2002年1月31日木曜日

村上龍と坂本龍一の教育対談を読んで

対談 「希望」を語る 村上龍氏×坂本龍一氏~★格差を伴う多様化が進む「普通の子供」は、もういない  ★「殺さない」「生き延びる」自分で考えて学んでほしい という記事が面白いと、紹介してくれた方がいる。

早速読んでみたが、確かに示唆に富む。それほど長い内容ではないので、興味のある方は読まれたい。二人とも、日本の枠の中には住んでおらず、その点において共通項を持つ。村上がサッカーの中田選手を「同類」と感じるのと同じ親近感を坂本に覚えているようだ。つまりは、自分の力を信頼して、自分の裸ひとつで(会社などの組織の庇護なしに)世界と対峙しているということだ。

内容は教育の話なのだが、このごろこの対談を反芻していて考える。思うに、子供はもはや一律ではなく、一律の教育というものが崩壊したことを彼らは示唆しているのではなかろうか。

世の中には、勉強の好きな子も、嫌いな子も、勉強を少しの努力でできる子も、できない子もいる。そして、それは、運動(体育ではなく)、音楽、美術活動、団体行動すべてに当てはまる。それらを、一定のレベル(偏差値50だろうが、最低レベルだろうが)を設けて一律に教育しようとして、歪がでないはずがない。

逆に、子供たちの多様性にあわせた教育メニューを、今の私達は選択することができない。親が子供の資質を見ぬいてやるしかないことになる。しかし、親とて教育のプロではないのだ。その時間もいまの中ではない。では、どこに活路を見出せるだろう。


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