2004年3月28日日曜日

千鳥ケ淵の桜

昨日は目黒から千鳥ケ淵、北の丸公園まで足を伸ばしてみました。

ブログについて考える

ブログの隆盛について歩きながら考えた。



今までも掲示板や日記サイトはあったが、これほどのムーブメントにはならなかった。活発なブログサイトを閲覧していると、ごくごく個人的な出来事とか、ニュースサイトのパクリとか、あるいは「ブログを作る苦労をつづったブログ」「ブログのデザインを変更する記録を書いたブログ」だったりで、いささかゲンナリしてしまう。(実際私も最初はそういうブログを作っていたし、今でもそうだ、だから否定や批判をしているわけではない)


さて、どうしてこのような自己目的化したブログが盛んなのかというとを考えてみたのだが、もしかすると「ブログはオレ様サイトである」ということなのではないかと思い至った。


最近の若者は、雑誌などを見ていると、自分の部屋を自分好みのデザインにすることや、自分の好きなものに囲まれて住むことに労力をかけている。いわゆる「オレ様部屋」というらしいのだが、ブログもこれに当たるということだ。


ブログはトラックバックという機能があるため、他人のサイトに言及したいときでも自分のサイトに記述してピングを送ればよい。つまり、全て自分のサイトで完結できるわけだ。今までの掲示板だと、他人のサイト(家)にお邪魔して書かねばならず、せっかくイロイロ書いても、結局他人のサイトが賑わうだけであったのとは構造が全然異なっている。


また自分で掲示板を持っいたとしても、cgiなどを駆使した自前の掲示板でなければ、デザインはお仕着せのものとなってしまう。いわゆる「許せない」という状態なのである。


ネットでの情報交換という意味では、従来のシステムでも十分であが、自分のログ管理とか、更には自分の思考と嗜好をまとめたいと考えている向きには大いに不満もあるシステムであったわけだ。そういう中でブログは、デザインも含めかなりの要望を満たしてくれることになった。スキンと呼ばれるテンプレートを日々変更させて悦に入ったり(初期の私だ)、テンプレートのデザインコンテストまであるくらいである、自分の拘りの部屋を雑誌に掲載するのと似たようなトーンを感じる。


かくして、ブログは広範なネットワークの形成とか、あらたなオピニオンの構築とかいう面より、ジャンク情報とオレ様サイトに溢れ返り(私のサイトもそうだが)、ネット上は巨大なお喋りとため息の掃き溜めと化してゆくような感さえあるというのは言いすぎだろうか。


それともう一つ、木村剛氏もはからずも書いていたが、ブログには「中毒性」があるという面も見逃してはいけない・・・

展覧会:パリ1900 ベル・エポックの輝き

東京都庭園美術館に「パリ1900 ベル・エポックの輝き」と題する展覧会を観てきました。ベル・エポックとは「よき時代」という意味で、まさにパリの文明が花開いた19世紀後半から20世紀初旬の芸術潮流の作品を集めたものです。

テーマと場所柄でしょうか、若い方よりも年配の女性の方が多い展覧会ではありましたが、私はそれなりに満足した時間を過ごすことができました。

絵画では印象派以降、モローやルドンの象徴主義、彫刻ではロダン、バルトロメ、そしてルネ・ラリック、エミール・ガレ、ジョルジュ・フーケらのアール・ヌヴォの装飾美術が展示されていました。これらの作家は、私にはほとんど馴染みのないものであっただけに、最近観た印象派との画風の違いやら、1900年代のパリの時代風景など、様々な意味で興味深いものでした。

この展覧会での圧巻は、やはりチケットにも使われているジョルジュ・クレランの《サラ・ベルナールの肖像》(1876年)でしょうか。TV東京の「美の巨人たち」でも紹介されているので、番組を見た方もいらっしゃるかもしれません。

ベルナールは当時のパリで活躍した大女優です。彼女の自宅での肖像とのことで、ベルナール自身もこの絵を大そう気に入って亡くなるまで手放さなかったそうです。しかし、この絵は(何号なのかは分かりませんが)非常に巨大でして、このような絵を飾ることができる自邸というのも、すごいものだなと思うのでした。ベルナールはこの絵のとおり「女王然」とした大女優で上昇志向の強い女性であったようです。傲慢とも不遜とも思える態度が何ともいえません。一番気に入ったのは実は足元の横目でこちらを見ている犬だったりしたのですが・・・

絵の横に、まさに自宅のソファでくつろぐ彼女を撮影したモノクロ写真が並べて展示されていましたが、絵と写真を比べてみると、それはそれは絵を手放したくなくなるのも分かる気がいたしました。

ベル・エポックの時代は、印象派の時代とそんなに変わらないのですが画風は全く異なります。例えば左のジャルル・ジロンの《手袋をした女性、通称パリジェンヌ》(1883年)など、「ベル・エポック」とか「アール・ヌヴォ」とか「パリ万博」の時代の雰囲気にはマッチした絵で、描かれている女性が美しいだけに、売店で絵葉書がよく売れているようでした(私も買った)。思い入れを廃して冷静に鑑賞すると、いかにもという絵ではあるのですが、等身大に近い大きさの絵の迫力には、俗っぽさも消し飛んでしまうようでした。

印象派のピサロやベルト・モリゾの作品も1点づつ展示されていましたが、これらの絵と比較してしまいますと、印象派は色彩は華やかで明るいのですが、タッチなどの点で繊細さに欠けるという印象を受けてしまうのも確かでした。ルノワールの絵もありましたが、これはいただけないというか・・・ノーコメントとしましょう。

繊細さや細やかさという点では装飾美術には眼を見張るものがありました。特に写真のフーケの作品などは、微細な細工を施された金属は実に見事で、女性でなくても一つくらい欲しくなると思うのでした。庭園美術館のアールデコ風の内装が施された朝香宮邸で観るデコラティブな装飾具やガラス細工は格別のものがあります。(オバサン達が動かないのですよね)

これらの作品は、パリ市立プティ・パレ美術館所蔵作品とのことですが、テーマの通りパリの「よき時代」の雰囲気が漂ってくる展覧会であったと思います。パリ万博のときの写真も何枚か掲示されていましたが、日傘をさして、腰まわりのボリュームを出したスカート(何て言うのかな?)を身につけた淑女がパリの中を闊歩しているのが写っていて、ああいうカッコウの女性が歩いていた時代がウソではなかったのだなと改めて感心したのでありました。

目黒 庭園美術館の桜

目黒の庭園美術館の桜を撮影してきました。満開というほどではないのですが、天気も良く落ち着いて桜を愛でることができました。


2004年3月27日土曜日

読売日響のブラームス第3番

しばらくプロオケに接していませんでした。時間的に余裕があったので、サントリーホールに足を伸ばしジェフリー・テイト指揮、読売日響のブラームス交響曲第3番ほかを聴いてきました。

コンサートは非常に満足するものでしたが、それにしても当日券を待っている間は寒かった・・・物凄い突風が吹き荒れていまして、アークヒルズでは桜祭りとかが催されていましたが、テント屋台の「生ビールとおでんはいかがですかア」という声が、風に吹き飛ばされていました。

エルガー:序奏とアレグロ 作品47
ハイドン:交響曲第102番 変ロ長調 Hob.1-102
ブラームス:交響曲第3番 ヘ長調 作品90

日時:2004年3月26日 19:00 サントリーホール
指揮:ジェフリー・テイト 読売日本交響楽団

東京に来てほぼ1年、読売日響を聴くのは実は今日が初めてです。プログラムがエルガー、ハイドン、ブラームス交響曲第3番と「シブメ」であったのですが、プロオケをしばらく聴いていないなと思って、当日券狙いでサントリーに足を伸ばしました。

さて、ジェフリー・テイトという指揮者も読売日響も予備知識はなかったのですが、聴いた印象は「うまいオケだな」というものでした。

プロオケなのですから「ヘタな」わけはないのですが、音に厚みといいますか温かみがあるのです。特にふくよかな拡がりをもった低音の響きは独特なのではないでしょうか。フォルテッシモであっても音はけばけばしくはならず、豊かにホールを包むようで何とも心地よいのです。

昨年私は何度か東京交響楽団の演奏に接しましたが(本当に数回ですが)、彼らの割と繊細で精緻な響きとは明らかに異なります。精密さという点では少し雑なところもあるように思えましたが、逆にそういうところも音楽的な余裕のようなものとして聴くことができるようにも思えました。

本日のプログラムはエルガーから始まりましたが、指揮者のテイト氏はイギリスの指揮者です。「エルガーはブラームスに憧れていた」と氏自ら語っていますが、本日のエルガーもスケールの大きな演奏で、読売日響のサウンドもあってか、どこかブラームス的な柔和さを感じることができた演奏でした。

続くハイドンの交響曲も、古典風のキビキビとした響きを重視した演奏というよりは、曲のもつ流れや明るさ、そして美しさを十分に引き出した演奏のように思えました。あまり馴染みのない曲でしたが、抑制と統率の聴いた曲であり、ハイドン独特のスピード感などを十分にわくわくと楽しむことができました。

最後はブラームスの交響曲第3番です。ブラームスというのは以前はあまり好きではなかったのですが、こ の頃は齢をとったせいでしょうか、ブラームス的な落ち着きと憂愁というものに惹かれるようになってきました。もっともブラームスらしいメロディについては、あまりにも甘く美しいが故に演奏の仕方次第ではちょっと鼻についてしまうのですが、テイト氏の指揮ぶりは余計な感情をためすぎずに流してゆき、それが心地よく感じられました。テンポも中庸というところなのでしょうが、意外とさらりとした演奏という印象です。まあ、これは曲のせいもあるのでしょうか。

それにしても感じたのは、読売日響の音色とブラームスの相性の良さ、それに加えてホルンの素晴らしい音色と安定感です。ホルンの響きは、ほとんと絶品といいましょうか、熟成されたコニャックのような響きで、実はこれには心底驚いてしまいました。(今日のホルンも山岸博さんが乗っておられたのでしょうか?)

そういうわけで、ブラボーと叫びたくなるような扇情的なプログラムではありまえせんが、しみじみと良い演奏会であったと思います。今日の夜は風が強くて寒かったのですが、読売日響の柔和で厚みのあるサウンドを身にまとって、精神的には暖かに帰宅できたというところです。

2004年3月26日金曜日

【音盤】J.ヨンゲン:フルートのための作品集

  1. ゆるやかな踊り Op.56 bis
  2. フルート、チェロとハープのための三重奏曲 Op.8
  3. フルートとピアノのためのソナタ Op.77
  4. 4本のフルートのための悲歌 Op.144-3
  5. 3本のフルートと1本のアルト・フルートのためのワロン地方のクリスマスキャロルによる2つのパラフレーズ Op.144 Nos.1-2
  • フルート:マルク・グローウェルス チェロ:マリー・アランク ハープ:ソフィー・アランク ピアノ:ダリア・ウジール
  • ブリュッセル王立音楽院のフルート四重奏団
  • 録音:1997年12月

再びNAXOSのマルク・グローウェルスのフルートでヨゼフ・ヨンゲンのフルート作品集を聴いています。ヨンゲンは20世紀前半に活躍したベルギーの作曲家で印象派の影響を受けた作曲家ですが、曲は彼独自のトーンにあふれ、特に「哀しみ」の表現が顕著なように思えます。

ヨゼフ・ヨンゲンは20世紀の前半に活躍したベルギーの作曲家で、フランクやルクーに次いで知名度があるということになっていますが、私はこのCDで始めて彼の名前を知りました。

少し調べてみますと、ヨンゲンの音楽は大きく3つの時期に分けられるそうです。第1期はフランクやフォーレに影響を受けた時期。第2期は1910年頃から、ラヴェルよりもむしろドビュッシーの影響を受けた時期で、曲は印象派的な色彩を帯びてきます。第3期は晩年の30年でneo-classicismとmodernismの両方の側面を持ち合わせた曲を作曲しているそうです。(CD解説とClasscal Composeres Database) 

ここに納められているのは第2期から第3期の、フルートのために作曲した曲です。どの曲もメランコリックで少し哀しげな曲調が印象的です。冒頭の作品56は4分弱の短い曲ですが、1918年のヨンゲンがイギリスに亡命していたときの曲とのこと、フルートの旋律にも切々とした哀しさと美しさが漂っています。

このCDを通して聴いてみると印象派とは言ってもヨンゲン独自のトーンや色彩が感じられ、「哀しみ」表現は彼の活躍した時代(両世界大戦を経験)とベルギーの不幸な歴史(特にベルギーへのナチス侵攻)などとも無関係ではないのでしょう。

作品80はフルートとチェロとハープのための三重奏曲ですが、確かに曲調曖昧さやメロディーのつかみところのなさは、印象派的といえるのかもしれません。チェロとフルートの掛け合いともいえるようなAssez lent の中間部は何とも表現しがたい雰囲気です。Allegretto moderato は一転してスケルツォで、フルートも技巧的なフレーズとなった、明るく快活な曲です。

Op.77のフルートとピアノのためのソナタは4楽章の30分近い曲です。フルートのピアノの見事な掛け合い、表情のガラリとした変化など、色彩の豊かさを堪能できる曲です。2楽章のTres animeと4楽章のGigue:Allegorはなかなか見事であります。

Op.114-3は4本のフルートのための曲です。5分半ほどの短い曲です。作曲年が1941年ですからナチスドイツのベネルクス3国への侵攻やパリの陥落、そういう時代の曲です。言い知れぬ哀しみがふつふつと沸いてきます。(楽譜があれば何とか演奏できそうですよ>某氏)

そういう曲を聴いたあとにOp.144 Nos.1-2のクリスマスキャロルによるパラフレーズを聴いていると、ヨンゲンの願っていたものが何であるか分かるような気になります。ろうそくの焔がゆらゆらと子供たちを照らすような、そんな幸せが夢のように感じられてきます。(こちらはなかなか難しそうですよ>某氏)

グローウェルスのフルートはここでも、響きはあくまでもストレートで抜群の安定感で心を満たしてくれます。

2004年3月24日水曜日

森永卓郎氏の「戦争反対」


��FJ総合研究所の森永卓郎氏のサイトを見ていたら、「戦争反対」という記事がみつかりました。これはニュースステーションのメールマガジン「ブーメラン」に掲載したものとのことで、2003年3月18日と同年5月14日に掲載されたものです。森永氏の論理は痛いほど良く分ります。




短い文章なので読んでいただいた方が良いのですが、彼の論旨で以下の部分はなるほどと思うものです。


中国にしても、ベトナムにしても、しばらく前まではとても民主的な国家とは言えなかった。それが大きく変わったのは、経済的に豊かになったからである。力でねじ伏せるのではなく、経済的な豊かさを実現することが、独裁を終わらせる最良の方法なのではないか。


世界を100人のムラに例えたらとかのベストセラーではありませんが、アメリカの一部の富裕層に世界の富のほとんどが集中しているのは事実です。日本も戦後は平和憲法のもと経済復興に全力を挙げることができたから、ちょっと前までの日本があるのだと思います。


戦後復興の件についても、少し触れられていますがチェイニー副大統領とハリバートン社の関係、軍の後方支援に関わる業務を民間発注として、KBR社(ケロッグ・ブラウン・アンド・ルート社=ハリバートンの子会社)に、ほとんど特命で発注したことも、知る人は皆知っています。


北朝鮮を刺激して危険な行動に走らせているのは、他ならないアメリカなのだ。余計な圧力をかけなければ、日本が危険にさらされる確率は随分減るだろうし、万が一日本攻撃時にアメリカに守ってもらえなくても、私は大量殺人に加担するくらいだったら、死んでしまった方がましだと思う。


私は「死んでしまった方がまし」というところまでは、腹をくくれていませんが、こういう論を聞くと最近の国防を増強しようとする論者からは罵倒されそうですね。外交とは戦争をするところまでを見据えた圧力が絶対に必要だと説いていますから。


力には力で対抗してきます。イスラエルの暴挙によって世界は緊迫の度合いが一気に高まっているように思えてなりません。

ごーごーきむらごー

木村剛のブログが人気なのだが、トラバを読んでいると「意外と話せば分る」「見直した」「冷たいエリートというイメージではない」という木村剛見直し論者が多いことが分る。


日銀止めて経営コンサル会社を営む四十代、アタマも良くてサッカー好きで、そしてお茶目なところも見せれば、大抵の者はなびくよな。ふと思うのだけど、こういうことを森永卓郎氏が「週刊!ヲタクタクタク TAKU MORINAGA」とか「週刊!でかくてもつぶす!竹中Hey蔵」とかやったって受けないのではなかろうか、と思うのであった・・・・なぜと聞いてはいけない。


ちなみに…



実は木村氏のブログは、氏のイメージアップを図るべくたくまれた、国家的陰謀ではないかと思うのは私だけか(笑)。


木村氏自ら薦める「日本資本主義の哲学」は以前に読んだこた読んだがね。(表に書く話題ぢゃないので、ここへ書くのであった) どうしても森永氏に代表される論との対立点においてどちらが正しいのか私には理解不能であった。


小泉首相もブッシュ大統領もブログをやれば、少しは人気が出るか?メルマガの時代ぢゃないのだな。


2004年3月22日月曜日

飯尾洋一氏のclassicaが・・・

クラシックサイトの老舗にして定番サイトである飯尾洋一氏のclassicaが、いつのまにかブログ対応になっていました(ブログ化は今年1月か?)。トップページは相変わらずですが、「更新記録」の部分がブログ化されています。



更新記録とは言っても実のところその内容は、サッカーの話題やその他音楽周辺の話題などが日々更新されていてるもので、ときどきチェックしていました。以前は確か過去記事が読めなかったハズですが(私がリンクのありかを知らなかっただけか?)、ブログ化されたことで2002年10月からのエントリーが閲覧可能になりました。


クラシック系のブログサイトは、今のところあまりありませんので、ここをベースとしてどのようなサイトがトラックバックをしてくるのか、楽しみなところです。


ということで、敬意を込めて、私もとりあえずトラックバックしておきました。

[追記]


classicaのリンク集というのは改めて私のようなトーシローが言うまでもなく、クラシックサイト界最強とも言えるリンク集なのですが、クラシックの個人ブログサイトは未だ7つを数えるのみでした。これからもブログが便利なことを分かった方々が、続々とサイトをブログ化することを期待しましょう。

[追記2]04/03/25


なんとclassicaのリンク集に、このブログサイトが登録されてしまいました。有難いことですが、かつ恐れ多いことです。これを機にクラシック関連の駄文を鋭意アップロードするように、頑張ることは・・・おそらく・・・しません。

2004年3月20日土曜日

【音盤】ロマンティック・フルート協奏曲集

再びNAXOSのマルク・グローウェルスのフルートとピッコロを聴いています。このアルバムは「ロマンティック・フルート協奏曲集」と名づけられており、フランスの作曲家の作品が集められています。フォーレの子守歌やシチリアーノなどは有名ですが、ダマレの白つぐみなど非常に珍しい作品も収録されています。


しかし、よくもこんなにマイナーな曲ばかり集めたものです、さすがNAXOSですね。ダマレの作品はグローウェルがベルギー音楽図書館の地下室で見つけてきたものだそうで、行進曲風の管弦楽に乗って軽快にピッコロが歌う極めて明るく愛らしい曲です。メシアンの黒つぐみとはえらい違いです。

ラヴェルの小品は2分半の非常に短い曲ですが、独特の雰囲気を漂わせている名曲、聴いていると思わず19世紀末のフランスのノスタルジーに浸ってしまいます。

フォーレの曲は本来ピアノとフルートの曲ですが、このCDでは管弦楽編曲になっており、普段聴きなれた響きとはちょっと違っていて楽しめます。コンクールの小品は、確かパリ音楽学院の入学試験用の、幻想曲は卒業課題として作曲された曲だったはず、技巧的にも楽しめる曲ですね。ムーケの「パンの笛」は、静かで優雅でそして少し哀しげでアンニュイなか雰囲気の漂う名品、聴いてうっとりしてしまうというのはこういうことを言うのでしょう。

全ての曲の解説を書いていても仕方がないので止めますが、どの曲も肩肘張らず聴くことができ、本当に楽しめる1枚になっていると思います。18世紀後半から19世紀後半そして20世紀前半にかけて、フランスでフルート曲が多く生まれたのは、フルートという楽器の著しい進歩と、それに歩調をあわせたフルート技術の向上と無関係ではないことに改めて気付かされました。

��8世紀後半のフランスという時代を考えたとき、先日見に行った「モネ、ルノワールと印象派展」の時代とすっかり重なるのですよね。モネ(1840-1926)とフォーレ(1845-1921)がほとんど同時代を生きたというのも、結びつけて考えると感慨深いものがあります。時代は産業革命に始まる近代化の波に乗っていた頃です。そういう時代の前に向かって進む明るい雰囲気と曲調も無関係ではないのだろうなと思った次第。

この盤もあまり難しいことを考えたり肩肘を張ったり、解釈がどうだ、演奏の質がどうだなどと瑣末的なことを気にせず、音楽そのものを楽しむことのできる幸せなる盤だと思います。

マルク・グローウェルス(フルート、ピッコロ)、ベルギー放送交響楽団、指揮:アンドレ・ヴェンデルノート
●モシェレス(1794-1870):フルートとオーボエのための協奏曲 ●ドニゼティ(1797-1848):コンチェルティーノ 二長調 ●ムーケ(1867-1949):組曲「パンの笛」Op.15~パンと鳥たち ●サン=サーンス(1835-1921):タランテッラOp.6 ●フォーレ(1845-1921):子守唄Op.16、コンクールの小品、シチリアーナOp.78、幻想曲Op.79 ●ラヴェル(1875-1937):ハバネラ形式の小品 ●ダマレ(1840-1919):白つぐみOp.161

2004年3月19日金曜日

Voiceの「目覚めよ自衛隊」を読んで


Voice 4月号(PHP研究所)が『目覚めよ、自衛隊』という特集記事を載せていましたので、面白そうなので買って読んでみました。

執筆は、中曽根康弘氏、田原総一朗氏をはじめ、拓殖大学教授の森本敏氏や同じく拓殖大学海外事情研究所の佐瀬昌盛氏などの『私の自衛隊改造計画』という私論、そして西尾幹ニ氏と志方俊之氏との『自衛隊は戦えるか』という対談、最後はハドソン研究所主席研究員の日高義樹氏の『外務省は自衛隊を見殺しにする』という記事まで、結構盛りだくさんです。

論調には多少の温度差はあるものの一律です。彼らの主張をかなり乱暴ですが意訳すると以下のようになりますでしょうか。

  • 日本には国防に関する意識が欠如している。
  • 冷戦時代とは世界の情勢が変わった。冷戦時代は安保の傘のもと憲法を持続させることが国益に適っていたが、現在は事態が変わった。
  • 日米安保は維持させるべきである。それは今でも核を持たない日本に対する抑止力となっている
  • 世界がテロとの戦いへと移行した以上、憲法九条ニ項は少なくとも変えるべきである。
  • 現行憲法であっても自衛隊の集団的自衛権は認められていると考えるべきである。独立国である以上、集団的自衛権を持つのは当然である。
  • 集団的自衛権に関する日本政府の見解は、昭和30年2月29日の衆議院内閣委員会における鳩山一郎総理大臣の答弁から変わることはない。すなわち集団的自衛権につては現行憲法下でも既に30年前から認める考えを集団的自衛権の行使は当然のことである。
  • 自衛権の行使を認めない、自衛隊を専守防衛に限定するのは自虐的歴史観に基づいている、あるいはアメリカのいう「ビンの蓋」理論に他ならない。
  • 自衛隊は軍隊ではないため、軍法などが整備されていない。国際貢献として海外に派遣されても自分の安全も確保できないばかりか、行動に制限が多く十分な貢献活動が果たせない。
  • 自衛隊を派遣するたびに法律を作るという状況はおかしい、防衛基本法の整備がぜひとも不可欠である。<
  • 日本にとっての脅威は明らかに北朝鮮であり、あるいは中国と台湾の紛争の結果も懸念しなくてはならない。国益とともに国際関係の中での情報収集など強化してゆくべきである。
  • 外交カードとして「戦争」も最終手段としてありうると国外に示すことは重要なプレッシャーである。

読めばそれなりに妥当性を感じます、国際関係がきれい事の外交や理想論的な平和主義では立ち行かないことは、さすがに分かります。国防なくして国家が成り立つかと強く言われれば答えに窮しますし、君は身の危険が迫ったら座して死を待つのか、家族が危機に瀕したら立ち向かわないのか、と問われればこれも、立ち向かわないとはいえないでしょう。

絶対正義の戦争などこの世にあるのでしょうか、あるいはあったのでしょうか。本雑誌の「ボイス往来」という読者欄で、80歳の男性が「(イラク戦争は)古今往来、洋の東西を問わず、人類史上でこれこそが100%の正義の戦いであったと断言できる戦争」と言っているのを薄ら寒く感じます。

しかしです。彼らからごっそりと抜け落ちているのは、最終的に戦争を覚悟するということは、戦地で殺し合いをするのだという皮膚感覚です。湾岸戦争からアメリカは精密兵器を使ったピンポイント攻撃を全面に打ち出し、従来のドンパチ型の戦争とは質が変化したことをアピールしています。中曽根氏も近代兵器をもっと充実させるべきだと説きますし、西尾、志方両氏はもっと民間技術を活用して軍事利用せよ(新型兵器を作れ)と主張しています。

ここでも抜け落ちているのは、ピンポイント爆弾の下に居る者たち、ピンポイント爆弾のボタンあるいはレバーを押すものたちの肉体と意識です。アフガニスタンでも大量に投下されたレーザー誘導弾GBU28(バンカーバスター)、燃料気化爆弾BLU82(ディジーカッター)、クラスター爆弾などなど。その下には軍事施設の鉄とコンクリートだけではなく、生身の人間も居るわけです。

現在の自衛隊の武器使用は警察官職務執行法に準じているため、軍隊としての武器使用ができないと論客の方々は口を揃えますが、ここでもそうです。危険が迫ったら、自らの機関銃で相手を掃射せよと言っているわけですよね。

Voiceの執筆人の方々は、決して「好戦論者」ではなく、戦争と平和とどちらが良いかと問われれば間違いなく平和維持と答えるでしょう。外交と国防に関する考え方は、結局国益と国家というところに行き着くようですが、ここに平和主義者とは絶対に相容れない溝があるように思えてきました。


スペインのテロについて2

昨日「Whose turn is it next?」というエントリーで、「スペインがテロに屈した、テロリストの思う壺にはまった、という見方」があると書きました。また16日のエントリーでは「16日付の大手新聞は今回の政権誕生が投票日の3日前に起きた200人もの死者を出したマドリードでのテロの影響であろうと書いています」と書きました。


それに対して強烈なカウンターが仏ルモンド社説(「スペイン国民をバカにする珍説が流布されている」)に掲載されていることを、Letter from Yochomachi というサイトで紹介しています。興味のある方は是非読んでください。




情報がいかに一辺倒であるか、日本のマスコミが一面の論理からしか物事を捉えていないかが、如実に分る一文であると思います。日本のマスコミとて米国の受け売り部分が多いですから。次の部分は強調してし過ぎることがないと思います。


スペイン国民はテロと戦うに当たって現政権のアメリカ一辺倒の戦略がはたして適当なものか問い直しているのであり、それは全く正当なものだということだ。これは臆病とか卑怯というものではなく、アスナールのやり方では非効率で限界があると云うことを有権者は表明したのである。


アメリカが真に正しいのか、かつても正しかったか、アメリカ政権が正常な論理で意思決定されているのか(いたのか)、疑う点は山のようにあるのではないでしょうか。スペイン人の意思と、こういう社説を掲載するルモンド誌に敬意を払います。

2004年3月18日木曜日

Whose turn is it next?

ロンドン発行のアラブ紙アルクドス・アルアラビは、アルカーイダ系の「アブハフス・アルマスリ旅団」が日本などに対しマドリードと同じようなテロ攻撃を準備しているとの声明を入手したそうです。更に、スペインのテロによって、スペイン政権で野党が勝利し更にイラクからの撤兵を示唆したことで、アルカイダの組織を名乗るテログループがスペインに対しては「休戦」を宣言したようです(Reuters Wed 17 March, 2004 21:59)。



スペインがテロに屈した、テロリストの思う壺にはまった、という見方と、テロリストが言うように「The Spanish people... chose peace by choosing the party that was against the alliance with America」という見方があるかもしれません。スペインでの「成功」はテロの連鎖に繋がるのでしょうか、だからアメリカを始め今まで以上の協力体制を維持すべきなのでしょうか。


日本はスペインの選挙と政策転換(撤兵)に影響されないと小泉首相は語っていたはずです。スペインのテロリストとアルカイダの関係は未だ不明(unclear)とされているようです。


テロリストはブッシュの再選を願っているということを伝え、その理由を


as it was not possible to find a leader "more foolish than you (Bush), who deals with matters by force rather than with wisdom

Kerry will kill our nation while it sleeps because he and the Democrats have the cunning to embellish blasphemy and present it to the Arab and Muslim nation as civilisation

と書いてきたそうです・・・なんとも皮肉な文面です。テロリストの真意、そして真犯人究明も大事ですが、世界はどう動くでしょう。

(ちなみに英語は読めないので、内容は聞かないで下さい。情報源は以下の国内版新聞です)

【国内新聞】


2004年3月17日水曜日

何のために戦うのか

他国が我が国の利益を侵略しそうになった場合、戦うかといわれた場合、普通であれば「断固として戦う」と答えるべきなのでしょうか。例えば第二次世界大戦での敗戦国であるドイツや、隣国の韓国と比較しても日本は「戦う」と答える人が少ないという話を聞いたことがあります。以下は私の疑問です。



何のために戦うのか?



さて「戦う」とした場合なのですが、戦うのは何のために戦うのでしょう。自分の家族や財産を守るのは当然としても、それ以外に何を守るのでしょうか。「私は日本が好きですから」と「戦う」ことを是とする人は答えるでしょう。愛すべき日本とは具体的に何を指すのでしょう。四季豊かな自然、細やかな日本の情緒、安全と豊かさと住みやすさ、基本的な保護された人権、たてまえとしての平等、民族や階級などの差別や格差や貧富の差の少なさ、スラムや犯罪の少なさ、テロなどのなさ、などでしょうか。総じて世界の他の国よりも、まだまだ日本はムラ社会的であり安全で住みやすいようです。(そのどれもが変質しつつあるのが現代の日本のようですが)


では、これらは他国に侵略されたら失われてしまうものなのでしょうか。現在もあちこちで民族自立の動きは盛んですから、侵略された小国の気持ちは分らないかもしれません。一番守りたいのは、日本人としての「誇り」なのかもしれません。こういうものをまとめて「愛国心」と呼ぶのでしょうか。


ただ、守るべきものが国家であるという考えは、ちょっと考えてしまいます。「愛すべき日本」の姿とは少しずつ違う方向に動いているのが現在の日本ではないでしょうか。また享受している「安全と豊かさ」も、何に拠って実現されているのか考える必要もあるでしょう。現在の政権あっての日本であるとしても、ホンネとしては現在の政権を守るためには誰も戦わないのではないかなと、ふと思ったのでありました。

国際貢献って何なのか?



現在のイラク派兵やPKOというのは「国際貢献」と目的での軍隊の派遣です。国際協力という枠組みの中での軍隊の役割と防衛のための軍隊の役割というのは、分けて考えるべきなのかもしれません。国際協力に対する意味と目的というのも十分に議論されなくてはなりませんが。


さて、国際貢献という名のもとで海外に派兵しますが、テロに対しては「武器の使用」でも「武力の行使」でもどちらでも良いのですが、自分達が死なないために武器を相手に突きつけることになりますよね。さて、テロリストという定義も実は非常にあやふやなものなのですが、テロリストが「自分たちの権利を守るため」に戦っている以上、それが国際的に許される行為だろうとなかろうと、逆転して考えた場合、立場は同じなのではないかと思うのです。価値観が違うだけということで。

他国の救済と復興とは?



さて、そう考えると私には「戦う大義」や目的が見えなくなってきます。フセインや金日成は「絶対悪」であるから、また政権下の民衆は圧制を強いられ、恐怖と困窮に喘いでいるので、政権は倒さなくてはならない、独裁者は殺さなくてはならない、ということでしょうか。


でも誰も表立って「北朝鮮政権を早期に転覆させ一刻も早く民衆を解放すべし」とは主張しませんよね。国家の主権に関わる問題だからでしょうか。「倒すべき動かしがたい事実」が不足しているからでしょうか。今回のアフガニスタンにしてもイラクにしても、植民地支配の時の考え方、大東亜共栄圏とかいって、欧米諸国の植民地支配からアジアを開放すると主張した考えと、実は何も変わっていないのではないかと考えるわけです。


勉強不足な私は、そもそも自衛隊の「国際貢献」というのが、具体的には何を成し遂げているのか、いまだ理解しておりません。

スペインのテロについて


先日のスペイン総選挙で、イラク戦争を一貫して支持してきたアスナール政権の与党で中道右派の国民党(PP)が敗れ、野党で中道左派の社会労働党政権(PSOE)が誕生しました。投票率は前回選挙を8ポイント上回る77%に達したとのことで、16日付の大手新聞は今回の政権誕生が投票日の3日前に起きた200人もの死者を出したマドリードでのテロの影響であろうと書いています。




スペイン警察は、今回のテロは昨年5月16日にモロッコのカサブランカで起きたテロ(43人が死亡)と同一のイスラム過激派グループであるとの結論に達したそうです。逮捕されたモロッコ人の一人はアルカイダ関連組織の重要人物ですが、アルカイダの犯行声明に関して当局は慎重な姿勢を崩していません。いずれにしても、イラク戦争でのスペインの対米追随姿勢を非難してのテロであるようです。


今回の事件は、対米追従ということが世界からは強烈なテロ行為であるということの査証となるような事件のように思えます。私は今でもアメリカのイラク戦争(攻撃、侵略、政権転覆、イラク解放、いろいろ言い方はあると思いますが)の妥当性について疑問をもっており、国際貢献、人道支援という名のもとで、単純な対米追従政策をとっている亡国政府のあり方にも疑問を感じています。


フセインは確かに悪辣な政治家であったのかもしれませんが、アメリカ軍がイラクに侵攻したことで、イラク情勢はスンニ派とシーア派、それにクルド人も加わって微妙な力関係が崩れつつあるようにも思えます。クルド人が動くとなるとトルコも安穏とはしておれませんし、アメリカ軍の出方次第ではイスラエルにも影響が出てくるかもしれません。


微妙なパワーバランスで維持されていた国際社会に綻びが生じていることは、911テロを起点にすべてが始まったわけではないものの、世界はひとつの転機に差し掛かっているようで、ポスト・アメリカ一国主義という視点も必要になってきたのではないでしょうか。


ちなみに、選挙で勝利したサパテロ書記長は、イラクに駐留する1300人にも上るスペイン軍を撤退させることをラジオ局とのインタビューで語ったそうです。