自分も会社人生での定年が近くなってきているので、定年関連の本をボチボチ読んでいます。この本も何気なくAmazonで見つけたので読んでみました。
こちらはニュータウンを舞台に、戦後の高度成長期の日本を駆け抜けた、団塊の世代の少し前の世代の物語。
「終わった人」(内館牧子)、
「孤舟」(渡辺淳一)」もそうですが、大企業で勤めたサラリーマンが主人公です。しかし、この2冊と比べてみると、あまりにもその世界観の違いに愕然とすします(
定年本2冊を読んで)。
60歳定年が当たり前で、寿命もおそらく80歳くらいなもの。長寿問題はまだ先の時代で、親の介護など現代的な問題はまだ考えられていなかった、ある意味で平和な時代の物語。日本もこの時代は、今ほどはおかしくっていなくて、定年後の有り余る時間を、家族や近隣とともに、それなりに生きることができた、もしかしたら最後の世代なのでしょう。
重松さんの語り口は、定年を迎えて行き場のない男たち(重松さんの父親世代になるそうだ)に対して、限りなく暖かい目線で物語をつくっている。ニュータウンが中心だから、親しい人との別れや、新たな出会いなどはあっても、大きな事件は起きない。日々の喜怒哀楽が淡々と描かれてい、それがしみじみと心にしみる。
主人公たちは有り余る時間を持て余しつつも、「終わった人」のような焦燥感ややり残し感に苛まれることも、妻との関係が悪化して色恋に走るようなこともしない。あるがままに、今の人生と、歩んできた人生と、今の生活を愛おしみ、そして次の世界に向かう準備をしている。あまりにも普通の生活。
こういう物語ですから、読む人の年齢や性別、キャリアによって感想は全く異なるものになるでしょう。小説の主人公のようなサラリーマン生活を送った自分でさえ、重松さんの物語を否定したくはないものの、今の時代にあっては、過去の大人のためのファンタジーとしか読めません。
この小説は「小説現代」に連載され、1998年に単行本化されたものですから、たかだか20年前、しかし20年も前の時代なんですね。あまりにも時代が変わりすぎました。小説の中にインターネットやパソコンが少しだけ登場しますが、まだ電話回線のモデム時代です。これでは昔話となっても仕方がないか知れません。
それであっても読む価値はありましたか、なぜ現代は、あの時代のような幸福を求めることができなくなったのかを、改めて問う意味でも。