2021年12月22日水曜日

グレン・グールドの「フーガの技法」~あまりの衝撃に再聴できず

先日、フィリッポ・ゴリーニのピアノ演奏による「フーガの技法」を聴いたので、改めて昔の名盤と言われている、グレン・グールドの演奏を聴いてみました。

https://music.apple.com/jp/album/glenn-gould-edition-bach-the-art-of-the/179940316

しかし、アルバムや演奏云々をする前に、この演奏は別格でした。

特に絶筆となったContrapuncts14。

分かっていはいたものの、グルールドのドライブのかかった演奏が突然に止まるという、その衝撃。すべての空白と虚無の間に、ほとんど滂沱する自分がいて、数秒後にBWV898前奏曲とフーガ変ロ長調(バッハの名による)が演奏されなければ自分も息が止まってそのまま死んでいたのでは、と思うほど。

途中で止まる音楽というのが、これほどまでに「死」を意識させるものだとは。音楽というものは、リズム(脈動)であり心臓の鼓動であり、そして生命そのものなのかもしれません。

それゆえに、この音楽の唐突な停止は、生命の「突然死」を彷彿とさせます。ゴリーニの演奏レビュウで書いたような、「バッハが生きていたら、このあとどう展開したかな」などと考える悠長さは、グールドの演奏に存在しません。

この齢になって、音楽を聴いて、これほどまでに感情を動かされれることがあるとは思いもしませんでした。いや、自分が人生後半のこの齢になったからこそ、そして(今の日本は落ち着いてはいるものの)死を意識させられたコロナ禍の世界にあるからこそ、この演奏に心を動かされたのでしょうか。

アルバムに関してはAmazonの林田直樹さんのレビュウがさすがに特徴を端的に表しています。
 後半のピアノによる録音は、1967年および、グールド死の前年の1981年に収録されたものだ。すべてのテクスチュアがくっきりと浮かび上がり、闇の中に輝く美音が知的な刺激を撒き散らしながら、均整美の極致へと誘う、空前絶後の名演である。特にバッハ絶筆の第14番(未完のフーガ)が何と言ってもすごい。淡々と、しかし不思議な執念をもって進む厳粛なフーガが、まるで感電したように突然止まる。バッハが絶筆したまさに凍りつくような瞬間。「あらゆる音楽の中でこれほど美しい音楽はない」とグールドが断言する、この究極の12分間だけでも、本ディスクの価値は永遠のものと言えるだろう。

これが「美しいか」と問われたならば、たしかに「美しい」のかもしれないと答える。なぜならば、音楽は先にも書いたように、命そのものであり、これほどまでに脈動する命を感じさせる演奏(録音)は今まで聴いたことがないと断言します。

しかし、それは逆説的な説明の仕方であり、ある意味でグールドのような厭世的な奏者にしか表現しえない手法だとも言えまいか。

この盤は解説にあるように、本アルバムはグールド複数の時期の演奏を集めたものです。前半のContrapuncts1から9まではグールド30歳1962年のオルガンによる演奏です。ピアニストの余興という技量ではありません。グールドは幼少の頃からオルガンも学んでおり10代前半でピアノ、オルガン奏者としてデビューしています。

この前半のオルガン演奏は賛否両論です。オルガン的な荘厳な響きからは程遠く、2020年代の今聴いても、何やら電子音楽かミニマル的音楽の何かのコードを聴いているような即物的な感情を覚える瞬間さえありました。

先の林田さんのレビュウでは「怪演」と評されています。

聴けば聴くほど不思議な、まるで壊れた手回しオルガンのようにぎこちない味わい。グールドの残した録音中、最も「怪演」のひとつに数えられるものだ。

とはいえ、自分としては、それほどに奇妙な演奏とも思えません。ペダルの活用は少ないものの、鍵盤だけでもテーマの再現の仕方が明確で曲の構成がクリアに聴こえます。ペダルワークが入ると、更に曲の重厚さと構築力が高まります。Contrapuncts9に至る盛り上げ方は結構聴きどころで、これはこれでひとつの音楽世界を構築しています。

後半は1967年と1981年の演奏が混じっています。1967年の録音は、音質も悪く(モノラル?)オルガンによる即物的なタッチをピアノに移したような演奏で、さらに味気ないものです。躍動感のあるContrapuncts13も、ここまでこじんまりさせてしまうのか、と思うほどです。

1981年の演奏は録音もクリアで、グールドお得意の歌(唸り声)も明確に聴きとることができます。打鍵も強弱がはっきりしており、強打する部分は心臓の強い鼓動のようです。

そういうビビッドな演奏であるがゆえに、未完の14番の演奏の「突然死」が際立ちます。息も、歩みも止まり、そこから先が真っ白で何もない世界。まさに「凍り付くような瞬間」。

少し気を取り直さなければ、この盤を聴き返すことを当分はできそうにもありません。

(参考)

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