代の男どもは全く考えていなかったのか。それも、会社で役員にまでなった男がである。夫の人生に対する所在なさは、まるで仕事で損なった、失われた時間に復讐されているかのようで惨めである。
夫婦関係がぎくしゃくしていくプロセスや夫婦の会話は割とリアルだ。そこから透けて見える夫の傲慢さ、横柄さ、身勝手さ、子供っぽさ、思慮のなさには、読んでいてウンザリする。これが、あの年代の代表的な姿や思考回路だというのか。感情移入不能、こんな男達に世の中や家庭が支配されていたとするなら、やはり日本は心底不幸だったと思う。
渡辺小説なのだから、夫のブレイクは色恋だろうと予想するも、それがせいぜいデートクラブでの出会いと勘違い程度の話。これも読んでいて情けなくなる。
一方で妻は、自分なりの生活や仕事を確立しようとして、夫の定年とは無関係に前進していく。こう考えると、夫が現役時代であったとしても、一緒に住んでいるだけで、実は全く別の人生を歩んでいたのだと思わされる。それが夫の定年をきっかけに露呈しただけのことだ。夫と妻が、生活面や考え方でこれほどにかけ離れているのならば、定年後に夫婦生活を営むのは相当に困難だろう。だからといって、老後はおひとりさまが気楽という結論になっては身も蓋もない。
だからこそか、あまりにステロタイプな設定を通じ、身勝手で、妻が居なければ何ひとつできない男たちに、普通になれ、変われと渡辺氏は励ましているのかもしれない。妻(あの時代なので専業主婦前提)は結婚と同時に自立している、男の自立は定年からなのだよと。でなければ、本当に身も蓋もない結論しかないのだよと。
小説の中の妻が、それを分かっていて仕向けていたとするのなら、女性の方が二枚以上上手であるなと思って、本を閉じた。