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2002年4月15日月曜日

夢枕獏:陽陰師



「来たか」
「よくわかったな、どうして俺が来ることが分かったのだ」
言いながら、Yはソファの上に胡座をかいた。
「公園駅の前のコンビニで、ワインとチーズを買ってきただろう」
「ああ買った。どうしてそんなことを知っている」
Sはそれには答えず、ふふんと小さく笑って奥の方を見やった。
「あちこちに色人(しきじん)を置いて見晴らせているという噂だが、本当か?」
「まあ、よいではないか、それより今日は何の用だ」
「うむ、実はおまえと酒でも飲みながら、話したいことがある」
「Yにしては珍しいな」と言って、二人は酒を飲みはじめた。
「うむ」
「うむ」
「これはブルゴーニュのワインだな、良い酒だ」
「うむ」

「で、話とは何だ」
「陰陽師というのを知っておろう」
「あの、呪を操るとかいう平安時代の幻術師の話か」
「そうだ、そうと分かっているのなら話は早い。そのことについての書を読んだのだ。劇画にも映画にもなっているから、相当有名なものなのだが、恥ずかしながらやっと読んだのだ」
「それで」
「憑かれたのだ、やはりよくできている、面白いのだ。夢枕の語り口もうまい。人気が出るのもうなずけるというものだ、いやはや大した力量だよ。しかし今更言うのも気が引ける」
「ふふん」
「何がおかしい」
「Yは正直者よの」
「冷やかすなよ、おまえはどう思っているのだ」
「さてな、ところでその包みの中はチーズだろう、早く食わせろ」
「ずうずうしい奴だな、遠慮というものを知らんのか」
「わかっているよ、おまえはよい漢だな。しかし、まさか、そのまま持ち帰るために、わざわざ包みを下げてきたわけではなかろうに」
「鬼に食わしてやってもよいのだが、おまえは口がうまいな」
そういって、いつの間にか切り分けられたチーズが皿に乗っている。
「美味いな」
「ううむ、美味い」

「で、続きを聞かせろ」
「うむ、でだな、妖怪や化け物退治というオカルトB級の話かと思って読んでいたのだが、何かこう独特の雰囲気が書に漂っているのだ。平安時代という雅な闇の時代の雰囲気と、瓢とした男の雰囲気がとても良いのだ。話のリズムもよい。まさに人気がでるのも宜なるかなというところなのだ。闇の中で鬼の話をしているのに、どこか健康的な雰囲気さえあるのだが、これは夢枕の性格なのだろうかな。で、おまえの意見も少しは聞かせろ」
「いましがた、あのワインを飲んだろう、コンビニで売っているのだ、値段はそんなに高いものではあるまい。」

「人の酒を飲んでいて失礼な奴だな」
「値段の安い酒でも、極上のものもあるであろう、それを美味いと言ったからと、恥ずかしがることなんてなかろうさ」

「ううむ、ワインと書が同じだというのか、よく分からないが、そういうものか」
「わからぬでもいいさ、してまた読んでみるつもりか」
「うむ、そうだな」
「では行こうか」
「これからか」
「おれも笛の音でも聴きながらその書をまた読んでみたくなった」
「よかろう」
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(注)夢枕の小説を「安物のワイン」と言うつもりは全くありません。ファンの方、誤解しないでくださいね。

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