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2002年7月26日金曜日

ゲルギエフ/R=コルサコフ:交響組曲《シェエラザード》


リムスキー・コルサコフ:交響組曲《シェエラザード》
第1曲:海とシンドバッドの船 
第2曲:カランダール王子の物語 
第3曲:若い王子と王女 
第4曲:バグダッドの祭り-海-青銅の騎士の立つ岩での難破-終曲 
ボロディン:交響詩《中央アジアの草原にて》
バラキレフ:イスラメイ(東洋風幻想曲)

指揮:ワレリー・ゲルギエフ
演奏:キーロフ歌劇場管弦楽団
録音:2001年11月 サンクトペテルブルグ

ゲルギエフの新譜が出た。満を持してと言う感じの《シェエラザード》である。HMVのサイトでの評価を読むと、いやがうえにも期待が高まる。日本語版の解説はあいも変わらず宇野功芳である。

シエラザードはご存知のように《アラビアンナイト》を素材とした音楽だ。暴君となってしまったシャリアール王と、その暴虐を思いとどまらせるために、繰る日も繰る日も寝物語を聞かせるシェエラザードが音楽的には重要なテーマとして登場する。シェエラザードにより語られるのがシンドバッドの物語である。シャリアール王というのが、また凄い。女性の不貞から絶望し女性不信に陥り、夜ごと新しい生娘を迎えて翌朝になると首を刎ねて殺してしまうというのだ。シェエラザードはシャリアール王に仕える大臣の娘で非常に才色兼備、彼女の物語聞きたさに、ついにはシャリアール王は彼女を殺すことができなかった、というわけである。最後はシャリアール王はシェエラザードを愛するようなるという。

さて、こういう物語なので、暴君のシャリアール王とシェエラザードがどのように表現されるかがポイントとなるわけだ。ゲルギエフの演奏は凄まじいの一語に尽きる。第一楽章冒頭のシャリアール王のテーマは、肉食獣が虎視眈々と獲物を狙うがごとき不気味さをたたえているではないか。暗闇の中で目を爛々と光らせ、涎をたらし、獣くさい匂いを漂わせてでもいるような音楽に、思わず慄然とする。そして、その直ぐ後にハープ伴奏を伴って現れるシェエラザードのテーマの優美で妖艶なこと。これならば暴君シャリアールも、彼女の虜になったことも頷けるというものだ。ここテンポは遅い、この演奏を聴く者も、最初の数分間でゲルギエフの棒に虜となるか、あるいは嫌悪を感じるか分かれてしまうかもしれない。

続いてシンドバッドの航海を描写するような音楽が続くが、ゲルギエフは悠々とそしてダイナミックな音楽を形作っている。粗い低弦の響きは相も変わらず空気が振動しているようでさえある。それにしてもこの響きは尋常ではない。クライマックスでのフォルテッシモのオーケストレーションの巧みさには舌を巻く。粗く粗雑なようでいて、実は悠とした響きが全体を支配する、これほどに激しく荒くありながら統率がとれているというのは流石というところか。

第二楽章は冒頭からシェエラザードのテーマだ。「ああ、幸多き王様よ、わたしの聞及びましたところでは・・・」と物語が開始されるのだ。カランダールとは諸国を行脚する遍歴僧のことらしい。ファゴットの響きがノスタルジックで心に染みる。それにしても、改めて何度も聴くと、非常に変化に飛んだ発想豊かな楽章であることに気づく。ここでもゲルギエフは緩急強弱の変化を自在に操りながら音楽を推進させてゆく。宇野功芳もこの楽章はベタ褒めである。「ファゴットの心のこもり切った多彩な表情」とかいう表現はよく分からないのだが・・・(^^;;

第三楽章の官能的なテーマはあまりに有名だ。この流麗なる響きの中でもコントラバスの響きが低く小さく、そして粗く下支えしている。ゾクリとするような音響だ。中間部からの音楽はリズミックであるが、しかし後半はうねるようになって、なにか船酔いに近いものを感じてしまう。シャリアール王が感じた酔なのだろうか、あまりに見事な音楽であり表現である。麻薬の幻影に近いような歪みさえ感じる。(>麻薬なんてやったことないですよ!)

さて終楽章は再びシャリアール王のせかすようなテーマから、さらにシェエラザードの受け答えで始まる。この掛け合いの凄さよ! 脳天が一瞬白く弾けてしまいそうになる。ここからは一気呵成にジェットコースターに乗ったかのような、あるいは戦闘のような音楽が続く。アンサンブルのリズムは爆弾か砲撃の爆風のようだ。スネアドラムなどの打楽器のリズムは強く固く、ショスタコの10番かと思わせるほど、激しすぎる!! トランペットとスネアのタンギングは凄まじく速い! 小機関銃の掃射を浴びるようでさえある。どうしてゲルギの感想は、最後は戦争になってしまうんだろうか・・・。船の難破のシーンときたらもう、4mもあるかと思うような大波が押し寄せるようで、こいつはもうパーフェクトストームかよ。完全に参りましたというカンジ。

ラストのシェエラザードと、暴君たることを止めたシャリアール王のテーマが救いとなって音楽をしめてくれる。こいつがなかったら、荒ぶれた心の行き所がなく途方に暮れるところである。かつての猛獣もすっかり手なづけられたかのような表現で(=しかし不気味さはまだまだ漂わせながら)これまた良いと思う。

またしても最後は理性を失ったレビュになってしまった。しかし好みは分かれるかもしれない。この粗さと激しさについてこれるかがポイントだろう。逆にゲルギファンにはたまらない演奏といえるかもしれない。あと2曲あるのだが、疲れ切ったのでこれについては今回は触れません、あしからず。

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