2018年10月9日火曜日

【本棚】「孤舟」 渡辺淳一

渡辺淳一2010年の作品。発売当時、かなり話題になった本だったと記憶している。その頃の自分は、近くはないがまだ先のことと気にはなるがスルーした。今になり、還暦もそう遠い未来ではなくなってきたので読んでみた。

定年退職した夫が毎日家にいることになる。夫はやることがなく時間を持て余す。それでも、働いていた時と変わらずに、妻に日常の些事を要求する。水をよこせだの飯はまだかだの、そういうことだ。そういう夫に対し、夫が毎日家にいることに耐えられなくなる。いわゆる妻は主人在宅ストレス症候群か。夫が描いていた定年後の悠々自適の生活とは裏腹に、夫婦の関係が急速に悪化していく・・・。


2018年10月4日木曜日

【本棚】小説「終わった人」 内館牧子

定年とか今の仕事人生の終わりが見えてきた自分に、何が見えるかと思い読んでみた。

主人公は東大法学部卒、大手銀行に勤め役員一歩手前で子会社の役員に飛ばされる。銀行の熾烈な出世競争に負けたわけだ。それでも年収1200万円が保障され、夫婦で老後資産の心配はない。人生勝組の数パーセントに所属する主人公を一言で表せば、自分中心主義の勝手で鼻持ちならない見栄とエリート意識の塊の男、である。
小説は、そんな彼が定年を迎えた日から始まる。定年になって、やっと仕事後の人生設計を考えるという、そもそも最初から「終わった感」がある。

そういう人物が、いかにこの世代に多いかを、作者の内館氏は見てきたのだろうか。読者に不快感を与えるほどあり得ない設定の主人公であっても、幸せな老後は簡単には訪れないことを描き、それを通じて、仕事というもの本質を内館氏は抉り出していると感じた。


2018年9月23日日曜日

谷川岳に登ってきました

昨日は 谷川岳 に行ってきました。
天神平ロープウェイを使い山頂へ。三連休で大渋滞、予定より1時間遅れでトマの耳。この時点でガスがかかり眺望ゼロ。早々に昼食済ませ、一ノ倉岳 、茂倉岳を通って土樽駅に向かうことに。
オキの耳を過ぎると登山者もめっきり減り、霧も晴れ谷川の絶景を満喫。それにしても、茂倉岳避難小屋を過ぎ、矢場ノ頭からの樹林帯の下りは、消耗激しく久々の体力の限界超え。心も折れかけ、当分行きたくありません。

谷川岳を越えて一ノ倉方面


2018年9月16日日曜日

藤田嗣治展 東京都美術館



東京都美術館で開催中の藤田嗣治展にいってきました。

レオナルド藤田の名前で、知ったかぶりしてましたが、あって良かったです。全く藤田像が変わりました。

2018年9月15日土曜日

マックス・リヒターの動画

マックス・リヒター は、映画音楽やドラマ音楽の作曲者としても人気です。ポスト・クラシカルという分野ですが、時代の雰囲気にあっているのでしょうか。

以下は映画「メッセージ」でも使われたヒット曲のMVです。非常に印象的な動画でしたので貼っておきます。(動画のリンク先は以下の記事から)


2018年9月8日土曜日

建築の日本展 六本木ヒルズ美術館


六本木ヒルズで開催中の建築の日本展 に行ってきました。

展示数が多く飛ばして観ても3時間弱かかりました。佐川美術館 樂吉左衛門館や石上純也氏のHouse&Restaurant など、観るべき建築や、驚くべき作品も多く、改めて建築の持つ力を感じた展覧会でした。

また、日本の建築家の多様性にも改めて認識を新たにした次第。

2018年8月26日日曜日

小瀬村真美 幻想〜像」(イメージ)の表皮


殺人的な暑さの中、原美術館で開催中の小瀬村真美さんの初個展に行ってきました。

何が驚いたかって、古典的写実静物画と思ったら精緻な写真で、写真かと思ったら、それが時間軸を持った動画であって、動くということ。 

いや、動くというのは正しくない。対象が生まれるその時から、朽ち果てるまでの長い時間を短縮したり、美しく作られた静物が、破壊される一瞬の時間を、逆に無限と思える時間に引き延ばして見せてくれる。

何たる発想の斬新さ、表現の恐ろしさ。 
これらの作品を前にして、慄然として動けなくなる。

生とか死とか、そんなありふれた概念だけではなく。

シーツで覆われた静物たちも、もはや静物の実態を失った仮装の姿として立ち現れることの、裏と表が裏返ったかのような存在感と虚無、そこに孕む、言いようのない儚さと美しさ。

 全てが夢のような展示空間。

以下は、ファースト・インプレッション

2018年8月19日日曜日

なぜ写真を撮るのか

なぜ写真を撮るのか、ということは、人それぞれで、千差万別の考え方があっていい。自己の内面表現という、ひとまずの回答もありだと思う。自分の中でバランを取るようなものか。

自己の内面を吐露してどうするんだ、表現は受け止める人、相手があってこそ、相手がどう思うかというこの抜きに表現はない。という考え方もよく分かる。両者は相反するものではなく、おそらく離れがたい裏表なのだろう。

誤解されると困りますが、村井さんの写真がというわけではなく、誰かが分かってくれればいい、自分は自分みたいな表現は、さすがにどうかとは思うけど。

ナイーブすぎる世界観とか。難しい問題です。

村井さんの写真は好ましいですよ。

そもそもがツイート自体が精神面でのバランス取りみたいな、自分にとっては。

@MRIPhoto さんのツイートとnote 読んで思ったことです。勝手にリツイートで失礼しましたm(_ _)m 


 

2018年8月10日金曜日

GINZA SONY PARK

公園なのだから、多様な捉え方があっていい。立体公園のコンセプトは秀逸か、銀座だからここその回答。色々な植物がハンティングされ据えられているが、物珍しさと若干の痛々しさが伴い、サーカスを見ているような、少し暗い気持ちに、癒されるものではないね。


2018年8月4日土曜日

池袋東口界隈 2018年8月

池袋駅東口辺りをうろうろして、少しだけ写真を撮っておきました。池袋駅の南側に巨大な建物が建設中でした。



2018年7月29日日曜日

マグナムのLIFE 代官山ヒルサイドテラス



代官山ヒルサイドテラスにて富士フィルムとマグナムによる共同プロジェクト最終日、HOME。
16名の写真家が富士フィルムからカメラと”HOME”というテーマを与えられての写真展。HOMEという言葉をどのように捉えるのか。

2018年7月16日月曜日

リコーイメージングギャラリーにて

藤倉匠さん在廊。お話を伺えた。現代の消費者価値に対するアンチテーゼとしての写真だとか。

藤倉匠さん曰く。この作風になる前はキッチリしたスナップとか撮影していたらしい。機材も全て売ってここにたどり着いた。


2018年7月9日月曜日

写真家の田中伸明さんの写真に対する考え方

写真家の田中信明さんの写真に対する考え方に共感するところが多い。

発言は過激だが、日本の写真界(あるいはカメラ界と言ってもいいかもしれない)に対する、根強い不信感、不満感。そしてカメラ業界に踊らされている、日本のアマチュア写真界を、非常に深く憂いている。

あくまでもカメラは道具でしかなく、高いカメラ、最新のカメラを手に入れれば、あるいは、うまく写っている写真のデータ(露出、絞り、ISOその他モロモロ)を真似れば、よい写真になるという多いなる勘違い。

写真がアートとしてあるいは芸術として認められないことに対する憤り。

写真は他者に対するプレゼントという考え方が、余りにも当たり前すぎて素敵です。

いやはや、とても発言はとても尖っていますが、きっとご本人は、とても優しい方だと思います。

  • アルバムと写真集は違うということ
  • 作品は人に見せるもの
  • 写真を撮って自分でため込む人
  • 写真はプレゼント、作品は見る人がどう思うかということを常に意識。
  • 自分よがりの写真はNG
  • 撮られる人のことも考える
  • 写真を撮るということは、撮影者を観察されているということ
  • カメラや機材が好きという人
  • 写真を撮るという行為そのものが好きなだけの人
  • 良い写真とは、取る前にイメージができている、撮りたい、つくりたいイメージが先にある
  • ファインダーを覗いて考えるのではない
  • 事前にシミュレーション

2018年7月6日金曜日

ブログを書くことについて改めて考える

このHPを始めたのが2001年、ブログに移行したのが2004年、ブログ休止宣言したのが2013年と色々と変遷をしてきた。

約20年近くの間に、ネット、SNS、メディア、IT機器など激変した。かつてよく訪れていた優良なサイトのいくつもが閉鎖されもした。

いろいろなものが変わり、終わり、始まった。

自分的にも、ある時代が終わり、次のフェイズに移り変わりつつある。

老化とともに停滞どころか退化する肉体と精神だが、まわりのスピードはますます速くなり、そこに留まり続けることを拒否される。

変わらない自分、あるいは土台ごと変わり続ける自分を見つめ直す意味から、この私的ブログを再開することとした。

かつてのように、何かを批判したり、批評の真似事をしたり、日々の出来事を綴るつもりは毛頭ない。あくまでも、気になることの記録と、わずかばかりの思索、日々死滅しゆく脳細胞のための備忘録として。