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2002年11月27日水曜日

小樽国際音楽祭/華麗なるフルートの世界

小樽で加藤元章さんのコンサートがあり聴いてきた。ホールは駅からほど近いマリンホール、収容人員450人程度、木質系の内装でよく響くホールだ。お客さんの入りは開催が小樽で、しかも火曜日の雨天ということもあるのだろうか、7割程度という印象。(かなりもったいない)
 
加藤さんの演奏といえば今年の6月、札幌フルートフェスティバルのゲスト演奏を鮮烈に思い出す。今日の演奏は、そのときに得た期待を裏切らないばかりか、遥かにそれを上回る「加藤ワールド」を聴かせてくれた。曲目は6月の演奏とバッハ、サラサーテが重なっているが、彼のお気に入りの曲ということだろうか。モーツアルトは彼にしては異色であるらしい、観客を意識した選曲か。笛は、ムラマツのプラチナで,管体プラチナ,メカは 14k という組み合わせであるらしい(加藤さんに詳しい方からの情報)。
 
加藤さんの演奏には、どうしたって「華麗なるフルートの世界」「高度なテクニック」という陳腐なるキャッチを思い浮かべてしまうのだが、演奏を聴くと、それ以外に表現のしようがないことにも思い至ってしまうのである。フルート界のアムラン、体育界系フルーティズムの雄というべきか。
 
高性能なスポーツカーに乗せられて、サーキットをビュンビュン飛ばしているような愉悦と言ったら良いだろうか。彼の笛から奏でられる音には、圧倒的なスピードと迫力、強弱のダイナミックさ、そしてエネルギッシュな強靭さに溢れている。聴く側がまともに受けとめるには、ふんばりさえ必要だ。
 
彼の持ち味は、近代の曲やカルメンファンタジー、あるいはアンコールに奏されたヴァイオリン・ソナタのような、高度なテクニックを要求される曲にこそ発揮されるように思える。高音から低音に至るまでの均一にして煌びやかな目も廻るような演奏は、「凄まじい」としか表現できない。そこまでするか!とさえ思ってしまう。音楽が終わった後には、体温が1.5度くらい上昇してしまっているかのような感覚だ。不適切な例えかもしれないが、スターマインに酔うかのごときだ。
 
技術の卓越とは、単に指が廻るということだけではなく、彼の場合は、音楽的な表現力が恐ろしく幅広いということだ。そこかしこで聴かれる音色の変化、重音かと思わせるような音、自在な音曲げ、消え入るようなピアニッシモ、恐ろしく太く大きな低音などなど・・・。
 
そういう意味から、今日のプログラムは変化に富んでいて面白かったと思う。
 
��月にも奏したが、彼のバッハも聴きものであった。普通の演奏よりもかなり早目の演奏ではないかと思うが、敬謙さや、渋さ深さなど、精神性を重視したと思われがちな不明瞭なアプローチを彼は取らない。音の流れの中で一気呵成に聴かせる事で、曲の持つ構造や美しさ、面白さというものをくっきりと浮かび上がらせているように、私は感じた。実際に何度も聴き(自分でもあるフレーズを吹いてみたりもして)慣れ親しんでいる曲であるにも関わらず、意外なところに天から降り注ぐ一条の光のごとき二声部が聴こえてきたときには、うれしい驚きを感じた。
 
一方で彼のモーツアルトというのは珍しいらしい。札響の弦セクションとの演奏であったが、これはこれで私には楽しめる演奏であった。何と言ってもてらいやクセがなく、明るいモーツアルトだ。闊達で無邪気な子供が、やわらかな日溜りで暖かくなった積み藁の上で、遊び興じているような雰囲気を感じた。アンサンブルはどちらかというと、加藤がヒュンヒュンひっぱるという印象で、弦セクションが少し固かったようにも思えないでもない。加藤さんの余裕と遊びについてゆくには、何かが足りないという気にさせられた。
フンメルやライネッケなど、フルーティストにはお馴染みの曲も素晴らしい演奏であったのだが、感想はここまでとしておく。
 
ところで、加藤さんと野平さんは、デュオを組んで久しい。野平さんのピアノがまた絶妙である。例えばカルメンファンタジーにおける、素早いパッセージとトリルを含む装飾音が、タイミング、リズム、音色、バランスなど、どれを取っても完璧な一致をみる見事さ。野平さんが時々加藤さんを振りかえりタイミングや音楽の流れを確認しているのだが、そういう仕草さえごく自然な演奏の一部になっているように感じた。
 
実は最初、野平さんのピアノの音は大きすぎるのではないかと思った。加藤さんほどの音響マニアがどうしたのだろうと訝った。良く響くホールであるためかピアノリサイタルのような趣なのだ。しかし、それはすぐに思い違いであると気づかされた。加藤さんの音量によるところも大きいと思うが、ピアノとフルートが対等な会話をする上では、あのぐらいのバランスの方が良いのだと思い直したからである。フルート奏者に遠慮をしすぎないピアノ演奏であるからこそ、ピアノとフルートの相互の良さが引き出されるのだ。

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