2019年4月25日木曜日

【音盤】ペトレンコのチャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」

 

2019年4月24日水曜日

【音盤】アファナシエフのテスタメント

 

2019年4月17日水曜日

【音盤】ノートルダム大聖堂 最後の首席オルガニスト オリヴィエ・ラトリーの録音を聴く

ノートルダム大聖堂 最後の首席オルガニストの演奏を聴く。


2019年4月16日火曜日

パリ ノートルダム大聖堂の家事

信じがたいごとが起きている。

ノートルダム大聖堂が火事で焼け落ちた!


 

2019年4月14日日曜日

「絵画組成」

Amazonで無事届きました。

作画例がまた素晴らしく、当分楽しめそうです。

絵は今は描かいていないんですけどね。いち絵画ファンとして。 

2019年3月31日日曜日

第95回 白日会展2019 絵画部門

昨年は行けなかったので2年ぶりの白日会展です。今年も、気になった作品を挙げておきます。こうしてみると、毎年同じ作家さんをあげていることがわかりますね。 作品の掲載は、会場とは順不同です。

【音盤】ポゴレリチをApple Musicで、初期の録音から聴きなおしてた

ポゴレリチをApple Musicで、初期の録音から聴きなおしてみました。

改めて、彼の天才性が確認できましたね。


追記

2019年3月28日木曜日

【演奏会】トッパンホール でヴェロニカ・エーベルレ のバイオリン

 

2019年3月24日日曜日

クルレンツィスの衝撃のラモー

好意的な感想として。

2019年3月20日水曜日

【音盤】クリスティアン・ベザイデンホウトをAppleMusicで聴く

クリスティアン・ベザイデンホウトのフォルテピアノをいくつか聴いてみました。


パーク・パドモアの歌もとても素晴らしいものです。

2019年3月16日土曜日

【音盤】コパチンスカヤのベートーベンを今更になって知る

 

2019年3月15日金曜日

コパチンスカヤのYouTube動画に仰天

 

2019年3月2日土曜日

【演奏会】マックス・リヒター・プロジェクト 2019

すみだ平和記念音楽祭2019の企画の一つである、すみだトリフォニーホールで開催された、ダニエル・ホープと新日本フィルハーモニーのコンサートに行ってきました。


曲はヴィヴァルディの四季から、マックス・リヒター のリコンポーズド版オリジナルの演奏。(Clala内エントリ

リヒターによるリコンポーズド版「四季」は、非常に楽しみにしていたプログラムであったのですけれど、実演に接すると、実はガッカリ感の方が強かったです。

2019年1月6日日曜日

【本棚】重松清の「定年ゴジラ」を読んで〜定年本に加える

自分も会社人生での定年が近くなってきているので、定年関連の本をボチボチ読んでいます。この本も何気なくAmazonで見つけたので読んでみました。

こちらはニュータウンを舞台に、戦後の高度成長期の日本を駆け抜けた、団塊の世代の少し前の世代の物語。「終わった人」(内館牧子)「孤舟」(渡辺淳一)」もそうですが、大企業で勤めたサラリーマンが主人公です。しかし、この2冊と比べてみると、あまりにもその世界観の違いに愕然とすします(定年本2冊を読んで)。

60歳定年が当たり前で、寿命もおそらく80歳くらいなもの。長寿問題はまだ先の時代で、親の介護など現代的な問題はまだ考えられていなかった、ある意味で平和な時代の物語。日本もこの時代は、今ほどはおかしくっていなくて、定年後の有り余る時間を、家族や近隣とともに、それなりに生きることができた、もしかしたら最後の世代なのでしょう。

重松さんの語り口は、定年を迎えて行き場のない男たち(重松さんの父親世代になるそうだ)に対して、限りなく暖かい目線で物語をつくっている。ニュータウンが中心だから、親しい人との別れや、新たな出会いなどはあっても、大きな事件は起きない。日々の喜怒哀楽が淡々と描かれてい、それがしみじみと心にしみる。

主人公たちは有り余る時間を持て余しつつも、「終わった人」のような焦燥感ややり残し感に苛まれることも、妻との関係が悪化して色恋に走るようなこともしない。あるがままに、今の人生と、歩んできた人生と、今の生活を愛おしみ、そして次の世界に向かう準備をしている。あまりにも普通の生活。

こういう物語ですから、読む人の年齢や性別、キャリアによって感想は全く異なるものになるでしょう。小説の主人公のようなサラリーマン生活を送った自分でさえ、重松さんの物語を否定したくはないものの、今の時代にあっては、過去の大人のためのファンタジーとしか読めません。

この小説は「小説現代」に連載され、1998年に単行本化されたものですから、たかだか20年前、しかし20年も前の時代なんですね。あまりにも時代が変わりすぎました。小説の中にインターネットやパソコンが少しだけ登場しますが、まだ電話回線のモデム時代です。これでは昔話となっても仕方がないか知れません。

それであっても読む価値はありましたか、なぜ現代は、あの時代のような幸福を求めることができなくなったのかを、改めて問う意味でも。