2015年2月2日月曜日

2015/02/02 遺伝子医療革命

2015/02/02 遺伝子医療革命

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2015年1月31日土曜日

マハン・エスファハニというチェンバリスト

YouTubeでたまたま見つけた動画。J.S.バッハの半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV903

イラン系アメリカ人のチェンバリスト。 

結構注目かも。



*YouTubeのリンク先は非公開になってしまいました。

THE INDIPENDENTの記事、登録しないと読めませんけど。

 

Get him on prevailing attitudes to his instrument, and he really takes off, becoming very exercised about critics who, while praising his recordings, add the ritual rider that his playing “transcends the harpsichord’s limitations”. “If someone comes up to me on Twitter and says they hate the harpsichord, I always offer them a free ticket, saying come and see what you think. And nobody has ever said afterwards that they didn’t like it. They say ‘I didn’t know that it could sing like that’. But of course it can, it’s an incredibly vocal instrument. Its sound is clear and precise, and has a great deal of colour.” And the spurious contest between harpsichord and Steinway should emphatically not, he argues, be seen in terms of decibels. “That shirt you are wearing is not a ‘loud’ shirt, but it has a lot of colours in it, it’s loud in a different way. The harpsichord enables you to hear much more subtlety, and it has a sensual quality. If any pianist wants to slam it” ? and one prominent pianist routinely does ? “be ready to have a public discussion with me, and have a piano and a harpsichord ready on stage.” Any takers?


And his ultimate ambition? “To record on the harpsichord every keyboard piece Bach wrote. I reckon it will take me 20 years.” That’s him sorted, then.

2015年1月23日金曜日

レジリエンスの鍛え方

2015/01/23 レジリエンスの鍛え方

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2015年1月17日土曜日

【本棚】ロスジェネの逆襲:池井戸 潤

ロスジェネの逆襲:池井戸 潤

ラストの取締役会、あり得ないだろうと言う感想もあるだろうが
小説と割り切って読めば、面白いことは認める。
バブル世代だろうがロスジェネ世代だろうが、組織と戦えと半沢は言う。
戦うことが目的ではなく、組織が内向きのみの仕事をして顧客を顧みず
本来と違うこにうつつを抜かして、働くものをないがしろにするような組織には
徹底的に抗えと。
仕事の本質は組織や企業の大小ではなく、そこに働くものが、やるべきことをやって成果を出すこと
そこに仕事のやりがいとか喜びがあるのだと言う。
まあ、正論。

2015年1月14日水曜日

高村薫 冷血(上)を読んで



気分だけで犯罪を犯してしまうような現代的な若者
そこに従来型の意味はなく、言葉もない。

それに対し警察組織は言葉を繰り返して意味を問い続ける。

この不毛にして平行線のままの対話に帰着するところはあるのか。
対話や言葉の重さを問うた、新リア王を思い出す、父と子による延々と続く対話を。


2015年1月12日月曜日

浜松町方面の風景

浜松町駅、浜離宮公園方面の景色です。

この界隈も再開発が動き出していて、数年後には違った景色になっていることでしょう。

2014年12月23日火曜日

【演奏会】2014/12/23 BCJ ヘンデル メサイア@サントリーホール

15:00開演。今まで聴いた中では一番印象に残るメサイアか。

最初はソリストの声量が足りないと思えたが、後半に向けて油が乗ってきた。BCJのアンサンブルは絶品で非の打ちどころがないハーモニー。トランペットに若干の不安があるのは仕方のないところか。それでも柔らかくオケ、ソリストと抜群の相性でもあった。




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  • 指揮指揮:鈴木雅明
  • 出演ソプラノI:クリステン・ウィットマー
  • ソプラノII:松井亜希
  • アルト(カウンターテナー):クリント・ファン・デア・リンデ
  • テノール:チャールズ・ダニエルズ
  • バス:ロデリック・ウィリアムズ
  • 合唱&演奏:バッハ・コレギウム・ジャパン
  • アンコール曲:キャロル/鈴木優人 いけるものすべて

(公演パンフレットより)
本公演のソリスト(ソプラノⅠ)は当初ミリアム・アランが出演予定でしたが、負傷(骨折)のため来日が不可能となり、代わってクリステン・ウィットマーが出演します。何卒ご了承ください。

指揮:鈴木雅明
1990年<バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)>を創設以来、バッハ演奏の第一人者として名声を博す。グループを率いて欧米の主要なホール、音楽祭に度々登場しており、雄弁かつ透明なサウンド、本質に迫る演奏アプローチで、極めて高い評価を積み重ねている。2013年3月にはBCJ合唱団、イェール・スコラ・カントールムを率いてニューヨーク・フィル定期にデビュー、大きな成功を収めた。BISレーベルへのディスコグラフィは目覚ましく、特にBCJとの<バッハ:教会カンタータ・シリーズ>および声楽作品集には『この歯切れよさ、明晰さ、そして峻厳な精神性の高さは、聴く者の心を動かさずにおかない(タイムズ)』と世界中の批評家から賛辞が寄せられている。12年ドイツ・ライプツィヒ市より国際的なバッハ演奏貢献に対して「バッハ・メダル」、ロンドン王立音楽院・バッハ賞を受賞。平成25年度神戸市文化賞受賞。13年度サントリー音楽賞をバッハ・コレギウム・ジャパンと共に受賞。現在、イェール大学アーティスト・イン・レジデンス、神戸松蔭女子学院大学客員教授。

ソプラノI:クリステン・ウィットマー
東京芸術大学にてクラシック声楽とバロック声楽を専攻。卒業の際、読売新人賞、アカンサス賞、同声会賞を受賞。在学中、友愛国際リートコンクール、日仏歌曲コンクール、日本モーツァルトコンクールなどで受賞。卒業後、明治安田クオリティオブライフ文化財団の奨学生としてオランダに留学。デン・ハーグ王立音楽院にて、マイケル・チャンス、ペーター・コーイらに師事、現在、ヘンリー・パーセル声楽曲の研究を専門としている。これまでにソリストとしてフィリップ・ヘレヴェッへ、ジョシュア・リフキン、ヨス・ファン・フェルトホーフェン(オランダ・バッハ協会『マタイ受難曲』)、鈴木雅明などの指揮者と共演を重ね、ユトレヒト古楽音楽祭でペーター・コーイとのデュオリサイタル、フランス・ブリュッヘン最後の舞台となった18世紀オーケストラとのラモー『優雅なインドの国々』ガラコンサートなどにも出演している。BCJメンバー。

ソプラノII:松井亜希
岩手県出身。東京芸術大学声楽科卒業、同大学院修士課程・博士課程を修了。20世紀フランス歌曲研究で博士号取得。在学中に日仏声楽コンクール、友愛ドイツ歌曲コンクール優勝、日本音楽コンクール入選。近年はBCJメンバーとして多くの公演・録音に参加、代役ソリストを務めたカナリア諸島音楽祭ほか、国内外でのヘンデル、バッハ公演独唱で高く評価され、新国立劇場『ポッペアの戴冠』においても絶賛を博す。2014年12月16日、東京オペラシティ・リサイタルシリーズ「B→Cバッハからコンテンポラリーへ」に出演予定。広範なレパートリーとしなやかで透明度の高い歌声を生かし、多彩な活動を行なっている。

アルト(カウンターテナー):クリント・ファン・デア・リンデ
ボーイソプラノとして南アフリカの主要オーケストラと共演。イートン・カレッジ、ロンドン王立音楽大学及び同大学修士課程に学ぶ。ロイヤル・フィル、アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック、キングス・コンソートなどのオーケストラやノリントン、シュライアーほか多くの指揮者と共演。ヘンデル等のオペラでタイトルロールを多く歌い、05年大野和士指揮R. シュトラウス『影のない女』でブリュッセル/モネ劇場にデビュー、09年夏のエディンバラ音楽祭で鈴木雅明/BCJとのヘンデル『リナルド』に出演、高い評価を得る。14年3月にはBCJのニュージーランド公演及びスペイン・フランスツアーに出演、注目を集めた。

テノール:チャールズ・ダニエルズ
英国ソールズベリー生まれ。キングス・カレッジ(ケンブリッジ)および王立音楽院(ロンドン)に学び、後者ではエドワード・ブルックスに師事。9世紀から現代にわたる幅広いレパートリーを持ち、オランダ・バッハ協会、アンスタン・プリュリエール、バイエルン放送管弦楽団、サー・コリン・デイヴィス指揮、オランダ・フィルハーモニー管弦楽団、イル・コンプレッソ・バロッコ、コレギウム・ムジクム・ベルゲン、ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団など、共演多数。ドイチェ・グラモフォン、ハイペリオン、EMI、SOMMレコーズなど90以上のレコーディングに参加。キングス・コンソートとのパーセル作品の録音は20枚以上にのぼる。

バス(バリトン):ロデリック・ウィリアムズ
イギリスを代表するバリトンの一人。バロックから現代音楽に及ぶレパートリーをもち、知的な歌唱でオペラ、コンサート、リサイタルに幅広く活躍。モーツァルト作品でオペラ・ノースおよびスコティッシュ・オペラにしばしば出演するほか、イングリッシュ・ナショナル・オペラ『魔笛』のパパゲーノ役が高く評価され再演を果たす。D.ソイヤー、S.ビーミッシュらの新作初演でも歌っている。作曲家としても活動し、ウィグモアホール、バービカンホール、パーセルルームなどで作品が初演され、BBCでライブ放送されている。2016年4月にはリーズ歌曲フェスティバル・プラスでアーティスティック・ディレクターをつとめる予定である。

合唱・管弦楽:バッハ・コレギウム・ジャパン
鈴木雅明が世界の第一線で活躍するオリジナル楽器のスペシャリストを擁して結成したオーケストラと合唱団。透明かつ劇的な合唱とオリジナル楽器による演奏は「アンサンブル全体が協和しながら光を発するかのような響きの美しさ(朝日新聞)」と高く評価されている。ライプツィヒ・バッハ音楽祭、BBCプロムス、カーネギーホール、コンセルトヘボウなどでの演奏を通じて、その評価を高めている。2013年3月には、合唱団が鈴木雅明指揮ニューヨーク・フィル定期に出演し喝采を浴びた。スウェーデンBISより80点に及ぶCDをリリースし、多くの賞を受賞。10~11年には『バッハ:モテット全集』が欧州3カ国のベスト・ディスク賞を獲得。12年には震災チャリティCD『Bach for Japan』をリリース。95年から時系列順で取り組んできた<バッハ:教会カンタータ・シリーズ>が13年2月、全曲演奏・録音(全55巻)を完遂、大きな反響を呼んでいる。14年3月には初のニュージーランド公演およびパリ、バルセロナを含むスペイン・フランス公演を行い、各地で絶賛を博した。

2014年12月16日火曜日

【演奏会】2014/12/16 ユジャ ワン 二日目

ユジャ ワン 二日目

一緒に聴いていたクラシックファンのIさんは、巨匠たちの演奏ではなく、こういう若い演奏家のフレッシュな演奏に共感を覚えるとのこと。

テクニック、音量とも、これほどピアノを鳴らせる演奏家は今まで多くの演奏家を聴いてきたが居ないと言い切ります。

私は「雑」と感じたが、Iさんにはそう聞こえないようです。

共演者のことを全く無視でもしていて、自分の世界に没入して疾走(爆走)しているように思えますが、高度な技量を持っているので絶妙のアンサンブルであるのかもしれません。チェリストの音量と技量にも注目ではありました。

本日はブラームスらしさが少し欠けているような気もしたのですけど、Iさんは、ソナタ2番は交響曲を聞いているような深みを感じたとの感想、少し聴きこんでみることも必要かもしれません。




2014年12月15日月曜日

【演奏会】2014/12/15 ユジャ ワン 一日目

ユジャ ワンをトッパンホールにて。

仕事で遅れて、前半のドビュッシーとプロコフィエフは聴き逃す。

確かにパワフルな演奏というのが感想。聴衆の受けは良い。





2014年10月19日日曜日

【本棚】世界の終わり、あるいは始まり 歌野 晶午

読んでいて酷く不快である
最後の希望を描くために、ここまで悲劇的に、利己的に、絶望的になる必要がかあるのかと。

家族の崩壊を描いていながら、結局何も解決を見せてはいない。再生もない。うわべだけの平穏はまだ続く。

Amazonレビューにあるように、読んでいて疲れる。解決を見せずに繰り返される妄想にどこまで付き合うのかと?

それも、親子としてのケーススタディではなく、自己保身の妄想に、胸くそが悪くなる。

選択的な未来と複雑な自我と生き方を提示してはいるが、まっとうに向き合おうとしない登場人物たち。話し合いをしない。

この先も解決があるとは思えない、希望も感じられない。騙しとズラしがこの作品のテーマ?

この先を考えるのではなく、これを題材に生きることを考えて選べということか?
ミステリーの快感求める人にはサイアクの小説かな。



2014年10月17日金曜日

2014/10/17 ツェートマイヤーでパガニーニ

2014/10/17 ツェートマイヤーでパガニーニ



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2014年10月5日日曜日

2014/10/05 ミュンヘン・バッハ・管弦楽団@横浜みなとみらいホール

バッハ 
待望のブランデンブルク協奏曲全6曲公演!

ブランデンブルク協奏曲全6曲を、カール・リヒターが築いたバッハ演奏の礎を受け継ぐ伝説的古豪アンサンブルで、今こそ聴く喜び! バッハが残したバロック管弦楽史上最高峰の協奏曲、ブランデンブルク協奏曲全6曲を一気に、しかも究極のバッハ・アンサンブルで聴ける千載一遇のチャンスだ! 








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2014年4月25日金曜日

【演奏会】2014/04/25 ジャルスキーオ オペラシティ

最初は声量がないかと思ったが、後半から一転。

ポルポラの「いと高きジョーヴェさま」では、もはや落涙をこらえることができず。

まさに奇跡の歌声。天から響いているのか。

すごいものを聴いてしまった。








伝説のライバル
ファリネッリ&ポルポラ VS カレスティーニ&ヘンデル

  • ポルポラ:歌劇『ジェルマーニコ』序曲 *
  • ポルポラ:歌劇『アリアンナとテーゼオ』より「天をご覧なさい」 
  • ポルポラ:歌劇『身分の知れたセミラーミデ』より「これほど憐れみ深く貴方の唇が」 
  • ヘンデル:《12の合奏協奏曲》第4番 op.6-4 HWV322 * 
  • ヘンデル:歌劇『アルチーナ』より「甘い情愛がわたしを誘う」 
  • ヘンデル:歌劇『アルチーナ』より「いるのはヒルカニアの」 
  • ヘンデル:歌劇『オレステ』より「凄まじい嵐にかき乱されながらも」
  • ヘンデル:歌劇『アリオダンテ』より「戯れるがよい、不実な女め」 
  • ヘンデル:《12の合奏協奏曲》第1番 op.6-1 HWV319 * 
  • ポルポラ:歌劇『ポリフェーモ』より「いと高きジョーヴェさま」 
  • ポルポラ:歌劇『ポリフェーモ』より「愛しの人を待つあいだ」 





@bonnjourさんのツイート、まさにその通り。


追記でYouTube動画を貼っておきます。いくつかの動画があります。

https://youtu.be/PJII7eC11Mk


 

2014年3月21日金曜日

【本棚】警官の条件:佐々木譲

流石に読みごたえがある。
主人公の抱えた裏切りに対する気持ち
警官としてのあるべき姿を求める真摯な姿
反面教師としての元上司
組織の対立を描きながら、人間的な成長の物語にもなっている
暴力団と加賀谷の交流にしても
多少、情に傾き過ぎの感がないではない
今の時代であるがゆえに、あえてなのだろうか

人物像はしっかりと彫琢されてはいるが
再読するほどの内容ではない
そこには、難解さや複数の解釈、残された謎がないから
上質のエンタメに留まるゆえんか

2014年3月10日月曜日

iPad 用のスタイラスペンを買ってみる

iPad 用のスタイラスペンを買いました。

ペン先がプニュプニュしていて、どうも細かな絵を描くには適しません。

かつてのPalm m500のスタイラスペンとは仕組みが違うようで、あちらの方が使いやすかったですね。




本格的に絵を描くわけでもありませんから、まあ良しとしましょう。

2014年3月1日土曜日

【本棚】生存者ゼロ 安生 正

読み始めているが、人物設定やプロットの極端さが鼻につく
微生物学者の冨樫のありようは現実味が全くない
政府の無能さも、あまりにも物語的

しかし、この状況は今の南青山という病原菌を有する鹿島の状況との類似性を感じる
不具合を起こした現場を建て替えてなきものにしょうという動き
会社としての危機意識の薄さ
特に有事に際しての中心機構の不在、意思決定の遅さ
両者は誰が責任を取るかといことの不在も意味している

2014年2月6日木曜日

iPad Airを買いました

 ということで、iPadで早速、お絵描きしてみました。





2014年1月6日月曜日

新海誠 秒速5センチメートル

初恋をひきづる男とと
過去のこと「あのころは子供だった」とする女の違いを
ひたすらディテールに凝ったアニメ映像で描き出した作品

はっきり言ってヲタクの妄想作品
懲りすぎな画面も含めて。

しかし、ひとつだけ分かったこと
若い時の男女関係での挫折の経験のあるなしの差は大きく
あるなしであっても男と女では決定的に違うということ

いずれにしても描き方が、100%男性目線のドラマでしかなく
そういう妄想が異常なまでの美しい画像で描かれると言うことが
なにかすべてを物語る

そういう感傷に浸っていたい奴は、一生浸ってろ、みたいな。



2013年12月14日土曜日

観世流 緑泉会 喜多能楽堂



観世流緑泉会のによる能を観劇。
能は初めて。
狂言は楽しめるが、能を楽しむにはハードル高いと思わされた。


2013年12月11日水曜日

【演奏会】アンドレアス・シュタイアー&佐藤俊介 トッパンホール 2013/12/11

トッパンホールでアンドレアス・シュタイアーの演奏を聴いてきました。ヴァイオリニストの佐藤俊介さんとのモーツアルト特集です。

  • フォルテピアノ:アンドレアス・シュタイアー
  • ヴァイオリン:佐藤俊介
  1. モーツァルト:フォルテピアノとヴァイオリンのためのソナタ ハ長調 K303(293c)
  2. モーツァルト:フォルテピアノ・ソナタ第8番 イ短調 K310(300d)
  3. モーツァルト:フォルテピアノとヴァイオリンのためのソナタ ホ短調 K304(300c)
  4. モーツァルト:「ああ、私は恋人を失った」の主題による6つの変奏曲 ト短調 K360(374b)
  5. モーツァルト:フォルテピアノとヴァイオリンのためのソナタ ニ長調 K306(300l)

フォルテピアノを実演で聴くのは初めてです。印象としては、意外と音が「小さい」なと、ダイナミクスの表現はチェンバロに比べて広いけれども、それでもピアノとは異なる楽器だと思いました。

シュタイアー氏のピアノは繊細にして切れ味よく、また軽やかで小気味よく、それでいて深い、空気まで弾ききるような感じです。K310の疾走感は悲しみに走りすぎずに節度ある演奏に思えました。しかしそのスピード感は尋常ではなく、モーツァルトの音階とアルペジオの連綿たる連なりがひとつの世界を構築していきます。

逆に佐藤氏のヴァイオリンには乗りきれない思いが残りました。

私の感想とは逆に、ネットでは二人の呼吸があっていたとの感想も多く好意的なようです、アンサンブルでの合いかたも初めて共演するとは思えないほど、との評価もみかけました。

佐藤氏はバロックヴァイオリンを使っていたのですが、どうも音程や音と音の移り変わりに不安定さとか甘さを感じ、それがシュタイアー氏の鮮烈なる音列に対し若干の違和感として聞こえる。なんというか、歌い方が「田舎くさい」というか。そう思って聴いてしまうと、もういけない。私の耳が悪いのでしょうか、佐藤さんすみません。

シュタイアー氏のフォルテ・ピアノやチェンバロは、機会があればまた聴いてみたいと思わせるものでした。

2013年12月7日土曜日

ターナー展@東京都美術館

ターナー、高校時代に一番好きだった画家の一人。
やはり、圧倒的。解説も言葉も不要。


2013年11月21日木曜日

【演奏会】エンリコ・ガッティ @白寿ホール コレッリ

エンリコ・ガッティ(バロック・ヴァイオリン) Enrico Gatti - baroque violin
グイード・モリーニ(チェンバロ) Guido Morini - harpshichord
曲目 未発表コレッリ 
THE UNKNOWN CORELLI  From the 12 unpublished sonatas in the Assisi manuscript    

  • ソナタ 第1番 ニ長調    
  • ソナタ 第2番 イ長調    
  • ソナタ 第3番 ニ短調    
  • ソナタ 第5番 イ短調    
  • ソナタ 第6番 ト長調    
  • ソナタ anh.34 ニ長調    
  • ソナタ 第7番 ヘ長調    
  • ソナタ 第8番 ハ短調    
  • ソナタ 第9番 変ロ長調    
  • ソナタ 第10番 ト短調    
  • ソナタ 第11番 ホ長調    
  • ソナタ 第12番 イ長調    
  • ソナタ anh.33 イ長調    
  • ソナタ anh.35 イ短調

すばらしいの一言、充実の音楽。コレッリの初期作品が、こんなにも豊かに響くのだとは。








2013年11月14日木曜日

2013/11/14 —遠い風景—第10回 永野一久 テンペラ画展

—遠い風景—第10回 永野一久 テンペラ画展

東武池袋でたまたま観たテンペラの細密画
自分の画風を変えないこと
それで「売れる」
先鋭性を求めないアート作品
所有する喜びとか見続ける快楽とか
そういうものも、あってもいい
現代美術や先端の芸術家のように、常に尖鋭的である必要はない



以下は個展の解説の抜粋
■11/14(木)~20(水)
※最終日は午後4時30分閉場
■6F 1番地 絵画サロン

西洋の古典技法である金箔を用いてテンペラ画を描く、日本では数少ない画家・永野一久氏が、第10回目の個展を開催いたします。
変わりゆく日本の象徴的俯瞰として、細密に描かれた懐かしい里山の風景。大空を自由に漂うトンボが降り立つ民家、廃屋を思わせる隠れ家に、ささやかな夢や希望に満ちた記憶が甦ります。
風景の中に音楽を重ね、思いを巡らすように、いつの日か奏でる楽器が登場する立体の木工細工など、新たな展開を予感させる新作20余点を展観。

《永野一久 略歴》
1949年 熊本県に生まれる
1974年 東京造形大学卒業
1989年 カナダ国際ミニアチュール展、セントラル美術館油絵大賞展
1990年 上野の森美術館油絵大賞展、伊藤廉記念賞展
1991年 セントラル美術館油絵大賞展
2004年 池袋東武にて個展(〜'12年)
・その他、銀座、表参道、吉祥寺、大阪、熊本にて個展・グループ展多数
・現在、宝仙学園短期大学芸術学科にてテンペラ技法を指導

●「水車小屋」34.4×55.0cm・・・504,000円

●「遠い里山」33.3×33.3cm・・・294,000円

●「幸せの鳥」23.4×17.3cm・・・152,250円

2013年10月28日月曜日

諏訪敦 「満ち欠けをかぞえる」成山画廊

タブロー1点とドローイング2点のささやかな展示、成山画廊にて。

とりあえず、この作品を見るために成山画廊まで行ってきました。
息の詰まりそうな画廊の中で、遠いところを見ているような女性の目力に、多少気圧される感覚でした。







2013年10月23日水曜日

この国はどこで間違えたのか 寺島 佐高

2013/10/23 この国はどこで間違えたのか 寺島 佐高

日本の歴史認識
独り立ちできない
成熟しなかった団塊の世代
世代として次の世代に何かを残す責任
冷戦後の日本の立ち位置
ドイツはアメリカとの関係を見直した
自由主義、市場経済の資本主義の限界
哲学の必要性
揺り戻し
アジアからの視点
幼稚な政治家しか生み出さなかった
個としての独立
アメリカの責任追及
原発のGEとか
対米追従という思考停止
表面的な右傾化、愛国心
歴史に学ぶこと
石橋湛山
魯迅
江藤淳


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2013年10月14日月曜日

【本棚】WOOL読了

WOOL読了

ハリウッド的
エイリアン的ヒロイン
描写は少しくどい
空間認識が少し狂っている
ヒマ潰しにはいい

続編読むかは微妙

2013年10月5日土曜日

山種美術館 速水御舟



速水御舟については今更言及するのも憚られます。
山種美術館の展覧会にちなんだ、和菓子も素晴らしいものでした。
山種美術館は、落ち着いた雰囲気の空間で、その安定感から、行くたびに癒される思いです。




2013年9月28日土曜日

蟻鱒鳶ル 2013年

東京三田にある「蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)」です。



ときどき見に来ているのですけど、なかなか工事が進まないですね。



造る行為そのものに意味があるような建物ですから、造ることそのものが目的化、永遠に作り続けることが命題化されているのでしょうか。

 


2013年8月25日日曜日

ルーブル美術館展 東京都美術館

200点を超える作品、4000年を超える歴史。
もう、おなかいっぱいです。


2013年8月16日金曜日

高村薫:太陽を曳く馬を読了はしたものの

読了とはいうものの、内容のほとんどは意味不明、理解不能
ひたすらに問い続ける小説。高村氏自信が問い続けること、その答えを求めるためには膨大な言葉を連ねるしかないということ。

仏教もしかり、オウムもしかり。その中での仏教論、認識論などなど
現代でそのような形而上的な問題を問う意味があるのか、ということに真っ向から反抗し立ち向かう。


2013年8月3日土曜日

【本棚】村上春樹 1Q84 読了

amazonの評価を読むと、賛否両論というか、否定的な意見が多い。
批判者はあまり、文学に親しんでおらず、たまたまベストセラーだから始めて読んだみたいな人も含まれているようである。

村上作品は、決してわかりやすくないし、面白くもない。
自分勝手で日現実的なキャラも共通。
意味深なような謎掛けはあるものの全くの解決はなく。
ノルウェーの森に見られた性描写はここでさらに枠を拡げる。
何を書きたいのか?と疑問をつける人も多かろうが、多義的な世界を書いていることは確か。
しかし、最初のクールな青豆のイメージがだんだん幼稚になっていった、という感想は一理あると思うとともに、女から母親になったことによる変化ととらえてもいいのかも。
あくまでも男性視点あることは否定しない。
20年前との幼なじみが再び出会うなんてロマンとも思えないような妄想を小説の一つのテーマと大団円に据えることそのものが、歪で現実感も生活感も伴わない設定に思える。
天呉のあくまでも社会性のない、ナルシスてィゥクな受け身なキャラ、そのままの印象。
読んでいて、村上小説の世界観やキャラ設定を理解できない人には、つまらない以上に、嫌悪さえ覚えると思う。

しかし、ここに描かれた、ある種の回復できない喪失感と再生への期待とか、より困難な世界に立ち向かうスタンスとかは、ひとつの村上的な理想を示しているかもだ。あくまでもロマンとして。
この程度のロマンも許さないのならば、世の小説のほとんどはゴミ箱行だ。
宗教に対する認識の薄さは、ちょっと目に余るのだけど、宗教を信じていない、あるいは批判精神もない人に、オウム的なもののありようとかを使ってはもらいたくなかったね。

読み切ってはいないが、高村薫の太陽が曵く馬の難解さと深さに比べると、恥ずかしくなるほど。

エンタメと考えれば楽しめないこともなかったよ。