日時:2001年3月21日
場所:サントリーホール
指揮:ヤコフ・クライツベルク、NHK交響楽団
モーツアルト:フルート協奏曲 第2番 ニ長調 K314
マーラー:交響曲 第1番 ニ長調「巨人」
めったに得ることのできない充足感を得た後にマーラーの曲を聴くためにはスイッチの切り替えが必要だ。20分の休憩をこれほどありがたいと思ったことはない。
クライツベルクは名前さえ初めて聞く指揮者だ。解説によるとベルリン・コーミッシェオーパー音楽総監督、ボーンマス響常任指揮者・芸術監督もつとめるロシア出身の指揮者とある。考えてみるとモーツアルトではほとんどパユしか見ていなかったようだ。改めてマーラーを振るさまを見ると、彼はかなり長身の指揮者で、マーラーも暗譜で棒を振っている。手足が長く、指揮の仕方がどことなく固くマリオネットのような印象を受ける。その指揮姿のイメージが手伝ってか、フレージングの作り方は短めで、余韻に浸り切ったり、マーラーの頽廃や情感を必要以上に強調するタイプの指揮者ではないとの感じを受けた。演奏解釈も若々しさがあると思う。
NHK交響楽団は久しぶりに生で聴くが、非常にバランスの良い素晴らしいオーケストラであると改めて関心させられた。当たり前のことなのかもしれないが、どこの部分にも崩壊は認められず、クライツベルクの指揮に忠実についていっているように思えた。ここらが一流オケとしての貫禄なのだろうか。
私の場合、「巨人」はマーラーの曲の中でも、それほど聴く機会が多い曲ではない。他のマーラー作品に比べて、短いせいか、親しみやすいと思われている。3楽章などは有名なフレーズであるし曲のテーマ(青春の葛藤とか地獄らか天国へとか)も比較的明快だと思う。
しかし、曲に聴き入ってみると非常に複雑な曲構成であり、意表をついた展開をすることに気づく。メランコリーでロマンティックなメロディやそこに突然不安げな音がかぶさるなど、マーラー的な素材が詰め込まれ、さらに極めて前衛的な響きも聴こえてきて、興味は尽きない。
バイオリンの高音でのトレモロや木管などの4度の下降音形は、独逸の深き森の中で湿り気を帯びた木々の匂いをかぐかのごとき思いだ。深く息を吸い込むと遠くでは鳥のさえずりさえ聴こえてくる。このような、自然の息吹とメランコリックなメロディ、そして若き激情と葛藤が交互に現れるが、クライツベルクの指揮は劇的ではあるものの甘美ではなく、ストレートに感情が伝わってくる。
ラストに向けての盛り上がり方もうまく音量も十分。深い霧(それは自然の霧でもあり作者自身の心の霧でもあるのかもしれないが)を晴らすかのようなコーダは圧倒的だ。打楽器の空気を震わす重低音、その音圧は会場全体を振動させ椅子さえ震え、腹の底に響いてくる。シンバルの炸裂音、ホルンとトランペットの咆哮など、決して大音響でも崩れずそして下品にならないように持ってゆくさまは非常に心地よい。最後はホルン(8名!)とトランペットをスタンディングさせてのクライマックス。怒涛の打楽器のロールは一段と音量が高くなり鳥肌立つ思いさえした。
本演奏を聴いて感じたのは、少々憂鬱な霧が晴れた後の、清々しく凛とした大気の冷たさと、内からこみ上げてくる喜びと若きエネルギーだ。マーラーは生で聴かなくては駄目だと言う人もいるが、確かに、こういう演奏を聴いてしまうと、チマチマと再生装置を通して、しかも不満足な音量と音質でマーラーを聴くことがむなしくなると言うものだ。
というわけで、非常に大満足の演奏会であったのであった。まあ、マーラー好きの方から見たら、どういう演奏だったのかは分からないが。
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