歌舞伎座で芸術祭十月大歌舞伎の夜の部を観てきました。
演目は田之助、左團次、菊五郎などによる「双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき) 引窓」、玉三郎の人形振りが話題の「日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)」、そして今年12月に坂田藤十郎を襲名予定の鴈治郎による「心中天網島 河庄」です。
あらかじめ渡辺保氏の歌舞伎評と、一閑堂のぽん太さんのエントリをじっくり読んでから望みましたので充分楽しん観ることができました。
勘三郎襲名披露の狂騒の頃は、前売券も発売と同時に売切れでしたが、この頃はネットでも比較的容易に席を確保できます。一幕見で3本も続けて見てしまうと、3階席などの廉価な席を予約した方が結局は待ち時間などを考えるとリーゾナブルなので、この頃は予約してから観に行っています。それに、甘党なら(おそらく)クラクラしてしまうであろう歌舞伎座内の桃源郷を彷徨う楽しみが増えますから、断然こちらの方がお得感がありますね。
ということで感想です。まずは「引窓」から。ぽん太さんのエントリでは実直な生活感のようなものが出ないと、あたら空疎になる芝居だとあらためて感じた。
と評価は高くない様子。一方で渡辺氏は、左団次の濡髪、団蔵の平岡丹平、権十郎の三原伝蔵まで。そのアンサンブルによって今月歌舞伎座一番のみものである
とえらい褒め様。私の感想がどちらに傾くか自分でも興味津々で観たのですが、結果としては予想以上に楽しんでいる自分を見つけてしまうことになりました。
「引窓」は、継子と実子と母親、そして継子の妻四人による家庭劇なのですが、母お幸の田之助が良い出来です。実子を思う母の痛ましいほどの気持ちが客席までビシビシ伝わって来ます。特に犯罪人として追われている実子の絵姿を買いたいと、なけなしのお金を差し出す場面は、(渡辺氏も指摘していますが)不覚にも涙がこぼれます。それほどに実に入っている。ときとして嘆きが大げさ過ぎるキライもありましたしたが、それを割り引いてもまず、田之助といったところでしょうか。
次に良いのは菊五郎演ずる継子の南与兵衛。町人から武士になった喜びの表現のうれしさ、母の不穏な様子に訝る雰囲気、手水鉢に映った長五郎を見つけてからすべてを悟るに至るきまりの見事さ。
水鏡で羽織を脱ぎかけて右足を伸ばしたきまりが大きく、お早とからんで三味線につく三度のきまり、すなわち右手に捕縄、左手に十手で中央に立つきまり、つづいてウラ見得、口に十手をくわえて捕縄をさばいてのツケ入りの見得が味が深く、「狐川を左にとり」を二階の濡髪に聞かせるハラもキッパリ
と渡辺氏の劇評にありますが、本当にこの一連のキマリ方ときたら惚れ惚れするほどで、思わずボゥっとなってしまったほどです。ここですよ、歌舞伎の「快楽」と呼べる瞬間は、引用していてまたボゥっとなってしまいます。観ていて、このキマリ方は「盛綱陣屋」における首実検の場面に似ていると思いました。勘三郎演ずる盛綱のキマリも見事でしたが、鮮やかさの点ではこちらの方が印象深いか。
実子を演ずる長五郎の田之助は、継子の南与兵衛と対比することで彼の実像が浮かび上がってくる。逆に言えばそれほどに菊五郎の継子としての矜持と演技が見事ということか。田之助は、なりはでかい相撲取りでありながら、母にすがり義兄弟の情けを受ける立場。終わり方も菊五郎がかっこよすぎる。
魁春のお早もいい味が出ています。与兵衛が武士に取り立てられたときの嬉嬉とした喜びようのかわいらしく、いじらしいこと。その喜びがあるから、その後の母をかばって、せっかくの幸福まで犠牲にしようとする心根が映える。
ということで、「野崎村」以来に全てにおいてハマった芝居でした。
次は玉三郎の「日高川入相花王」です。渡辺氏の劇評を見てみましょう。
玉三郎には「櫓のお七」の人形振りという傑作があるので大いに期待したが、人形振りの振りが地味でつまらず、お七のようにはいかなかった。川の中へ入って蛇体になるところも演出が一工夫足りない。
これだけです。人形振りはいただけませんでしたか? 私には初めて観る演目でしたから、菊之助の人形遣い役と玉三郎の人形振りはそれなりに面白かったのですが。
それにしても玉三郎の踊りは優美です。人形振りというからもっとギクシャクした振りを期待していたのですが、いちいち可憐で美しすぎます。美しすぎる故になのでしょうか、蛇体にまで変じるような妄念が私には今ひとつ感じられません。だから川に身を投じてからの演技にも、何か空々しさを感じてしまう・・・。ここの感じ方も、ぽん太さんとまるで逆。まったく、音楽にしても芝居にしても人によって感じ方は全然違うものだなと。(>だから劇評は「意味がない」のではなく「面白い」のです)
対岸に辿り付いて疲労のために呆と立ち尽くす姿は、おそらくこの芝居の中の一番の出来だっと思います。黒幕が切って落とされ、一面明るくなった舞台は、時間の経過とともに、彼女の妄念さえも浄化していたのではないかと一瞬勘違いさせる程でありました。
最後は鴈治郎の「河庄」です。今月のガイド本に演劇評論家の水落潔による「三代の頬かむり」と題する解説と写真が載っているのがうれしいです。これで渡辺氏の劇評にあった「(頬かむりの中に)日本一の顔」という意味が分かりました。それほどまでの鴈治郎にとっての「河庄」なんです。
これを演じて藤十郎に、と思っていましたのでこんなに嬉しいことはありません
とは鴈治郎の言葉。
しかし、私はこの「河庄」を真に楽しむことができませんでした。何故なら治兵衛の、いや鴈治郎の花道の出が3階席からでは全く見えないんですよっ!! これを見ずして何の「河庄」と言えましょうぞ。しかも、少ない歌舞伎経験から、女形としては随一でないかと思っている雀右衛門の台詞が、小さくて聞き取れないっ!! これでは「河庄」の根っこの半分くらいを削ぎ落とされたような感覚。無念っ!!
それにしても雀右衛門、大正9年生(1920年)まれですよ。それなのに漂う色香、惚れ惚れするほどの艶やかさ、脇に徹しているときの微動だにしない姿勢、舞台に居るだけで「絵」になる。足腰がかなり弱っているご様子ですが、出来る限り彼の芸に接していたいものです。
で肝心の鴈治郎、これがなかなか良いのです。先月の「植木屋」といい「河庄」といい、上方狂言は素直に楽しめます、余計なことをしなくてもそれだけで充分に面白い。しんみりした部分とツッコミのバランスは、まさに上方なのでしょうか。「じゃらじゃらした」雰囲気と良く言われますが、成る程なと頷いてしまいます。
日用帳のfoujitaさんも書かれていますが、最後の3人で絵になるところが無類
というのには同感。今回の歌舞伎は「絵心」が充分に満たされる舞台でした。もう一度観なくてはということにも激しく同感なのですが、しかし・・・爆発的な忙しさの控えている10月にこの幸福な時間は再び訪れるのでしょうか・・・?
追記 10/12
歌舞伎系ブログを読んでいたら、中村雀右衛門が腰痛のためしばらく休演とのこと。ついこの間の歌舞伎座でも動きが今ひとつでしたし、立ち上がるときに介添えをそっと周りの人がするほどでしたから、大丈夫かと案じてはいたのですが。一日も早く良くなることを祈っております。