2014年10月19日日曜日

【本棚】世界の終わり、あるいは始まり 歌野 晶午

読んでいて酷く不快である
最後の希望を描くために、ここまで悲劇的に、利己的に、絶望的になる必要がかあるのかと。

家族の崩壊を描いていながら、結局何も解決を見せてはいない。再生もない。うわべだけの平穏はまだ続く。

Amazonレビューにあるように、読んでいて疲れる。解決を見せずに繰り返される妄想にどこまで付き合うのかと?

それも、親子としてのケーススタディではなく、自己保身の妄想に、胸くそが悪くなる。

選択的な未来と複雑な自我と生き方を提示してはいるが、まっとうに向き合おうとしない登場人物たち。話し合いをしない。

この先も解決があるとは思えない、希望も感じられない。騙しとズラしがこの作品のテーマ?

この先を考えるのではなく、これを題材に生きることを考えて選べということか?
ミステリーの快感求める人にはサイアクの小説かな。



2014年10月17日金曜日

2014/10/17 ツェートマイヤーでパガニーニ

2014/10/17 ツェートマイヤーでパガニーニ



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2014年10月5日日曜日

2014/10/05 ミュンヘン・バッハ・管弦楽団@横浜みなとみらいホール

バッハ 
待望のブランデンブルク協奏曲全6曲公演!

ブランデンブルク協奏曲全6曲を、カール・リヒターが築いたバッハ演奏の礎を受け継ぐ伝説的古豪アンサンブルで、今こそ聴く喜び! バッハが残したバロック管弦楽史上最高峰の協奏曲、ブランデンブルク協奏曲全6曲を一気に、しかも究極のバッハ・アンサンブルで聴ける千載一遇のチャンスだ! 








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2014年4月25日金曜日

【演奏会】2014/04/25 ジャルスキーオ オペラシティ

最初は声量がないかと思ったが、後半から一転。

ポルポラの「いと高きジョーヴェさま」では、もはや落涙をこらえることができず。

まさに奇跡の歌声。天から響いているのか。

すごいものを聴いてしまった。








伝説のライバル
ファリネッリ&ポルポラ VS カレスティーニ&ヘンデル

  • ポルポラ:歌劇『ジェルマーニコ』序曲 *
  • ポルポラ:歌劇『アリアンナとテーゼオ』より「天をご覧なさい」 
  • ポルポラ:歌劇『身分の知れたセミラーミデ』より「これほど憐れみ深く貴方の唇が」 
  • ヘンデル:《12の合奏協奏曲》第4番 op.6-4 HWV322 * 
  • ヘンデル:歌劇『アルチーナ』より「甘い情愛がわたしを誘う」 
  • ヘンデル:歌劇『アルチーナ』より「いるのはヒルカニアの」 
  • ヘンデル:歌劇『オレステ』より「凄まじい嵐にかき乱されながらも」
  • ヘンデル:歌劇『アリオダンテ』より「戯れるがよい、不実な女め」 
  • ヘンデル:《12の合奏協奏曲》第1番 op.6-1 HWV319 * 
  • ポルポラ:歌劇『ポリフェーモ』より「いと高きジョーヴェさま」 
  • ポルポラ:歌劇『ポリフェーモ』より「愛しの人を待つあいだ」 





@bonnjourさんのツイート、まさにその通り。


追記でYouTube動画を貼っておきます。いくつかの動画があります。

https://youtu.be/PJII7eC11Mk


 

2014年3月21日金曜日

【本棚】警官の条件:佐々木譲

流石に読みごたえがある。
主人公の抱えた裏切りに対する気持ち
警官としてのあるべき姿を求める真摯な姿
反面教師としての元上司
組織の対立を描きながら、人間的な成長の物語にもなっている
暴力団と加賀谷の交流にしても
多少、情に傾き過ぎの感がないではない
今の時代であるがゆえに、あえてなのだろうか

人物像はしっかりと彫琢されてはいるが
再読するほどの内容ではない
そこには、難解さや複数の解釈、残された謎がないから
上質のエンタメに留まるゆえんか

2014年3月10日月曜日

iPad 用のスタイラスペンを買ってみる

iPad 用のスタイラスペンを買いました。

ペン先がプニュプニュしていて、どうも細かな絵を描くには適しません。

かつてのPalm m500のスタイラスペンとは仕組みが違うようで、あちらの方が使いやすかったですね。




本格的に絵を描くわけでもありませんから、まあ良しとしましょう。

2014年3月1日土曜日

【本棚】生存者ゼロ 安生 正

読み始めているが、人物設定やプロットの極端さが鼻につく
微生物学者の冨樫のありようは現実味が全くない
政府の無能さも、あまりにも物語的

しかし、この状況は今の南青山という病原菌を有する鹿島の状況との類似性を感じる
不具合を起こした現場を建て替えてなきものにしょうという動き
会社としての危機意識の薄さ
特に有事に際しての中心機構の不在、意思決定の遅さ
両者は誰が責任を取るかといことの不在も意味している

2014年2月6日木曜日

iPad Airを買いました

 ということで、iPadで早速、お絵描きしてみました。





2014年1月6日月曜日

新海誠 秒速5センチメートル

初恋をひきづる男とと
過去のこと「あのころは子供だった」とする女の違いを
ひたすらディテールに凝ったアニメ映像で描き出した作品

はっきり言ってヲタクの妄想作品
懲りすぎな画面も含めて。

しかし、ひとつだけ分かったこと
若い時の男女関係での挫折の経験のあるなしの差は大きく
あるなしであっても男と女では決定的に違うということ

いずれにしても描き方が、100%男性目線のドラマでしかなく
そういう妄想が異常なまでの美しい画像で描かれると言うことが
なにかすべてを物語る

そういう感傷に浸っていたい奴は、一生浸ってろ、みたいな。



2013年12月14日土曜日

観世流 緑泉会 喜多能楽堂



観世流緑泉会のによる能を観劇。
能は初めて。
狂言は楽しめるが、能を楽しむにはハードル高いと思わされた。


2013年12月11日水曜日

【演奏会】アンドレアス・シュタイアー&佐藤俊介 トッパンホール 2013/12/11

トッパンホールでアンドレアス・シュタイアーの演奏を聴いてきました。ヴァイオリニストの佐藤俊介さんとのモーツアルト特集です。

  • フォルテピアノ:アンドレアス・シュタイアー
  • ヴァイオリン:佐藤俊介
  1. モーツァルト:フォルテピアノとヴァイオリンのためのソナタ ハ長調 K303(293c)
  2. モーツァルト:フォルテピアノ・ソナタ第8番 イ短調 K310(300d)
  3. モーツァルト:フォルテピアノとヴァイオリンのためのソナタ ホ短調 K304(300c)
  4. モーツァルト:「ああ、私は恋人を失った」の主題による6つの変奏曲 ト短調 K360(374b)
  5. モーツァルト:フォルテピアノとヴァイオリンのためのソナタ ニ長調 K306(300l)

フォルテピアノを実演で聴くのは初めてです。印象としては、意外と音が「小さい」なと、ダイナミクスの表現はチェンバロに比べて広いけれども、それでもピアノとは異なる楽器だと思いました。

シュタイアー氏のピアノは繊細にして切れ味よく、また軽やかで小気味よく、それでいて深い、空気まで弾ききるような感じです。K310の疾走感は悲しみに走りすぎずに節度ある演奏に思えました。しかしそのスピード感は尋常ではなく、モーツァルトの音階とアルペジオの連綿たる連なりがひとつの世界を構築していきます。

逆に佐藤氏のヴァイオリンには乗りきれない思いが残りました。

私の感想とは逆に、ネットでは二人の呼吸があっていたとの感想も多く好意的なようです、アンサンブルでの合いかたも初めて共演するとは思えないほど、との評価もみかけました。

佐藤氏はバロックヴァイオリンを使っていたのですが、どうも音程や音と音の移り変わりに不安定さとか甘さを感じ、それがシュタイアー氏の鮮烈なる音列に対し若干の違和感として聞こえる。なんというか、歌い方が「田舎くさい」というか。そう思って聴いてしまうと、もういけない。私の耳が悪いのでしょうか、佐藤さんすみません。

シュタイアー氏のフォルテ・ピアノやチェンバロは、機会があればまた聴いてみたいと思わせるものでした。

2013年12月7日土曜日

ターナー展@東京都美術館

ターナー、高校時代に一番好きだった画家の一人。
やはり、圧倒的。解説も言葉も不要。


2013年11月21日木曜日

【演奏会】エンリコ・ガッティ @白寿ホール コレッリ

エンリコ・ガッティ(バロック・ヴァイオリン) Enrico Gatti - baroque violin
グイード・モリーニ(チェンバロ) Guido Morini - harpshichord
曲目 未発表コレッリ 
THE UNKNOWN CORELLI  From the 12 unpublished sonatas in the Assisi manuscript    

  • ソナタ 第1番 ニ長調    
  • ソナタ 第2番 イ長調    
  • ソナタ 第3番 ニ短調    
  • ソナタ 第5番 イ短調    
  • ソナタ 第6番 ト長調    
  • ソナタ anh.34 ニ長調    
  • ソナタ 第7番 ヘ長調    
  • ソナタ 第8番 ハ短調    
  • ソナタ 第9番 変ロ長調    
  • ソナタ 第10番 ト短調    
  • ソナタ 第11番 ホ長調    
  • ソナタ 第12番 イ長調    
  • ソナタ anh.33 イ長調    
  • ソナタ anh.35 イ短調

すばらしいの一言、充実の音楽。コレッリの初期作品が、こんなにも豊かに響くのだとは。








2013年11月14日木曜日

2013/11/14 —遠い風景—第10回 永野一久 テンペラ画展

—遠い風景—第10回 永野一久 テンペラ画展

東武池袋でたまたま観たテンペラの細密画
自分の画風を変えないこと
それで「売れる」
先鋭性を求めないアート作品
所有する喜びとか見続ける快楽とか
そういうものも、あってもいい
現代美術や先端の芸術家のように、常に尖鋭的である必要はない



以下は個展の解説の抜粋
■11/14(木)~20(水)
※最終日は午後4時30分閉場
■6F 1番地 絵画サロン

西洋の古典技法である金箔を用いてテンペラ画を描く、日本では数少ない画家・永野一久氏が、第10回目の個展を開催いたします。
変わりゆく日本の象徴的俯瞰として、細密に描かれた懐かしい里山の風景。大空を自由に漂うトンボが降り立つ民家、廃屋を思わせる隠れ家に、ささやかな夢や希望に満ちた記憶が甦ります。
風景の中に音楽を重ね、思いを巡らすように、いつの日か奏でる楽器が登場する立体の木工細工など、新たな展開を予感させる新作20余点を展観。

《永野一久 略歴》
1949年 熊本県に生まれる
1974年 東京造形大学卒業
1989年 カナダ国際ミニアチュール展、セントラル美術館油絵大賞展
1990年 上野の森美術館油絵大賞展、伊藤廉記念賞展
1991年 セントラル美術館油絵大賞展
2004年 池袋東武にて個展(〜'12年)
・その他、銀座、表参道、吉祥寺、大阪、熊本にて個展・グループ展多数
・現在、宝仙学園短期大学芸術学科にてテンペラ技法を指導

●「水車小屋」34.4×55.0cm・・・504,000円

●「遠い里山」33.3×33.3cm・・・294,000円

●「幸せの鳥」23.4×17.3cm・・・152,250円

2013年10月28日月曜日

諏訪敦 「満ち欠けをかぞえる」成山画廊

タブロー1点とドローイング2点のささやかな展示、成山画廊にて。

とりあえず、この作品を見るために成山画廊まで行ってきました。
息の詰まりそうな画廊の中で、遠いところを見ているような女性の目力に、多少気圧される感覚でした。







2013年10月23日水曜日

この国はどこで間違えたのか 寺島 佐高

2013/10/23 この国はどこで間違えたのか 寺島 佐高

日本の歴史認識
独り立ちできない
成熟しなかった団塊の世代
世代として次の世代に何かを残す責任
冷戦後の日本の立ち位置
ドイツはアメリカとの関係を見直した
自由主義、市場経済の資本主義の限界
哲学の必要性
揺り戻し
アジアからの視点
幼稚な政治家しか生み出さなかった
個としての独立
アメリカの責任追及
原発のGEとか
対米追従という思考停止
表面的な右傾化、愛国心
歴史に学ぶこと
石橋湛山
魯迅
江藤淳


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2013年10月14日月曜日

【本棚】WOOL読了

WOOL読了

ハリウッド的
エイリアン的ヒロイン
描写は少しくどい
空間認識が少し狂っている
ヒマ潰しにはいい

続編読むかは微妙

2013年10月5日土曜日

山種美術館 速水御舟



速水御舟については今更言及するのも憚られます。
山種美術館の展覧会にちなんだ、和菓子も素晴らしいものでした。
山種美術館は、落ち着いた雰囲気の空間で、その安定感から、行くたびに癒される思いです。




2013年9月28日土曜日

蟻鱒鳶ル 2013年

東京三田にある「蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)」です。



ときどき見に来ているのですけど、なかなか工事が進まないですね。



造る行為そのものに意味があるような建物ですから、造ることそのものが目的化、永遠に作り続けることが命題化されているのでしょうか。

 


2013年8月25日日曜日

ルーブル美術館展 東京都美術館

200点を超える作品、4000年を超える歴史。
もう、おなかいっぱいです。


2013年8月16日金曜日

高村薫:太陽を曳く馬を読了はしたものの

読了とはいうものの、内容のほとんどは意味不明、理解不能
ひたすらに問い続ける小説。高村氏自信が問い続けること、その答えを求めるためには膨大な言葉を連ねるしかないということ。

仏教もしかり、オウムもしかり。その中での仏教論、認識論などなど
現代でそのような形而上的な問題を問う意味があるのか、ということに真っ向から反抗し立ち向かう。


2013年8月3日土曜日

【本棚】村上春樹 1Q84 読了

amazonの評価を読むと、賛否両論というか、否定的な意見が多い。
批判者はあまり、文学に親しんでおらず、たまたまベストセラーだから始めて読んだみたいな人も含まれているようである。

村上作品は、決してわかりやすくないし、面白くもない。
自分勝手で日現実的なキャラも共通。
意味深なような謎掛けはあるものの全くの解決はなく。
ノルウェーの森に見られた性描写はここでさらに枠を拡げる。
何を書きたいのか?と疑問をつける人も多かろうが、多義的な世界を書いていることは確か。
しかし、最初のクールな青豆のイメージがだんだん幼稚になっていった、という感想は一理あると思うとともに、女から母親になったことによる変化ととらえてもいいのかも。
あくまでも男性視点あることは否定しない。
20年前との幼なじみが再び出会うなんてロマンとも思えないような妄想を小説の一つのテーマと大団円に据えることそのものが、歪で現実感も生活感も伴わない設定に思える。
天呉のあくまでも社会性のない、ナルシスてィゥクな受け身なキャラ、そのままの印象。
読んでいて、村上小説の世界観やキャラ設定を理解できない人には、つまらない以上に、嫌悪さえ覚えると思う。

しかし、ここに描かれた、ある種の回復できない喪失感と再生への期待とか、より困難な世界に立ち向かうスタンスとかは、ひとつの村上的な理想を示しているかもだ。あくまでもロマンとして。
この程度のロマンも許さないのならば、世の小説のほとんどはゴミ箱行だ。
宗教に対する認識の薄さは、ちょっと目に余るのだけど、宗教を信じていない、あるいは批判精神もない人に、オウム的なもののありようとかを使ってはもらいたくなかったね。

読み切ってはいないが、高村薫の太陽が曵く馬の難解さと深さに比べると、恥ずかしくなるほど。

エンタメと考えれば楽しめないこともなかったよ。


2013年7月22日月曜日

今回の選挙で投票するに当たり、政治.comなどの傾向サイトを参考にしたか

その際に、憲法96条改正、9条改正については「反対」として判定した。

以前は、自衛隊が違憲であるままの状態の方が、国家としておかしいというような考え方をしていたのだが、
日米安保条約をそのままに、自衛隊を軍隊にすることができないように
日米関係、軍事同盟について抜本的な見直しを含むような9条改正は、いまの中途半端な日米議論おいては得策ではないと考えるからである。

米国の傘はそのままに9条を改正することは、米国が望む方向とも思えない。
一方で、中国の協力化や韓国の嫌日化などが進む中で、アジアの中での日本と周辺国、アメリカと中国と日本の関係も微妙に変化せざるを得ない。

そういう関係の中で、米国追従を放棄することも、軍隊をもった国家として独立することも
どちらも、日本にも日本人にも、その覚悟はまだできていないだろう、と思うのである。

2013年7月15日月曜日

【本棚】村上春樹の1Q84を読んでのメモ

これで完結している
純愛
欠落
空白
喪失
欠落
そういうものを埋めるもの
月の多義性
表と裏
失われた分身
性の意味
孤独
人が生きるということ
何を求めているのか
心の問題
精神
宗教的なもの
それを必要とする人としない人

喪失と再生の物語
失うということ

リトルピープルとは?
良きもの?
啓示を与える
ただ犯す、壊す存在ではない
自分探しの旅
淡いロマン
あるいは幻想

アドベンチャー
小説としての面白さ
謎は謎のまま

説明しないとわからないものは説明してもわからない
最初から説明的なものを拒否

小説の入れ子構造。

2013年7月6日土曜日

【演奏会】大野和士指揮 新日本フィル ブルックナー7番

2013年7月5日(金)19時15分
すみだトリフォニーホール
指揮 大野和士
新日本フィルハーモニー交響楽団



シャリーノ/「夜の肖像」(1982年)
ツィンマーマン/「ユビュ王の晩餐のための音楽」(1966年)
ブルックナー/交響曲第7番 ホ長調(ノーヴァク版、1954年)


ワーグナー生誕200年を記念したプログラムなのだが、ワーグナーは一曲も演奏しない。大野氏がこだわりぬいたプログラムとはいえ、ひねり過ぎの感がなきにしもあらず。

シャリーノはバイオリンのフラジオレットの上に、静かな音か薄膜のようにかぶさる10分程度の曲。無調?という点ではワーグナーにつながるか。

ツィンマーマンもメジャーな曲ではない。バイオリン、チェロなどの弦が入らず、逆にオルガンやギター、ピアノ、ハープ、エレキギターなどの楽器が加わる。いろいろな曲からの引用が展開されるが、期待させたほどには乗り切れない。最後の乱痴気騒ぎのような場面(幻想の暖断頭台への行進とワルキューレが奏されるところ)も浮ついた印象だけを残す。

オモチャ箱をひっくり返したような感じ、という点では、むしろマーラーにテイストが近いように思える。

休憩をはさんでの今回のメインとなるブルックナー7番。大野氏の指揮は、過大な感情は移入せず、速めの軽快なテンポで曲を進める。盛り上がるところもしっかり音量はあり、目立った大きな破綻もない。少し雑と聴こえるところや、ブルックナー的な音の重奏感が不足しているように思え部分がなきにしもあらず、聴く場所が2階席であったせいだろうか。

しかしながら、どこか不完全燃焼の残るプログラムと演奏であったことも確か。私が聴いたのはワーグナーの息吹だったのか、正真のブルックナーだったのかと自問。


それでも、この手の音楽は生で聴くのに限ると思う。現代音楽は、聴き方や集中力が異なるから、組み合わせは別の曲が望ましいと思った次第。情よりも理が勝ったプログラムであったか。

2013年7月2日火曜日

東京ー元田久治 アートフロントギャラリー 代官山

見慣れた風景が、地震や洪水、あるいはその他の外的な要因で崩壊し、人間が不在となった世界を描く。

というと、暗くネガティブな印象を受けるが、実際に作品に接した時には、むしろ暴力的な印象よりも、静謐感や哀しみとともに沸き起こる懐かしさを感じる。

それは、リトグラフという技法のもつ肌合いや温かさ、そして昏さゆえなのだろうか。作品は大きく、図録や写真から受ける印象程に画面は細緻でない点も、実物を見て初めて確認できた。

見慣れた風景の中に生じる違和感とか、歪み。そして引き伸ばされた時間。画面の中では空間も時間も歪められている。破壊やカタストロフに主題があるのではなく、その後の置き忘れられた時間がつくる、廃墟のみが有する穏やかな荒廃というゆるやかな時間の歩み。

廃墟に植物をからめることで、さらに人間の時間軸から離れた永遠と新たな生命感、再生を感じる。

それが、いかなる再生なのかは示されていないけれども。


2013年7月1日月曜日

本日でGoogle Readerのサービス終了

7月1日をもってGoogle Readerがサービスを終了する。


IT Techなど幾つかの記事にもあるように、情報収集ツールとしてRSSが役割を終えたということだろうか。

ニュースフィードを集めるという役割、それらはTwitterやFacebookなどの、ストリーム情報にとってかわられたことになっている。知り合いやフォローする人がすすめる情報の方が、生な信頼できる情報であるということなのか。

分からないでもないが、そうであっても自分的にはネットから得られる情報源は相変わらずRSSが中心であり続けている。私はもう少々RSSに付き合わなくてはならない。

2013年6月22日土曜日

【演奏会】文化センター ヴェルディ生誕200周年記念 三ツ橋敬子+東京交響楽団 ヴェルディ「レクイエム」

指揮:三ツ橋敬子
独唱:藤田美奈子、中島郁子、村上敏明、須藤慎吾
管弦楽:東京交響楽団
合唱:新宿文化センター合唱団
合唱指導:山神健志




新宿文化センター合唱団は、この演奏会のために結成された合唱団。はじめて行くホールだが、地方の文化会館のような雰囲気。本格的なクラシックを聴くには音響的に少し厳しい、長時間聴いていて疲れる。それであってもベルディのレクイエムのような音楽は生演奏に限ると思った次第。「レクイエム」ではあるが、随所にベルディ節が感じられ、それはそれで満足。テノールの村上敏明さんは、ハリといい声のツヤといい素晴らしかったですね。


個人的には、久しぶりのオケを伴うコンサートであったし、東京交響楽団であったので、そこそこ満足していたが、一緒に行ったI氏の演奏後の感想は、ひとこと「ママさん合唱では、これが限界。合唱が薄い。」というもの。

今日も合唱が弱い
ママさん合唱の限界
ソプラノがお水系
オケが入らないところでズレまくって
カルテットが狂ったまま
そこにオケがかぶさるみたいな感じで
ホールも市民会館レベル
音が硬く疲れる、響く

みたいな感想。それでも東京交響楽団はブルックナーとかやっているからまだ鍛えられている。指揮者に対しては何もなし。

ちょっと厳しいか。


久しぶりにディープなクラシックファンとの演奏会であったので、多少複雑な思いで会場を後にした。






2013年6月9日日曜日

映画:プロメテウスをiTunesで

プロメテウスをiTunesで

リドリー・スコット監督、iTunesより500円レンタル

期待したが、ほとんど「エイリアン」
ストーリーも、突っ込みどころ満載で雑
深みもない
ただのエンタメ
女性の圧倒的な強さと生存能力の高さも「エイリアン」級

デヴィット・リンチとよく監督間違えるけど
スコットは単純なんだね、映画が。


2013年5月26日日曜日

フランシス・ベーコン展 東京国立近代美術館






ラファエロ展 国立西洋美術館

予想はしていたものの、すごい混み方にかなりウンザリ。会場に入る前から、ラファエロ、それほど好きではないし、みたいな負けモード。

ラファエロは素描などを含めて20点くらい。画集が小さくて高いのには驚く。