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2011年7月7日木曜日

松井冬子さんのインタビュー記事(朝日新聞)

朝日新聞に日本画家の松井冬子さんのインタビュー記事が出ていました。



2011年7月5日火曜日

諏訪敦 絵画作品展 「一蓮托生」 成山画廊に行ってきました

画家、諏訪敦氏に興味をもったので、九段にある成山画廊で開催中の作品展を観てきました。



作品は、「成山画廊」に関するもので、画廊主である成山明光氏と、彼が見出した美人女性画家 松井冬子氏のドローイングと肖像画などが数点。NHK日曜美術館でも最初に紹介された、松井冬子の二面性を表していると解説されたドローイングも展示されていました。

狭い空間に並べられた作品は、美術館などで接するのとは違ったおもむきです。

諏訪氏の作品は「写実画家」としての面目躍如といいますか、画面の精緻さは改めて記述するまでもなく。彼独特のテーマや世界観が作品に遺憾なく展開されており、それはそれで興味は尽きないものでした。

こういう絵が欲しい、お金を払って所有したい、いくつも集めたい、という欲求を持つファンは、少なくないだろうと予想します。でも、彼の絵は一般的で安心安全な癒しとはちょっと違う次元にありますから、私のような常識人からすると、何かどこかが毀れていないと、彼の作品と一緒に暮らすことはできないのではないかと思えてしまいます。(日曜美術館で紹介された絵こそ、諏訪氏の作品からすると、異色であったのかも、です。)

彼の冷たい質感をもった裸婦がリビングを飾っている風景というのは、シュールを通り越しています。むしろ北側の書斎のひと隅に、独占的な視線の中に飾られることこそふさわしいような。あるいは普段は、厚い布で覆われていて、これはというときに開陳される類の絵とか。

彼の絵を観て、ふと「標本」ということを思い浮かべました。「標本」のもつ魅惑と隠微さ。いやいや、妄想がすぎますか。

調べてみると、モデルとなっている松井冬子さんの作品は、諏訪さんよりもさらに強烈です。なかなか正視に堪えない作品が多いのですが、それでも観てしまう、観ることを抗うことができないというのは、どういうことなのだろうと、考えてしまいます。こういう肉体性を持った作品が現代的なのでしょうか。彼女は1974年生まれ、この世代は活躍していますね。

それにしても、この成山画廊という存在そのものが、謎というか、カウンターカルチャーというか。成山画廊のコレクションも、何か完全に一線を超越してます。人の陰部、隠しておきたい暗い欲望、自分の知らなかった一面、不健康な健全、崩れそうないびつなバランスの中での美意識・・・

いろいろ言葉にすると陳腐になってしまいます。百聞は一見にしかずです。美術というのも、付き合ってみると危険すぎます。

2011年7月4日月曜日

HNK日曜美術館 諏訪敦の写実絵画

日曜美術館で諏訪敦氏の写実絵画についての番組が放映されました。
    記憶に辿りつく絵画 ~亡き人を描く画家~
事故で亡くした娘の肖像画を描いて欲しいという画主の依頼に、画家がどう取り組んだかというドキュメント。



絵画とか写実の意味を問い直すという点で、非常に興味深い番組で、かつ日曜美術館にしては感動的な出来でしたので、忘れないうちに記しておきましょう。