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2004年10月14日木曜日

米大統領選の行方と防衛構想

アメリカでは来月の大統領選挙に向けてブッシュとケリー候補がTV討論などで熱弁をふるっています。海外のWeb Newsを見出しだけでも見るとはなしに見ていても、毎日彼らの話題で持ちきりなことが分ります。

今回の選挙は「戦争最中の選挙」であることから、「イラク戦争」を含め今後の防衛についてどう考えているのか、今後4年間で何を実現させるのかを占う点でも、日本にとっても無関係の話題ではありません。

しかしどうなんでしょう、防衛に関して言えば、日本はアメリカ追随の姿勢から、武器輸出三原則の見直し、憲法改正、独自の防衛力構想をも含め、何か議論がかみ合っていないような気がしています。「テロとの戦い」というのを最大限許容したとしても、ハード面でもソフト面でも冷戦時代をひきづっていないかと。その最たるものがMD(Missile Defence)だったりします。

これについて、10月9日付けのJMMは「アメリカの選択、日本の選択」と題しこの問題は日本の産業競争力を損なう危険があり、計画に参加すべきではないし、また武器輸出三原則の緩和も日本経済を繁栄させるという観点から見て、下策だと書いており、納得させられました。

「産業競争力を損なう」という主張は、防衛産業という国家機密に類する産業は国際競争力が働かないためであるとし、以下のように書いています。

戦車や軍用機、そしてハイテクの塊のようなMDなどに至っては、「軍事機密」という隠れ蓑の向こう側で、一体何が妥当な価格なのか、社会的なチェックは不可能です。こうした環境は日本経済の不得手とするところです。MDプロジェクトにおいて、アメリカから強く誘われるまでになった日本の技術力は、民需の過酷な価格と性能の競争によって養われたことを思うと、政治と軍事の影に隠れた世界では、コストと性能という板挟みの中で戦う緊張感を維持することはできないと思います。

MDによる均衡の崩れとか、MDの実質的な効果とか、対テロにMDが必要かとか、果てしない軍拡競争というかつての冷戦時代にもあった技術的問題も被さってきます。北朝鮮の脅威を最大限に考えたとしても、得策かどうかは分りません。

10月12日Washington PostのOP-EDでもDavid Brooks氏は、大統領選挙における候補者の主張「赤字の削減」と「軍事費の拡大」の矛盾を鋭く突いており、MDについても以下のように述べています。

A starting point for defense budget skeptics is national missile defense. The Bush administration plans to spend $10.7 billion this year in a rush to deploy a system that even some of its own experts say isn't ready. That spending could be cut in half, to allow the testing for a system that would eventually work against potential adversaries such as North Korea or Iran.

David Brooks氏はMDのほかにも冷戦時代を踏襲したような無駄な軍備について指摘していますが、日本がアメリカの軍事費までをも肩代わりをするようなことに、みすみすなってしまうことは避けてもらいたいものです。

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