『薬指の標本』の独特の世界に惹かれ、標題作が収録されている短編集を読んでみました。やはり彼女の独特の静謐な、透明な世界は健在です。そして作品に通底する、いとおしさとか、生とか死のありよう、あるいは偏執的なフェティシズムを感じ取ることができます。
本作には8つの短編が収められています。作品の雰囲気によって大きく二つに分けられるように思えますので、それぞれについて少しだけ感想を書いてみます。
第一群は、『飛行機で眠るのは難しい』『中国野菜の育て方』『詩人の卵巣』『リンデンバウム通りの双子』。そして第二群は『まぶた』『お料理教室』『匂いの収集』『バックストローク』としてみました。
第一群の作品は、人生における、言葉には出来ない「いとおしさ」とか「はかなさ」そして「生きる強さ」みたいなものを感じ取ることができます。作中人物たちは、何かを相手に提示せざるを得ず、それを受け取った者は、何か大切なものを引き受けます。提示されるものは一応に「死」の匂いがします。しかし受け取った者はには、ひそやかだけども確かな「生の光」が芽生えます。
ここら当のことを堀江敏幸さんは文庫本解説で「小さな死の塊」
、かすかな命の影
、あるいは死とひきかえでなければ得られない体温のありか
と表現しています。あまりにも的確な表現で、付け加えることがありません。それらは、ガンガンと主張するようなものではなく、ひっそりと、当人同士にしか分からないやり方、あるいは呼吸や触れ合いを通して、直接的にしか伝わらないもののようです。それゆえに秘めやかで、壊れやすく感じるのでしょうか。
第二群の作品は、より肉体性を感じる作品です。生と死の匂いはここでも健在で、かつフェティシズム的な雰囲気や、乾いたエロティシズム、あるいは、矢張りなのですが過去とか死の匂いを感じます。『匂いの収集』は『薬指の標本』にも繋がるホラーさえ感じる作品になっています。ちょっと滑稽で奇妙な『お料理教室』も、背反するものを未分化なままに提示しているように思えます。
『バックストローク』では、主人公はアウシュビッツを訪れたところから回想を始めています。アウシュビッツそのものが本作のテーマではありませんが、小川氏は中学時代に読んだ「アンネの日記」に大きな影響を受けていると言いますし、アウシュビッツにも興味を持っているようです。死者から生きている者が何を汲み取るのか、ということは彼女の大きなテーマなのであろうと思います。彼女が肉体やその一部に(決て生々しい肉体や息遣いではなく)拘るのは、自己と他者を、あるいは生と死をつなぐインターフェースとして身体を捉えているからかもしれません。
そういう意味からは、便宜的に作品を二つのカテゴリーに分けましたが、改めて考えると意味はなさそうです。 しかし・・・万人受けはしませんね、こういう作品群は。
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