2006年12月27日水曜日

伊東豊雄:「建築|新しいリアル」展


伊東豊雄の「建築|新しいリアル」展を観て来ました。既に終了した展覧会のレビュを書いても他の人に意味があるとは思えませんが、自らの防備録的にしたためておきます。

展覧会の概要は公式HPが詳しく、引用しておきます。

本展では、新世紀の幕開けとともにオープンした《せんだいメディアテーク》から最新のプロジェクトである《台中メトロポリタン・オペラハウス・プロジェクト》を含む9作品を中心として、伊東の提唱する新しい建築理念を紹介します。伊東自身が構成に深く関わった会場には「エマージング・グリッド」を体感させる曲面の床が現れ、鉄や木など実際の建築と同様の素材を使った大型の模型によって「物質(もの)のもつ力」が示されます。また壁面に天井の高さまで広がる原寸大の図面や、CG画像、施工中の建築現場で撮影された映像などが各プロジェクトをさまざまな角度から照らし出します。身体と知覚に直接はたらきかける展示空間は、伊東の目指す「新しいリアル」を立体的に体験する場となることでしょう。

この紹介からも、彼の提唱する「リアル」というものが空間や素材の持つ皮膚感覚に根ざしたリアルであることが読み取れます。実際に原寸大の図面や、現場で使用する材料の再現、三次元にうねる床(屋根)を歩いたりしますと、いかにモニターや紙の上での表現が一面的なものでしかなく、感覚に訴える要素がごっそりと欠落していることに気づかされます。

また有機的な秩序である「エマージング・グリッド」が支配する空間は、やっぱり「新しい」とまではいかずとも、どこか違うと思わせます。包まれるような、あるいは受け入れられるような抱擁力、現代的な建築物から感じるのとは逆のリアルがあります。

建築家は立体芸術やインスタレーションを行う芸術家とは違い、実際に住む、使うという実利的な目的物を造らなくてはなりません。従って建築家には芸術性やイマジネーションとは別の次元から一般の人に評価されることとなります。ですから「まだ実現していない空間」に対する想像力は建築家にとって非常に重要な能力です。

伊東が提示する空間や建築物は、最近のものだけを見ると奇を衒った印象を受けがちです。デザインに偏重しているという印象も受けるかもしれません。しかし展覧会を通して、彼が非常に厳格な論理と細部に対する造形、そしてものを造るということへに拘りを持っていることを感じました。イメージしたものを造りきろうとする執念と情熱でも言いましょうか。壁の原寸図を前にして、しばし彼の思いを全身で感じたりしました。

それにしても結果としての建築物です。例えば《台中メトロポリタン・オペラハウス・プロジェクト》。

曲面で構成された近未来を思わせる建築物。模型や図面を見ても一体どうやって造るのだろうと思わずには居られない形体。CGで見ると限りなく美しい。しかし、これは「オペラハウス」なんです。この非現実的で近未来的な空間で20世紀に終焉したと思われる「西洋クラシック音楽」を鳴り響かせようというのは、高度な皮肉なんでしょうか。

たかが建築空間(器)が人の生活や芸術までをも規定するとするのは傲慢で乱暴な考え方でしょう。しかし、そういう器を受け入れることのできる感覚は、新たな内実を生み出すと思うことも、自然な認識でしょう。空間がここまで吹っ飛んでいるのならば、そしてそれを自然に受容するならば、音楽にも新しさや現代的な感覚が吹き込まれて当然ではないかと。そうすると、そこに流れている音楽は、例えばヴィヴァルディでありながらも、私たちのまだ知らないヴィヴァルディであるかも知れず、そう考えるのは、「の◎だめ」がブレイクした以上にワクワクするような気持ちになりはしないでしょうか。



2006年12月25日月曜日

「伊東豊雄 建築|新しいリアル」展を観たり


12月24日が最終日となる「伊東豊雄 建築|新しいリアル」展を観に、東京オペラシティまで行く。この展覧会のことは、弐代目・青い日記帳muhas lebenによりその存在を知り、家人からも「伊東さんの建築って好きだな」と言われるに至り(NHKかなにかで紹介したらしい)興味を持って観に行った次第。結果としては観ておいてよかったと思うことしきり。

私は会場にスンナリ入れたが、出る頃にはチケット買うだけで長蛇の列になっていた。来観者は若者が多く、やっぱり「それっぽい」人が多かった。感想は気が向いたら何か書く(→書いた)。


オペラシティは空間のスケール感と人混みがミスマッチで、行く度にいつも感慨を覚える。伊東氏が評したら何と言うのであろうか。

とは言え、この無機的な空間や人気の少なさは結構好きである。スタバとかエクセル系ではない旨い珈琲が飲みたいと思っていたら「面影屋珈琲店」というのを見つける。
早速入ってブレンドを所望、席が狭いのが難点であるが、珈琲的にはまずまず。

ゆっくりと珈琲を味わいながら、内田樹氏と春日武彦氏の「健全な肉体に狂気は宿る」(角川oneテーマ21)を読む。リサイクル書店で思わずタイトル買いした本だ。

"対談"ということになっているのだが、7割以上を内田氏がベラベラと喋っている点、ちょっと鼻に付く。内田氏の主張に強い説得力を感じつつも、違和感と限界も少しだけ覚える。それが何なのか今の段階で言葉にできない。いや、おそらくこの先いくら考えても、内田氏への対立軸など見つかるとは思えない気もする。







2006年12月11日月曜日

【本棚】硫黄島関連の立ち読み~「十七歳の硫黄島」ほか

書店に行って硫黄島関連の本を立ち読みす(池袋ジュンク堂なので新書は座り読みですが・・・)。先の映画の感想も、一面的で表層的であったことを自省す。

「十七歳の硫黄島」(秋草鶴次著、文春新書)

硫黄島で海軍志願兵として戦い、強靭な精神力で奇跡的に生き残った秋草さんが綴る渾身の書。米軍の硫黄島上陸前から、硫黄島玉砕の報の後2ヶ月も戦地を彷徨い、最期は意識不明となって米軍捕虜として生き残るまでを書いています。硫黄島でのことは、どんなに文章にしても本当のところは伝わらない(伝えることができない)と思いながらも、「玉砕」の一言で語られてしまうことに「耐えられない」という言葉は、ひたすらに重いものです。



どの頁を読んでも凄惨という言葉を通り越しています。自ら「人間の耐久性試験」と言うほどの有様は、現在の平和な世界に生きる私には想像だにできません。これを読むと、イーストウッドが描いた戦場は、あれであっても「綺麗すぎる」と思えてしまいます。市丸少将が「あたかも害虫駆除」と称した米軍による塹壕の掃討作戦。すなわち毒ガスと水、ガソリンと手榴弾による火攻めの阿鼻叫喚。苦痛に叫ぶ兵士を、敵に見つかるから黙れと怒鳴る上官。「お国のために黙ってやる」といって放たれる銃声。塹壕に響く「お母さん」「バカヤロー」の叫びと手榴弾による散華。この世に地獄があるならば、まさにそのままです。

生きて帰るとの意志のもと、左指を吹き飛ばされ、大腿部を貫通するほどの傷を負いながらも生還したこと。まだ生きることができた多くの若者たちが、死ななくてはならなかったということ。戦争の悲惨さでは片付けられない事実です。

米国はブルトーザとダンプで地下壕の上をまっ平らにし(地下には日本人が生き埋めにされたまま)、投光器が煌々と照らす砲撃の後など痕跡もない広場に大量の物資を運び込んでいったという記述は、戦争の一面を如実に伝えています。

擂鉢山の星条旗の欺瞞を描いたのが「父親たちの星条旗」でしたが、そこに日章旗が二度もはためいたということは驚くべき事実です。

「週刊文春 06年12月14日 コラム~本音を申せば」(小林信彦)

そういえば小林氏が「父親たちの星条旗」を絶賛していた同コラムを読んで、私はあの映画を観る気になったのでした。そして今回の「硫黄島からの手紙」に関するコラムを読んで再び成る程と思いました。小林氏はこの映画の実質的な主人公は<基本的に戦わないスタンスの男=西郷>だと思うとし、西郷は兎みたいな奴で、それが戦争を経験してどうなっていくかを書きたかったとのイーストウッドの言葉を紹介しています。

西郷=二ノ宮和也の顔について蛇足的なことを書きましたが、実はいい演技しているんです、彼は。

歴史街道 1月号(12月6日発売)~硫黄島と栗林忠道

もうお決まりのような特集です。栗原中将が息子に宛てた絵手紙に、ほのぼのとすると同時に涙を禁じえません。それにしても、彼の描く絵、決して上手くはないけれど、素人のそれではありません。

アメリカに渡り、アメリカの国力を知悉していた栗林。日本陸軍にあって、珍しく合理的な精神を持ちえていた人物であったことは、ここでも伺えます。脅威を感じつつも惹かれていたアメリカに対し、銃剣を向けなくてはならなかったときの矛盾と葛藤はいかほどであったか。玉砕、総攻撃を禁じた彼でしたが、最後は「一人百殺」と言って総攻撃に討って出ます。自らが敵の雨霰と降る銃弾の中に先陣を切って突入した、その決意と悲愴。彼の意志は決して米国に勝つことではなく、一日でも米軍の本土空襲を遅らせて、日本人が疎開などをする時間を稼いだということ。まさに映画のように一人の兵も無駄にはできなかったのです。

キネマ旬報 12月号

イロイロな人が映画評を書いていました。映画評などほとんど読みませんから、誰のものか忘れました。印象的なことを拾っておきます。

イーストウッドは「正常な人間の理想や自分が正しいと思うものが崩れていったとき、人間はどうなるのか(ふるまうのか)」あるいは「どこか毀れた人間が、どのように再生するのか」ということに一貫して興味があるらしいです。彼は栗林中将と、ロサンゼルス・オリンピックの馬術で金メダルを取った西竹一中尉に「アメリカを見た」のだと。そういう合理主義精神を持っていた栗原中将が、何故にこのような闘いに殉じたのか。

この点は私も映画の中で、栗原氏の精神的な分断として違和感を持ったところです。イーストウッドは日本兵が自決したことが理解できなかったと言います。栗原の最期の闘いは、いわゆる玉砕覚悟のバンザイ突撃ではなく、ゲリラ戦のようなものだったとの記述もどこかで読みました。映画はで残念ながら、そう描いていません。もしかするとイーストウッドの中では、栗原中将の矛盾は解決していない問題なのかもしれません。もっとも、何でもが合理的に説明が付くとは思っていませんが。

「玉砕」「無駄死に」と言うには悲惨すぎる、「無謀で無意味な闘い」というのでは浮かばれない。人は愛国心のために殉じているわけでもありません。映画の中で「いつか君たちのような若者が居たことを、後世の人が思い出して称えてくれる」という言葉は、決して戦争の肯定に繋がるものではなく、当たり前のことであると思う次第です。
















2006年12月10日日曜日

TV:硫黄島~戦場の郵便配達~


フジテレビで「硫黄島~戦場の郵便配達~」という2時間ドラマが放映されていました。映画「硫黄島からの手紙」に触発されて作られた番組でありましょうから、もののついでということで観てみました。感想としては、番組制作者の意図を汲んだとしても、ドラマとしては鑑賞に耐えうるものではなく、「話題つくり」的な拙速さが目に付きました。市丸少将率いる硫黄島の兵士たちの姿も、酷い描き方でした。



これならばいっそのこと、インタビューを交えたドキュメンタリー(*1)にした方が、よほど訴求力があったのではないかと思います。ドラマに挿入されるご遺族の行動や言葉を聞きますと、戦争は決して終わったものではないのだと身に染みる気がしました。


また実在した市丸少将を軸にドラマを展開したのですから、彼の遺書とも言うべき『ルーズベルトニ与フル書』についてもっと言及すべきではなかったのでしょうか。Wikipediaによりますと日米戦争の責任の一端をアメリカにあるとし、ファシズムの打倒を掲げる連合国の大義名分の矛盾を突くものであったとのこと。その「手紙」が米国で丁重に保管(*2)されているというのも、不思議な気がします。


私は硫黄島のことも、戦争のことも、ほとんど無知と言っていい。硫黄島は「玉砕の島」と火炎放射器という断片的な知識を有しているのみです。「硫黄島からの手紙」を主演した渡辺謙氏も、この映画の話が来るまで栗原中将どころか、硫黄島の事も全く知らなかったと語っています。おそらくは他の日本の俳優しかりでしょう。


イーストウッドの映画は、非常にリアリティのある映画でしたが(*3)、それでも戦場の現実からは程遠い(ような気がします)(*4)
戦争を「リアル」に感じるというのは、どういうことなのか。当時の日本が、一体どういう戦争をしていたのか。当時の世界情勢を考えたとき、戦略的にどうであったのか。日本の取った行動は間違っていたのか、他の選択肢があったのか、何故それは潰されたのか。そして当時の人たちは戦争をどう考えていたのか。戦場に行くということは、敵を倒す(殺す)ということは、個人にどういう意味をもたらすのか。そういうことを私は全く知りません。


イーストウッドは、「戦争がなくなって欲しいとは思うが、歴史は戦争がなくならないことを教えている。しかし理想は捨ててはいけない。」という主旨のことを、12/7の筑紫哲也 NEWS23で語っていました。筑紫氏が「戦争映画は戦争を顕彰することになり、次なる戦争の準備とならないか。愛国心についてどう考えるか。」という質問をしました。イーストウッドは「愛国心(patriotism)」という言葉に一瞬考えながらも、「愛国心は誰にでもある。しかし、それが理由になって(個人や国家を)縛るようなことがあってはいけない。」と答えていたのが印象的でした。


  1. ドキュメンタリーであれば良いというわけでもないようです。NHK総合で2006年8月7日に放送されたNHKスペシャル「硫黄島 玉砕戦~生還者 61年目の証言」について、小林信彦氏は「週刊文春 12月14日号」で、誠実なドキュメンタリーにおち入りがちな穴あまりにも取材を重ねたために、取材にからめとられて、テーマを見失う日米双方の主張を並べて、あとは視聴者が考えて欲しいということになったと評しています。

  2. 米国は東京大空襲や広島原爆投下後の日本の様子を、事細かに航空写真などで撮影し、攻撃の効果を記録し今でも保管しています。多くの日本人が目にしたこともない膨大な戦争記録がアメリカにまだまだ保管されているのだと思います。

  3. 父親たちの星条旗」を見た硫黄島戦闘に加わった米兵は、当時の実写とロケを組み合わせて上手く映像にしたものだ、と戦闘シーンを絶賛したそうです。イーストウッドによると、当時の実写は一切用いてはいなかったそうです。(「キネマ旬報 11月号」だったと思う・・・)

  4. 例えば文春文庫の「十七歳の硫黄島」などを読めば分かるかと・・・


映画:硫黄島からの手紙


本日に封切られたばかりの「硫黄島からの手紙」を観てきました。クリント・イーストウッド監督、スティーブン・スピルバーグ製作の硫黄島2部作のうち、こちらは、日本から見た硫黄島の戦争を描いたものです。「父親たちの星条旗」を観て、是非こちらも観なくてはと思っていましたが、期待以上の出来に心底ビックリです。

映画は渡辺謙が演じる栗林中将と二ノ宮和也が演じる一兵卒の西郷。この二つの軸を中心に、硫黄島で何が起きたのかを淡々と描いていきます。人物像と背景の描き方に過度の感情移入を廃している点、日本映画だと、もしかすると、残された家族への愛惜やそれを逆転した愛国心、あるいは無残に死んだ兵士の姿を過度に表現しがちですが、この映画はかなり抑制的な表現です。

戦場における日本の指揮官たちの愚昧さも、日本兵の自決シーンも、批判的に描いているというよりは、「そこで起きた事実とはこうだった」というような客観的視点があるように思えます。戦闘シーンは「父親達の星条旗」ほどには激烈ではありません。さらに日本兵の実態は、米軍との圧倒的な物量の違いとか、水や食料のなさなど、実際はもっともっと悲惨で酷かったであろうとは思うため、随分と甘い描写であるとは思います。しかし、それでも戦争の泡立つような恐怖と理不尽さに、私は映画の終わりまで身動きすることさえできませんでした。

一方で「手紙」ということから連想する、日本に残された家族や恋人たちのシーンは意外な程に少ない。というか「手紙」を受け取る家族の姿は、一度も出てきません。手紙を書くのはもっぱら硫黄島の兵士ばかりです。

戦場での彼らは「手紙」という抽象的な、あるかないか分からないばかりの繋がりのみを頼りとして自己を守りぬます。自分が自分であることを「手紙」により確認し、本国に残った者には想像だにできない戦場の狂気に身を置いていたということが伝わってきます。

「自らが正義と思える行動を取るように」というアメリカ兵捕虜への母親からの手紙に共感する元憲兵の日本人。彼らが守ったものは、もしかすると家族でも国家でもなく、絶対に譲れない自己であったのかもしれません。命令に背く部下を罰する上官も、もはやこれまでと自決した兵士も、逃走した兵士も、皆な同等な存在と思えてきます。そういう意味からは、非常に内的な映画であるとも感じました。

映画では合理的精神の象徴として栗林忠道中将を描いています。玉砕を禁じ、優秀な指揮官振りを示した人物であることは事実の通りのようです。最期は「予ハ常ニ諸子ノ先頭ニ在リ」の言葉を残し突撃戦を敢行。映画では、この戦闘で傷を負い、そして苦渋を秘めて自決します。このシーンは全編の中で最も重く感情的に描かれています。冷静とシニカルさを保っていた西郷が、遂に自己を抑制できなくなったのは、残された家族を思ってでも、戦友の死でも、自己の死の予感でもありませんでした。イーストウッドは、彼らの心情をアメリカ人的に理解したかったのではないでしょうか。

蛇足ですが、二ノ宮和也のような「顔」の日本人が当時いたわけがない、という一部の感想には同感です。イーストウッドが共感した日本人兵士の合理的精神も、所詮はアメリカの視点であることは忘れてはならいでしょう。

それにしても、おそらく多くの人が感じると思いますが、こういう映画をアメリカ人に作られてしまうとは、ほとほと、トホホです。

2006年12月7日木曜日

【音盤】シューベルト:交響曲 第9番 ハ長調 D944《ザ・グレイト》/ジュリーニ&シカゴ響

  1. シューベルト:交響曲第9番《グレイト》
  • カルロ・マリア・ジュリアーニ(cond)、シカゴso.
  • 1977年 シカゴ
  • UCCG-9446


やっぱり評判が高いだけあって、ジュリーニ&シカゴ響は名演です。この曲の持つ若々しさ、躍動感など余すことなく伝えてくれます。晩年の演奏とは印象は全く別物と言ってもいいかもしれません。



まず聴いてびっくりするのが解像度の良いシカゴ響のオーケストレーション。弦の刻みの鋭さ、金管群の明確さ、重なり合う音が作り出す重厚感。それでいて、音は互いに濁ることなく硬質で見通しの良い立体感を形作ります。いかにもアメリカ的な機能美を感じます。冒頭のホルンの音色、トロンボーンの響き、どこを取っても素晴らしい。


この高性能のオケをジュリーニは、一切の妥協も見せず、最後までグイグイ引っ張り、堂々たる音楽を描ききります。表現としては第一楽章のレガティッシモの主題の歌い方が特徴的です。ここには抑制的で一瞬ダルな印象を受けますが、聴き続けますと、そのほかの部位においては弛緩したところなど全くありません。そこここに聴こえる強調されたアクセントは、旋律線を浮き立たせる点で見事です。


機能美は冷たさには繋がらず、例えば第二楽章、劇的なクライマックスを迎えた後のカンタービレは惚れ惚れするほどの歌です。第三楽章冒頭の弦5部のユニゾンは小気味良いほどの切れ味。曲の雰囲気は学生最後の卒業舞踏会パーティーを思わせます。終楽章のテンポは速く、キビキビとした圧倒的な躍動感を伴っています。これまた舞踏の音楽でしょうか。


全体に高貴であり、従って少々気取りが、そしてジュリーニの曲に対するリスペクトと音楽的に真摯な几帳面さを感じる演奏です。表現は広く図太く、そして男性的であるが故に、恐ろしく重厚で実直な美しさをたたえています。音楽的輪郭の鮮やかさが粋で格好良く、溢れるばかりの躍動感と幸福感に、聴いていて素直に背筋が伸び、そして元気になれます。

2006年11月29日水曜日

【音盤】シューベルト:交響曲 第9番 ハ長調 D944《ザ・グレイト》/ジュリーニ&バイエルン(1993 Live)

シューベルト:交響曲第9番《グレイト》
  • カルロ・マリア・ジュリアーニ(cond)、バイエルン放送交響楽団
  • 1993年 ミュンヘン
  • SICC-269 SONY CLASSICAL

テンシュテットの《グレイト》の感想のコメントで、syuzoさんに「リファレンス盤は何か?」と問われ、ふと考えてみると、私の場合、音盤のレビュを書くのに当たって比較対照となる演奏をあまり意識していないことに気付きました。比較もなしにレビュを書けるのかと、しばらく自問し、何たる雑で無責任な文章を垂れ流している事かと恥じ入る思いです(><;;;





ただ《グレイト》を書こうと思ったきっかけを敢えて挙げるとするならばジュリーニ&バイエルン盤を聴いて素直に感動したからということになるでしょうか。20GBのiPodにはラトル&ベルリンとジュリーニ&バイエルンの演奏が入っていますが、聴くのはもっぱらジュリーニの演奏ばかりなのです。


《グレイト》なんて長いだけで単調で冗長という印象が強く、よほど楽天的な気持ちにでもならない限り聴きたいと思う曲ではないと思っていました。でも80歳目前であったジュリーニがバイエルン放送交響楽団に録音した本盤(ライブ)を聴いたときには、その余りにも堂々とした演奏に、そして横綱相撲振りに全くすっかり参ってしまったのです。


ジュリーニの演奏にはシカゴとの録音もあるのですが、こちらは未聴。ですから、この録音だけでジュリーニの芸風を述べることはまたしても危険であるとは思うものの、悠々たるテンポ感、朗々と唄われるメロディ、深い弦の響きなどなど、どこを取っても素晴らしい演奏だと思います。こけおどしなど全くなく、音楽をまっとうする姿。永遠に続くと思われる終楽章は、まさに至福と歓喜の時間です。


テンポがちょっと遅すぎて弛緩していると感じられたり、今となってはいささか古臭いと感じられるスタイルと思われるところもありましょうが、こういう幸せな一時代を象徴しているかのような演奏を限りなくいとおしく思います。素直に癒される思いがします。


でもシカゴ響との演奏もそのうち聴いてみます聴いてみました、ハイ。 ちなみにCD解説は宇野功芳氏が書かれていました。

(何たる雑駁たる感想!!)

2006年11月27日月曜日

ららぽーと柏の葉オープン

つくばエクスプレス(TX)の柏の葉キャンバス駅前に三井不動産の大型商業施設である「ららぽーと柏の葉」がオープン。休日ですが仕事がてら行ってみました。



最近そろそろ見飽きてきた感のある、モール型ショッピング施設ですが、イオンやアリオ、ダイヤモンド・シティなどとは一味違って都会的なセンスをデザインに感じます。店舗数約185というのはやはり圧巻。

ここは健康と環境を志向する「ローハスコミュニティ」というのがコンセプトらしいです。あちこちに植栽や屋上庭園とかが設置され(かなりしょぼいけど)、風車なども回っていますので環境重視を売り物にしていることが、それとなく伺えます。

目をひくのは外観ではプリンのようなガラスのアトリウム。

内部においても、屋根が全面ガラス張りとなったモール空間でしょうか。この空間は今までのショッピング・モールにない大胆さ。初冬の曇天でしたから柔らかな光が注ぐ空間は気持ちが良く明るいものでした。しかし、これが真夏であったら・・・どうなんでしょう。




ショッピング・モールに囲まれるように中庭には大階段が設置されています。日曜日の今日は吹奏楽の演奏が行われ、この階段が立錐の余地もないほどでした(><)




オープンしてはじめての日曜日だからでしょうか、人ごみはものすごくて、地方都市の休日以上の混み方です。柏の葉なんてわざわざ行かなくては、他には何もないんですよ。まったく東京(千葉?茨城?)にはモノ好きが多いものだと感心します。別にオープン記念だからって地元の吹奏楽をアーノンクールが振っていたとか、のだめと千秋による「ラフマ」の演奏も催されたというわけではないのですがね・・・(^_^;;

それにしても、またしても巨大な物欲と妄想と時間と金を吸収する施設が増えたということで、TX沿い人の流れは(住宅もこれからがんがん出来ますし)全く変わったものになってしまうかもしれません。

ちなみに三井不動産は今年から来年にかけて、川崎、柏の葉、鴨居(横浜)と、相次いで関東近郊に巨大商業施設をオープンさせています。恐るべし勝ち組不動産の代表格。プチ金持ちからも貧乏人からもドンドン金を吸い取って、どんどん裕福になあれ。

2006年11月25日土曜日

【音盤】シューベルト:交響曲 第9番 ハ長調 D944《ザ・グレイト》/テンシュテット(1984 Live)

  1. ウェーバー:「オベロン序曲」
  2. シューベルト:交響曲第9番《グレイト》
  3. ブラームス:「悲劇的序曲」
  • テンシュテット(cond)、ロンドンpo.
  • BBC Legends/BBCL 4195-2(England)

ホワイトノイズは乗るものの、非常に優れた演奏です。レビュを書きながら何度も繰り返し聴いています。そしてやはり《グレイト》はグレートだなと思うのです。

シューベルトの《グレイト》は果たして楽天的で天国的な曲であるのか。私はテンシュテットの演奏を聴いて、その考えに疑問を持ちました。ラトルはこの曲は聴く者の不安を募らせる地獄への楽しい馬車の旅というものが存在するのであれば、まさにそのような感じの、終着点が全く見えない曲と評しました。そういうラトルの演奏では「地獄への楽しい馬車の旅」という印象を残念ながら受けなかったのですが、テンシュテットの演奏からは逆に私は楽天性を聴き取ることができません。

テンシュテットは独特の推進力で第1楽章から曲を煽ります。シューベルトの冗長な繰り返しが切迫した感じで演奏されます。明るさや楽天よりも別の要素が聴こえてくるように感じます。すなわち、《グレイト》はシューベルトの描いた《運命》であり、かつベートーベン的な歓喜の爆発ではなく、生と死の深淵からの必死の逃走ではないかと思えてしまうのです。

この演奏には「闇と悲しみ」「惑乱し引き裂かれた自己」「死に向う狂騒」のようなものを感じます。それが「天衣無縫の楽天性」によってオブラートされながらも、あちらこちらで暗い影が顔を出すのです。「天国的な長さ」は最終的に辿りつく先を回避したいがための、無限に回るメリーゴーランドを思わせます。

だからといって、テンシュテットは感情移入たっぷりに歌い上げているわけではありません。第2楽章など、歌いどころ満載なのに結構あっさりと通り過ぎます。

終楽章は聴き所でしょうか。ベートーベンのシラーの歓喜の断片が姿を見せたりはするものの、とことんに明るい狂騒の中にかき消されます。いつもならラストに向う盛り上がりは歓喜に向けての序奏のように聴こえるというのに、テンシュテットの演奏では不安の増長を感じます。そして今までが明るいだけに、あの低弦による確信的なユニゾンの繰り返しには心底ゾッとします。忘れていフリをしていたのに、ついに追いつかれた暗い運命に飲み込まれた瞬間であるのか。行き着いた先はラトルの言うように「地獄」であったのか。あまりにも決然とした結論と明るい諦念。

かのsyuzoさんはこんなに明るくていいんだろうか?書きます。終楽章についてはパレードかお祭り騒ぎのような明るさとも書いています。あまりにもかけ離れた私の印象に愕然としてしまいます。もっとも、違った日に聴くと全く違った印象になるのも音楽レビュのいい加減さです。「お祭り騒ぎ」は自らの内部で捩れた感情の表出、言い換えるならばベートーベン的ストレートな心情よりも、マーラーのそれに近いものを感じるのです。何度も聴いていたら、上記印象が麻痺してきたし・・・今日は考えすぎでしょうかね(^^;;

2006年11月22日水曜日

【本棚】桐野夏生:玉蘭


本作は個人的には今まで読んだ桐野氏の作品の中でベストでないかと考えます。

まず、いつものことながら物語りとして面白い。主軸は時代を隔てた二組の男女の時空を越えた交感、あるいは数奇な物語です。そして、打算的にして孤独な男女が、慰め傷つけ合う激しい愛の物語でもあります。男女の複雑な心理描写や駆け引き、夢も希望もない性交の描写、そこから浮かび上がる女性と男性の性の違い。男の狡さ、女の弱さと強さ。これらの描出は桐野氏ならではの鋭さだと読みながら唸ってしまいます。

桐野氏は有子を好きになるか嫌いになるかで、この小説の好みがはっきりした感がありますねと書きま。私は有子に限らず桐野氏の主人公は概ね嫌いです。作品は好きですが(^_-)

物語としても面白いですが、テーマ的にも桐野氏が追い求めている(と勝手に私が解釈している)テーマがくっきりと浮かび上がります。打算的で自分勝手なことしか考えない人物たちが、互いを利用しあい、出し抜きながらも、惹かれあい、すがり合う。あたかも自分の中の虚無を埋めるかのように。あるいは、現在の自分ではない別の何者か、別の場所に憧れる主人公たち。現在の自分では決して超えられない壁(差別、境遇)の存在。しかし、現在の自分はゲームのようにはリセットできないという現実。

自分の今いるところは世界の果てなのか。新しい世界なのか。

新しい場所から来たから、新しい世界が始まるなんて幻想だ。新しい場所に足を踏み入れるってことは、良く知っている世界の実は最果ての地に今いるっていうことなんだ(P.15)

この小説の核となる象徴的な台詞です。この言葉を吐くのは主人公の一人である質。彼がこの言葉を言えるようになったのは、彼が全てを失ってからです。つまり彼にとっては「新しい世界」 なんてなかったという吐露です。「最果ての地」と思っていたところが、結局は自分の延長でしかないと知った時、初めて彼は自分が世界の真ん中にいたと知る。そこからは逃れられないのだと。

もし本当にそこから逃げ出そう(解放されよう)とするならば、それにはもう一人の主人公である有子(あるいは「グロテスク」の和恵)のように自らが「毀れる」しかないというのでしょうか。自分を引きずる以上、新しい世界などないのだとしたら何と残酷な結論でしょう。ですから最終章の質の物語は、私には蛇足、桐野氏の読者への良心と思えてしまいます。

本書は他の桐野作品よりも読みづらいと思います。しかしこの小説は力強く、哀しいくらいに美しい。あたかも玉蘭の香りのように(>嗅いだことないけど)。この小説でもう桐野氏は結構です、すでに、ある高みに達しています。この先彼女は(物語は別として)、何を書くのですか?

2006年11月20日月曜日

先月の歌舞伎座:幸四郎の新三を考える


今月の歌舞伎座での通し狂言「伽羅先代萩」を観たいなと思いつつも歌舞伎座まで脚が伸びず、先月の歌舞伎座で演じられた松本幸四郎の髪結新三のことを思い出しています。多くの人が幸四郎の仁に合わないと評していました。幸四郎が芸の新たな境地に飛び込もうとしているらしいのですが、違和感が拭いきれないようです。



そんな幸四郎の新三を「演劇界12月号」で佐藤俊一郎氏が評していました。立ち読みですのでうろ覚えで主旨を書きますと、今まで演じられてきた新三から粋が消え、愛嬌がなく、小悪党から「小」が取れてしまった、というのです。幸四郎の演じる新三には、いろいろな「ゆがみ」が生じたと。


そうですね、私も幸四郎の前半での新三にはゾッとするような悪の凄みを感じました。それだけに後半で家主にやり込められてしまう新三像とうまくかみ合わないと感じたものです。


全体にこの芝居は喜劇的な要素を持ってシニカルに終わります。ですから大真面目に悪党を凄みを持って演じてしまうと、合わないと感ずるのだと思います。WEB上に溢れた「立派過ぎる」という判で押したような感想も、そういう違和感を感じ取ってのことなのだと思います。


でも、今から思うと、幸四郎の新三もそう捨てたものぢゃないと思うのです。この新三、最期は源七と閻魔堂橋のたもとで斬り合いをすることとなります。歌舞伎では斬り合いを様式美で飾りながら幕となりますが、黙阿弥の原作では結局源七に殺されてしまいます。これがまた喜劇的な新三像と違和感がある。小娘を拉致監禁強姦した上で恐喝し、仲介に入った一昔時代の侠客である源七をコケにする。その命を賭ける程の度胸と覚悟を持って悪事に望んでいるという点では喜劇とは無縁の悪党振りなのです。これから江戸で侠客として名を売り幅をきかせようとする野心に満ち満ちているのですから。


ですから、大真面目に新三を解釈すると前半の凄みある人物像の方がこの役を的確に表現しているのではないかと思えたりもします。おそらくこの芝居は、勘三郎丈のような人の方が仁に合っていると感じる人が多いと思います。そういう新三像とは異なった解釈を敢えて演じたリアル新三にも、一面では評価すべき点があるような気がするのは私だけの拙い感想でしょうかね。本当の新三像をママで演じたのでは実も蓋もないですから、難しいところだと思いますが。

2006年11月19日日曜日

展覧会:「スーパーエッシャー展」Bunkamuraザ・ミュージアム

Bunkamuraザ・ミュージアムで開催されている「スーパーエッシャー展」を観てきました。作品はオランダのハーグ美術館所蔵のものです。

これほど大規模に、そしてエッシャーの軌跡を辿るように彼の作品を観るのは私には初めてのこと。

♪エッシャー、エッシャー、スーパーエッシャー、我らがスーパーエッシャー♪(>ヲヤジ年代しか知らねーってば)

作品はほぼ年代順に並べられているようです。初期のイタリアやスペインの風景画や細密な昆虫画は見る機会が少ないながらも、版画作品として充分に魅力的です。観察眼の鋭さと類稀なデッサン力そして緻密さは、数学者のそれに通ずるものを感じます。

彼が音楽ではバッハが好きであったということは成る程と思わせます。バッハの音楽的構築性は数学的でありますし、絵画に無限性と秩序を表現したエッシャーとは共通点があるのでしょう。平均律を記号楽譜的に表現した作品は武満徹をさえも思わせて興味が尽きません。

ギルダー紙幣のための下絵に見られる高度なデザイン性にも目を見張るものがあります。コンピューターなどのない時代に、あのような数学的な図像を描くという技術。芸術家の偏執的なまでの腕の技にはほとほと驚かされます。



サイモン・シンの「フェルマーの最終定理」でも紹介されていた《円の極限 Ⅳ(天国と地獄)》もそうです。周辺に行くほどに細分化された繰り返しの図形は曲面の中に無限を表現しており、そのデザイン性とともに完成度が極めて高い作品だと思います。数学的にはモジュラー形式とか双曲空間を視覚的に表現したものらしいですが、私には難しいことは良く分かりません。

彼は数学や結晶学からのアイデアに触発されて作品に応用しています。入れ子構造の平面の正則分割も無限運動を繰り返す水路も、数学者ペンローズのアイデアを応用したものであることは有名です。思い起こせば私が始めてエッシャーを知ったのも、小学生の頃読んだ熱力学の法則や永久機関が存在しないことを書いたブルーバックスの新書本であったように思います。彼の作品が同業者よりも数学者や物理学者、心理学者などに多くの影響を与えたのも当然といえば当然でしょうか。

彼の興味のモザイクである様々なモチーフが作品に結実してゆく様を観ることは非常に興味深いものでした。ボッシュの絵の素材がエッシャーの作品に用いられていることなど初めて知りましたし。

展示作品をニンテンドーDSの解説に沿ってゆっくり眺めると、ゆうに2時間はかかりました。それでも極めて秀逸な展覧会ですし充分に楽しめるものだと思います。

作品紹介は毎度お世話になっているTakさんの弐代目・青い日記帳で詳しいです。

2006年11月18日土曜日

【本棚】サイモン・シン:フェルマーの最終定理

以前ちょっと触れましたが、改めてレビュを書いておきます。

数学の世界は極めて美しい。そして見えない秩序で構築されている。無限という概念とともに神秘性さえも感じます。数式によって明確に表現された秩序は、それが単純な程に美しく、純粋数学であればこそ、そこにいかなる意味も持たないとしても、多くの人を魅了して止みません。



科学的証明と数学的証明とは、微妙に、しかし重大な点で異なっている。


一度証明された定理は永遠に真である。数学における証明は絶対なのだ。(P.57)



この数学の厳密性。多くの仮設や検証により99%確からしいと思われても、それは「予想」としか呼ばれない。予想の上に成立している理論は砂上の楼閣かも知れない不安定さに数学者は悪夢のごとく悩まされる。



��n+Yn=Zn


この方程式はnが2より大きい場合には整数解は持たない



17世紀の数学者フェルマーによる一見単純な問いが、その後300年もの間、多くの数学者を悩ませた難問となり、現代数学技術を総動員して初めて証明されえたということは驚きを通り越して感動的ですらあります。


本書は、それを証明しえたイギリスの数学者アンドリュー・ワイズルの苦難の物語であるとともに、ピュタゴラスから始まりフェルマーの最終定理の証明にヒントを与えた多くの数学者、殊に重要な役割を果たした日本の谷山、志村らの人間達のドラマになっている点が素晴らしい。谷山と志村の出会い、そして谷山の自殺。戦後日本の二人の天才数学者の物語だけでも充分に読み応えがあります。そして300年の間の叡智が、ジグゾーパズルのピースが組み合わさっていくようにワイルズの理論へと集約していく様は極めてスリリングです。


結果として証明されたフェルマーの定理の示唆するものが、数学界における統一理論という、更に遠大かつ見えない秩序への一歩かも知れないという点において、この世の深さに改めて畏敬の念さえ覚えるのです。


こういう世界を平易な文章で描ききるサイモン・シンにも脱帽です。

2006年11月15日水曜日

【音盤】モーツァルト:幻想曲 ニ短調 K.397/アファナシエフ

  1. 幻想曲 ニ短調 K.397
  2. 幻想曲 ニ短調 K.396
  3. ピアノ・ソナタ ハ短調 K.475
  4. アダージョ ロ短調 K.457
  • ヴァレリー・アファナシエフ(p)
  • COCQ84057

愛すべき幻想曲 ニ短調 K.397を見事にまで変形させてしまっているのがアファナシエフの演奏です。彼の演奏は、グールドのそれとは違って、異様なまでの遅さが作品の持つもうひとつの世界を炙り出してしまいます。

いったいに、モーツァルトはK.397に、アファナシエフが描いたような文学的にして深淵な内的世界を本当に期待していたのでしょうか。冒頭の分散和音の彼岸から奏でられるかのような重く荘厳にして美しい響きにまず打たれます。この静寂な響きを破るようにして打鍵される主題の虚無的なまでの凍りついた輝き。アファナシエフはあるいは孤独な宇宙旅行者が、大宇宙の寂寞たる広大さに直面する時に経験するかもしれない感情と書いています。

ここに聴こえるのは、もはや母親喪失と言う幼稚的哀しみではなく、存在の根源的な寂寥感。死にさえ通じる虚無と孤独、彷徨い放浪する魂。どこにも淵がなくグルグルと巡る運命のような嘆き。

ニ長調への転調の後も、徹底的な明るさは訪れないかのようです。ひょっとすると、もう一つの彼岸へと突き抜けただけ。すなわち光、輝き、失楽園を提示する。このように曲は、終わりから始まりへと、さかさまに作曲されているとアファナシエフは書きますが、生の世界の決して楽天的ならざる美しささに逆に私は慄然としてしまいます。

自問する、モーツァルトの幻想曲は、こんな曲であったのかと。もっと無邪気で無垢な小品ではなかったのかと。アファナシエフの盤については、もう少し聴きこんでからでなければ、何かが書ける気がせず、しばらくお預け。

2006年11月14日火曜日

【音盤】モーツァルト:幻想曲 ニ短調 K.397

「モーツァルトの哀しさ」の本質の一端に、母親喪失の哀しみがあるように感じると以前書きました。これはモーツァルト解説本やら伝記、曲の解説から得られた結論ではありません。ごく個人的な私の感傷です。


例えば幻想曲 二短調 K.397という作品。モーツァルトの短調はどれもが極めて名曲ばかりです。この小品も前半の憂鬱なアルペジオに続き奏でられる主題に、まさに私はモーツァルト的な哀しみの表現を聴き取ります。目が覚めたら母親が見つからなかった幼児の哀しみがそのまま表現されているかのようです。不安と疑念にさいなまされながら、産毛の光る頬を哀しみの涙が流れます。不安な心は行きつ戻りつしながらも深まっていく。その絶頂において突如とニ長調に転調されます。その驚くべき変化。今までの哀しみがどこにあったのかと思うほどに、頬の涙の筋は乾かぬうちに、きらきらと喜び溢れる音楽が奏でられます。「ああ、やっぱりお母さんはどこにも行ってはいなかった!」という無邪気な安堵。


このような曲の単純さは極めて愛すべきものであると思いますし、反面で曲の平明さとあいまって幼稚な印象を感じます。しかし、聴くほどに深いのがこの曲です。


ちなみにこの曲はで最後10小節は、モーツァルトの死後補筆されたものだそうです。それでもモーツァルトの音楽の輝きは失ってはおらず、貴重な一曲だと思います。


と、アファナシエフの演奏を聴くまでは思っていました。