2011年7月7日木曜日

2011年7月5日火曜日

諏訪敦 絵画作品展 「一蓮托生」 成山画廊に行ってきました

画家、諏訪敦氏に興味をもったので、九段にある成山画廊で開催中の作品展を観てきました。



作品は、「成山画廊」に関するもので、画廊主である成山明光氏と、彼が見出した美人女性画家 松井冬子氏のドローイングと肖像画などが数点。NHK日曜美術館でも最初に紹介された、松井冬子の二面性を表していると解説されたドローイングも展示されていました。

2011年7月4日月曜日

HNK日曜美術館 諏訪敦の写実絵画

日曜美術館で諏訪敦氏の写実絵画についての番組が放映されました。
    記憶に辿りつく絵画 ~亡き人を描く画家~
事故で亡くした娘の肖像画を描いて欲しいという画主の依頼に、画家がどう取り組んだかというドキュメント。



絵画とか写実の意味を問い直すという点で、非常に興味深い番組で、かつ日曜美術館にしては感動的な出来でしたので、忘れないうちに記しておきましょう。

2011年6月13日月曜日

渋谷駅と東急百貨店 2011年6月

再開発が始まっている渋谷駅の現況を撮影。駅前も常に工事状態です。





東急文化会館のあったところも、超高層ビルが建設中です。

2011年5月8日日曜日

ホキ美術館に行ってきました

日本初の写実絵画専門美術館としてオープンしたホキ美術に行ってきました。設計は日建設計の山梨知彦氏ということで、建築業界的にも話題の建物です。






ギャラリーには、これでもかとばかりに、写真とも見紛うばかりの大作が並んでおり壮観です。

しかし美術館を歩み進めるうちに、何となく重い気持ちになってきました。

そのまとまらない感想のメモです。
  • 写実絵画の「気持ち悪さ」「違和感」
  • 特に、森本氏の絵など。
  • 女性を「静物」とみなしているのではないか。
  • 肖像画ではない、愛でる対象物としての女性。
  • 対象に対する愛
  • 老人の妄想、理想化された女性像、こんな女性、今時いないだろうみたいな。
  • ひとつの「顔」の女性を描き続けること
  • 老人になっても「女性」「性」を求めることのいやらしさ、あるいは醜さ
  • モデルが家族か、単なる雇われのモデルか
  • 女性の無防備さ、意味のないポーズ
  • 自らの技量に対する執着
  • 蝋人形のような
  • 一点のしみも曇りもない女性像
女性から見たどうなんでしょうかね。

2011年5月2日月曜日

【本棚】「ユニクロ帝国の光と影」横田 増生

 「ユニクロ帝国の光と影」横田 増生 (著) 読了。



「一勝九敗」とか「成功は一日で捨て去れ」からの引用多すぎ。独自取材が少ない。

だから、あまり真新しいことも書かれていない。

ユニクロの「影」の部分を書きたかったのだろうけど、ワンマンな柳井氏の姿は最初から想像できるし、ワンマンな奴にいい奴がいないことも自明だろうさ。規律やマニュアルがここまで厳しいというのは、本書で知ったけど、柳井氏がどこまでそれに関与しているかは書かれていない。

ワンマンなオーナー社長によって発展した企業が、その後どうなっていくのか。アップルと比較するのは、(あまりにも)何だけど、興味はあるね。ユニクロもアップルも浮沈の大きい会社だから。どちらも「安定」なんて考えていないというところは、凄いなと。

2011年5月1日日曜日

【本棚】永遠の0 百田尚樹

「永遠の0」読了。児玉清の帯コメントは嘘ではなかった。確かに落涙するのをこらえる事は難しい。どこで感動するかは人それぞれだろうけど。1956年生まれの作者がこの小説を今書いた意味。戦争を知る人が居なくなっていくという事実。伝えたい思いが溢れる。

一人の特攻隊員のベールを剥いでいく行為の中で、次々と語られる戦争の経験談。そして明らかになる一人の人物像は、現代の日本の姿や我々を逆照射するという構成。

小説としての出来には、失礼ながら疑問がある。戦争経験者の語りに比べ、主人公らの彫刻の仕方は浅い、簡単な前提条件としての人物設定と葛藤とその後があるのみ。それは仕方ない。しかし、作中の戦争経験者の語りの言葉はフィクションであったとしても重くつらい。

小説にはいろいろなものが込められている。当時の日本の(階級)社会、戦争が失敗した原因、特攻の真実、飛行機乗りや空中戦の姿、軍隊と規律、官僚制、軽んじられる正、豹変するマスコミ、死を覚悟した若者達の思い。そして、主人公の強い意志と熱い愛、約束。戦争美化でも批判でもない。

戦争はそのときの国の一番良いところと悪いところが出る、とは作者内田氏の言葉。それは、今の震災後の日本という国のありようまでも示唆しているようである。一気に読めるし、エンターテイメントなのだろうが、読むのが久しぶりにつらい本であった。「感動したー」とか言う感想の出る本ではない。

付け加えるなら、祖父母のなれそめとか、その手の最後に明かされる「物語」を私は評価していない。それらがもはや不要なくらいに、十分に語り尽くされていた人物像に、いったい屋上屋を加える事は、安易な読者サービスでしかないのではないか、というのは厳しい読み方か。

次はこれでも読もうかな。

半藤一利氏 『昭和史』 - Chikirinの日記 (id:Chikirin / @InsideCHIKIRIN) http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20110501


2011年4月11日月曜日

【本棚】東野圭吾「幻夜」

「白夜行」と二部作を成す。
上記作品では二人の主人公の内面や謎が全く解き明かされなかったが、本作は、主として二人を中心に物語が進む。
そういう点で、謎解き的な作品となっているため、前作を読んだ人には面白いが、作品の深みとか余韻の点では前作に劣る。
しかも美冬の行動に共感とか納得がいかない。単なる悪女を描いただけに終始している。
物語としては面白い。
書いているうちに、ひとりでに美冬的な悪女が勝手に動き始めたか。

哀しい物語との評価が高い「白夜行」ではあるが、本作に対する伏線もある。
亮司が死んだ後の雪穂の冷たい態度だ。そこに万感の悲しみあこめられているという読み方もできようが、それにしても女性だけが幸福をつかんでいくにしては、男性に見返りが少ない。

こういう構図は「秘密」「容疑者Xの献身」とも重なる設定だ。
女性が生き生きと、自分の人生をステップアップさせていくために、男性が自己犠牲的な役割を果たすという構図。
秘密は、妻が夫のために身を引いたという読み方ができる一方で、妻が本来の自分の生を取り戻すために、夫に対して真実を秘密にしたという読み方も出来る。

生を取り戻すという点では、東野のテーマは解放とかよりも、再生とか脱皮とか、それ以上の完全な生まれ変わりを目指しているように思える。

ミステリーに内包されたテーマを求めることは粋なことではない。物語の面白さを堪能するだけで良い。東野の筆力をもってすれば、読者をひきつける作品を書き続けることは、難しいことではないだろう。

しかし、「書く」という行為を何のために行っているのか、という作家の源泉に遡ったときに、作家には書かなくてはならない関心事とか問題意識などの「書くための核」があるはずで、それはあまりぶれないのではないのだろうか、と思うのである。人間は、そう簡単に生まれ変わることなどできない。


2011年4月4日月曜日

【本棚】東野圭吾「白夜行」

東野圭吾「白夜行」

非常に長い小説だが一気に読ませる力がある。
東野の作品には、実はあまり接していない。「秘密」は良い作品だが、ちょっと耐えられない結末で、後味が悪い。「容疑者Xの献身」そうか。東野は自己犠牲的な愛をテーマとすることが好きなのかと感じた。その自己犠牲が報わていれるか否かは、読者の感じ方次第というところか。

主人公二人の生きた約20年の時代の移り変わりを背景にしながら、二人の暗く奇妙な関係性が徐々に浮かび上がる。最初は登場人物が多く少し辟易するが、読み返してみれば、それぞれが不可欠なキャラばかり。物語を読み進めるに従い、仕組まれた人生に慄然とする思いである。謎が謎のまま提示されて終わるところも、本作の特徴であろうか。

この小説も、読みようによっては、自己犠牲的な愛を貫く亮二と雪穂のゆがんだ愛の物語でもある。愛の形が見えない、報われているのかどうかが分からない。主人公たちが極めて利己的なのも同じ。女性の方が精神的にタフなのもそうか。それぞれが、それぞれの考える愛の世界で満足している。ある意味で禁欲的ともいえる。だから物語に孤独さと静謐さが漂う。

物語の作り方には疑問も多い。暗い過去、決して癒すことのできない傷を負った二人ではあったが、なぜにそこまで、自分たちの人生を、小学生の時期から冷徹に規定できたものか。野心と強靭さは「事件」がきっかけの後天的なものではなく、むしろ先天的なものではないのか。主人公たちの鬱屈た幼少期の出来事と、その結果から生じた事件をバネとして、世の中に復讐しているのではないかとさえ思えるような人生を選び取るのは、やはり二人の生まれながらのダークさとタフさ以外の何ものでもない。

映画は観ていない。キャッチが「殺したのは心」、的確な表現ではある。が、心は一旦殺したら最後、生き返らないものではない。二人は心を「殺し続けた」。そこに底知れぬ、想像も出来ぬほどのダークさが潜む。深く暗い余韻を残す。二人の最初の行動には同情はできるものの、その後の生き方に感情移入はできないし、赦すこともできない。

(ファースト・インプレッション)
本作は、震災中の暇つぶしに買った、「白銀ジャック」が、評する気にさえならない作であったので、やはり代表作を読むべきだと考えて購入。最初の十数ページを読むだけで、これは確かに大作の名に恥じないなという予感。


2011年3月4日金曜日

Dudamel & SBYO チャイコフスキー 交響曲第5番

ドゥダメルのチャイコフスキーの動画がYouTubeにありましたので貼っておきます。

なかなかの熱演です。


YouTube 動画を高く評価しました -- Dudamel & SBYO - Tchaikovsky Symphony No.5... youtu.be/asmz473I0Xo?a

posted at 20:26:05

YouTube 動画を高く評価しました -- Dudamel & SBYO - Tchaikovsky Symphony No.5... youtu.be/iaMpeM3gmzM?a

posted at 20:30:53

2011年2月28日月曜日

2011/2/28 複雑に絡みついた利権

 

複雑に絡み付いた権益や利得は、誰かがハバを引かねばならず、それを痛みとして受け入れる覚悟が、誰もできていないというのが、今の日本を象徴していましょうか。番組は観てないのですが、印象です。RT @takuya1975 NHKスペシャルの諫早湾干拓事業の話を見たけれど、あちらを立てれ

posted at 21:47:36

へー、覚えておこう。 RT @Google_News_jp [トップ] 河村市長の「減税日本」と連携 練馬区長選出馬の菅田区議 - J-CASTニュース bit.ly/fNahiV

posted at 21:21:37

RT @Google_News_jp: [トップ] 河村市長の「減税日本」と連携 練馬区長選出馬の菅田区議 - J-CASTニュース bit.ly/fNahiV

posted at 21:21:08

【J-CASTニュース】河村市長の「減税日本」と連携 練馬区長選出馬の菅田区議 www.j-cast.com/2011/02/280892…

posted at 21:20:37

2011年2月21日月曜日

ジャスミン革命

チュニジアを発端とした中東の革命
その広がりは留まるところがなく、中国にまで波及しそうな勢い
ベルリンの壁崩壊に匹敵する歴史上の出来事か

日本は菅政権の支持率が20%代となり危機的な状況
管派と小沢派の対立も膠着状態で、政治は国民からそっぽを向かれている。

2011年2月15日火曜日

安齊重男に関するメモ

  • 歌舞伎座という現場 
  • アート・マネジメント講座 
  • 空気を撮る 
  • 見えないものを撮ることに興味 
  • 場所 身体的 場の雰囲気 
  • 物が置かれる前の現場の雰囲気 
  • おかれた後の違い、異物、
  • 変化 
  • 何かが映るはず 
  • 木村伊兵衛 
  • ロバート・フランク 
  • できるだけ長くその場に居合わせる事を重視、円のようなもの、状況が変わっていく。 
  • デジタルを使わない、映りすぎる。
  • 写したいものいがいのものまで、ピントの合方、 
  • 長澤英俊の要望、作品は残さない、空気 
  • 作家は何を残すのか? 
  • 伝説、記憶を作る
  • 萬来舎 
  • イサムノグチ 
  • 移築 移すことなど不可能 移したものは元とは全く違うものに 
  •  この二つの経験と実績 
  •  最初はパンフレット用だった 
  • 支配人が変わった 
  • 芝居に対する情熱、思い、型の継承ではなく
  • 型だけの継承ではなく、思いを継承することにこそ型の意味
  • 新しい場でなにができるか
  • 感傷よりも
  • したたかさ
  • 新しい歌舞伎座でなにができるか
  • 完全に雰囲気が変わっていた
  • 見る人の感傷と違う
  • 最後の日の歌舞伎役者たちの逞しさ

2011年1月22日土曜日

2011/01/22 BCJバッハコレギウムジャパン演奏会

結成20周年を迎えた古楽アンサンブルが、バッハの管弦楽組曲全曲を披露。

♪プログラム♪

J.S.バッハ:管弦楽組曲 全曲 BWV1066-1069

J.S.バッハ:教会カンタータ 第42番より シンフォニア 2
S席 5000円×2(3階C2列)
 
ミューザ川崎シンフォニーホール:044-520-0200


2011年1月18日火曜日

日本がデフレの原因

日本がデフレの原因
デフレであることを良しとしている、改善しようとする気がない
そのような世代が政治の意見に反映されている

すなわち、老齢世代の声が政治に反映されていない

60歳以上の人口を20~30歳の人口で割った数値と、人口による議員数のグラフをプロットすると見事に、相関関係がある

若者の声を政治に届くように、あるいは都市部の声を政治に届くように
一票の格差の是正などから始めないといけない

政治が若くない→わくわくした感じがない。

2011年1月4日火曜日

まじめに答えようとすると、あいまいになる問題点

  • 国の借金(国債)が増えすぎると、将来的に日本の財政は破綻するのか
  • 社会保障、年金制度は破綻するのか
  • 郵政民営化は推進すべきか
  • 増税しないで再建する方策はあるか
  • 消費税をどのくらい上げると、福祉、財政は健全化するのか
  • デフレ脱却の具体的施策は
  • 少子高齢化に対策案はあるか
  • 赤字企業の市場からの撤退と雇用流動化
  • 地デジは本当に必要か、国の電波行政のおかしさ。
  • 新東京タワーは何のために必要なのか。 
  • 民主党政権に期待できるのか
  • 小沢政治に賛成か反対か
  • 自民党は復活するのか
  • 農業は保護すべきか関税など撤廃し、国際競争力にさらすべきか
  • 不況時にはバラ撒き方のケインズ的投資をするべきか
  • 激安航空機料金はどういう仕組みか
  • 生産拠点を海外に移すと日本の技術は空洞化するのか
  • 地方は生かすべきか
  • ITゼネコンの問題点
  • ゼネコンはつぶれたほうが良いのか
  • 日本での適正規模の市場とは
  • 光の道は必要か
  • TPPは必要か

2010年12月29日水曜日

赤字企業は救済せずに潰すべきか

友人との会話で、赤字企業はつぶすべき論。

経済学部出身者なので、こういう意見になるのだろう。

赤字企業が生き残る意味はない。国民の税金で彼らの雇用を守る意味はない。

解雇者の雇用を企業が考える必要はない。

マネジメントのコアの部分で再就職はできる。

年収は同じにはならないが、雇用は吸収できる。

赤字企業をつぶして、成長産業を育てれは、そこで雇用が生まれる。

企業の淘汰は、徹底して市場主義、マーケットにゆだねるべき。決めるのはマーケット、政府ではない。

企業のコングロマリットもおかしい。黒字部門が赤字部門を補填するのはやめるべき。収益の低い業種は潰していい。

例えば日航をどうして存続させるのか。なくなっても誰とも困らない。マーケットが決める。

そこで失業率が10%でも越えれば、そのときは政治が考える。労働市場の流動化はある。

大学卒業して、その一点でその後の人生が決まってしまう、大企業に入ったものが守られて終身雇用と言う制度は変える必要がある。おかしい。大学時代の運のみ。

衰退する、儲けのでない企業を、つぶすところから始めないと。

通貨危機以前の韓国と今の韓国。通貨危機で韓国は企業を潰した。残った企業が強くなった。成長した。

2010年11月15日月曜日

久米宏の日本の食卓

昨日のテレビ東京の番組
スタジオに70才代の女性を集め、
その子ども世代を含む日本人の今の食卓が、どのようになっているかという番組。
2時間番組だが、定型的な内容なので半分まで見ての感想。

日本人の食卓が貧しくなったとの指摘は以前から。
食卓を記録している人、1週間の食卓を見ると真実が分かる。
(最初はがんばるけど、1週間はがんばれない)

2010年11月13日土曜日

【本棚】東野圭吾 容疑者Xの献身

東野圭吾氏は献身的な愛とか自己犠牲的な愛が好きなのか?秘密も根は同じテーマ。こちらの方が納得はしずらいが。

天才二人の天才性が弱い。
論理も、作者が天才と言うレッテルを貼らなければ、それほど驚くには値しない。
むしろ、献身者の存在を知った後での、女性の行動のさせ方こそが全て。
相手によって気づかせない、報われない愛とか奉仕。
真意が暴露された後の苦悩、ザンコクテキでさえあるが、結末は氷見ってとは真逆。
もう一作品くらい読んでおくか。


2010年11月11日木曜日

赤坂から六本木方面

赤坂から六本木ヒルズ、ミッドタウン、アークヒルズ方面を眺める。

 



2010年10月31日日曜日

【本棚】東野圭吾 秘密

何が秘密か最後に分かる
ご都合主義的、ブロットに最初は乗れない、もっと慎重に行動するだろうとか、気持ちの切り替えが早すぎるとか。
男目線、女性ならそうは考えないとか。

直子の選択も、彼女にとっては一番いい結論だが、男性としては完全に置いてきぼり。父親としての役割?

直子のずるさも含めた決断という広末の解釈は現実的で的確に思える。

追記


男性側がやりきれないとの感想も多いが、考えてみると、父親としての役割を全うさせるためには、直子が消えてしまうという結論しか有り得ない。
夫と同時に父親としての役割の両立はできないほどに男はセンシティブだ。
愛する夫のために直子は身を引いた、自己犠牲のもと。そうしなければ、もっと破綻しかなかった。だからこそ直子は秘密を胸に抱いたまま生きることをきめた。指輪の件だけを身に付けて。

そこに女性は共感するかもしれない。男性側からするとだから身勝手だと感じるだろう。残されてどうすればいいのかと。

ここが男と女の違いだろうか。


2010年9月22日水曜日

赤坂見附の風景

永田町方面から赤坂見附。

サントリービルの裏側に高層ビルが建設中です。



 

2010年8月6日金曜日

BASARA展@青山スパイラルを観る

2010年8月4日から7日までの短い期間に、無料での展示ということで、昨日、久しぶりに青山スパイラルまで脚を伸ばしてみる。

池田学や天明屋尚、その他現代アート作品と川鍋暁斎などの作品が並列されている様は、今の時代を感じる。デコレーションされたケータイと印籠が並ぶ展示もなかなか。

2010年7月11日日曜日

2010年参院選挙 民主惨敗

2010年7月11日に行われた参議院選挙で民主党は改選121議席のうち44議席しか獲得できず、惨敗した。

結果は大方の予想のとおりといってよい。「鳩山政権末期から考えると、ずいぶんと持ち直した」などと評している党員もいるが、昨年の期待値を考えると、これは惨敗といってよい。

しかしながら、国民が「改革」を期待しているのではなく「安定」を期待していることが、得票結果から考えると見えてくる。自民圧勝は裏日本や四国、九州地方ではなかったか。投票行動のマスが段階の世代を中心とした老齢世代であったり、地方農村部であるとするならば、都市部若者と日本の政治のコンセンサスは、やはり大きな隔たりを残したママだといえよう。

消費税問題は、確かに唐突な感は拭い去れなかった。今回の消費税論争の功罪は「消費税増税止む無し」という雰囲気を国民の中に醸成してしまったことではなかろうか。これが官僚の情報コントロールによるものなのかは分からない。消費税を増税する前にすることがあるだろう、との論理は正しい。

いずれにしても、「高福祉」という路線は、今十分に年金をもらえる世代を更に支えようとする政策であり、現在の若者や働き盛りの世代に向いた政策では決してないように思える。そこに民主党の危うさを感じる。

当方は民主党から「みんなの党」に投票したが、今回のみんなの党の躍進は、「消費税増税」「ムダの削減が民主党政権で滞ること」に対するアンチの受け皿になった。みんなの党が主張する国家公務員を31万人から10万人に削減するのは結構だが、リストラした21万人の雇用をどうするかの具体策がなければ、大量失業者と社会不安しか引き起こさない。国会議員にタレント候補が立っているのを見るに付け、こういうやつらが国会議員になるくらいなら、まず議員を削減すべきだと感ずるのは、当然のことではある。

2010年5月13日木曜日

赤坂見附の交差点を赤坂プリンスホテルから見下ろす

赤坂プリンスホテルのバーに行く機会がありました。上から、赤坂見附の交差点を見下ろしてみました。


サントリービルの向こう側にあった、鹿島建設の本社ビルが建替え中です。

2010年3月31日水曜日

ブログ移行に伴い当面休止








2001年1月から始めてきたホームページとブログですが、この度Bloggerに切り替えました。

過去ログはlolipopサーバーからbloggerに移動、自分の防備録を兼ねてネット上に残しておくこととします。(ほとんど手作業による引っ越しとなりました。すべてのログを移動できたわけではありません。)

画像リンク、ログの固定リンクは変更していないので、ほとんどはリンク切れになっています。

この10年の間で、あらゆるものが変わってしまいました。世界の変わるスピードは速く、今までと同じようなやり方では生きていけない。いくつかのクラッシュと再生への道のり、あるいは脱皮と変革、そして進化?


2010年3月27日土曜日

【本棚】香山リカ:なぜ日本人は劣化したのか

日本人が劣化したのは「なぜか」と題していながら、それに対する答えとして、「市場主義」に原因を求めている点は、ベストセラーとなった『国家の品格』(2005年)と同じ論旨であり追求の仕方としては一面的でしかない。本書が書かれたのが2007年4月であり、彼女の認識に古さを感じる。すなわち、時代を貫く論理にはなりえていないということだ。

「劣化」とひとくくりにしても、香山氏も指摘するように、学力、体力、(生きる)気力、マナー、「日本人らしさ」など、多岐にわたる。筆者は、それをバラバラに捕らえるのでは、間違った対処療法的な解決策しか出てこない、これらの病根は同じなのだからそれを認めて処方を論じよと解いている。その前提意見に同意することはできない。なぜなら、それはかえって問題を曖昧模糊なものとし、思考停止に陥る危険性を感じるからだ。全てに効く万能薬などない。

日本人が(この言葉に問題はあろうが)エリートから下流まで、程度の差こそあれ「劣化」していることは、何も香山氏に指摘されなくても日々目にするところである。政治の劣化は目を覆うばかり、だから「政治が悪い」では解決にも何もならない。

そもそも、本書のような内容でも「本」として発売されうるということ。そのこと自体が出版界と知的階層の劣化を象徴し、劣化を助長している。そのような本であることを分かっていて読む小生も「劣化」している。賢明な著者は、そのことに気づいていながら、あえて、このような愚書を出さざるを得ないほどに、書き手は焦燥感を覚えているのだと解釈しておきたい。

2010年3月13日土曜日

【本棚】FREE

読んで損はない、話題の本である。どうしてGoogleの各種サービスや「無料アプリ」が商売として成立しているのか、分からない人にはタメになるだろう。

「フリー」すなわち「タダ」のサービスは昔からある。しかし誰かがコストを負担していた。そのコストが限りなく、無視できるくらいにゼロに近づいた時、あるいはそのコストを全く気荷しなくて良くなったとき、大きなブレイクが生じる。それは「何で稼ぐか」というビジネスモデルを破壊してしまうこともあるからだ。

この流れは止まらない。音楽や出版業界がよく遡上に上る。旧来型のモデルにしがみつく業界は早晩に市場から撤退してゆくか、ニッチな産業となっていくとの指摘も、ある意味で正しいのだろう。

結局は、「何で稼ぐのか」というビジネスモデルの本質を問う作業であり、何をフリーにすればよいのか、ネットをどう使えばよいのかという話ではない。何(コンテンツ)をどうやって売るのか(=稼ぐのか)を明確にしなければ、いくら評判を得てもそこから利益は得られない。

我々は簡単にコピーできるものに、お金を払う気持ちが沸かなくなってきている。いくら知的所有権云々と言われてもだ。では、「顧客は何になら御金を払う気になるのか」あるいは「どうやったら御金を払わせることができるのか」を考えろということだ。アトムだろうがビットだろうが、結局は変わらない。

音楽や出版会、あるいはパソコンのソフト販売は企画から製作、流通、販売というモデルでは稼げなくなっただけのことだ。ブツに対する需要はなくならないが、ブツの販売経路では稼げない。中抜けになって「不要となった産業に働く人たち」は、どこで「稼ぐ」のか。考えなければ業界突然死に見舞われて路頭に迷うのか。ビジネスにおいて「ネットの普及が世界をフラットにした」「中間管理職が不要となる」ということと通ずる世界であると感じた。

しかしながら、上記の世界観は正しいとしても、フリーにできるものとできないものは存在する。フリーにはならない、リアルで重量を伴ったブツを提供する世界は、どこになるのだろうか、という視点は、当たり前だがこの本からは得られない。

2010年3月12日金曜日

【本棚】佐々木 譲 :警官の血

三代にわたる警官に関する物語で、読み応えのある小説である。佐々木氏の小説は、実は読むのが初めてであるこを前提に書かせてもらうが、本作に関していえば描写が非常に丁寧であり、ディテールに味ともいうべきリアリティがある。特に戦後の谷中や学生運動さなかの時代風景の描写は格別である。だからといってくどいというわけではない。一方で、描かれる人物は淡白な描写だ。主人公たちの人生に対する目的や受容の仕方も、ある意味で悩みもなく芯が一本通っている。読んでいて清冽な印象を受ける。

彼があえて「血」というものを題名に持ってきた理由は明白である。代々受け継いだ「血」は、警官になることを通して描く自分の周りの小さな人生であり、祖父や父が背負った人生を精算しながら自らも受け継ぎ濃くしてゆくという、人間としての連綿とした生き方そのものであろう。三代に渡って、清濁併せ持つキャラクターに磨きがかかっていく様は見事である。そこに、あえて言うならば現代が全く見落とし見捨てた世界観があるのではないか。事件やミステリーは脇役でしかない。従って、事件の真相が肩透かしをくらうようなものであったとしても、それゆえにこそ、といったところなのだろう。

2010年2月7日日曜日

【本棚】副島隆彦:ドル亡き後の世界

今まで、氏の「予言」が的中しているか否かについては自ら検証してはいない。本書に書かれていることも10年先の未来のことではなく、まさに今年の事であるから、とりあえずメモしておこう。本書の要約はこうである。

  • アメリカの景気は2010年3月頃から崩れ始め、いったん持ち直すものの、2010年末にアメリカは恐慌に突入し2012年が大底となる。
  • 株、為替、債権は世界的に暴落し「金融崩れ」が顕著になる。一ドルは80円を切り、場合によっては60~70円代に、ダウ平均は6000~7000ドルまで低落、日経平均も5000円を割る。
  • オバマ政権は経済的な失敗から任期途中で辞任する。日本はいまだにせっせと米国債を購入しているが、中国は米国債を徐々に売る準備をしている。
  • 債権価格は上昇。RMBS、CMBS、CDOなどの金融派生商品のリスクが一気に顕著になる。
  • アメリカは借金を返せなくなり、デノミ、計画的なインフレを引き起こさざるを得ない。
  • このような中で、中国のプレゼンスは必然的に高まる。
  • アメリカ中心の世界は崩壊し基軸通貨としてのドルは地位を失う。
  • 個人資金を保護するならば、金融商品ではなく「金」や成長可能な日本株を底値で買え。

副島本に共通する話題であるから、新規性は乏しいか。この話を信じるか否かについては賛否があろう。サブプライム問題を思い出しても、日本は当初は軽く見ていたらダメージは深かった。グリーンスパンが「100年に一度の危機」と称したが、思ったよりも早く経済は(日本を除いて)回復基調だ。マスコミは何を伝え、何を伝えない(知らない)のか、素人が経済新聞を読んでいるくらいでは、実際のところはよく分からない。

混迷は深まるばかりで、このような不安を政治的に払拭しようとする動きは全くに見えない。将来的に不安しかない状況が今の日本の現状であり限界なのであろうか。

2010年2月6日土曜日

【本棚】オルテガ:大衆の反逆

内田樹のブログを呼んで、オルテガの名前を目にして以来、ようやく読了。20世紀初頭のヨーロッパ(スペイン)と21世紀初頭の日本において、オルテガの提示したテーマは現代性を持ちえているだろうか。

オルテガを批判(した)する者は、エリートと大衆の区分についてであろうが、オルテガの貴族性とは内的なものであり、身分制度として述べているのでないことは自明である。過去からの時代精神や制度、思想などの恩恵の上に成立するはずの現代人が、過去の英知や努力などをご破算(無視)にした上で、果実のみを享受しているということ、あるいは権利のみ主張し義務を省みない者たちやその心象こそを、オルテガは批判したわけである。

発達した科学やシステムの中で、選択の自由度は増したにもかかわらず、それら生与の権利に対し無自覚であることが大衆の罪であるとしたことは、現代に生きる者にとっても的外れな話ではない。文明や生きていく上での前提条件ともいえようか。

彼の主張は、支配するものとしての「国家」にも言及されるが、彼のテーマは政治やイデオロギーにはない。ファシズムやポルシェヴィズムを批判的に述べているとしてもだ。彼の着眼は「生の衝動」という言葉などで繰り返されるように、生きること、文明社会の本質的そのものに対する問いかけのように思える。

そういう観点からは現代のネット社会に生きる我々が、彼の忌み嫌った「大衆」であることは論を待たないし、オルテガの指摘は今でも鋭さを失ってはいない。しかし、とことんまで分散し個別化した大衆が、改めて解体され再生されることがあるとしたら、そらがどういうことなのかは、今の私には見えない。

2010年2月5日金曜日

【本棚】副島隆彦:売国者たちの末路

副島の論理を胡散臭いと感じるか、真実を伝える伝導者と考えるかでとらえ方は全くことなるであろう。読後の印象として、副島氏得意の根拠なき陰謀論満載で、こんな本を読んでいると大きな声で言うのは、やはり控えたほうが良かろうということ。裏のロスチャイルドやロックフェラーなどの金融系支配者が支配しているという世界観は面白いし、フィクションとしの時間つぶしならばよいが、副島の妄想に付き合っている時間はそれほどない。ただ、それを「妄想」と論破する論拠もこちらにはないだけのことだ。

しかし彼が誰を支持し、誰を糾弾しているのか、そしてアマゾンの圧倒的な無垢な副島礼賛と覚えておいて良いだろう。

彼の視点は、日本国民を騙してアメリカに資金を流入させる者を売国奴と称しているわけであるから、小泉-竹中路線につながる人脈を批判するのは理解できる。小泉改革がすべて間違いであったのか、ということについては、いまだ私の中で評価は定まらない。規制緩和を進め競争を進めたことは、功罪相半ばといった印象がある。資本主義が悪いわけではない以上、正当な競争原理のもとで健全な発展をすることは間違ってはいないし、用がなくなった業界や企業が退場することも、いたし方がないことである。問題は、その退場のさせ方であり、あまりに急激な変化は社会不安を生むし、失業率の増加などマイナスの要因が大きすぎるということだ。「痛み」は理解するが、誰もその痛みを自分が負う覚悟はできていない。そういう点から、池田信夫氏が指摘するように、労働市場の流動性がないこと、あるいは大企業の既得権益が強すぎることが問題であるとする主張の方が理解しやすかろう。

こういう小泉路線に対して、守旧的な小沢、亀井路線が存在し、ある程度の支持を獲得している。副島氏も彼らを支持し日本を守るという姿勢を鮮明にしている。しかし、彼らの主張は時代に逆行し、真の意味で改革することを遅らせてはいないかという点に対する疑念は晴れない。特に彼が小沢民主党を支持することには違和感さえ覚える。鳩山は論外にしても。

「改革か成長か」「需要か供給か」「金融か財政か」といった、タマゴニワトリ的な論争は専門家にまかせるとするが、日本が大いなる混迷の中にあって、この本も混迷を深めこそすれ、光明を見出す本にはなり得ていないことに変わりはない。

2010年1月30日土曜日

【本棚】松浦理英子:犬身

「犬身」=「献身」なのでしょうか。犬になりたい願望を持った女性が、メフィストフェレスのような悪魔と取引をして、自分(犬)を大事にしてくれる人の「犬」になるという話。

犬が好きな飼主に飼われる犬の気持ち、犬の心地よさ、犬の幸せ、犬の快楽が理解できなければ、この本には入り込めないだろう。私は犬を飼っているが、主人公の気持ちには全く共感を寄せることができない。そういう意味では、私は真に犬をかわいがってはいないということか。人間と犬にしか通じ合わない関係というものがあることを首肯したとしても、犬になって一生を終えること、犬の知性にまで(言葉は悪いが)堕ちてしまうことに、なぜ根源的な恐怖がないのか。人間としての実生活や人間関係を抹殺できるほどの絶望と諦念??

飼い主の家族の風景にも、嫌悪感しか覚えず。こんなグロで幼稚な精神しか持っていない家族を描き出して、どうしたいのですか。逃げ場のない不幸な者に、見返りを求めずによりそうこと、そこから得られる無償の幸福ですか?それは「犬」にならなくては実現できない「愛」ですか。だとしたら、かなり哀しい・・・。私は、人間のまま、人とつきあいたいです。(あ、それぢゃあ小説にならないか)