2002年1月17日木曜日

ゼネコンの贈収賄事件に思う(その3)~業界の行く末

淘汰が進むと言っていながら全然すすまない。Xデーだの2月危機だの、「エコノミスト」系の経済誌は定期的に「ゼネコン危機」特集を組んでおり、業界通でなくとも株価の低い企業を列挙できるほどだ。

昨年、青木建設が、今年になって拓殖住宅が民事再生法の申請に踏み切った。青木は中堅、拓殖は住宅としては大手だ。民事再生法というのは、要は会社幹部は残り、債権は免除して会社の更生を目指すというものだ。更生計画の中で人員の削減はあるだろうが、会社は存続させるのだ。山一證券のような破綻ではない、会社はなくならない。青木は本業での更生を、拓殖は本業の住宅部門を捨てメンテナンス・リフォームに特化して再建を期している。

拓殖住宅のケースは、本業を捨てたということである意味画期的な再建計画であると思われる。市場規模の縮小は新築物件で著しい。しかし住宅インフラを考えた場合、リフォーム市場は今後も増えつづけることは明らかであろう。早期に業態をシフトし再建を図るというのは英断であるとともに、この部門での先鞭を付けるかもしれない。

一方青木建設は、本業での再建である。細かな再建計画は分からないが青木建設の引き受け先として、欧州などのゼネコンが声を上げているという記事も読んだことがある。日本のゼネコンは研究部門なども有し技術力は相変わらず高い。企業での経費負担の多い、事務部門などを切り捨て、技術部門だけ買い取るという考えは、今後も発生してくるパターンかもしれない。実際のところ、一部のメーカー系ではそのような技術部門だけの買収ということは珍しくないはずである。

ただ、どちらの場合にしても、これだけでは、市場の中で過剰な労働人口が健全なる調整可能な人員まで削減されるということには程遠い。

◇  ◇  ◇  ◇

青木建設が民事再生法適用に踏み切ったとき、小泉首相は「やっと、構造改革がはじまったな」とコメントした。なんなんだと思った。業界もばかだが、国土交通省も健全なる、あるいは理想とする業界像を示すことなく、力尽きて倒れるか、あるいは銀行に見放されて倒れるかを、ただ指を加えて待っているようにしか思えない。

今株価を踏みとどめている上場企業は、体力のある企業かバブルで踊らなかった企業だ。これを業界の自発的な自浄作用とでも称するのだろうか。500万人の建設労働者が例え1割削減されたとしたも、その労働人口はどこに向うというのか。建設労働者というのは技能労働者と呼ばれるものは少ない。解雇された瞬間に行き場はなくなる。昔は、そういうものを「日雇い」などと称し建設産業が労働力を吸収していたという。どこに向えというのだろう。

流通業界最大のネックであったダイエー問題にカタはついた。残るはゼネコンの整理だけなのだから、動きが生ずることは必死である。

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