2006年5月28日日曜日

マーラー:交響曲第2番「復活」/ブーレーズ&ウィーン・フィル

  1. マーラー:交響曲第2番「復活」
  • ブーレーズ(cond) ウィーン・フィル クリスティーネ・シェーファー(S) ミシェル・デ・ヤング(Ms) ウィーン楽友協会合唱団 合唱指揮:ヨハネス・プリンツ
  • DG/00289 477 6004(輸入盤)

ブーレーズのマーラーというと、知的抑制だとか緻密なスコア解釈、透明感などというキーワードで語られることが多いようです。何度か繰り返して聴いていますが、確かにこのマーラーは美しい。しかし感情移入の激しいマーラーを求めるリスナーには、ブーレーズのマーラーから何か決定的なものが失われていると感じるであろうことも認めざるを得ません。

であるからと言って、ブーレーズの演奏が分析的なだけで、感情表現を全く廃しているとすることも当たらないでしょう。作品解釈にを忠実であれば、過度な感情を込めなくても作品の持つ意味は自ずと立ち上がってくはずだろうと思います。ここに聴こえるマーラーは洗練され見通しが良く、ウィーン・フィルの演奏力と相まって曲のダイナミックさや美しさを損なっていない演奏だと思います。

例えば第一楽章などは、ブーレーズらしくないアゴーギグとでも言うのでしょうか、随所でしっかり「タメ」も聴かせてくれます。激しいところは激しく、優雅なところはひたすら華やかです。

中間の三つの楽章はくぐもったような暗い響きで、憂愁さえはらんでいるかのように聴こえます。ブーレーズの何とシンクロしているのでしょうか。曲の移ろいをたゆとう人生の流れにもなぞらえたかのように、ゆったりと、そして悠然と描いているようです。

第4楽章のミシェル・デ・ヤングの原光も、少し声質がナマっぽい感じがして、ブーレーズの演奏のバランスから考えると若干違和感を感じますが、演奏そのものは非常に良いと思います。

両端楽章の起伏とスケールの大きさは、おそらく演奏会場のナマで聴いていれば、結構驚きの演奏なのではないかと思えます。ティンパニやトロンボーン、チューバの音も劇烈です。オケ的音響としては、これに何のモンクを付けられましょうという程。ラストに向けての合唱の入る直前の美しさは言葉になりませんし、クライマックスも実に壮大、全く素晴らしい演奏といえます。

ただ、全編を聴き通した後に残るモノということに関して言うならば、壮大で立派な演奏であることに反して、冒頭に書いたように弱さを否定することができません。作品解釈としては忠実であっても、指揮者の作品に関への共感が聴こえてこないからでしょうか。

おやぢの部屋の感想の最後に、「熱狂」とか「迫力」といった言葉とはついぞ無縁のままエンディングを迎えても、青白い醒めた高揚感が心に残るとありました。この言葉の意味が何度か繰り返して聴いて、ようやく納得できるようになりました。終楽章などは、ブーレーズはもしかすると、全く別な意味での狂気に取り付かれて、この演奏をカタチ作ったのかもしれないなと。

2006年5月22日月曜日

【音盤】武満徹:ギター作品集成


武満氏はギターをこよなく愛したことで知られています。ここに納められたギター曲の数々を聴いていると、しみじみと心の奥底にまで、武満氏のメロディがじんわりと染み渡るのを感じることができます。

武満氏のメロディは、ことさら大声で感情を吐き出したり主張はしません。何かを感じ取るかのような感性の部分が大きい。彼の興味の対象が、水とか樹とか風や雨に象徴されるような自然的なものであったことは、曲の標題から推測できますが、彼の音楽が単なる自然描写に留まっているわけではありません。

本盤の解説で作曲家である細川俊夫氏が次のように書いています。

時々、むしょうに武満徹の音楽を聴きたくなる。その強い気持ちは、ちょうど都会生活に疲れて、森や海に行きたくなる衝動に似ている。自然にふれ合いたいという気持ちと、武満徹の音楽にふれたいという気持ちは、どこかで通じ合っている。

そして、武満氏の音楽の中に細川氏は自然のもつ見えない官能的な力を感じるとしています。

おおむね私もこの感覚には同意します。ただ「官能的」という言葉の印象ほどには武満氏の音楽はナマさが全くありません。地層を幾つも越えることで浄化された地下水にも似た、洗練と純化を繰り返したピュアさが際立っています。

ピュアさとともに魅力なのは、絶えず変化してとらえどころのない茫洋とした感じ、しかし底に秘められた整然とした構築感。ですから、武満の音楽は漫然と聴いていると何となく通り過ぎてしまう。あれ、これだけ?みたいな感じ。でも真摯に耳を傾けると、奥から違った声や響きが聴こえてくる。

この盤にあっては、それぞれの曲の良し悪しを語る必要はなさそうです。鈴木氏のギターは、独特のメロウさと柔らかさ、そして不思議なアンニュイさを漂わせつつ、限りなく美しい武満の音楽を歌いきっています。ただ静かに浸るのみで充分です。

2006年5月14日日曜日

【音盤】武満徹:A String around Autumn、Ceremonial/小澤&サイトウ・キネン


ア・ストリング・アラウンド・オータムはヴィオラを、セレモニアルは笙を伴った管弦楽曲です。1989年と1992年に発表された曲で、どちらも武満晩年の作であると同時に、どちらも「秋」をテーマにした曲となっています。セレモニアルは「秋に寄せ頌歌」という副題を持っています。初期の武満作品と比すと随分と聴きやすい音楽といえます。


ア・ストリング・アラウンド・オータムはヴィオラ独奏が前面に押し出され、非常にメロウでロマンティックな曲に仕上がっています。もはやヒーリング系音楽に近づいているかのようですが、良く聴くとそれぞれの音の響きは決して安易ではなく、ヴィオラとオーケストラの響きの反応と融合が実に見事です。


セレモニアルは日本楽器の笙を用いた曲ですが、これが用いられるのは曲の前半と後半のごく一部です。しかし笙の持つ暖かな音色は、この曲に独特の色彩を加えています。


最初はヴァイオリンのか細い、神経質な響きに導かれまて曲が始まります。この静寂と響きからは雅楽をイメージするかもしれません。この冒頭が独特の静けさや透明感、リリカルさといったものを音楽に付与しています。しばらくすると打楽器なども加わり音は重層的になりますが、それでも最初にイメージされた透明感は失われません。


挿入される笙の音色は、弦の響きとは対照的で一瞬の幻か夢のような印象を与えます。ゆったりと動く旋律線は、そよそよと野に揺れる薄をイメージするかもしれません。


90年代近くの武満氏の作品は、無調の現代音楽というよりは、音楽に旋律の流れが戻っているように聴こえます。とはいっても明確な物語性があるわけではなく、漂う響きの流れがより主体性を持ったという風に捉えることができます。あくまでも茫洋とした、とらえどころのなさは変わりありません。60年から70年の武満氏の音楽にこそ力があった、とする意見もありますが、私はやはり晩年の「聴き易い」作品の方が好きです。所詮、その程度の武満理解です。

2006年5月13日土曜日

【音盤】武満徹:弦楽のためのレクイエム/小澤&サイトウ・キネン


レクイエムとありますが、1955年に早世した作曲家・早坂文雄氏を追悼しつつ描いた曲とされています。あるいは当時武満氏は結核を患っており自らに対するレクイエムであったとする解説も目にしたことがあります。一方この曲で武満氏が特定の誰かを追悼するという意図はないとする文章も何かで読みました。


そういう事情はさておき、それであっても、この曲は限りなく哀しく、限りなく美しいことに驚かされます。


弦のみによって奏でられる響きは重く荘厳です。最初は美しい響きだけど何だか暗いなあくらいに思っていたのですが、何度か聴いていると曲の底に潜んでいる圧倒的な慟哭に気付かされます。声を上げて泣いているのではない、涙を流して泣いているのではない。そういう表層的な感情表出ではなく、心の深いところが存在を脅かされる恐怖とともに震えている。


しかしそれは、早坂氏追悼ということを知った上で想起された聴き手の感情かも知れず。そういう予備知識を抜きに聴いたとしても言い知れぬ深い哀しさは伝わってくるようです。


はじまりもおわりも定かではない、人間とこの世界をつらぬいている音の河の流れる部分を、偶然に取り出したものだと云ったら、この作品を端的にあかしたことになります。


と武満氏は東京交響楽団の機関誌に書きました。彼の音楽に対する考え方を示す意味で興味深い文章です。武満氏は「哀しみの感情」などを音楽に持ち込んだつもりなどなかったのかもしれません。音楽を聴く者は、いかようにでもして自らの文脈の中に当てはめずには理解できないのでしょうか、困ったものです。


この曲を評してストラヴィンスキーがこの音楽はじつに厳しい、まったく厳しいと語ったとされており、それが武満氏の評価を高めるきっかけになりました。「厳しい」というのをストラヴィンスキーがどのような意味と文脈で語ったのかは分かりません。この曲が一点の虚飾もない非常なる高みに到達していることだけは確かであると思います。

【音盤】武満徹:ノヴェンバー・ステップス/小澤&サイトウ・キネン

武満氏を代表する曲なので随分前に買って聴いてはみたものの、「なんぢゃこりゃ」てな感じで、当時は全く馴染めず、即お蔵入りした盤であります。武満氏の他の曲なども辛抱強く聴くことによって、ようやくこの曲にも慣れてきて、そうしますと曲の持つ特質とか美しさ、そして厳しさが朧気に浮かび上がってくるような気になってきました。

この曲は尺八や琵琶の音色が非常に特徴的ですし、それがオーケストラと掛け合う様も面白いのですが、圧巻は曲後半での、ほとんどカンデンツァと思われるほどの和楽器による独創部分でしょうか。朗々と響き渡る尺八の音色と、バチバチと硬質な音色で弾かれる琵琶は、ある種の懐かしささえ覚えます。自分が尺八奏者となって演奏していることを想像すると、曲の聴き方も変わってきます。結構これは気持ちいいことかもしれない、と。


武満氏は雅楽を聴いたときの驚きを以下のように記しています。


ふつう、音の振幅は横に流されやすいのですが、ここではそれが垂直に動いている。雅楽はいっさいの可測的な時間を阻み、定量的な試みのいっさいを拒んでいたのです。

 これは何だろうか、これが日本なのだろうかと思いましたが、問題はヨーロッパの音楽からすればそれが雑音であるということです。雑音でなければ異質な主張です。そうだとすると、ぼくという日本人がつくる音楽は、これを異質な雑音からちょっとだけ解き放って、もっと異様であるはずの今日の世界性のなかに、ちょっとした音の生け花のように組み上げられるかどうかということなのです。


確かにここには、日本の古典楽器の玄妙なる響きと緊張感があります。音楽は旋律を持って横に流れる事はなく、自律して存在します。決然とそして黙然と立ち上がってくる響きがあり、音の持つ存在感がそれだけで意味を語るかのようです。


音が自律して自己充足的である故に、音と対極にある無音、即ち沈黙も音楽の一部として、その姿を美しくさらすこととなります。それはあたかも、日本画の何も書かれていない地空間のような。何もないことによる美の表現。


音の旋律線と多彩なパレットによって塗り重ねられ説明されるのとは全く違った有り様。これは極めて日本的風景であるとともに、一方で至極イノセントな世界観であると感じます。その日本というローカルな意味を超えたところにあるイノセントさゆえに武満徹は世界性を獲得したと言えるのでしょうか。ここらあたりは、まだよく分かりません。

2006年5月7日日曜日

雑誌Lapitaの万年筆「赤と黒」を購入し、マニア世界の深さにおののく


Lapitaという雑誌が、また万年筆特集をやっている。最近は万年筆も密かにブームであるらしく、文具店では万年筆を紹介した雑誌とともに、メーカーのフェアを開催していることも珍しくない。かくいう私もイタリアはAURORA社のペンを愛用している。

「Lapitaがまた」と書いたのは、昨年11月にも同じような特集をしていたからである。Lapitaの特集には万年筆が付録として付いているところがミソである。たかだか980円の雑誌についている万年筆であるので、普通に考えると万年筆代は300円程度(パッケージ代、雑誌に付録を付ける余計な梱包代、かさばる搬送費を考えると300円以下という評価になる)。

これならば市販の使い捨て万年筆よりも安いくらい。ということで前回は見送ったのだが、今回は赤と黒のデザインに負けててしまい購入。さっそくインクを入れて書き味を試したところ、これが300円とは思えぬ出来で、かなり満足なのである。

ペン重量は26g程度。適度な重量感であり、持ったときのバランスも良い。キャップはスクリュー式であり、軸も安っぽい感じはしないし、ペン先の鍍金の具合も悪くはない。ペンフォルダー部の金属の曲げ方も丁寧でバリなどは全くない。こういう細部の造りの良さは所有欲を高めると同時にマニア心をくすぐる。(断っておくが、私は文房具マニアではない)

肝心の書き味の方だが、ペン先の太さがM(中字)ということもあってか、結構なめらかだ。1000~5000円程度で市販されているカートリッジ式万年筆と比べてもそれほど遜色がない。デザインだけから評価すると、好みもあろうがLAMYのsafariやWatermanのKulter Light Softなどよりも数段に良い。同じWatermanのCharlstonやPelikanのTraditionalなどと比べても、外見だけからは素人が値段を判断するのは困難であると思う。

かくも絶賛するのは、これが300円だからである。「Lapita」「万年筆」で検索してみると、多くの人が高い評価を与えていることが分かる。と同時に、「万年筆」を語る筆致の熱さに少々驚いてしまう。さらには、万年筆マニアのHPなどにも辿りつき、発売と同時に5本購入しただの、購入した付録万年筆を改造しまくるだの、その筋の世界の深淵さと暗さには、思わず脱帽すると同時に、その熱情がどこから生ずるのか、5秒ほど考え込んでしまうのであった。同じ文具フェチでも「消しゴムフェチ」よりは救えるとは思うが・・・

ちなみにLapitaがどういう雑誌かは、いまだ知らない。予備にもう1本(いや1冊)購入しておくかな・・・。





2006年5月4日木曜日

【音盤】武満徹:環礁ほか/外山雄三&都響

  1. 地平線のドーリア(1966)
  2. ソプラノとオーケストラのための「環礁」(1962)
  3. 鳥は星型の庭に降りる(1977)
  4. 群島S.-21人の操車のための(1994)
  5. 弦楽器のためのコロナⅡ(1962)
  • 指揮:外山雄三 東京交響楽団 浜田理恵(S)
  • 1997年8月31日~9月4日 東京芸術劇場
  • DENON COCO70775

ここには武満徹の初期から晩年までのオーケストラ作品が収められています。しかし、武満氏の初期から中期、すなわち60年から70年代の実験的な作品群は、何度聴いても簡単に馴染めるものではありません。

いつだったか、家で映画「2001年宇宙の旅」を見ていたとき、モノリスが現れると奏でられるリゲティの音楽(《レクイエム》《アトモスフェール》)を聴いて家人曰く、「こういう耳障りで、人の気持ちをかきむしるような音楽を好きという人とは、お友達になれないわね」と。しばし絶句した私でありましたが、このアルバムでの武満徹もその類の音楽と言えないこともありません。

《地平線のドーリア》に武満氏自らがプログラム・ノオトを書いています。

旋律ではなくハーモニック・ピッチ(Harmonic pitch)という考え方、リズムではなくプルセーション(Pulsation)という考えかた。新しいポリフォニーを試みる最初のデッサン。

ここに現れる音の濃淡、輪郭の融解、茫洋とした音世界、弦の特殊技法を多用した抽象的音パレットによる混沌は、たゆとうようでいて静かに流れ、しかしどこにも向かわない霧のようです。定位しない音楽は言葉にできない不安を呼び覚ましますが、しかしある瞬間に和的な響きやら美しさの片鱗が見えたりします。冒頭のハーモニック・ピッチへ回帰したときには、やっと懐かしさを覚えます。

しかし、この題名ばかりが有名な曲であっても、漠然と聴きながせば、耳に届くのは耳障りで不快な不協和音の連続でしかなく、「音楽以前」と評する人がいたとしても、その人の感性の方が正しいと思うほうが一般的な感想かもしれません。

《環礁》は跳躍するソプラノパートを伴う難曲です。声楽を伴い詩を歌うからといって、武満氏の曲が親しみやすくなるということはありません。大岡信氏の詩はシュールで、文学的素養のない私には、さっぱり理解できません。浜田理恵氏のソプラノ肉声は武満氏の響きと融合可能なギリギリの一線を保っており潔いです。

と、書いて気付きました。武満氏の音楽には肉感的生々しさ、感情のストレートな奔流などが全く似合いません。音は響きそのものとして研ぎ澄まされ、武満が彫拓したかのような純粋性を持っています。彼にとって作曲とは、自然を含めたインスピレーションの中から、何かコアとなるものを聴き取り、美的な「かたち」へとつくりかえる行為であったのでしょうか。

旋律線を有さない曖昧さは、西欧ロマン主義的な音楽のあり方から、確かに自由となっています。しかし、その獲得された自由さが、場合によっては時代の足かせであり、時に古臭さを感じてしまうことも否めません。実験的、デッサン、であったことが、音楽史以上の意味を現代に与えうるのか、あるいは彼の音楽が「日本的なるもの」を考える上で今でも有効であるのか。

《鳥は星形の庭に降りる》などは、まさに彼が夢で見たイメージを曲にしたものです。題名ほどには親しみやすい曲ではありませんが、1970年代後半にあって前衛的というよりは、かなり調性を意識した作品であると感じます。

それが1994年の《群島S.》となると、さらに響きが変わってきていて聴き易くなっていることに気付きます。ここではおのおのの楽器の音色と響きが相互に絡み合い、そして全体的な融和と表情の豊かさを聴くことができます。相変わらず能動的で意味的な旋律線は認められませんが、このアルバム中では唯一、武満的ロマンをストレートに感じ取ることの出来る作品かもしれません。逆に60年から70年の鋭利な武満音楽を好む人には迂遠されるものかもしれません。

アルバム最後は図形楽譜を用いた《弦楽のためのコロナⅡ》です。極めて実験的な作品なのでしょうが、1分半程度の曲ですぐに終わってしまいます。無調の不協和のテンションがこれからどこに向かうのだろうか、と思ったところで、曲は何の解決もなく終わってしまいます。今まで延々と不協和を聴かされた耳には、ちょっと物足りない程。

ということで、この音盤の感想も、何のまとめも結論もなしで、おしまいにすることとします。

2006年5月3日水曜日

町田康:くっすん大黒、川原のアパラ


「くっすん大黒」116回芥川賞候補(1996年)となった作品であり、落選はしたものの筒井康隆氏が本作を絶賛しました。 1997年には第19回野間文芸新人賞、第7回ドゥマゴ文学賞を受賞しています。

と書くと、さぞかし「凄い作品」なのだと思うでしょうが、ここでも町田氏の脱力ぶりと下降志向は健在です。氏の芥川賞受賞作である「きれぎれ」やその他の作品よりも狂気や陰惨さは少なく、快活で滑稽な作品に仕上がっています。小説を読みながら久しぶりに「ゲラゲラ」と笑ってしまいます。それでいて計算づくの恐るべき小説でもあります。(Amazonへ)

無意味な教養という以外何の役にも立たなかった学校教育の国語において暗記させられた「名作」の冒頭を思い出すまでもなく、小説の出だしの文章というのは極めて象徴的です。ここにおさめられた「くっすん大黒」と「川原のアパラ」の冒頭を拾ってみましょう。

もう三日も飲んでいないのであって、実になんというかやれんよ。ホント。酒を飲ましやがらぬのだもの。ホイスキーやら焼酎やらでいいのだが。あきまへんの? あきまへんの? ほんまに? 一杯だけ。あきまへんの? ええわい。飲ましていらんわい。(「くっすん大黒」より)
おおブレネリ、あなたのおうちは何処? わたしのおうちはスイスランドよ。綺麗な湖水の畔なのよ。やーっ、ほーっ、ほーとランランラン、って、阿呆かオレは。なにもかかるケンタッキーフライドチキン店の店頭で、おおブレネリを大声で歌わなくてもいいじゃないか。(「川原のアパラ」より)

アホくささと諧謔、さらに小説のストーリーも実にたわけたハナシであります。こんな作家の小説は、普通は読む気になりませんかね。しかし町田氏の小説に潜む愉悦を一度知ってしまうと、なかなか、こんな莫迦げた文章がいとおしくなるから不思議です。

町田氏の小説を読みながら落語の持つ滑稽さに通底するものを感じる人もいるでしょう。あるいは下降志向や自嘲趣味から太宰治に繋がる文学性を感じ取る人も多いでしょう。はたまた「町田康=小説の主人公の告白」的な意味合いから、近代文学における作家と作品のありようや、誰も書きませんが、自意識過剰なまでの描写から三島由紀夫にどこか繋がる匂いを感じ取ることができるかもしれません。場合によっては「くっすん大黒」からは大友克彦の初期作品を、「川原のアパラ」からはつげ義春的ブラックさを嗅ぎ取ることも妄想とは言えないかもしれません。

町田氏の小説の表面世界だけをなぞるならば、面白いけれど不快にして、後に何も残らないという感想も成立しえましょう。しかし町田氏が敢えて堕に向かう精神とその生き様を、さらに現実世界への瑣末的な拘泥や、生きることの無様なまでのありようを徹底的に描くことは、実のところ人間の本質面に対するさりげない問いであったりします。古今の文学的なテーマを一度解体した上で、絶妙の町田節に乗って再構築されたその小説は、面白いだけで終わらない世界を持っていると確信できます。

2006年5月2日火曜日

町田康:夫婦茶碗、人間の屑


本文庫には「夫婦茶碗」と「人間の屑」という2作品が納められています。町田氏の小説は徹底した自虐と下降志向、そして現状を何とかして変えたいと思う気力が空しく空転し、捩れに捩れてゆく不条理をいつも描いています。

自暴自棄とも取れる主人公の行動は、裏を返すと限りなく甘ったるい楽観と自己愛に支えられています。主人公の感性は、自己分析と自己反省を繰り返しながらも現実とは全く折り合わず、真意や善意は相手に伝わらず、ひとり挫折感を味わいます。主人公のベクトルはどこまで行っても常識的な感覚ではなく、従って最終的には破滅的ともいえる必然的狂気へと突き進みます。


それを自明のこととして、町田氏は最初から最後まで下降と狂気を描いています。淡々としたリズムとスピード、負の必然性、瑣末への拘泥、人間のダメさ加減、情けなさ。それらを、ドストエフスキーのように重く陰湿な人間劇としてではなく、徹底した喜劇として、しかもあっけらかんとした明るさとスパイラルするストーリーで町田氏は描いてみせます。

確信犯的に描かれ演ぜられた喜劇からは、人間の本性さえも暴き出されてしまうかのようです。気のせいか「カラマゾフの兄弟」のフョードルを思い出してしまいました。(>フランス文学かと思ったら、今度はロシア文学かよ)

文庫本解説を筒井康隆が書いていました。私の直感は当たっていたと言えましょうか。彼は筒井康隆に非常に良く似ているのです。高度に屈折し転回し続ける知性からは、思考実験というものが生まれると筒井氏は指摘しています。

そう・・・極めて高度に屈折しすぎています、町田氏の文学は。なんだかんだと書いても、読み物として面白いので一気に読めますが、読み進めるのが結構つらくもあります。「堕落の美学」とも評されています、確かに究極の美学でもあります。

2006年5月1日月曜日

武満徹展に行って、映画「黒い雨」を観る

東京オペラシティアートギャラリーで開催されている「武満徹-Visons in Time」展に行ってきました。会場に着いたら、今村昌平監督の「黒い雨」(1989)が丁度これから上映されるとのこと。途中で出ても良いらしく、ついでだから観てやるかと軽い気持ちで席に座ったところ、これが結構面白くて結局最後まで観てしまいました。
武満展なんだから、音楽について書くべきなんでしょうが、映画に集中しちゃって、不安気な雰囲気を誘う音楽ということ以外、あんまり音楽のことは覚えていない。ラストの音楽もどんなだったかしら?
映画は井伏鱒二の小説の映画化なので原爆被災者を扱っていて重い。しかし家族の崩壊の様子とか、お互いの傷を認め合うことによって芽生えた救いの愛とか、そういうテーマ性に感動するよりも、川又昂撮影による映像に圧倒されっぱなしでした。1989年の作品なのですが、よくぞこういう農村風景とそこに生きる人達の姿を撮りきったものです。(農村風景ということでは、濱谷浩氏の「裏日本」なんかを思い出します)
かつては存在した農村的共同体や農村的風景が、嫌になるほどのリアリティを持っています。
映画を観ながら、かつての日本から失われたものが、ここに描かれた家族たちのささやかな幸せだけではないことを否応にも気付かせてくれます。
演技的には、清楚な雰囲気を出し切った田中好子に好感が持てると同時に、叔父夫婦を演じた北村和夫と市原悦子が抜群の味。特にコンプレックスを背負った生き方をしている市原演ずる妻が何とも哀れ。そういう形でしか自己実現ができなかった時代であったのだと。いや、それは今の時代も一緒でしょうか。

武満徹展のことも何か書かなくちゃならないでしょうね。武満氏の楽譜とか抽象画とかが展示されていて、それなりに楽しめました。特に楽譜は、図形楽譜でない普通のものであっても、それ自体がアートとして成立しています。近代建築を代表するコルビジェの図面をふと連想してしまいます。
また武満氏が好んだアーティストの作品も展示してあるので、武満ファンは満足することでしょう。私は熱烈なファンではないし、前日に本展示の公式ガイドブックを池袋ジュンンク堂でしっかり眺めていたので、展示内容に意外性はありませんでした。
それでも展示空間的にも武満氏の几帳面さとイノセントさが際立っていて良い雰囲気です。ただ武満氏の音楽を延々と流しながら抽象的なビデオを流している展示とかは、私には馴染めません。そもそも私は抽象が苦手ですし、畢竟根っからの武満ファンには、なれそうもないのなあと感じる展示内容でもありました。

2006年4月29日土曜日

【音盤】武満徹:森のなかで/庄村清志

荘村清志/武満徹へのオマージュ
  1. 森のなかで(1995)ギターのための3つの小品
  2. Over the Rainbow、Yesterday、The Last Waltz、Secret Love、What a Friend、Londonderry Air
  3. 海へ(1981)アルト・フルートとギターのための
  4. エア(1996)フルートのための
  5. 不良少年(1961/1993)2台のギターのための
  • 荘村 清志(g)、田部井辰(g)、 金 昌国(fl)
  • TOCE-9463

武満氏1995年の作品に《森の中で》と題する三つのピアノ曲があります。タイトルはWainscot Pond-after a painting by Cornelia Foss、Rosedale、Muir Woodsとされており、それぞれが北米の美しい森を有する地名です。

最初に配されたWainscot Pondについて武満氏は下記のような文章を書いています。

ウェインスコット・ポンド-Wainscot Pond-を、実は、私は未だ訪れたことがない。それがアメリカの何処にあるのかも知らない。友人から送られてきた絵葉書に印刷された美しい風景画の下に、小さな活字で、Wainscot Pondとあった。池の向こうに、私には、沈黙する森が見えた。

武満氏は、風景や他の芸術作品から多くのイマジネーションを得て、それを作品に昇華しました。この3分半ほどの小品も、極めてイマジネティブで静かな黙考や響きとともに、中間部では気のせいか憧れのような、いや慈しみのような感情をも聴き取ることができます。1995年といえば武満氏は既に癌と宣告され闘病中の身でした。その闘病生活の小康状態の中で描かれた曲であると考えると、曲のあまりの静けさと美しさに打たれてしまい、言葉になりません。

芸術新潮5月号で、友人であった作曲家ルーカス・フォスから送られた、その絵葉書が掲載されています(下図~無断転載)。大胆にも空が画面の上2/3を占めた構図。今にも雨の降りそうな寂寥とした雰囲気でありながらも荒涼とはしていない静謐な風景が描かれています。「沈黙する森」、池の向こうの森に武満氏は何を想ったのでしょう。そこには芳醇な世界が存在したのでしょうか、あるいは自らが行くべき世界を見たのでしょうか。

2006年4月28日金曜日

【音盤】武満徹のギターのためのスタンダードソング

荘村清志/武満徹へのオマージュ
  1. 森のなかで(1995)ギターのための3つの小品
  2. Over the Rainbow、Yesterday、The Last Waltz、Secret Love、What a Friend、Londonderry Air
  3. 海へ(1981)アルト・フルートとギターのための
  4. エア(1996)フルートのための
  5. 不良少年(1961/1993)2台のギターのための
  • 荘村 清志(g)、田部井辰(g)、 金 昌国(fl)
  • TOCE-9463

アルバム2番目に納められている6つのギター曲は、ラスト・ワルツを除き《ギターのための12の歌》(1974/77)からとられたものです。どれもが耳に聴きなじみのあるスタンダードソング。しかし武満さんの編曲にかかってしまうと、美しいメロディがひときわ引き立ちます。それでいて音楽が決して前に出てきて主張することはありません。静かに間や余韻を楽しむかのように、音楽は響き渡ります。 

ビートルズ・ナンバーも良いですが、この6曲の中では賛美歌としても親しまれている《What a Friend》がとてもいいカンジ。曲については解説することさえ野暮と思えるほど。そっとした囁きや優しさに満ち溢れていて、ほんとうに思わず何度繰り返して聴いてしまいます。

武満さんが、一流のメロディーメーカーであったことはよく知られいまが、カラオケのようなものは嫌いであったとか。それでいながら、意外にも演歌とか流行歌には驚くほど詳しくて、散歩しながら口ずさむこともあったとか、何かで読んだことがあります。

私はギターという楽器が好きです。そして、自分のよろこびのためにこの「12の歌」を編曲したのですと語る一方で、ギタリストたちの固定した風景にもうひとつの窓から別の風景を開きたいと考えたと武満さんは語っています。本当に、心から「音楽」が好きな方だったのだなと、改めて思います。

2006年4月27日木曜日

芸術新潮の武満特集がうれしくて、不良少年に涙する



帰宅途上に書店に立ち寄ったら、「芸術新潮」が「はじめての武満徹」と題する特集をしている。何故に「芸術新潮」が武満なんだ?と訝りながら紙面をめくったところ、東京オペラシティアートギャラリーで開催されている「武満徹-Visions in Time」展にちなんだ特集であるらしく。本誌の内容も「武満徹(以下TT)がいる」「TTをきく」「TTをみる」「TTをうたう」「TTをたべる」「TTをまとめる」とコンパクトで多角的な企画。表紙の和田誠のイラストがまた懐かしくとてもイイ感じ。

武満徹は未だに私には縁遠い作曲家なのだが、アタマの痛さも忘れて何だかワクワク。立ち読みをするのももったいない気がして早速に購入。帰宅してパラパラと写真を眺めるにつけ、武満ってのは音楽家を越えた「ひとつの時代」であったのだなあと、根拠もなく思う。たいして聴いてもいないのに、ぜんぜん親しんでもいないのに、武満徹の周辺のことを知るだけで、多少スノッブ臭いところはあるけれど、どうして優しい気持ちにななるのだろう。ヒーリングという軽いものではないのに、どうして癒されてしまうのだろう。

iTunesで取り込んでおいた「不良少年」を荘村さんのギターで繰り返し聴く。本作品は羽仁進監督の同名の映画(1961)で使われた音楽、どんな映画なのかは不勉強にして知らない。3分40秒の短い曲だが、音楽にはとがったところが、どこにもない。心の深いところに、じんわりとしみわたる。あんまり何度も聴いていると泣けてくる。

以下はテキトウに描いたもの。

2006年4月26日水曜日

【本棚】陣内秀信:東京の空間人類学


東京はかねがねから、ずいぶんと複雑で興味深い都市であると思っています。そのきっかけを与えてくれた本のひとつが、陣内秀信氏による本書です。20年ほど前に読んだ本なのですが、こうして読み返してみますと、今となっては類書は多いものの内容のオリジナリティは高いと思います。

自らの足を使ったフィールドワークによって得られた知見は、混沌とした東京の成立史を明快に解き明かしてくれます。このような都市論が評価されてか、1985年のサントリー学芸賞を受賞しています。(この賞自体、私にはあまり馴染みがありませんが・・・)

彼の東京サーベイは東京には百年前の建物がほとんどないからといって、この都市はすでに過去の顔を失いアイデンティティを喪失したとあきらめるのは早計過ぎるとの観点から、建物ではなく地である敷地に着目し、変化に富む立地条件と、その上に江戸以来つくられた都市の構造とが歴史的、伝統的な骨格を根底において形づくっていることを明らかしています。

たしかに、ちょっと歩いてみると分かりますが、東京と言うのは非常に坂が多い。陣内氏の東京にもローマと同様、七つの丘があるという指摘は、彼のスタンスをある程度表しています(ひとつは東京を地形論的に読み解くという独自性、もうひとつは陣内氏がベネツィアなどで展開した西欧都市を研究の延長としての都市方法論)。

「アースダイバー」の中沢新一氏は、東京が武蔵野段丘東端の「フィヨルドのような地形」の上に成立していると指摘しました。いずれにしても、地形のもつ力とか場の意味を無視しては現代の東京も成立しえていないと考えることは、ある意味で納得のできる考え方です。大名屋敷や旗本屋敷、町人街などが江戸からどのように変遷してきたかを、本書を紐解きながら想像を巡らせるのはなかなか楽しいものですし、街歩きをまたしてみたい気にさせてくれます。

ただ、陣内氏は都市論を中心とした学者ですから、どちらかというとハードな建築学的な視点に立っています。「空間人類学」と、いささか大仰なタイトルの割には内容的は建築学者という狭視的な記述がに留まっているように思えます。

また、実は彼が一番主張したかったのは「モダニズム都市の造形」という終章ではないのか、と思わせるところもマイナスです。この章では西欧的な「アーバンデザイン」の先駆が1920年のモダニズムの時代に認められていたにも関わらず、戦災と高度成長を経ることによって1985年当時の日本は、1920年代の都市デザインレベルには到底達していないと嘆いています。今までの文脈とは明らかにトーンが異なり、建築計画論的主張は建築に興味のない人には説得力に乏しいものです。

また、彼の主張には当時流行った「ウォーターフロント」や「都心回帰」、あるいは「都市や地域の文脈」というキーワードが散見されます。青山の同潤会アパートは安藤忠雄氏の設計により「歴史的連続性」を残すとか言われながらも、全く異質なものに建替えられてしまいました。都心部や湾岸地域は大手デベロッパーや投資家達によって、その姿を激変されつつあります。本書が書かれてから20年。陣内氏が本書を書くきっかけになったと想像する「都市の連続性」「都市の文脈」ということが、どう実現され(あるいは無視され)、今後どう変化してゆくのか。個人的には、そこのところが興味のあるところです。

2006年4月23日日曜日

【本棚】東京を江戸の古地図で歩く本


今尚変貌を遂げつつある東京という都市をゆっくりと歩いてみると、多くの起伏に富んだ地形であることとともに、江戸時代のかすかな名残を見つけることができ、ときどきはっとする思いにとらわれます。


本書は江戸末期に刊行された尾張屋清七板の切絵図(江戸の敷地割図)をベースとして、現代の東京の成り立ちを概観しています。ただ「江戸の古地図で歩く」と題している割には、古地図と現代の地図の詳細な比較という点では物足りなさが残ります。文庫本という制約のせいか、古地図も小さくて見にくい。不満な人は別冊の「切絵図・現代図で歩く 江戸東京散歩」を購入せよということか。


総花的ではありますが、江戸と東京の関係を読み直すと言う点では、良きガイドブック(入門書)にはなってると思います。


それにしても、1657年(明暦三年)の明暦の大火、いわゆる振袖火事が江戸に与えた影響は本当に大きかったようですね。明暦の大火前と後の都市構造の違いなどを思い馳せながら、古の江戸の姿を想像するのは楽しいものです。本書を読んで、閑があれば、またどこかターゲットを決めてウロウロしてみたい気になりました。


2006年4月21日金曜日

【音盤】武満徹:ピアノ作品集/藤井一興

  1. 雨の樹素描(1982)
  2. 閉じた眼(1979)
  3. フォー・アウェイ(1973)
  4. ピアノ・ディスタンス(1961)
  5. 遮られない休息(1952/59)
  6. 2つのレント(1950)
  • 藤井一興(p)
  • フォンテック FOCD-3202

1950年の処女作「2つのレント」から1982年の「雨の樹素描」までの武満のピアノ曲を集めたもの。Tower Recorodで「今なら半額」というのに、ついつられて購入、iPodに入れて何度も聴いています。しかし武満の曲は何気に流して聴くということを許容しません。じっくりと耳を澄まさなければ、何も残らずに通り過ぎてしまいます。

例えば1950年の「2つのレント」という曲。武満の処女作にしながら「音楽以前」と当時の批評家(山根銀二氏)から酷評を受けたと言う作品。Adagioは、冒頭のくぐもった靄のかかったような低音のトーンが支配的な曲。自分がどこに居るのか定まらない不安定な気持ちになりながらも、何かを確かめるような感じ。続くLento misteriosamenteは、もう少し音が容をなしている。逆にメロディー的なものが解体されて響きとして再構築されてしまったと言う方が適切か。彼の音楽に感じられる時空間の広がり、饒舌とは反対の色彩の豊かさは、この処女作にして充分に感じることができます。

今こうして聴いてもかなり実験的な音楽として聴こえます。でも決して「音楽以前」などという稚拙な独りよがりな音楽ではありません。

一方で有名な「雨の樹素描」の美しさは特筆もの。自然と人間を超えた叡智に抱かれるかのようなイメージ。ピアノを通した水滴の表現はあまりに見事。ピアノの音の粒立ちがキラキラと煌いています。音楽というよりも音そのものが連なり、重なり、変化する様。それゆえに、響きは夢幻のイメージをかきたてます。たった2分43秒の演奏に身も心も洗われるかのよう、しかし決して安易なヒーリングではありません。

瀧口修造の追悼作である「閉じた眼」も、上記と同じような路線にある曲のような印象。ただ「雨の樹素描」よりは激しい。しかし、それとて、あからさまな、あるいは象徴的意味での感情表現ではない、聴いていて、ひたすらに純粋な響きのみが支配してゆく峻厳さに身を任せるのみ。

ここに納められた曲は、どれもが瞑想的というか、自分の内部へ、あるいは何かにじっと耳を澄ませることで聴こえてくる音楽のようです。一音一音を確かめながら、どこか空間から音を紡いで織り上がったような作品群。武満独特の色彩に彩られた繊細さと豊穣さ。先にも書いたように、作品に真摯に耳を傾けなければ音楽の囁きに気付くことはありません。こういう曲を聴いていると、俗世間のザワザワしさが莫迦らしくなってしまいますね。

2006年4月16日日曜日

町田康:きれぎれ、人生の聖

彼のエッセイだけ読んで評するのも何なので、2000年度の芥川賞受賞作ほかを納めた本書を読んでみました。何故この作品が芥川賞なのか私には理解できませんが、バブル崩壊後の時代の雰囲気を感じた評者が推したのでしょうか。反逆児でパンクロッカーであった町田氏が純文学において最高の名誉とされる賞を受賞してしまったことを、どのように感じているのかは興味深いところです。

芥川賞の意味はさておくにしても、作品としては極めて面白い。本作品もくんくんと一気に読んでしまいました。

作品の内容を細かく書くのは、本当に野暮なことですから、それはやめるにしても、「きれぎれ」の主人公が資産家の息子でありながら、いい年になっても定職もつかずに、ブラブラと親の金を使って遊んでいるという様は、彼のほかの作品である「へらへらぼっちゃん」(読んでない)という人物スタイルと通底するものがあるのだろうなと。

そうなんですね、町田氏自らが資産家の息子であったのかは分かりませんが、作品からは資産家故のボンボンとした感じ、切羽つまったころのなさを感じます。それが物語から悲惨さを剥ぎ取り純度を高めながら全く違った方向へ進ませます。世間から一歩立ち位置を離れたところで、社会も人間も自分さえも客観視するという態度、その他者性こそが町田文学の諧謔性のルーツかなと。ここらあたりは、さすがに関西のノリです。

しかも町田氏独特の世間とのズレ(不適応)はここでも健在で、その態度は根が反逆者あるいは没落者ゆえなのか。現実と折り合いをつけられないことを、徹底した諧謔と自虐に紛らわせ、どこまでも堕ちてゆく。だけども最後は何だか透明な存在となって救われるみたいな。笑いに包まれているけれど人間洞察は鋭い。

ストーリーは不条理(>よく分からないって)の連続。「ママンが死んだ」なんて書いている当たりカミュの「異邦人」かよって思ったり、そういえば脳内に甲虫だものなと(>毒虫はカフカだって)。あるいは、太宰治や坂口安吾を彷彿とすると思う人もいるみたいですが、私にはどちらかというと筒井康隆的諧謔を感じたり、なかったり。(こうして羅列すると「新潮社の100冊」みたいだな)

そういうわけで「読後感として何も残らない」という感想は当たらず。この不快感と爽快さの絶妙なるバランス。人生と社会における不条理性と諦念と自虐と救い(か?)、悪夢と現実。やけっぱちなテロル。ちっぽけな悪意に満ちた快感。読書をすることの愉悦とひきつり。

2006年4月14日金曜日

町田康:東京飄然


iioさんのclassicaにあった町田康氏の「告白」に関するエントリを読んで依頼、気になる作家としてアタマの中にインプット。書店で「告白」を手に取るも、その分厚さに「こいつは今は読めねーや」と尻込み。そうこうしていたときに、エッセイ風の本書が目に付いたので、これならばと購入。

本書に挿入されている写真をつらつら眺めるに、少し斜に構えた街歩き本なのかと思って読み進めると、まったくさにあらず。町田氏独特の文体の魅力に惹き込まれ、くんくん読み進んでしまいました。


そして、読み終わった感想としては、「町田氏はイケテいるな」ということ、久しぶりに手ごたえのある作家を知ったうれしさに内心小躍り。でも、どこが良いのかを他者に伝えるのは難しい。あえて書くならば、作家の感性と文章の一致度が見事で、また文章を読みながら感じた身体の微振動が、心地よい愉悦として広がるのを感じることができたから、ということになりましょうか。極めて私的な感想です。

彼は昔はパンク・ロッカーだったのですが、今では野間文芸新人賞、ドゥマゴ文学賞、芥川賞、萩原朔太郎賞、川端康成文学賞と、世の文学賞をとりまくってい一流作家です。しかし、そういう問題ではない。いくら賞を受賞していても、あるいはいなくても、読者との共感点が得られなければ権威は何の意味もない。

で、私が町田氏に感じたエトスとは挫折と脱力です、不条理と書きたいところですが、哀しいかな私は不条理の本質を知りません。彼の挫折は、世の中と自分の間の奇妙なズレを是認し、しかし本人はそれを常識的な力で乗越えようと努力するものの、その努力そのものが、世間的な常識からは17度ほどずれているため、ますます世間との乖離は深まる、といったもの。しかし、といって厭世的とか引きこもり的自己愛に落ちるのではなく、その恐ろしいまでのズレを、まさに飄然と楽しんでいる。そういう雰囲気です。

アマゾンなどの書評では、「面白くない」「町田的濃度が薄まっている」と書く人もいます。わたしはこの1冊しか町田氏の文章を読んでいませんので、なんとも言えません。しかし、氏の文章は軽く書かれているようでいて、きわめて計算されていおり、彼のバックボーンの広がりに、またワクワク感がかきたてられます。

この文章の初出が「婦人公論 2003年3月~2005年5月」であったということは注目に値します。婦人公論が、どのような読者層を想定しているのかはイマひとつ分かりませんが、町田氏のような雰囲気は、女性層の琴線に触れる部分が多いのかもしれません。

町田氏が、自分の立ち位置まで理解した上で、確信犯的文章をしたためているのか否かについては、本書だけからは伺い知ることが出来ません。彼が一体どういう小説や詩を書いているのか、機会があれば読んでみたいです。

町田氏を教えてくれたiio氏には改めて感謝です。

2006年4月13日木曜日

【本棚】山田真哉:さおだけ屋はなぜ潰れないのか?


こんなベストセラー本を今購入することは、「ダ・ヴィンチ・コード」を購入するよりも勇気が必要です。「いや~、オレっておカネに疎いし、やっぱ会計?必要でしょう」みたいなフリを装い、レジでは本を裏返しにして差し出す。本と一緒に受け取った釣銭の枚数など確認もせずにレシートと一緒に財布にグシャリと突っ込み、早々にレジカウンター前を立ち去る。そういう自意識過剰的行動、あるいは中学生などがコンビにでよからぬ雑誌を買うような、そんな苦労をしなければ、今更白昼堂々と購入できるものではありません。

しかし、そういう苦労をして購入してみたものの、一体これは何なのかと。どうしてこんなに売れたのだろうと考えてしまいました。


最近の新書はネーミングの良い本が良く売れる傾向にあるようです。「バカの壁」や「上司は思いつきものを言う」などその好例でしょうか。ベストセラーになる以前に本書を手に取った人は「さおだけやの謎に深く迫る話題作」を期待したかもしれません。しかし、新聞や雑誌などで話題になっていることを知った人は、本書が「さおだけや」のハナシではなく「会計学」の入門書であることを、かなり知っています。

ということは、世の中には「会計学」について学びたいのだけど、難しそうでよく分からないとか、類書に当たったけれども挫折したてしまったという人が多くいて、そういう潜在的な会計学欲求層をうまく刺激したということなのでしょうか。それとも、ベストセラーの相乗効果としてのベストセラーなのでしょうか。

本書が会計学の入門書として良書であるかはさておき、著者が言っているのは、難しい話ではなく「数字やお金のセンスを磨こう」ということに尽きています。昨今の日本は、一般の人たちも「経済」というものの動きを身近に捉え始め、さらに自己責任の範囲でなくては資産形成ができない社会であると思うようになりました。そういう中にあって、おカネに無頓着でいると取り残されるてしまうという焦燥感が、本書を読む人の底のどこかに潜んでいるのかも知れません。所詮私もサラリーマン、お金は「振り込まれる」もので、税金は「知らないうちに引かれている」ものでしかありませんから、これぢゃあね・・・。

2006年4月12日水曜日

【本棚】中島義道:うるさい日本の私


「私の嫌いな10の言葉」に書かれていたことに対し、主張の鋭さを認めるはするが不快さも禁じえないという合い半ばする感想であったため(一度は、こんなくだらない本はさっさと捨てようとさえ思った)、氏の別著を読んでみました。

「一番うるさいのはオマエ(中島氏)だ!」と、本書に向かって何度も叫びそうになりますが、しかし彼の主張と行動には応援を送りたいです。

彼は何に対し闘っているのかといえば、公共空間に撒き散らされている「公共放送」のうるささに対してです。例えばそれはバスの中に流れる放送であったり、駅ホームの放送であったり、江ノ島海岸に流れる案内であったり、防災放送であったり・・・。彼はそういう放送源に単身乗り込み、流されている放送のうるささをまくしたて、中止することを求めるのです。その奮闘ぶりは、もはや喜劇的色彩さえ帯びています。

ここで氏はイロイロな問題を提起しています。「公共放送をうるさいから止めろ」という個人のエゴは主張して良いものなのか、静かな環境である方が好ましいと思われる場での「おせっかいな放送」は、マジョリティ側からの無意識の管理と暴力ではないのか、思いやりや善意という発想が公共性を持ったときの危険性などなど。

「ホームと列車の間が離れているところがあるから足元に注意しろ」と喚起するのは、仮に事故が起きた場合に企業責任を少しでも免れるためという意味もあるでしょう。そういう放送を煩いと思っても、普通は止めてくれとは言いません(言えません)よね。

ですから氏は「日本古来の美学」である「察する」美学から「語る」美学へ移行すべきだと主張しています。日本の音漬け社会を批判しながら、実はココを一番主張したかったようです。

あまり他人に「思いやり」をもたないようにしよう。あまり他人から「優しさ」を期待しないようにしよう。何事につけ「察し」が悪くなろう。そして、その代わり言葉を尽くして語りつづけよう!
その主張に心から同意できる人は、なかなか多くはないだろうとは思いますが。

蛇足ですが、音漬け社会ということに関して。駅ホームや車内放送の煩さは、都会に住む人ならもはやBGMのようなものです。駅係員の絶叫と発車ベルと列車到来の自動放送が交錯する中、もみくちゃになりながら列車に押し込まれるという毎日の風景にあって、もし仮にそれらが全て無音の中で演じられるとしたら。それこそ高度な管理社会と狂気を感じます。現在の狂騒があるから、かろうじて人間性を喪失しないでいるという逆説もあるのかなと・・・。

2006年4月11日火曜日

【本棚】中島義道:私の嫌いな10の言葉


 書店に行くと「私の嫌いな10の人びと」というタイトルの本が。ありがちな有名人批判本かなと思って手に取り目次をながめたら、中島氏の嫌いな人とは1 笑顔の絶えない人 2 常に感謝の気持ちを忘れない人 3 みんなの喜ぶ顔が見たい人 4 いつも前向きに生きている人 5 自分の仕事に「誇り」をもっている人・・・なのだとか。

目次を見たただで何だか感ずるところがあり、それでも誰だか分からない人の本に1260円も払うほどのこともなかろうと文庫棚に移動し、氏の類似書である本書を購入した次第。

で、氏の嫌いな10の言葉とは、1 相手の気持ちを考えろよ! 2 ひとりで生きてるんじゃないからな! 3 おまえのためを思って言ってるんだぞ! 4 もっと素直になれよ! 5 一度頭を下げれば済むことじゃないか! 6 謝れよ! 7 弁解するな! 8 胸に手をあててよく考えてみろ! 9 みんなが厭な気分になるじゃないか! 10 自分の好きなことがかならず何かあるはずだ!なんだそうです。

青春ドラマや家族更正ドラマ、あるいは新入生相手の会社ドラマのような安っぽい台詞の羅列で冒頭から少々ゲンナリです。それに改めて考えてみると、私は氏のような言葉を人から頻繁にかけられたことは、ここ十数年に限って言えばありませんし人に言ったこともありません。

もっとも、それは中島氏的に言えば「大人になった」ということなのです。未だに中島氏が、このような言葉を生み出す環境にいるとしたら、彼も周りの人もやりにくいだろうなと。

という具合に、最初は批判的に読んでいたのですが、氏の指摘は日本の文化的なありように鋭く切り込んでいるもので、捨てきれない面も多く感じます。氏はマイノリティとマジョリティに対する考え方、一方的な「善意」のもたらす暴力、「集団」が無意識のうちに示す残酷さ。「全体」のエゴと「個」のエゴの関係性などを鋭く喝破し、日本においては個人が主体的かつ個人的な言葉を発することを抑えられているというこを、筆致鋭く指摘しています。

人によっては、読むとかなり「不快」になりますが、その「不快度」の高さが逆に自分の立ち位置を教えてくれるかもしれません。

【本棚】P.F.ドラッカー:ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる


ドラッカーの本は大変示唆に富んでいます。多くの人が彼を敬愛するわけも、ドラッカーの本を1冊でも読むと良く分かります。あたかも未来を見据える預言者のように、的確に数十年後の来るべき世の中を描いてみせてくれます。

ドラッカーは「経営の神様」とか「マネジメントの創始者」という言われ方をしていますが、むしろ、人間が社会組織の中で疎外感を得ることなく、人間らしく生きるにはどうしたら良いか、ということを語っている哲学者的な面も持っているようです。そこが多くの人を惹き付ける理由のひとつでしょう。


本書の描いている世界は、まさに少子高齢化社会であり、誰もが高等教育を受けていることを前提とし、アジア諸国が台頭し、古くからの先進国では政府と官僚が機能不全に陥り、企業においては正社員の数が激減し、IT革命が進行している世界。すなわち現在進行形の今の世界がこれから向かえるべき世界を描いているのです。

一方でドラッカーの資本主義批判や市場経済理論についてのコメントも興味深い。しかしドラッカーは組織や人間にとって重要なことは、経済ではなく社会であると説いています。

例えば製造業に代表された20世紀型の労働形態と組織構造から、21世紀は高度な教育を受けた知識労働者が、フラットな組織の中で働くようになるとの予測は注目すべきです。またネクスト・ソサエティにおいては人の属すべきコミュニティーとしてNPOが重要な要素になるとの指摘には深く首肯、現在の日本にさえその萌芽が見られます。

数ヶ月前の本の感想をこうしてメモするために頁を捲ってみましたが、その一行一行に再び眼を奪われてしまいました。難解な本ではありません。凡百のビジネス指南書を読むくらいなら、本書を数時間かけて読むことを薦めます。ただ、マニュアルや解答はどこにもありません。

2006年4月10日月曜日

【本棚】カルロス・ゴーン 経営を語る


 あまりにも日本で有名なこの経営者に対して、この本を接するまでそれほどの知識があったわけではありません。カルロス・ゴーン氏に対するインタビューをまとめた本書はゴーン氏の素顔を的確に描出しているとともに、優れた経営者には共通した特質があるものだということを改めて感じさせるもので、非常に興味深く読むことができました。



特に彼のスタンスとして素晴らしいと感じたことは、日産の新経営陣に対し、ルノーの文化を持ち込んで植民地的態度で接することを戒めた点です。私が必要としているのは、"コーチ"だ。(中略)必要なのは、"問題を解決する人々"でした(P.250)

"問題を解決する人々(Problem Solvers)"であることの難しさと大変さ。"問題を見つける人々"は多くても、決して自らが"解決"しようとはしないという、日々の企業の現実を見るにつけ、リーダーシップの重要性を痛感する言葉です。また、「改革」とか「テコ入れ」をしようとすると、現地(あるいは現場)の人を無視した高圧的な手法をとりたがるもので、そこにはお互いの企業(組織)文化を尊重しようとする雰囲気は希薄です。それが成功することは稀であることを、ゴーン氏は教えてくれます。

私たちは劇的なまでの日産のV字回復を目の当たりに見ました。では日本人がゴーン氏に期待した「変革の思想」は、日産を超えて他の企業や日本の体質にまで影響を与えたでしょうか。ゴーン氏の改革であっても、全ての人が「勝ち組」になったわけではありません。「痛みを伴う改革」というのは小泉首相のスローガンでもありました。小泉首相とゴーン氏の決定違いは何であったのか、イロイロと考えさせられる本でもあります。

2006年4月7日金曜日

ちょっと一息

大きな仕事もひと段落。また大きな津波がやってくる前のつかの間の休息。CDショップに行く時間もないのでネット(Tower)でお買い物。

  • The Gulda Mozart Tapes - Piano Sonatas:Friedrich Gulda 4776130
  • 武満徹/ピアノ作品集@〔雨の樹~素描/閉じた眼□他〕:藤井一興(p) FOCD-3202
  • ショパン/ピアノ協奏曲第1番&第2番:クリスティアン・ツィマーマン(P&指揮)、ポーランド祝祭管弦楽団 UCCG-9650

グルダのモーツァルトは、あまりにもあちこちで評判が良く、Classicaでも紹介されるに至りいよいよ購入せねばと決心。

モーツァルトといえば、直属の部下に「今年のGWはあんまり休めないかもしれないぞ」と、先制攻撃のつもりだが考えてみたら全く情けないハナシをしていたところ、隣席の同僚が「ヒトゴトとは言え、お気の毒としか・・・」と苦笑い。さてやと思い「今年もフランスですか?」と聴いてみたところ、何とウィーンなのだと。

「今年はモーツァルト・イヤーですからさぞかし混雑してるでしょうね」と涙目になって言う私に対し「そうそう、ボクとしては全然興味はないんだけど。なんのことなのか200とか。おかげで飛行機が取りにくくて参っちゃったよ」と陽気なご返事。せめて、何かグッズでも土産に・・・とはさすがに言えない(忍)

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンのチケットは全く未入手、しくじったなと思う。今から楽しむにはどうしたらいいんだ?

坂本さんところの「マーラー指揮者占い」をしてみたら、坂本さんと同じ「ショルティ」でありました・・・。ハンドルネームでも本名でも「ショルティ」でありました・・・。昔のハンドルでも「ショルティ」でありました・・・。♪昔の名前で出ていましょるてぃ。>生年月日と血液型でしか判定してないんか?

2006年3月27日月曜日

NHK芸術劇場:吉右衛門の「日向嶋景清」


昨日のNHK芸術劇場は、中村吉右衛門が松貫四の名前で書き下ろした「日向嶋景清」を生み出して行った過程と、吉右衛門の本作に賭ける思いを密着取材したという点において、非常に見ごたえのある番組でした。


歌舞伎座での公演を昨年11月の吉例顔見世公演で運良く観劇することができ、大いに感銘を受けたものです。




「日向嶋」の原作は人形浄瑠璃の「嬢景清八嶋日記」。吉右衛門の実父である八代目幸四郎が1959年に新橋演舞場で二日間だけ試演したことがあるという演目です。歌舞伎の時代物の新たな境地を目指そうとしていた八代目幸四郎の役者生命を賭けた舞台であったと吉右衛門は語ります。


娘のことを思って見えない眼をカッとばかりに見開く場面があります。八代目は、あの時代にあって眼の玉の大きさばかりの赤いハードコンタクトを、麻酔を打ちながら眼にはめて舞台に望んだことですとか、娘の糸滝を哀れんで遠ざかる船を追おうとする、その場面での気迫は渾身の力で押し留めなければ舞台から客席に落ちてしまうほどのものであったとか、若き吉右衛門にとっても強烈な印象を与えたものであったと言います。


そんな実父に対する思いと、歌舞伎に対する思いが、おそらく還暦を前にして吉右衛門の中で発酵し、「八嶋日記」の歌舞伎化として結実したのだということがよく分かりました。


吉右衛門は語ります。「昔の演目は全てが新作だった。今は型などが伝承されて演ずるだけになったが、新作を演出し演ずる苦労をすることによって、型の大切さなども再認識する。」のだと。伝統をただの継承に終わらせない、次世代へつなげるという筋肉質で強靭な精神をそこに観た思いがします。


「ヤワではやっていけないよ」


ジムで汗を流しながら台本を読み続ける吉右衛門が漏らした台詞も印象的でした。

2006年3月22日水曜日

iPod用 Apple純正インナーイヤ型ヘッドフォン


iPod用のヘッドフォンとしてApple純正のインナーイヤ型ヘッドフォンを購入してみました(5000円以下)。いわゆる耳栓型ですので遮音性は極めて高く、周囲の騒音はかなりシャットアウトされる点は予想以上のもの。地下鉄のアナウンスにより音楽が全く聞こえなくなるということはなくなります。(そもそも、毎日毎日、なんであんなに頻繁に、しかもあんなにウルサク放送するのだろう・・・)


ところがインナーイヤ型であるため、歩行時に踵が地面を踏みつける音が骨伝道として耳に伝わる、コードが衣服などにすれる「ガサゴソ」といった類の音も非常に耳障り。自分の呼吸音や咀嚼音も結構気になる。ということで、アウトドアな環境では、ほとんど使いものにならないというのが正直な感想。



音質に関しては付属のヘッドフォンよりも格段向上というレビュがほとんどですが、私としてはクラシック音楽には全く向いていないと言わざるを得ません。具体的には、ピアノやオーボエの音に対し、共振するようなビビリ音がヘッドフォンを通じて聴こえ、全く鑑賞に耐えません。


このヘッドフォンをCDプレイヤーやステレオのヘッドフォン端子につないで同じ音源(ピアノなど)を聴いてみると、ビビリ音はほとんど気にならないのです、これはどういうことなのでしょう。不良品というわけでもないと思いますが。


一方オーケストラのフォルテッシモ、ヴァイオリン・ソロ、ソプラノのアリアなどはクリアな音質です。こういう音楽では付属品とは違いがはっきりします。洋楽系の曲も聴いてみましたところ(BJORK、Black Eyed Peas)、上記のビビリ音は全く発生せず(気にならず?)、余程酔狂でなければ付属品のヘッドフォンを使おうという気にはならないと思えるほど音質の向上が実感できます。


時々使っているAKGのK26Pは、低音を重視した音楽を聴く方には満足のいく音質だと思いますが、クラシックを聴く分にはAppleのインナーイヤ型に比べると「こもり」が感じられます。音のヌケという点ではAppleのインナーイヤ型の方が優れている。


iPod用で、安くてそこそこクラシックを満足して聴ける(音質に優れているといっても所詮ACCファイルの音質ですから多くは期待しません)形体も携帯性に優れたヘッドフォンというのはないものでしょうか。ちなみに在宅時にはSENNHEISER HD575を使っています。

2006年3月19日日曜日

歌舞伎座:三月大歌舞伎 夜の部

歌舞伎座で三月大歌舞伎の夜の部を観てきました。今月の公演は十三世片岡仁左衛門十三回忌追善狂言を兼ねており、昼の部では仁左衛門による「道明寺」が、夜の部では我當による「近頃河原の達引」が演じられています。

昼の部の道明寺や吉野山も観たかったのですが、休日の11時前に自分を東銀座に立たせることは困難ですので、夜の部を観ることにしました。夜の部は先の演目に続き、富十郎と菊之助による「二人椀久(ににんわんきゅう)」、そして幸四郎による「水天宮利生深川(すいてんぐうめぐみのふかがわ)」です。

今回はイヤホンガイドを借りて観劇をしました。

賛否はイロイロありましょうが、夜の部で一番良かったのは「二人椀久」です。この舞踏は遊女松山(菊之助)に入れあげて発狂してしまった大坂の豪商椀屋久兵衛(富十郎)が、松山を恋焦がれて踊るというもの。富十郎と雀右衛門の当たり役ですから、今回初役となる菊之助には少し荷が重過ぎる、というのが従来からの歌舞伎ファンの感想かもしれません。確かに雀右衛門が全盛であったなら、それはそれは素晴らしかったであろうと思います。あの年齢でありながら雀右衛門はいまだに妖艶なオーラを放っていますから。

しかし、この踊りを始めて観る私には、松山を演じる菊之助の若さと美しさ、久兵衛との恋の駆け引きや廓遊びの艶やかさ華やかさなど充分に満喫することができました。最後に松山が消えた後の舞台の上の虚しさとはかなさは格別でありました。また「劇場の天使」というブログのハンナさんの感想とはとは全く異なって、舞台からは「濃厚な官能」をビンビンと感じました(演じている二人の年齢差など全く関係なく)。ハンナさんは続けます。

大ベテランでこの踊りで一時代を築いた富十郎と初役の菊之助に同じレベルを求めるのは酷な話ではある。

通の眼から観ると、それほどまでに違いがあるのでしょう、それは否定しません。渡辺保氏も菊之助の松山は初役で仕方がないが、体が硬く、動きが重いと劇評で書かれいます。でも私にとっては、この「二人椀久」は良かった。

それにしても今風に言うならば、キャバクラ嬢に入れ揚げて、挙句の果てに昼間(夜か?)から幻想を観てさ迷い歩く・・・という風情。歌舞伎にはこの手の退廃的なテーマが多いですなあ。「保名」にしても恋に迷って踊り狂うというテーマでしたよね。

つづいては「水天宮利生深川(すいてんぐうめぐみのふかがわ)」。明治維新により武士階級がなくなり、筆職人として極貧生活を強いられる船津幸兵衛(幸四郎)の物語。妻に先立たれ、借金取りに追い立てられ、乳飲み子や眼の不自由な子ら三人を養うことができないあまり、幸兵衛は一家心中を図りますが、あまりの苦悶に気がふれてしまいます。この演目は泣かせとともに、この発狂に至る演技が見ものになっています。歌舞伎には、こういう具合に「発狂する過程」とか「酩酊してゆく過程」を純粋に楽しむという嗜虐的な嗜好があります。

幸四郎は、こういう芝居はなかなかうまく、ついつい引き込まれてしまいます。しかし、ふと我にかえると、演技の余りのリアルさに「これは歌舞伎なのだろうか・・・?」という疑問が胸に沸いてこないわけではありません、どこかナマすぎる、幸四郎の演技は歌舞伎と現代劇のギリギリの境界を行ったりきたりしている。そういう点に抵抗を感じないわけでもありません。

芝居は河竹黙阿弥による明治一八年(1885年)の作。ツケも浄瑠璃も入る歌舞伎のスタイルを踏襲したものですし、ラストのハッピーエンドも、あまりにお気楽な歌舞伎的ファンタジーの世界を描いています。もっとも私はこれがなければ暗い気持ちで歌舞伎座を後にしなくてはならなず、救われません。

さて肝心の十三世片岡仁左衛門十三回忌追善狂言であった「水天宮利生深川」は、あまり書くことがありません・・・というか、寝てしまいました(^^;;; つまらなかったというわけではありません。体調が悪かったのです。

「近頃河原の達引」も「水天宮利生深川」も、貧乏な市井のつつましい人たちが主役になっていますが、舞台では極貧はあんまり観たくないなあと。莫迦らしくても退廃でもいいから、豪華で華美で阿呆のような放蕩の方が歌舞伎的精神にはあっているかなと・・・。生活が苦しくて発狂するってのは、なんだかドストエフスキーらの描いたロシアを彷彿としてしんどいです。

2006年3月15日水曜日

【音盤】ベートーベン:交響曲第3番&8番/クナッパーツブッシュ

Archipel RecordからクナッパーツブッシュのベートーベンがHMVで1000円という廉価盤で販売されていました。「クラシック・ジャーナル 17号」でSyuzoさんが53年盤の「エロイカ」をベースにクナッパーツブッシュを語った企画を思い出し購入してみました。 

しかし、こと「エロイカ」に関しては、この盤は「失敗」でした。音質が悪く、この演奏で楽しめと言われても、それはちょっとムリかなと。クナの片鱗くらいは伺えるのかもしれませんが、後日もう一度聴こうという気にはなりませんでした。クナの熱烈なファンであるSyuzoさんも交響曲第3番は塩ビの長いパイプの中で鳴っているような音と評されていますが、それは聴き終わった後に読みました。機会があれば別の盤を入手することとしましょう。(>仕方ないので二度聴いてみたら慣れてきて、それなりに楽しんでいる自分がいたりしますが・・・、それでも人には薦められません)

一方、交響曲第8番は非常に良いです。「塩ビパイプ」の中で鳴るような貧弱さを耐えた後では、一気に「土管」にまで空間が広がったというか、あるいは土管の中から眺めた空のよう視界が開けた感じ。もっとも、あくまでも音質上からの印象に過ぎませんが。

演奏の方は、これはもう堂々としたベートーベン。しかもベートーベンにしては深刻に傾かない曲の輪郭をくっきりと描ききっている。ベルリンフィルの個々の技量も安定感があります。特に第3楽章のホルンの部分は良い。第4楽章も着実に演奏は進む、急くことはせず確信的な響きを刻んでいるように聴こえる。曲調は軽いのに演奏は演奏は決して軽くはない。

2006年3月13日月曜日

【本棚】森まゆみ:谷中スケッチブック


先週は日暮里から谷中、根津を通り本郷から御茶ノ水に抜けて散策をしてみましたが、谷中、根津(それに千駄木)といば森まゆみさんです。この本が書かれたのはかれこれ20年以上も前のこと。85年の東京といえばサントリーホールもまだなく六本木ではアークヒルズがまさに建設中、バブルの狂乱はこれからという時です。

本書は谷中は動坂に生まれ育った森さんが、谷中の歴史的な成り立ちから今の姿までを限りない愛着と憧憬と希望を込めて描ききった秀作です。背表紙は焼け埃をかぶっていた本書を久方ぶり(20年振りに)に本棚から取り出して読み返してみました。

谷中の印象といえばお寺とお墓、そして下町情緒といった印象でしょうか。森さんは谷中の古い家や町のたたずまいは残り、今も「江戸のある町」といわれるくらい、昔の面影がある。人情もまた一段と濃い。職人の手仕事、人びとの生活ぶりなども無形の文化を伝えている。 と書き、

この町の姿はどこまで存続していくのか。それを考えながら、谷中の町を逍遥してみよう。(「江戸のある町」P.25)
と読者を誘っています。本書を読んでいると、この言葉の通り森さんと谷中の町をプラプラと歩き、店先で立ち話でもしているような気持ちになれて大変楽しい。そして露伴や鴎外、漱石を始めとして明治の文豪やら芸術家らの舞台となったこの街が、限りなくいとおしく感じられてきます。

ところで、こうした谷中の魅力が現在にあっても効力を失わないということはどういうことなのでしょう。失われた(または、つつある)ものへのノスタルジー、日本人の原風景、マスコミ主導の流行など、いろいろな要素があるのだと思います。それでも連綿と谷中が谷中であり続けているということは、日本人の深層に訴えかける重層的かつ根源的な精神風景が、谷中の断面からはいまだに立ち上ってくるからではないかと本書を読んで感じました。谷中には人を通じた歴史的連続性を見出すことができると言うこと。

私は生粋の道産子ですから江戸や東京下町的な「皮膚感覚」は皆無です。それ故になのでしょうか、肌で感じることのできる連続性にはゾクゾクするほどの興味を覚えてしまいます。

森さんがこの本を書かれてから20年、いったい今の谷中は何が変わって何が変わらないでいるのでしょう・・・。暇があれば、幸田露伴の「五重塔」でもポケットにつっんで再び谷中に訪れてみたくなりました。

2006年3月10日金曜日

音楽の持つ力


仕事でボーっとした頭で何気にいつも訪れるブログをチェックしていましたら、鎌倉スイス日記の「消費文化と芸術・・・難しい!!」というエントリが目に止まりました。今はこれについてあれこれと考えるほどの気力もありませんので、思いついたことのみメモしておきます。Schweizer_Musikさまに対する問題提起でも批判でもありません、単なる自己確認です。



「芸術」という言葉は、私はサブカルチャーが台頭してきた1980年代後半を境に死語となったのではないかと思っていますので、改めて「芸術とは何か」と考え始めると正直アタマが混乱してきます。


「売れる音楽」=「普遍的音楽」=「芸術」であるなんて誰も思っていませんし、ましてや現代において「売れる」ためには大掛かりなプロモーションも重要な要素であることはSchweizer_Musikさまご指摘のとおりだと私も感じています。オリンピックを期に売れ続けている「トゥーランドット」も、荒川静香というプロモーターが居たからなのでしょう。


もっとも、いくら大々的にプロモーションしても売れないこともあるわけです。音楽が良くなかったということの他に、受け入れる側にそれを受容するだけの準備が出来ているかということも重要なことかもしれません。時々「○○は生まれるのが早すぎた」だとか「やっと時代が○○に追いついた」と言うような評を目にします。


音楽は師弟関係や、さまざまなスタイルが影響しあっていますから、「ある前提(音楽)」の上「その音楽」が成立しているのだとは思います。ですから、例えばありえないことですが、モーツァルトの時代にストラヴィンスキーやBlack Eyed Peasの音楽が奏でられたとしても、当時の人達にとってはおそらく騒音でさえないことでしょう。

しかしそれであっても、音楽を進歩論的あるいは進化論的に捉えることには若干の疑問を感じます。上記は極端な例ですが、短期的な「売れる・売れない」は、時代の有する雰囲気との乖離を示しているに過ぎないと思います。


ハナシが全然それてしまいましたが、売れる音楽には売れるだけの理由があり、「音楽の力」があるという点です。


売れるということの中に、本当に人々の心の琴線に触れる何かがある。だから売れるのだという部分が存在することを、忘れてはならないのではないでしょうか。

良いメロディー、良い詩・・・、かっこいいアレンジ、サウンド、ルックス、ヒットする要素の中には色々なものがあるのですが、たとえばスマップの「世界にひとつだけ…」という歌は、スマップの人気だけでなく、歌そのものに力があるように思います。


私自身「音楽の力」を認める発言し、かつ「音楽には力がある」と実際思っているのですが、「多くの人に売れる」ということ、つまり音楽的なマジョリティが存在すること。このことに私は少なからず疑問を感じています。つまりある音楽がヒットするような社会ないしは個人が醸成されているということ。ヒットする条件としてのマジョリティの存在です。オンリー・ワンと唄いながらも、等しく共感するオールの存在。もっとも、個々に眺めれば個人が音楽から受ける風景は異なっているのだと思いますが。


私の場合はクラシック音楽を聴き始めたきっかけのひとつに「スタイルとしてのマイノリティへの逃避」という意味合いがあったことは否定しません。しかし、その狭い世界の中ではマジョリティに迎合している自分が居ます。もう一度考えます。プッチーニは売れてラフマニノフがそれほどでもないのはどうしてなのかと。(実は私が目にしないだけで両方売れているのか?)。うまく表現できなくて申し訳ありません。

2006年3月8日水曜日

音楽が語る以上のこと

「クラシック音楽の垣根・・・?」というエントリに、ぽん太さんからコメントをいただき、レスを書いていたら予想に反して長くなってしまいましたので、ここに改めることとしました。

(とりあえずコメントに対するレスなので)こんばんは、かの本を読み始めたのですね。私自身、久々に楽しめる新書であったと思っています。

ところで西洋芸術音楽の「時代を超えた大きな思想」とか「精神性」についてですが、そこに着目しすぎると音楽本来の持つ魅力からどんどんずれていくように思うことがあるのです。少し前まで(今も?)日本の音楽界の本流はドイツ・オーストリアの音楽であり、ベートーベンなどに比べてチャイコフスキーは「精神的に深みが足りない」などと評されたものです。また指揮者にしても、ドイツ・オーストリア系を振らない指揮者、あるいはピアニストは、どんなに人気があってもホンモノではない、という評価は未だに耳にするところです。

ところが、この「思想」とか「精神性」、あるいは「ホンモノ」というのが、どこか胡散臭い。純粋音楽に標題性や歴史性を、更にはそこから思想や精神性を聴き取ることは、妄想とは言わないまでも結局はごく個人的な事柄でしかないという思いが捨て切れません。

個人的なことになりますが、私は小学生の頃から国語が大嫌いでした。特に「この文章のテーマは何か、作者の言いたい事は何か」という問いは、ほとんどはずしていました。どんなに読んでも、回答のようには考えられない。それ以来、作者が意図したとおりに読者に伝わるということは、私の経験からすると、ほとんどありえない、万人が万人的に解釈することこそが正しく、正解を求めることが間違っている、と勝手に思うようにしました。

ですから、作曲家のごく個人的な事情(作曲の背景や主要主題の意味的なもの、あるいは極めてプライベートな書簡類)まで理解した上でないと西洋芸術音楽を理解できないとしたならば、それって一体何なんだろうと思うわけです。モーツァルトにしても、自分の音楽を聴く人が作曲家のスカトロ趣味や妻との性生活を熟知した上で作品に接することになるだろうなんて、想像だにしなかったハズです。

音楽ではなく美術に転じますと、キリスト教の宗教画や17世紀頃のオランダの静物画またはブリューゲルの幻想絵画などに隠された寓意を知ることは、作品解釈において重要なファクターですし、その理解する過程そのものがスリリングな楽しみを伴うことは否定しません。しかし、ぽん太さんのお好きな歌舞伎にしても、時代背景や文学性に拘泥しすぎると、歌舞伎本来のもつ魅力が硬直化したように感じる瞬間はないでしょうか。それらを知らなければ作品を楽しめないということは、決してないはずです(各人が各様に楽しむだけ)。

音楽も同様に「そこから聴こえる以上のこと」に拘泥しすぎること、何かが聴こえなくなることもある、音楽の聴き方を自ら制限することもあるのではないかと。(ここは、こう聴かねばならない、とか、こんな音楽ばかり聴いていてはダメだとか。中途半端な聴き方ではだとか・・・) 

私は学者でも音楽家でもなければ演奏家でもありません。そういう深い理解まで、作曲家が果たして期待していたのかと思うと、案外そうではないかもしれないと思うこともあるのです。

たとえば、トリノオリンピックで金メダルを取った荒川静香さんの演技の裏話は、週刊誌やワイドショー的には面白いでしょうが、彼女の過去や境遇を知らなければあの演技に感動できなかったか、といえば嘘になる。「演技が語る以上のこと」を知る必要が一体どこにあるのかと。

2006年3月6日月曜日

クラシック音楽の垣根・・・?

岡田暁生著「西洋音楽史」のエントリに対するぽん太さんのコメントを読んで、あれこれと考えていたところ、音楽ジャーナリスト林田直樹氏のブログ(LINDEN日記で引用されていた石田衣良氏の言葉がたまたま目に止まりました。

石田さんはモーツァルトや現代音楽などがお好きだった理解しています(確かロマン派はダメみたい)。

「実は本当に一番素晴らしいのは、芸術そのものではなくて、それを『素敵だ』『面白い』と感じることができる人の心である。三百年前のオーストリアの作曲家が注文仕事で書いた音楽を聴いて心から感動できる。人間の心のキャンバスのほうがどんな芸術よりもうんと広大なのだ」(石田衣良)

全く同感。クラシックの敷居をすごく下げてくれる言葉ですね。「大作曲家の残した偉大な音楽」という権威よりも大事なもの、それは「聴き手の感受性」だと言っているのですから。

え? 本当にそうなのか?素晴らしいのは聴く人の心で、感受性が一番大事であるということ。

それはそうなのですが、魚の小骨のようにひっかかる言葉です。私の深層のどこが「違う」といっているか、掴むことができません。従って、このエントリは批判ではなく留保です。芸術を「面白い」と感じる心がなければ、その芸術がどんなに偉大な可能性を秘めていても当人にとって意味のない(つまらない)ものであるということは対偶として真でしょうか。

私は芸術が、作曲家の思想や理念こそが個人を凌駕すると思ってはいません。また、芸術の権威やブランドをことさら持ち上げる気持ちも、できるだけ少なくしたいと思っています。万年クラシック初級者の私のこと、ついつい有名作曲家の評価の高い演奏ばかり聴いてしまいがちですから。自分の目や耳を信じて、これが「良い」と感じること、すなわち自分の感受性や感性を信じて評価するということは、意外にも物凄く難しいことだと感じています。なぜなら、今まで積み重ねてきた自分が全て露見される瞬間だからです。

仕事の場面においても、「女性的感性」だとか「感性の豊かさ」が必要などという場面に遭遇します。感性は何もないところから生まれてくるものではないし、生まれつきのものでもない。それこそ、裏で磨いたり研ぎ澄ましたり鍛え上げたりすることをして、初めてキラリと光る感性が生まれる。感受性というのは、そういう極めて自発的で主導的な活動を通じた末の偶発的な産物であると思うのです。磨かれた感性は、モノの本質をズバリと見抜くことも場合によっては可能でしょう。

内田樹氏のブログにある以下の文章が、似たようなことに言及しています。(内田樹 研究室「言葉の力」より)

「創造というのは自分が入力した覚えのない情報が出力されてくる経験のことである。それは言語的には自分が何を言っているのかわからないときに自分が語る言葉を聴くというしかたで経験される。自分が何を言っているのかわからないにもかかわらず『次の単語』が唇に浮かび、統辞的に正しいセンテンスが綴られるのは論理的で美しい母国語が骨肉化している場合だけである。」

では、そういう練磨の上での感受性がなければ、例えば西洋芸術音楽(クラシック)を受け入れることができないかといえば、これまたそうでもない。ある瞬間にあるフレーズを聴いてバーン目覚めることもあれば、これってイイね、としみじみと思うこともある。しかし、何故目覚めたのかを自分の中で追求すると、感性の変化を生じた遠因がどこかに潜んでいることに気付くはずです。

ところで石田氏や林田氏の発言は『自分達の好きなものが素晴らしいもので、感受性の豊かな貴方達が聴けば、きっとどこかで「感じる」部分があるはず』ということをは一方的に期待しています。その発言の裏には、そういう音楽を、自分達はやっぱり素晴らしいと感じていて、感動できる自分達の感性が素晴らしいと認めています。では、そういう音楽を「面白い」と感じられない『感受性』の存在を彼らはどう考えるのでしょう。『え?こんなに素晴らしい音楽を「感じられない」なんて、君たちの心のキャンパスは濁っているのか?』とは言わないでしょうが。

こんなことをついつい無意識のうちに考えてしまったので、彼らの無邪気で無自覚な感受性賛歌には一瞬ひっかかってしまったようです。私のこういう回りくどい感じ方や態度こそが、知らずのうちにクラヲタ的偏狭さに陥ってるという査証なのでありましょうか。あるいは、今読んでいる本の影響でしょうか(その話題はまたいつか)。

ぽん太さんの問いには未だ答えられず。

暇なわけではないのだが、天気がいいとヤル気にならない

仕事が溜まっているので日曜出勤でもしようかと思っていたのだが今日も天気が良い。昨日も好天でだったのに、意に反し15時から22時まで会社で悶々としてしまったので、さすがに今日も出勤するのがアホくさくなる。本とiPodを鞄にぶち込んで目的もなくJRに乗り込み、以前から気になっていた方面を散策することとした。(注)以下は本人以外はほとんど意味のない文章。

まずはJR日暮里駅で降りて谷中霊園に向かう。谷中は観光スポットとしても有名になってきたので休日の霊園だというのに線香も持たずカメラを携えた人が多い。桜並木をぽくぽく歩いて気分を良くするが、開花にはまだまだ。霊園だけあってカラスが多くウルサイ。石原都知事に抹殺対象とされたかの鳥達は、こういう場所をネグラとしていたのか。

霊園内には徳川慶喜の墓があるというので行ってみたが、塀の外から伺い見ることしかできない。もっと堂々としたものかと期待したのだが意外と簡素。その後寛永寺まで足を伸ばす。街頭の地図を見て初めて気付いたのだが、寛永寺は上野の東京国立博物館のすぐ裏に当たる。航空写真で上野方面を眺めると(寛永時の境内にある)JR線が大きな河の流れのようだ。上野と合わせて考えると徳川幕府の都市計画の一環が透けて見える。ここらあたりは「上野の山」といわれるだけあり、寛永寺越に御徒町方面を眺めると遠くのビルの屋上が同じ視線に見えている。

寛永時の前を過ぎ国立博物館を裏手から正門に廻る。今月末から「最澄と天台の国宝展」と「国宝・天寿国繍帳と聖徳太子像展」が企画されている。おおっ!と思ったものの、これまた会期中は激混みなのだろうなと観る前から気分が萎えてくる。博物館の敷地内を伺い見ると梅が咲いていた。

東京芸術大学旧奏楽堂の前を通り藝大美術館へ。何かやっていたら観ようと思ったが、入試シーズン中なので閉館中。ちょっと残念に思いになりながらも、まあいいやと言問通を根津の方へ歩き始める。ここら当たりから道はグッと下がっている。坂の途中には墓地と寺というのは中沢新一氏の「アースダイバー」的風景。

谷中や根津の周りは、いかにも「下町」的。若者達がもの珍しげにウロチョロしている(私もその一人、ただし若者ではない)。現代のガラスと金属やコンクリートの建物を見慣れた目には、単に古いだけの木造下見板の家など、それだけで珍しいのだろう。街を歩いているとどこか懐かしい気分になることは否定できない。一体、日本は何を造って何を壊してきたのか、などということは考えない。

下町情緒をちょっとだけ感じながら、なるほどなるほどと訳の分からないことを思う。不忍通りを越えると、道はまた登りに転じる。その転じた先にあるのが東京大学。

考えてみたら東大って行ったことがなかったなと思い弥生門からキャンバス内へ入る。垂直線を強調したデザインの建物が権威と上昇志向を象徴しているよう、ただし施設は恐ろしく古い。某学部に勤める旧友から聞きいていはたが、ここまでとは。建物に歴史的価値があるようなので壊すに壊せないジレンマを抱えているのだろう。

安田講堂は初めてホンモノを目にしたが驚くほど小さいことに拍子抜け。放水銃と火炎瓶の記憶はどこを探しても見当たらない(当たり前)。キャンバス内は休日のせいかカップルや観光客や犬連れの家族などがチラホラする程度で人影もまばら、平和である。三四郎池もせっかくなので見てみる。ここの水はどこから沸いてくるのだろう、上野の不忍池とともに繋がっているのだろうかと、東京の地下を脈々と流れ、行き場を求めてさまよう暗い水の流れに思いを馳せる。窪地になったこの場所は東京とは思えないような空間を形成していてとても素敵だ。

赤門を潜り抜け、ついで(何のついでだ?)なので本郷通りを通って御茶ノ水にまで出てみる。神田川を越えた途端に若者がウジャウジャ沸いてる。神田川は相変わらず汚いが、紅梅が川沿いに咲いていた。御茶ノ水駅を降りた景色というのは、東京の私学の方々にはおなじみだろうが、私からするとグロテスク以外の何ものでもない。そのグロテスクさを更に際立たせるように、秋葉原方面に更に巨大な建造物が聳えている、イヤハヤ。こういうグロテスクさも、キライではないのだが・・・度を越しているな。

いささかゲンナリしながら御茶ノ水駅前の喧騒を避けニコライ堂向かう。教会はこれからまさに夕刻の祈祷の時間、燭台に蝋燭を灯し始めている。ドームのステンドグラスが西日を投下して天井にきれいな光を投げかけている。キリスト教の精神にはちょっとついていけないので、祈祷が始まる前に退散。そういう割りに、このときiPodで聴いていたのは、やはりバッハだったりする。

かなり疲れてきたが頑張って神保町の古本街へ。日曜日はこの街は半分くらい眠ったみたい、ほとんどの古本店のシャッターが下りいる。平日来なくてはダメなのだな。ただ神保町界隈には魅力的な喫茶店が多いことを発見。旨い珈琲でも飲みながら持ってきた本でも読もうと、ある店に足を踏み入れたら「あと15分で閉店です」と言われ断念。楽しみはまた後ということだろうか。