時代は大きな転換期、自分もとうに還暦を過ぎた。何に関心があり、どう考えていたか、記憶と思考の断片をつなぐ作業。将来の何に「投資」するか、自分を断捨離したときに最後に残すものは何か。私的なLife Log、ネット上の備忘録。
2018年10月9日火曜日
【本棚】「孤舟」 渡辺淳一
2018年10月4日木曜日
【本棚】小説「終わった人」 内館牧子
主人公は東大法学部卒、大手銀行に勤め役員一歩手前で子会社の役員に飛ばされる。銀行の熾烈な出世競争に負けたわけだ。それでも年収1200万円が保障され、夫婦で老後資産の心配はない。人生勝組の数パーセントに所属する主人公を一言で表せば、自分中心主義の勝手で鼻持ちならない見栄とエリート意識の塊の男、である。
2018年9月23日日曜日
谷川岳に登ってきました
2018年9月17日月曜日
ヴィキングル・オラフソンの「バッハ・カレイドスコープ」
オラフソンの新譜かな?取り敢えず聴いてみる。 https://t.co/vzp5NfmAia
— yukimaru | Clala-Flala (@yukimaru_o) September 17, 2018
2018年9月16日日曜日
2018年9月15日土曜日
マックス・リヒターの動画
マックス・リヒター は、映画音楽やドラマ音楽の作曲者としても人気です。ポスト・クラシカルという分野ですが、時代の雰囲気にあっているのでしょうか。
以下は映画「メッセージ」でも使われたヒット曲のMVです。非常に印象的な動画でしたので貼っておきます。(動画のリンク先は以下の記事から)
2018年9月8日土曜日
建築の日本展 六本木ヒルズ美術館
2018年8月26日日曜日
小瀬村真美 幻想〜像」(イメージ)の表皮
2018年8月19日日曜日
なぜ写真を撮るのか
なぜ写真を撮るのか、ということは、人それぞれで、千差万別の考え方があっていい。自己の内面表現という、ひとまずの回答もありだと思う。自分の中でバランを取るようなものか。
自己の内面を吐露してどうするんだ、表現は受け止める人、相手があってこそ、相手がどう思うかというこの抜きに表現はない。という考え方もよく分かる。両者は相反するものではなく、おそらく離れがたい裏表なのだろう。
誤解されると困りますが、村井さんの写真がというわけではなく、誰かが分かってくれればいい、自分は自分みたいな表現は、さすがにどうかとは思うけど。
ナイーブすぎる世界観とか。難しい問題です。
村井さんの写真は好ましいですよ。
そもそもがツイート自体が精神面でのバランス取りみたいな、自分にとっては。
@MRIPhoto さんのツイートとnote 読んで思ったことです。勝手にリツイートで失礼しましたm(_ _)m
なぜ写真を撮るのか、ということは、人それぞれで、千差万別の考え方があっていい。自己の内面表現という、ひとまずの回答もありだと思う。自分の中でバランを取るようなものか。 https://t.co/rHISY1u0gK
— yukimaru | Clala-Flala (@yukimaru_o) August 19, 2018
なぜ,写真を撮るのか|村井信智 @MRIPhoto|note(ノート) https://t.co/6Sbeq9xkkR
とりあえず,僕が写真を撮る理由をなんとなくまとめました
— Nobutomo Murai (@murainobutomo) August 18, 2018
暇な時間に読んでみてください
2018年8月10日金曜日
GINZA SONY PARK
公園なのだから、多様な捉え方があっていい。立体公園のコンセプトは秀逸か、銀座だからここその回答。色々な植物がハンティングされ据えられているが、物珍しさと若干の痛々しさが伴い、サーカスを見ているような、少し暗い気持ちに、癒されるものではないね。
GINZA SONY PARK
— yukimaru | Clala-Flala (@yukimaru_o) August 10, 2018
取り敢えず、通りかかったので、みてきた。 pic.twitter.com/D5VYC7o5A7
2018年8月4日土曜日
2018年7月29日日曜日
マグナムのLIFE 代官山ヒルサイドテラス
代官山ヒルサイドテラスにて富士フィルムとマグナムによる共同プロジェクト最終日、HOME。
16名の写真家が富士フィルムからカメラと”HOME”というテーマを与えられての写真展。HOMEという言葉をどのように捉えるのか。
2018年7月16日月曜日
リコーイメージングギャラリーにて
藤倉匠さん在廊。お話を伺えた。現代の消費者価値に対するアンチテーゼとしての写真だとか。
藤倉匠さん曰く。この作風になる前はキッチリしたスナップとか撮影していたらしい。機材も全て売ってここにたどり着いた。
リコー イメージングギャラリーにて pic.twitter.com/gmmyUWz9FP
— yukimaru | Clala-Flala (@yukimaru_o) July 15, 2018
2018年7月9日月曜日
写真家の田中伸明さんの写真に対する考え方
写真家の田中信明さんの写真に対する考え方に共感するところが多い。
発言は過激だが、日本の写真界(あるいはカメラ界と言ってもいいかもしれない)に対する、根強い不信感、不満感。そしてカメラ業界に踊らされている、日本のアマチュア写真界を、非常に深く憂いている。
あくまでもカメラは道具でしかなく、高いカメラ、最新のカメラを手に入れれば、あるいは、うまく写っている写真のデータ(露出、絞り、ISOその他モロモロ)を真似れば、よい写真になるという多いなる勘違い。
写真がアートとしてあるいは芸術として認められないことに対する憤り。
写真は他者に対するプレゼントという考え方が、余りにも当たり前すぎて素敵です。
いやはや、とても発言はとても尖っていますが、きっとご本人は、とても優しい方だと思います。
- アルバムと写真集は違うということ
- 作品は人に見せるもの
- 写真を撮って自分でため込む人
- 写真はプレゼント、作品は見る人がどう思うかということを常に意識。
- 自分よがりの写真はNG
- 撮られる人のことも考える
- 写真を撮るということは、撮影者を観察されているということ
- カメラや機材が好きという人
- 写真を撮るという行為そのものが好きなだけの人
- 良い写真とは、取る前にイメージができている、撮りたい、つくりたいイメージが先にある
- ファインダーを覗いて考えるのではない
- 事前にシミュレーション
2018年7月6日金曜日
ブログを書くことについて改めて考える
このHPを始めたのが2001年、ブログに移行したのが2004年、ブログ休止宣言したのが2013年と色々と変遷をしてきた。
約20年近くの間に、ネット、SNS、メディア、IT機器など激変した。かつてよく訪れていた優良なサイトのいくつもが閉鎖されもした。
いろいろなものが変わり、終わり、始まった。
自分的にも、ある時代が終わり、次のフェイズに移り変わりつつある。
老化とともに停滞どころか退化する肉体と精神だが、まわりのスピードはますます速くなり、そこに留まり続けることを拒否される。
変わらない自分、あるいは土台ごと変わり続ける自分を見つめ直す意味から、この私的ブログを再開することとした。
かつてのように、何かを批判したり、批評の真似事をしたり、日々の出来事を綴るつもりは毛頭ない。あくまでも、気になることの記録と、わずかばかりの思索、日々死滅しゆく脳細胞のための備忘録として。







