荘村清志/武満徹へのオマージュ
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武満氏1995年の作品に《森の中で》と題する三つのピアノ曲があります。タイトルはWainscot Pond-after a painting by Cornelia Foss、Rosedale、Muir Woodsとされており、それぞれが北米の美しい森を有する地名です。
最初に配されたWainscot Pondについて武満氏は下記のような文章を書いています。
ウェインスコット・ポンド-Wainscot Pond-を、実は、私は未だ訪れたことがない。それがアメリカの何処にあるのかも知らない。友人から送られてきた絵葉書に印刷された美しい風景画の下に、小さな活字で、Wainscot Pondとあった。池の向こうに、私には、沈黙する森が見えた。
武満氏は、風景や他の芸術作品から多くのイマジネーションを得て、それを作品に昇華しました。この3分半ほどの小品も、極めてイマジネティブで静かな黙考や響きとともに、中間部では気のせいか憧れのような、いや慈しみのような感情をも聴き取ることができます。1995年といえば武満氏は既に癌と宣告され闘病中の身でした。その闘病生活の小康状態の中で描かれた曲であると考えると、曲のあまりの静けさと美しさに打たれてしまい、言葉になりません。
芸術新潮5月号で、友人であった作曲家ルーカス・フォスから送られた、その絵葉書が掲載されています(下図~無断転載)。大胆にも空が画面の上2/3を占めた構図。今にも雨の降りそうな寂寥とした雰囲気でありながらも荒涼とはしていない静謐な風景が描かれています。「沈黙する森」、池の向こうの森に武満氏は何を想ったのでしょう。そこには芳醇な世界が存在したのでしょうか、あるいは自らが行くべき世界を見たのでしょうか。