2006年4月26日水曜日

陣内秀信:東京の空間人類学


東京はかねがねから、ずいぶんと複雑で興味深い都市であると思っています。そのきっかけを与えてくれた本のひとつが、陣内秀信氏による本書です。20年ほど前に読んだ本なのですが、こうして読み返してみますと、今となっては類書は多いものの内容のオリジナリティは高いと思います。


自らの足を使ったフィールドワークによって得られた知見は、混沌とした東京の成立史を明快に解き明かしてくれます。このような都市論が評価されてか、1985年のサントリー学芸賞を受賞しています。(この賞自体、私にはあまり馴染みがありませんが・・・)




彼の東京サーベイは東京には百年前の建物がほとんどないからといって、この都市はすでに過去の顔を失いアイデンティティを喪失したとあきらめるのは早計過ぎるとの観点から、建物ではなく地である敷地に着目し、変化に富む立地条件と、その上に江戸以来つくられた都市の構造とが歴史的、伝統的な骨格を根底において形づくっていることを明らかしています。


たしかに、ちょっと歩いてみると分かりますが、東京と言うのは非常に坂が多い。陣内氏の東京にもローマと同様、七つの丘があるという指摘は、彼のスタンスをある程度表しています(ひとつは東京を地形論的に読み解くという独自性、もうひとつは陣内氏がベネツィアなどで展開した西欧都市を研究の延長としての都市方法論)。

アースダイバー」の中沢新一氏は、東京が武蔵野段丘東端の「フィヨルドのような地形」の上に成立していると指摘しました。いずれにしても、地形のもつ力とか場の意味を無視しては現代の東京も成立しえていないと考えることは、ある意味で納得のできる考え方です。大名屋敷や旗本屋敷、町人街などが江戸からどのように変遷してきたかを、本書を紐解きながら想像を巡らせるのはなかなか楽しいものですし、街歩きをまたしてみたい気にさせてくれます。


ただ、陣内氏は都市論を中心とした学者ですから、どちらかというとハードな建築学的な視点に立っています。「空間人類学」と、いささか大仰なタイトルの割には内容的は建築学者という狭視的な記述がに留まっているように思えます。


また、実は彼が一番主張したかったのは「モダニズム都市の造形」という終章ではないのか、と思わせるところもマイナスです。この章では西欧的な「アーバンデザイン」の先駆が1920年のモダニズムの時代に認められていたにも関わらず、戦災と高度成長を経ることによって1985年当時の日本は、1920年代の都市デザインレベルには到底達していないと嘆いています。今までの文脈とは明らかにトーンが異なり、建築計画論的主張は建築に興味のない人には説得力に乏しいものです。


また、彼の主張には当時流行った「ウォーターフロント」や「都心回帰」、あるいは「都市や地域の文脈」というキーワードが散見されます。青山の同潤会アパートは安藤忠雄氏の設計により「歴史的連続性」を残すとか言われながらも、全く異質なものに建替えられてしまいました。都心部や湾岸地域は大手デベロッパーや投資家達によって、その姿を激変されつつあります。本書が書かれてから20年。陣内氏が本書を書くきっかけになったと想像する「都市の連続性」「都市の文脈」ということが、どう実現され(あるいは無視され)、今後どう変化してゆくのか。個人的には、そこのところが興味のあるところです。