私的なLife Log、ネット上での備忘録、記憶と思考の断片をつなぐ作業として。自分を断捨離したときに最後に残るものは何か。|クラシック音楽|美術・アート|建築|登山|酒| 気になることをランダムに。
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2008年9月22日月曜日
ランニングのおとも モートン・フェルドマン
ランニングは孤独にして、ある意味単調な運動です。やっぱりiPodなどによる音楽が欠かせません。
今日の音楽は、Morton FeldmanのPiano&String Quartetです。演奏は高橋あきとKronos Quartet 。
実はこれITSで150円で買った曲です。演奏時間は一曲で1時間20分もあります。Appleで値付けを間違っていのでしょう。これを「お得」と考えるかは音楽的趣味によります。
M・フェルドマン(1926~1987)は図形楽譜の発案者として知られています。まともに聴いたことのある人は、よほどの音楽マニアでしょうか、あるいは音楽通としては普通なのでしょうか。1時間20分もの間、静謐かつ全く盛り上がりのない音楽(これが?)が延々と続きます。
ミニマル・ミュージックとはまた違う。フェルドマンの音楽の静寂さは武満のそれとも違う。単調な繰り返しに、何を聴くかはその人によるのでしょう。
しかし、私とて、この曲を演奏会場で聴いたら、怒るか、爆睡かしか選択はありえない。走りながらとかでしか、このような曲とは親しくなれない。
とはいうものの・・・。この音楽の持つ静寂さ、緊張感、イノセントさ・・・。ふとした拍子にまた聴いている自分がいる。静寂さの秘める緊張感と永続性、氷のような美しさ。退屈と相反する魅力。
聴いてすぐに止めるか、繰り返し聴くか、はたまた走りながら聴くか(笑)。聴くものの忍耐と精神状態と音楽的経験、そして美意識が試されるような音楽です。
ランニング11日目
早歩きから、少しだけ歩調を速めたというカンジ。ストップウォッチでタイムも計測してみます。すると1km6.5分というペース。このスピードだと息は全く上がらずに快調! と思われたのですが、またしても4km走った段階で膝に痛みがっ!!
無理はできませんから、まだまだ精神的にも肉体的にもイケる思いはあるものの中断。5km程度しか走らないと、なんだか運動した気がしなくて、ちょっと欲求不満です。
いえいえ、それよりも膝が痛まないような対策こそすべきかなと。
2008年9月14日日曜日
ランニング10日目
どうやら長く続けられる運動のようですから無理は禁物です。今日も膝が痛くならないように気をつけながら、10km80分走を目指しました。前回も書いたように、このスピードでは「走る」必要はありません。全く快調で、10kmを走り終えた後400mトラックを軽くスピードアップして走り、フィニッシュとしました。
1km7.5~8分のスピード感というのはだいたい掴めました。次は、距離を少し短くして1km6.5~7.5分走を目指してみようと考えています。膝が持てばよいのですけどね。
2008年9月7日日曜日
ランニング9日目
やってみるとわかりますが、1km8分というのは「走る」というより「早歩き」に近い。歩幅を広くして積極的に歩くだけでこのスピードは簡単に出ます。ただ走るのと使っている筋肉が若干違っているようで「余程走った方が楽かも」という気もします。
このペースで歩きますと、走るよりも膝にかかる負担は激減、腸脛靭帯も痛まない。息が上がることも全くありません。とはいっても脈拍数はあるレベルを維持していますから、低レベルでの有酸素運動にはなっているのだと思います。ただランニング的にはどうなんでしょう、心肺機能の向上は見込めませんね。とりあえず「長時間止まらずに動く」ことを体が覚えるということでしょうか。
2008年9月3日水曜日
東京中央郵便局 解体前の姿
丸の内の東京中央郵便局は、来年の解体が決まっています。
東京駅前に面して大きな面積を持った建物ですが、再開発されて超高ビルに生まれ変わるそうです。
建物は1933年(昭和8年)にできたもので、設計は吉田鉄郎です。
この建物の一部を保存するのだそうです。
東京駅でも保存復原工事が、また三菱一号館などの復元工事が進んでいます。
自らが壊したものを、保存したり復元したりと、側から見ると節操がありません。
せめてもの罪滅ぼしの気持ちなんでしょうか。
外壁は多少汚れたタイルで決して美しいとは見えません。
丸の内がどんどん再開発されていく中にあって、歴史的な価値はあるのかもしれませんが、東京都民的には残すべき価値のある建物かと問われると、多少疑問です。
2008年9月1日月曜日
[立ち読み]「残業ゼロ」の仕事力、人生力
新聞広告などで大きく宣伝されていましたので、ざっと二冊を読んでみました。もっとも、立ち読み、それも2冊合わせて30分程度です、はずしていたらごめんなさい。
『仕事力』の方はタイトルの通り残業することがいかにムダであるのかを、諸外国のデータや著者の経験に基づいて力説しています。『人生力』は、前著の蒸し返しの部分が多いので、読むなら『人生力』だけでも良いかもしれません。
本書は、残業を続けることが仕事後の人生(著者はそれを「本生」と称しています)をスポイルすることになるという、著者の最も基本的な人生に関するスタンスを強調しています。
著者の「所詮仕事はゲーム、人生に必要なお金をかせぐためのもの」「楽しみは仕事がおわってから」というスタンスに違和感を覚える読者も多いようです。しかし、本質はそこになないと思います。著者だって仕事を人生の一部と考えて「楽しんで」いることは十分に伝わりますから。
私の場合、一番印象的だったのは、以下の式です。
��4時間-(睡眠時間)=(仕事の時間)
仕事の時間には通勤時間も含まれます。これでは自分の時間が残らないのだと。著者は最低でも3時間は毎日自分の時間をつくれ、家族と会話しろと説きます。まず自分に投資しろということです。すなわち、
��4時間-(自分への投資時間)-(睡眠時間)=(仕事の時間)
ということです。「自分への投資」には自己啓発もありましょうし、家族との時間も含まれます。著者は仕事関係のパーティーなどには出席しても、「どんなに親しい人とも二次会は行かない」と書いています。「睡眠時間」も確保すべきリソースなわけです。
自分のリソースさえ計画配分できない輩が、企業利益を叩き出せるわけなどないのかもしれません。残業ゼロの発想とは、人生の生産性を上げ、よりよく生きていく上での不可欠なものと痛感する次第です。
その他、著者の個々の「アイデア」については、実践していることも多く、それほど感銘は受けません。そんなの当たり前だよなといったところ。
いずれにしても定年前後に配偶者から別居願い、離婚届けなど突きつけられないようにすることは、「24時間仕事人間」にとっては痛切な問題でしょう(><)。