2009年2月22日日曜日

【本棚】神谷秀樹:強欲資本主義 ウォール街の自爆

サブプライム問題以降、新自由主義やら資本主義の転換、アメリカの凋落などが話題になっており、書店に行くとその手の本がいつも山積です。本書は、そのタイトルと読みやすさから、かなり売れているようです。

神谷氏は、外資系投資銀行で長く働き、今でもアメリカの金融ビジネスに身を置いている方。そういう人が描くアメリカの金融界はまるでB級映画を観るかのようで、とどまるところを知らない「強欲」に支配された様は、ほとんど「狂っている」としか思えません。

ウォール街の「強欲度の水準」は、われわれ日本人が日本人社会の中で考える「強欲」の感覚より、三乗か四乗のレベル

神の前では明確な「盗み」であってもまったく気にない人間が著しく増えてしまった(P.20)

これを査証するかのような「実例」が本書では列記されており、神谷氏は深い嘆きをもって語っています。その点はこのくらいにしておきましょう。彼の主眼は「資本主義の転換」ということにあるようです。

サブプライム以降のアメリカ発バブル崩壊について、神谷氏は「一つの資本主義」の終焉の到来を意味しており、人々の価値観の大きな転換期(P.24)ととらえ、パラダイムシフトの後に、いわゆる「縮小均衡」の世界がくるとしています。

そもそも資本主義というのは拡大、発展することをテーゼとしていたわけです。その資本主義の考え方について神谷氏は「何のための『成長』なのか」、「何をもって『成長』と考えるのか」といった基本的な議論(P.170)が必要なのだと主張します。

すなわち、アメリカは、借金による過剰な消費生活を見直し、身の丈にあった生活に戻る(P.165)ことしか回復の道はなく、日本においても、国内市場だけで商売するならばという前提付きで、毎年0.6%ずつ人口が減少する社会での縮小均衡点を見出してゆくことが経営のテーマである(P.186-187)

と指摘します。

更に、池田内閣の参謀として所得倍増計画を設計した経済学者として知られる下村治博士が1987年に唱えた「ゼロ成長論」の卓越を賞賛し(P.174)、

「万民のためになる資本主義」というものが提案されてくる可能性(P.196)

資本主義そのものが、これまでとは異なる価値観で再建される必要がある(P.205)

と結んでいます。

神谷氏は日経ビジネスオンラインで2006年から「日米企業往来」というコラムを連載しており、それを読むとサブプライム以前から、アメリカ主導の新自由主義に疑問を唱えていることがわかります。投資とか金融は実業たる産業や経済=生活そのものをサポートするのが仕事であり、マネーゲームが主になることは間違っていると一貫して主張しています。

神谷氏の主張は「縮小均衡」であり、これは下村博士が主張した「世界同時不況を覚悟して縮小均衡から再出発」することにほぼ同調したものです。下村氏の「日本は悪くない 悪いのはアメリカだ」は文藝春秋社より文庫版で再2009年1月に再販されています。いずれ、こちらについても触れておきましょう。

やはり考えるべきは、ポストアメリカの世界観なのでしょうか。膨大な人口を抱える中国やインドの貧困層や格差の是正が真に動き出したとしたら。その場合にこそ、新たな勢力やビジネスモデルが台頭するのかもしれません。例えばバングラディッシュのグラミン銀行とか、インドの20ドルパソコンとかにその片鱗を感じます。世界の勢力地図が本当にガラリと一変する日も遠くないのかもしれません。

ドゥダメルのチャイコフスキー交響曲第5番(DG 1week)


ドゥダメルとSBYOによる、チャイコフスキー交響曲第5番を聴いてみました。HMVレビュにあるように確かに音質(録音?)が悪い。モコモコとしていて音像がハッキリしません。湿気の多い大気を通して景色を眺めている感があります。しかしながら、その欠点を差し置いたとしても本演奏は素晴らしいものであると思います。

来日も果たしているドゥダメルについて私が知りえ、聴いたことがあるのは録音された演奏のみ。その前提で書くとしても、ドゥダメルは他の演奏と同様、単なる熱演、爆演系指揮者ではないことが分かります。しっかと計算された緻密な棒のもとに、非常に訓練されたスキルの高い演奏者が、情に流されることなく音楽を表現しているという印象です。音楽からは喜びや音楽への愛が伝わってきます。

演奏にはわざとらしいクセや恣意的なアクはなく、従ってチャイコフスキーにありがちな土砂降りの感情の吐露や自己憐憫のような湿っぽい感情も感じません。

演奏者の育った原風景が、演奏表現に与える影響は否定できないのでしょうか、あるいは私の先入観でしょうか。私は今までとは違ったチャイコフスキー像をこの曲から感じました。印象的感想を許容するとするならば、例えば第二楽章。この曲を聴くと私はたいてい、煌々とした月夜を想像します、老人の過去への憧憬とともに。しかし彼らの演奏からは、むしろ大きな大地の息吹と、沈み行く太陽と明日への希望のようなものを感じます。

終楽章の冒頭主題が終わった後、ティンパニの連打に先導される部分からの圧倒的な疾走にも驚かされます。ここに至るまでの演奏が堂々としたもので、テンポもゆったりしていただけに、この変化には目を見張る効果があります。湧き上がりうねりまくる若きエネルギーが爆発しており、まことに爽快です。冒頭の陰鬱にして湿った重たい表現から、最後の爆発まで、色彩のパレットを駆使した音楽の描き分は見事です。

『フランチェスカ・ダ・リミニ』はあまり親しんでいる曲ではないものの、この演奏を聴いてたまげました。凄まじき演奏にして音楽であります。激烈さと激しさは聴くものを翻弄するほどのパワーがあります。ラストの興奮にみちたアプローズにも納得です。

2009年2月8日日曜日

宮下誠:カラヤンがクラシックを殺した


「20世紀音楽」「20世紀美術」などの著者として知られている宮下誠氏の問題作「カラヤンがクラシックを殺した」を読んでみました。宮下氏のブログなどを読むと、相当にネット上で叩かれたようです。しかし彼の書いたメッセージについては、納得できる点も多い。

カラヤンの音楽を綺麗なだけで、人工で自己欺瞞的な「美」の幻影(P.49)とする見方に同意するクラシックファンは少なくないでしょう。そこまでは良いとしても、カラヤンの音楽を精神史的な観点の中に位置付け、戦後の世界観を支配する平板で欺瞞的な知のあり方の象徴と見なしていること、そしてカラヤンを受容した一般大衆を容赦なく、お前たちも同罪だと断罪しているところは、大きな反発と批判を浴びたように思えます。あるいはクラシックに詳しくない読者には、音楽とはかくも恐ろしいものかという拙い印象を与えたかもしれません。

もう少し詳しく書きましょう。宮下氏は20世紀から21世紀にかけての世界を荒廃した絶望的歴史風景(P.50)と捉えています。そこには世界の不条理や、そこにいる「私」の癒しがたい絶望があり、このような自己も含めた人間存在の本質的な痛み、生きることの苦しみ、「ある」ということの絶望的な重さ「世界苦(ヴェルトシュメルツ)」という言葉で代表させています。

カラヤンの音楽は、「世界苦」に対して恐ろしく鈍感、同情が欠如しており、「世界苦」を欺瞞で糊塗してきた世界の象徴的存在であるがゆえに、一般大衆に与えた影響は甚大で、

カラヤンは断罪されなければならない。(P.56)

と宮下氏は主張します。そしてカラヤンの音楽が美しければ美しいほど、また聴衆=一般大衆がそれを受容するほどに、その無自覚なイノセントさは罪であるのだとします。

宮下氏の一般大衆に対する批判は、実はカラヤンのそれ以上に強烈です。例えば次のような一文です。

「大衆」はいわば自分の努力のなさ、向上心の欠如、金銭を最高の価値としてあがめたてまつる拝金主義、他人の不幸を隠微に喜ぶ底意地の悪さ等々を棚上げにして、ささやかな幸福に満足し、その価値観の下、自分に理解できないものを仮借なく排除し、或いは価値切下げを断行し、才能を、或いはアウラを突出した人間から掠め取り、食い物にし、その残骸を「お友達」感覚で賞味するという恐ろしい生き物(P.64)

彼の大衆批判はそこかしこに読み取ることができますが、このくらいで良いでしょう。強烈な批判ではありますが、私は「価値切下げ」という部分に、首肯できる主張を感じます。

さらに宮下氏が指摘した「アウラ(オーラ)」とは何でしょう。所謂「カリスマ性」みたいなものとして氏は定義していません。そういうものではなくて、観念論的伝統とそれに対する敬意と畏怖であるとしています。難しいですね。しかし、この部分も、おそらくは氏の主張の根幹をなす部分でしょうから引用してみますと、

それは音楽を語ることを挫折させるまさにそのもの、神秘的な、エーテルのような、あることを証明することは到底不可能だが、決してないわけでは「なさそうな」、曰く言い難い、神秘的な「何かあるもの」であり、ベンヤミンが複製技術時代には失われることを予言した(P.119-120)

ものが氏の言う「アウラ(オーラ)」だとします。カラヤンにはそれが全くないのだと。

これはいわゆる、「芸術解体」ということに繋がる大きなテーマです。今の世にあって、もはや「芸術」という言葉は、死語か悪い冗談にしかなりません。日常の中から「芸術」という言葉が排除されはじめたのは、私の記憶では80年代中頃ではなかろうかと思います。「芸術」は「アート」という言葉に置き換わり、サブカルチャーなるものが台頭してきました。そして、この頃から大衆の「欲望」があからさまに「拡大再生産」されるようになり始めたように思います。もしかすると、ここが氏の一番大きな批判の論点なのではなかろうかと思うのです。

宮下氏の「西洋音楽」に対する考え方は、いまをもっても精神芸術的あるいは哲学そのものとして捉えているようです。つまりこういうことです。音楽は悟性の歓びでもあり得るし、認識の歓喜でもありえるものととらえ、悟性による認識を通じて音楽を、いわば主体的、積極的、自覚的に聴く~そのような聴き方を聴き手に迫っている(P.34)ものであるとしています。宮下氏は、音楽全般の価値が生み出す「美」や「慰め」や「癒し」こそ悪い冗談(P.277)であり、

悪い冗談に無自覚に感動し、音楽とは良いものだ、と安閑として日々を送っているのが今日の音楽鑑賞のあり方だとすれば、それは根本的に間違っている(P.277)

と最後まで、聴き手をも断罪しまくります。

氏がカラヤンの対極として、クレンペラーとケーゲルを上げていることは、私にはさほど重要なこととは思われません。ここを強調すると、いわゆるクラヲタ系批評家と変らなくなりますし。

宮下氏は1961年生まれですから、私と同年齢。その氏がかくも現代社会と今を生きる大衆文化に深く絶望していること、そのことにこそ、私は驚き、そして自省の念を覚えます。確かに氏の指摘をそのまま受け入れるならば、私たちは他人や世界の痛みを遠ざけられるような愚昧な情報に溢れており、それゆえ利己的かつ狭小な世界に閉じこもり、無自覚とイノセントであることを当然のこととして、快楽的、享楽的に生きていることになります。

これらの原因を、全て「カラヤン」に象徴することには、かなり無理があるものの、彼が「カラヤン的なるもの」として批判したものに対して、自覚的になることは重要であろうとは思います。ただし、この手の自己批判は、全て自分が受け入れる必要があるだけに、アクションとして結びつかない限り、最終的には自己矛盾と自己欺瞞に行き着くため厄介です。

いずれにしても氏の嘆きと希望がどこまで伝わったかは、はなはだ疑問には思うところです。このように考えると、本書のタイトルさえ誤解を招くものであったと思わざるを得ません。

2009年2月6日金曜日

【本棚】副島隆彦:恐慌前夜


遅きに失した感はあるものの、金融預言者を自認する副島氏の著作を読んでみました。彼の金融に関する予言が当たっているか否かについては、私は論評しませんけど、言っていることは、非常に分かりやすく単純で面白く読みました(すぐに読めるし)。多くの読者をつかむのも分かります。刺激的な程、読者層にウケますから。

主旨を単純化すると、「ドル覇権の崩壊」と「連鎖する大暴落」は今後も数ヶ月に一度ずつ起きてゆく。アメリカ発の大恐慌突入の前に、預金封鎖が行われる。多くの法律が急速にバタバタと改正され、緊急の金融統制体制に入る。これからは銀行が一番危ない時代、信用できない。だから、そうならないうちに、しっかり自分の資産を実物(金や不動産や食料)に今のうちに移し変えておきなさい、悪いことは言わない、私のことを信じなさい、みたいな事が繰り返し述べられています。

で、最近の近著が「副島隆彦の今こそ金を買う」です(未読)。投資や個人資産の保護に関しては、それぞれの経済状況の中で自分に最適なリスク・ヘッジを考える必要があるため、ひとつの見方として参考にはしますが、だからといって、すぐに金相場に手を出そうとは、私の場合考えないでしょうね、そんなに現金資産もないし。

副島氏の姿勢で明確なのは、攻撃的なまでの米国批判。特にアメリカの手先となって動いたと彼が見なす竹中元金融相や、10年前からアメリカが日本に強制して作った金融庁に対する批判は強烈です。現代のゲシュタポゲハイム・シュタートポリッツァイ(Geheime Staatspolizei ドイツナチス政権時の国家秘密警察現代の特高警察政治警察(思想警察)実質的な弾圧機関などなど、かなり手厳しい。竹中路線の批判などは、多くのブログなどで話題にされていますから、私は本書の覚書程度にとどめておきます。金融庁は「怖いトコロ」なのだということで。

ただ、あまりにもアメリカの顔色ばかり伺う日本政治と、アメリカの風邪が肺炎になるくらいにダメージを受ける日本経済に、憤りを覚える人は確実に増えていると思います。そういう背景が、副島氏を支持する人が増える一因なのだろうと思いました。

副島氏は世界の金融界がロックフェラーやロスチャイルドによって支配されていることにも軽く言及しています。金融界はデイヴィッド・ロックフェラーと、甥のジェイ・ロックフェラーの骨肉の戦いである。デイヴィッドはシティ・バンクの実質のオーナー、ジェイはゴールドマン・サックスのオーナー。この骨肉の争いは今やはっきりとジェイ・ロックフェラーに軍配が上がりつつある(P.172)らしい。ちなみに三井住友銀行の実質筆頭株主はジェイ。三菱東京UFJ銀行は、三菱=ロックフェラーの130年に及ぶ運命と宿命として(P.162)、シティ救済を断れないのだと。

ふーん、と思いながら、こういうテの本は気楽にウィスキーでも舐めながら読むのが正しいか。この手の裏話にも、とんと疎いですから。

2009年2月2日月曜日

團十郎の歌舞伎案内


團十郎が青山学院大学で歌舞伎についての特別講義を行った内容を本にしたものです。團十郎の歌舞伎に対する考え方が窺い知しることができ、大変に参考になる本です。

私の少ない観劇の経験からしても、歌舞伎って何だろうと考えると答えに窮する。歌舞伎とは何かを定義することは、大変難しいのではないかと思っています。一般の人が想像する、いわゆる「時代物」だけではなく、歌舞伎は長い年月の中で色々なものを吸収して変化してきました。例えば本書でも紹介されているように、七代目團十郎(1791~1859年)が歌舞伎の舞台に能を取り入れました。

七代目が「勧進帳」をつくっていなかったら、歌舞伎に「松羽目物」という発想が生まれていたか(P.64)

歌舞伎像はひとつのイメージを結ぶにはいたらない。根本的に歌舞伎とは「その時代のお客さまの嗜好によって変化して、左右されて、発展してきた庶民の芸能」といえる(P.109)

と説明しています。

そういう歌舞伎であっても、團十郎は「格」ということを大切にしています。團十郎家にとって、やってよいことと悪いことがある(P.57)と、四代目團十郎(1711~1778年)の言葉を引用し、例えば2008年1月 海老蔵が演じたラスベガスのイリュージョンを使った演出について疑問を呈し(P.96)ています。何でもアリではないのだと、それが歌舞伎であり「格」なのだと言うのです。ここはきわめて重要だと思いまし、私もこの意見には大きく同意します。

例えば「リアル」ということについて。歌舞伎も江戸時代から明治にかけて、西洋風のものが入ってきたために、真実を真実としてみせる(P.81)という方向へシフトしたことがあったと。実際に舞台に水を張ってみるような演出はリアルだけど、そこに能があるのかなと疑問に思う(P.234)と團十郎丈は書いています。

歌舞伎に演出家というものがいないことに対しても、日本独特の成り立ちであり、西洋がそうだからと日本もそうしなければいけないということはないと書いています(P.106-107)。どこまで保守的になり、どこまで革新的になるか。まさにそのバランス感覚こそが「格」ということに表されているのかもしれません。

團十郎丈が謙虚であり誠実であると思うのはこういうところです。私たちはここで満足です、これ以上はもういいですとし、それ以上は欲張らないことが重要であるとも書ています。

歌舞伎は日本語という文化圏の中でやっているかぎり、それ以上は背伸びしたくてもできない。

いい意味で"小ささ"を保ちやすい(P.234-235)

この指摘は、ブログ内田樹の研究室で最近読んだ『「内向き」で何か問題でも?』と微妙にシンクロしました。グローバル化とか言うけれど、内向きで飯が食えれば無理にグローバル化しても意味がない、みたいな主張です。

歌舞伎は日本で行い、日本語で実施することによって世界に対し意味を持っています。日本人よりもよほど外国人の方が歌舞伎や能に詳しかったりします。もっともそれだけでは、日本人としてさびしい限りであることは否定できません。

自国の伝統ある文化をしっかりと見つめ、次の世代にどのような形で伝え継承してゆくのか。これは歌舞伎役者だけではなく、歌舞伎を観る(あるいは観ないという選択にしても)私たちに課せられた課題であると言えるのではないでしょうか。

玉三郎の「鷺娘」、伝説化・・・

先月の歌舞伎座での玉三郎の「鷺娘」について、ナマ「鷺娘」もそのうち「伝説」になるでしょう。
と書いたのですけど、当たってしまいましたね。

ブログ「六条亭の東屋」で知りましたが、玉三郎自ら、もう歌舞伎座でも新歌舞伎座でも「鷺娘」は踊らない(踊れない)と書いています。

勿論芸直は追究して有り余るものでございますし、これからまだまだ深めていけることもありましょうけれども、娘物の舞踊として私の年齢と肉体を考えましても今回の公演で線を引かせて頂くことに致しました。

玉三郎 公式サイトでの「今月のコメント」です。潔いといえば潔く、寂しいといえば寂しい。しかし観ておいてよかったと今は素直に僥倖に感謝するのみ。

2009年1月29日木曜日

歌舞伎座の建て替え

歌舞伎座の建て替え計画が発表になりました。以前から計画はありましたが昨今の急激な経済状況の変化から、大きく見直しをかけていたと思っていただけに(→歌舞伎座発表 08年10月20日09年1月22日)、1月28日のマスコミ発表は意表を突かれた形でした。私もこのブログの中で何度か本件には触れてきました。(→2005年4月21日2005年11月17日

今の歌舞伎座は昭和26年(1951年)に建替えられたものです。現在の耐震基準に合わず、またバリアフリーに対応していないため、エレベータやエスカレータもない。いまや歌舞伎ファンの2/3は40歳以上です。高齢者が多い客層に対して優しくない建築であることは否定できません。その点から建て替えも止む無しという気もしないわけではない。(不便で何が悪いのかという意見もありましょうけど)

建て替えにおいて批判の対象となるのが、その外観。現在の歌舞伎座の面影は残しながら、超高層ビルが屋根を貫いて屹立している姿は滑稽とも悲劇的とも見えます。歌舞伎座の土地は松竹のもの、歌舞伎座の建物は歌舞伎興行を行う松竹に株式会社歌舞伎座が賃貸している。不動産収益の比率の増加を目論む松竹は、オフィス床面積を確保するため、区や都と交渉してきたのでしょう(都市再生特別地区として床面積の増大を含む)。

新聞の予想図からは、唐破風の衣裳は残ったものの、懸魚や化粧垂木、高欄などが大幅に削除または簡略化されているように見えます。デザインの簡素化は、おそらく経済的な理由から断念されたと考える方が妥当だと思います。現在のそれはコンクリート製であり、同じようにコンクリートで作っても、あるいは本物志向で木製としても、建設費はいたずらに増大することは明らかです。近代的要素としてガラス、そして「和のテイスト」として、申し訳に縦格子を配したといったところでしょうか。

とは言え、風景や街並み、記憶には連続性が必要です。有形なものを破壊することは、無形のものも大きく毀損します。このことを嘆く歌舞伎ファンも多いことは承知、私もガッカリしました。しかし考えてみると今の歌舞伎座とてヘンな形です。都知事が「銭湯みたい」と言ったかどうか知りませんが、寺社建築としては余程銭湯の方が立派な建物があります。唐破風とて松岡正剛氏流に言えば「和洋折衷の象徴」です。そもそも最初の歌舞伎座は洋風であったのですから、寺社建築に似せて歌舞伎座を造る必然性は余りありません。所詮は芝居小屋、再現するならば江戸のそれでしょうか。

新しい歌舞伎座にもきっと私たちは時間とともに慣れるでしょう。そして失われた細部に宿っていた呑気さや豪奢さ、ゆったりとして豊かな時間が平成の世にも生きていたことを、将来の我々は写真や語りとともに懐かしみながら。重要なのは器ではなく、無形文化としての「歌舞伎」そのもののの存続なのですから、私たちは歌舞伎をいかに存続させえるか、ということこそ議論されるべきなのだろうと思う次第です。

2009年1月26日月曜日

歌舞伎座:初春大歌舞伎~昼の部


歌舞伎座で「初春大歌舞伎」の昼の部を観劇してきました。歌舞伎座の建て替えもいよいよ決定したようです。2009年4月までの16ヶ月間、「歌舞伎座さよなら公演」と銘打っての公演の最初となります。

演目は「祝初春式三番叟(いわうはるしきさんばそう)」に続いて幸四郎の「平家女護島 俊寛(しゅんかん)」、菊五郎と時蔵の「花街模様薊色縫 十六夜清心(いざよいせいしん)」そして玉三郎の「鷺娘」です。久々に歌舞伎を堪能できました。

一番良かったのは、もっとも期待していなかった「十六夜清心」です。河竹黙阿弥の作品。演じられるのは「稲瀬川百本杭の場」「川中白魚船の場」そして「百本杭川下の場」。鎌倉極楽寺の僧である清心と遊女の十六夜が、どんどんと悪者になっていくという狂言の前半部分。

清心が僧でありながら色恋や浮世の快楽を捨てきれずに、悪心を抱いていくその変化が見所です。求女をはずみから殺してしまい、自らも死のうとするものの、遠くから嬌声が聞こえて逡巡、そして思いとどまっての名台詞。「これを知ったはお月様と、俺ばかり」! ここの変り方が、ヌラヌラと面白い。

俳諧師白蓮を吉右衛門が演じています。狂言を通してみると、こいつはとんでもない悪党なんです。その悪さが台詞から見えていてさすがの貫禄といったところ。通しで観てみたい狂言です。

「鷺娘」は今回が二度目(→一度目はこちら)。変な批評などせず、玉三郎の踊りにどっぷりと浸かるのが、一番よかろうと思います。ナマ「鷺娘」もそのうち「伝説」になるでしょう。

幸四郎は、私はあまり好きな役者ではない。いくら有名、人気、幸四郎のオハコとはいえ、正月から観たい演目でもありません。感動よりもあざとさと過剰さが気になってしまいました。意に反して良かったのが、千鳥を演じる芝雀! 初心な感じがなんともかわいい。「りんぎょやってくれめせや~」が耳について離れません(笑)。彼女の純粋さが、大きく俊寛の心を動かしたことが良く分かります。最後の回り舞台の演出は劇的ですが、やっぱり幸四郎の演技がなんとも、泣き叫ぶより最後の沈黙の方が余程説得力がありましたね。

2009年1月25日日曜日

【音盤】ドゥダメルのマーラー交響曲第5番(DG 1week)


ドゥダメルのベートーベンに続く第二段、マーラーの交響曲第5番をDGの1week streamで聴いてみました。

音楽的なテーマはベートーベンの第5番に似ているし、音楽に希望を託しているドゥダメルが録音したいという気持ちも分かります。

しかし、この5番にあってもマーラーの音楽は複雑であり混沌としすぎている。まったくもって一筋縄ではいかない。今の時代にあってマーラーに過度の感情を移入しすぎる演奏は忌避される傾向にはあると思う。しかし、だからといってマーラーが有していた矛盾や屈折、諧謔を無視していいとも思えません。

ドゥダメルの演奏は、重心の低い厚い音を提供してくれます。特に低弦やブラスの支えが利いているように思えます。ダイナミックレンジも広い、強奏はアクセントが効いていますし、カンタービレやメロディラインの部分も美しい。確かに水準の高いオケです。

第一楽章の抑圧された凶暴さとか音楽の振幅、第四楽章の抒情に流れすぎない明晰さなどは見事です。この有名な楽章が単に甘ったるい感傷だけではないことを前後の楽章の間で分からせてくれます。終楽章の推進力も流石といったところでしょうか。

であるにも関わらず、何か足りない、全体に音楽が平板に聴こえます。途中で何だかバラバラになった音楽に戸惑っている自分(私)がいる。音楽に摩擦が少ないというんでしょうか、説得されない。悪く言うと退屈、私にとって何度も聴き返したいマーラーにはなっていない。そもそもマーラーなど常日頃に親しみたい音楽ではありません。ですから聴くからには何か欲しい。

うーん、難しいものです。実演を聴いたら印象は全く違うかもしれませんよ。1週間の間にあと、数回は聴いてみると思いますけど、まずはファースト・インプレッションということです。

2009年1月22日木曜日

【音盤】ドゥダメルのベートーベン交響曲第5、7番(DG 1week)

DGの1週間視聴サービスで真っ先に聴いてみたのが、今更ながらにドゥダメルのベートーベン。話題になるだけあって、注目に値する演奏でした。買っていない盤の演奏を、しかもストリーミング配信されているものを評する行為が「妥当」なのかはさておき、インプレッションを書いておきます。

問題はドゥダメルの楽天性と明朗性についてどのような判断を下すかです。今のところは素直に肯定、受容する気持ちと、態度を留保したい気持ちに分かれています。

ドゥダメル自身、インタービューなどで語っているように、彼は音楽の力を信じています。またベートーベンの交響曲の持つ音楽的テーマについても精通しています。またベネズエラという国、決して西側諸国のように裕福とは言えない環境に居た音楽家達によって演奏されるベートーベンということ。

これらをすべて理解するかしないかに関わらず、演奏から聴こえてくるのは楽天性と明朗性。そして単純な世界観と若者らしい可能性と希望です。悪いはずはありません。いやむしろ出来すぎているとさえ感じます。

音楽と同時進行で主観的感想を連ねてみたら、A4で4枚もの賛辞と疑問で埋め尽くされました。それ程までに刺激的で驚きの演奏です。既に多くの人たちが熱狂的に支持するのも首肯できます。特に交響曲第七番 終楽章の圧倒的なスピードとリズム、凄まじいまでの疾走を聴くと、体の内部からふつふつと沸き起こる本能的肉体的な喜びを抑えることができません。

第五番 第三楽章のコントラバスの響きも鳥肌ものです。チェロとコントラバスのフガートの部分です。コントラバスがこんなにもリズミカルに弾けられるものでしょうか、まさに「踊る巨象」です。

You Tubeにプロムスの映像があります。まるで「のだめ」でも披露されていた楽器回し(本当にクルクル回す!)。あのノリと軽さ、ラテン的健康な官能性。(本当にあの映像は衝撃です)。クライバーの洒落て豪奢なノリとも違う。

とはいえ、いわゆる爆演系とはなっていない。弱音も丁寧に、ダイナミックレンジも広い。ですから、聴く前に想像していた演奏とは少々異なり、最初に聴いいたときには肩透かしのような感じがしたものです。何度か繰り返して聴くに従い、彼のこの盤における特性が分かるようになってきました。深い精神的ドラマは歌われていませんが、ラストへの歓喜を志向する強い確信と希望を感じます。そこには南国を吹き抜ける生ぬるい熱風さえ錯覚します。いいぢゃないですか。ベートーベンに深い精神性を求めるならば、何もドゥダメルを聴かなくても満足できる盤は他にもありましょう。

さて、こうして何度か繰り返して聴いてみますと、彼がほかの曲もどう料理するのか、ぜひとも聴いてみたいという欲求が沸き起こってきました。

2009年1月19日月曜日

Deutsche Grammophonのサービス

Classicaのiioさんが紹介している通り、最近のネット技術を使った音楽配信には目を見張るものがあります。ベルリンフィルのライブ中継やライブラリーの閲覧は、TVニュースで流されたほどです。自宅のiMacで実際にアクセスしサンプル映像を確認してみますと、映像の解像度、音質はきわめて高く、ついにここまで来たかと驚きを新たにしました。

一方でDeutsche Grammophonによる、1アルバム99セントで1週間限定視聴サービス~ Stream (7 Days)~も驚異的です。今のクラシック界においてDGのレーベルの魅力がどの程度かはさておいても、膨大な黄色レーベル音源が、わずか99セントで聴けるとなれば話は違います。

今まで買うのを躊躇っていた盤も、どんどん聴いてしまいそうです。だいたい、CDを買って感動したところで、取り出して聴くのはせいぜいが数度。それも買った最初の数日間に限られてしまいます。あとは余程のことがないかぎりは、CDラックの中で再び王子が見つけてくれるまで深い眠りに入るのが関の山です。

このようなサービスが、レーベルにとって真に利益をもたらすのか私には判断がつきません。Naxos Music Libraryに提供する音源が続々と増えていくということは、音楽配信にとって新たなビジネスモデルが確立しているのかもしれません。

ネットのあちら側に膨大なソフトがあるという世界(狭義のクラウド・コンピューティング?)は、今までの所有を前提とした世界観を根底から覆します。amazonの電子ブックにもその予感があります。個人が買うのは「権利」だけになるのですから。具体的な物が信用取引に還元されてしまいます。

理想は端末を通じて「あちら側」の膨大なソフトに、いつでもどこでもアクセス可能という状況でしょうか。ランニングのお伴として何を選択するのか、それだけで10分以上迷いそうですね。

DGも結局はハードなメディアを買ってもらうことで利益を得ようとするならば、配信する音楽に制限をかける~たとえば、ある楽章を全曲ダウンロードでなくては聴けないようにする、あるいは人気のある新盤は1weekに対応しないとか…~の措置をすることは考えられます。実際にすべてが1weekの視聴に対応しているわけではなさそうです。

企業の論理を優先して顧客を囲い込むことが、著しく顧客の利便性を阻害していることが指摘されています。最近の新聞記事では携帯電話の料金契約体系についての指摘ですが、似たような事例は事欠かないでしょう。電子マネーや音楽フォーマットなどの規格争いなどもその典型でしょう。企業側の生き残りを賭けた姑息な対応は、著しく顧客満足度を損ない、しいては企業に対する不信感につながる可能性があります。結果的に消費者に愛想をつかされると。

まあ、そういう難しいことを考えずに、聴ける間に聴ける曲を聴けるだけ聴いてしまった方が得であることだけは確かです。他にもネットを通じて配信されるソフトは多く、それほどの時間を音楽視聴にかけられるかの方が問題でしょうけど。

で、まず聴いてみたのはこの盤でした(つづく、そのうち)。

2009年1月12日月曜日

映画:エジプトのジュリオ・チェーザレ(ジュリアス・シーザ)

新宿バルト9で上映されているUKオペラCinema 「ジュリオ・チェーザレ」(ヘンデル作曲、グラインドボーン音楽祭2005年)を観てきました。DVDにもなっている本作品は、クレオパトラ役のダニエル・デ・ニースを一躍有名にした公演。

映画館でオペラというのは何度か観た事があります。貴重な映像を大画面で観る事ができるのは有難いのですが、音量と音響がちょっと酷い。クラシックを知らない人には適正な音量というものが理解できていない、ただ単に「大音量であれば迫力がある」としか考えていないのでしょう。音は割れ、高音もヒステリック。クリスティ率いるエイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団の微妙なハーモニーが騒音としか聴こえないのが何とも哀しい。歌手の歌声は肉声のそれではなく、ハンドマイクを通した街頭演説さながら。

歌手のドアップ映像もつらい。ハリウッドのスターではない。大アップでの熱唱はビジュアル的に耐えることができません。

そのような音楽的、ビジュアル的悲惨な面があったとしても、デ・ニースのクレオパトラは素晴らしい。彼女が登場すると世界が全然変ります。ジュリオ・チェーザレ役のサラ・コノリーやセトス役のキルヒシュラーガーなど並み居るヘンデルを得意とする歌手陣を向こうにまわしての圧倒的な存在感。これにはデイヴィッド・マクヴィカーの演出によるところも大きいのだと思います。ドロドロした復讐劇に、少し軽目のエンタテのトッピングをかけている。その対比が上手い。

デ・ニースには文字通り「つま先」まで痺れてしまいます。でかい口、大きな眼。チャーミングにしてコケティッシュ、健康的な色香。いわゆるエロかわいいてやつでしょうか。最後、さながらミュージカルのように歌って踊る「Da tempeste il legno infranto」がアタマにこびりついて離れません。確かにデ・ニースがフィガロのスザンナ役を演じたならばハマリ役でしょう。

二度の休憩をはさんで227分。観るのも結構体力が要ります。デ・ニース観たさに映画館に脚を運びましたけど、さらに別のオペラを観たいかと考えると、この音響では勘弁といったところでしょうか。新宿では16日(金)までですから、観るならお早めにといったところでしょうか。

2009年1月3日土曜日

【本棚】柴田哲孝:「完全版」下山事件 最後の証言


本書「下山事件」をどのようなコンテクストの中で読むかにより、評価は分かれるかもしれません。佐藤一「下山事件全研究」、森達也「下山事件(シモヤマケース)」、そして諸永祐司「葬られた夏-追跡・下山事件」。これらを読んだ上で、本書に下山事件の解明を求めたとき、不満や疑問が残るか、真相解明の快感が得られるか。

純粋に「下山事件」の決定版を出版するという意図が柴田氏の目的であったならば、本書のような構成にはならなかったはずです。他書や報告との差異や論拠の違いを、一つ一つ漏れなく潰していくという遣り方こそ取るべきで、柴田氏の都合の良い文脈の中で散発的に資料を引用するという書き方は、フェアに感じられません。

おそらく、本書は「ジャーナリスト柴田氏」の自分探しの書なのです。氏の下山事件に対するアプローチは、自分の叔父が下山事件に関与していたかもしれないことを知らされたところから始まります。叔父は柴田氏の成長過程で大きな影響を与えた人格として紹介されています。「下山事件」そのものよりも叔父について調べたかった、すなわち、柴田氏自らのルーツを探ることが目的であった。

追求を始めると、事件や証言には不可解な点が余りにも多い。最初はルーツの旅であったものの、ジャーナリストとしての血が真実を求め始めたようです。それから氏は膨大な時間をかけて事件に迫っていきます。

下山事件に関与したらしい亜細亜産業という叔父の会社を中心として登場する人物名には驚かされます。政治家、右翼、左翼、CIA、CIC・・・、そして三菱など。昭和の一時代が亜細亜産業という「場」に凝縮されているかのようです。

多くの証言を通して(身内のものも多いのが欠点ではあるが)、亜細亜産業の正体を暴く作業そのものが、叔父を探す作業につながり、ひいては下山事件を紐解くことに繋がっていきます。ここらあたりの筆致はグイグイと読ませます。

そして、全てを「辻褄が合うように考えると」、下山事件は、国鉄内部のだけの問題だけではなく、アメリカの日本占領政策と日本という、大きな枠組みの中で生じた「事件」であることが見えてくる。アメリカの国家戦略、権力と利権の構図。著者の、この結論を読んでストンと溜飲を下げるか、胡散臭いと感じるか。

さらに人脈と事件のルーツとして柴田氏は、「満州鉄道」に拘り続けます。そして最後に下のように結んでいます。

もちろん張作霖爆殺事件や柳条湖事件が下山事件と直接関係していたとする論法は成り立たない。だが、下山事件の背後には、満州鉄道から延々と続く人脈が存在した。精神的な支柱として、もしくは事件の発想の根幹として、その裏に満州鉄道が存在したことは確かである。
私は下山事件にはそれ程「思い入れ」はありません。ですから、本書にはイノセントに接し、大変面白く読むことが出来ました。正直、昭和史に関してはイロイロと目から鱗のところも多かったです。ですから下山事件の犯人が誰であっても、私にはどうでも良いことです。むしろ最近の書「CIA秘録」でも読まなくては、という気になりました。

この作品の後に柴田氏は、作家として歩み始めます。先に酷評した「TENGU」も、本書を読むと氏が何を書きたかったのかが分かりました。あれは氏の構想だおれの作品です。あまりにも「下山事件」で得た結論が「ロマンチック」過ぎたということです。

2008年12月31日水曜日

今年最後のランニングと銭湯とか

大晦日になりました。大掃除も終わり、やることもなくなりました。天気も良いですし、ちょっと走ってみます。今日は久しぶりに冬の気温が戻ってきました。ピンと冷えた空気が何とも心地よいです。

年末なので、あまりムリはせずに昨日と同様に1km6分程度のペースで50分程度走ることとしました。このペースですと、下の換算表にあるように、ちょうどフルマラソン完走が4時間。うーん、マラソン参画にはまだまだ程遠い体力であると再認識。


31日のペース(8.5km)
100m 400m 1km 42.195km 走った距離
35秒 2分20秒 5分50秒 4時間6分 50分

ランニングの後に、年末ということもあって、近所の商店街にあるK湯という銭湯に行ってみることとしました。最近は銭湯も密かにブームのようです。私にとっては、いわゆる番台のある銭湯に入るのは数十年振りのこと。

銭湯は、外見からは、あまり綺麗そうには感じられなく(失礼!)、ですから、ちょっと恐る恐るではありました。ところが、入ってみますと、やっぱりといいますか、マンションのちんけなユニットバスとは全然別物です。「こりゃあ、たまりまへんな~=3」とひと時の極楽感を味わうことができました。

K湯はちっちゃな地元の商店街の中の銭湯です。TV取材されることも絶対にありません。入っている客層は、オーバー70のお年寄りがほとんど。日本の将来は後期高齢者で埋め尽くされるのだろうなあと、自分もそろそろ年寄り扱いされないように、頑張らねばと、風呂に顎まで浸かりながらぼんやり考えたりした大晦日でありました。




冬休みのランニング

冬休みに入りました。12月は忙しさと寒さからしばらく走っていません。正月太りにならないようにと、頑張って走ることとしました。ついつい家にいる時間が長いと食べ過ぎてしまいますから。

今年の年末は、冬とは思えないほどの暖かさです。日中で気温16度は北海道の感覚からは完全にはずれています。空はまさにピーカンの青空、この時期に外で走れることは何とも心地よく嬉しいものです。

28日、30日は7kmを6.5分/kmのスピードを維持して走ることとしました。この程度のスピードはランニングに慣れた人にとっては、会話しながらの軽いジョギング程度の負荷。しかしスピードに慣れていない私にとっては、苦しいという程ではないものの、それなりの負荷でした。

5kmを過ぎたあたりから下半身が重くなって、脚が前に出にくくなります。ちょっとした「上り坂」でも脚が重くなる。かといって、もう走れないというわけでもない。少しこの距離とスピードに「慣れ」が必要なようです。遅いスピードでいくら長距離を「歩け」ても、「走る」こととの間には大きな差があるように思えます。

休みの間は、あと何回走れるでしょうか。