2005年4月22日金曜日

歌舞伎座の建替え・・・

お気楽草紙というブログで、歌舞伎座の建替えが発表されたとのエントリ。

歌舞伎座は明治22年から数えると四代目になるのでしょうか。現在の形式での新築は大正13年、東京藝術学校(現東京藝術大學)教授の岡田信一郎氏の設計によるもの。震災で焼けたりしていていますが鉄筋コンクリート造です。三代目の歌舞伎座は現在と似ていますが、正面に入母屋造の立派な屋根があることが歌舞伎座のフラッシュ画面を仔細に眺めるとよく分かります。

震災後の修復は昭和26年(1951年)になされています。機会があって、楽屋を覗いたこともあるのですが、表の華やかな世界からは想像もつかないような裏の古さにびっくりしたものです。襖の高さも1.8mなかったような・・・。幹部俳優には部屋が与えられていて、外には「幸四郎」とかの暖簾がかかっています。幹部俳優でも一部屋しかない方や、二間続きの部屋の方とか待遇が違うようです。当然、大部屋俳優は寄り合いですね。勘三郎さんの写真集などでもそれとなく伺いしれます。


古い建物ですが幕見席などに並んでしみじみ眺めますと、化粧垂木や肘木までコンクリートでできていて、よく作ったものんだと感心しす。歌舞伎座サイトによると、瓦などは現在ではもはや造れないようなものなのですとか(粘土が違う)。


私もいつまで東京に居て歌舞伎座に通えるのか知れませんが、願わくは新しい歌舞伎座でも「幕見席」がなくならないことを切に願うだけです。


それにしても、歌舞伎座のサイトで知ったけど客席数は幕見を含めて 1866席。サントリーが確か2000席前後。歌舞伎は昼から夜遅くまで、ほとんど毎日公演している。勘三郎の襲名披露など三ヶ月連続で公演しているにも関わらず席の入手は極めて困難。ひるがえってクラシック音楽、大ホールを1ヶ月も延々と満席にし続ける公演なんて考えられるでしょうか。それ以前に、1ヶ月も同じ演目を演奏し続けるなんて考えられます?>演奏家の方々


2005年4月21日木曜日

新勘三郎の籠釣瓶花街酔醒 追記

昨日、中村勘三郎と玉三郎の籠釣瓶の感想を書きました。他の感想はいかがかと、歌舞伎系ブログを拾い読みしてみましたが、なかなかにピンとくる感想に出会いません。勘三郎の襲名披露という華やかさのせいか、勘三郎に対して批判的な文章はほとんど見つからないのも、これまた不思議。


皆さん、勘三郎のキャラクターや演技がお好きな様子。私は2月から観たばかりですから、好きも嫌いもないですし、演技の凄みも歌舞伎座の幕見席からでは、ほとんど伺い知ることなぞできやしません。勘三郎は籠釣瓶で、ある種の狂気を演じていたとは思うものの、玉三郎に引っかかったように、どこかストンと腑に落ちない処もないではない。


そういう中で、南方演劇論というブログで勘三郎の籠釣瓶に批判的な文章を見つけ、成る程と思った次第。



4月8日の観劇日記にはこうあります。 


まず結論から言おう。

勘九郎、いや、勘三郎は、籠釣瓶を“喜劇”にしてしまった。


従来の籠釣瓶なら笑うべきところでない所で、客が笑う。

その原因は3つある。


最初から手厳しい。この御仁は勘三郎のドタバタがあまりお好きではない様子。正直なところ、私もそこに何かひっかかりを感じて勘三郎の公演を観続けています。


愛嬌と器用さは先代譲りなのは間違いないが、江戸明治という時代が持っている「闇」は、新勘三郎に限らず、今の役者すべてに無くなってしまったものである。

ここでいう江戸の「闇」が何であるか私には分かりませんが、心に留めておくべき事項かもしれません。今のところ、確かめる術も私にはありませんが。


現代性がこの戯曲の魅力であり、“喜劇”となりうる要素を胚胎していると言える。

ただ、喜劇として上演するなら、一度戯曲を解体し、きちんとした演出が必要となるだろう。

籠釣瓶が喜劇として解されるというのも釈然とはしないものの、劇の持つ現代性については、昨日触れたところ。歌舞伎を戯曲として解体してしまっては、もはやそれは歌舞伎にならないのではないかと。新歌舞伎と言われる歌舞伎や世話物が、リアルに演ずれば演ずるほど、私は歌舞伎としての魅力が減じ、嘘ら寒い思いで席から逃げ出したくなるのを抑えられません。


最後の殺人など、飛び上がって片足立ちになって斬る。別に妖刀の魔力なぞ見せなくても良いし、町人なのだから上手に斬るとかえっておかしい


確かに意外な斬り方でした、でもその芝居かかった大げささが、殺人というリアルさをそぎ落とし、そぎ落とすことによって反転したリアルさを獲得して歌舞伎足りえたと私など思ったものです。このリアルさから考えると、玉三郎の死に様はやり過ぎという気もするから演技とはわからないものです。


2005年4月20日水曜日

歌舞伎座:四月大歌舞伎 籠釣瓶花街酔醒

どうにも分からなく、そして、やりきれないのは籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)です。先月の鰯賣戀曳網(いわしうりこいのひきあみ)で、勘三郎と玉三郎が手に手をとって、ラブコメディを演じ襲名を祝ったその黄金コンビが、今回は「縁切り」と「殺し」となってしまうのですから。

男のプライドを傷付けられたとて女を殺傷に及ぶという点では、番町皿屋敷を思い出したりもしますが、あちらよりは「殺し」の理屈が理解できる。とは言っても、後味の悪さに変わりはありません。

この劇は三世河竹新七の手になる世話物で初演は明治21年、いわゆる新歌舞伎。享保年間の「吉原百人斬り」を題材としています。すなわち江戸吉原で野州佐野の百姓次郎左衛門が、兵庫屋の八ツ橋の不実を恨んで斬り殺し、さらに大勢を殺傷したという事件。

河竹新七の籠釣瓶は全八幕の狂言ですが、歌舞伎では五幕目の「吉原仲之町見染の場」から「立花屋二階 八ツ橋殺しの場」までが演ぜられます。籠釣瓶とは水もたまらぬという意味を持つ名刀のこと。

さて、何が分からないかというと、花魁の八ツ橋(玉三郎)の心の内です。彼女は本気で次郎左衛門(勘三郎)に身請けしてもらうつもりだったのでしょうか。あるいは、花魁得意の上得意先へのサービスの一つだったのでしょうか。八ツ橋には言わばジゴロともいうべき間夫の繁山栄之丞(仁左衛門)が居ます。栄之丞に着物を贈ったりと、相当につぎ込んでいるようですし、栄之丞ときたら昼間から遊べる身分で、起請までかわしています。そうでありながら、八ツ橋は次郎左衛門からの身請話を茶屋公然と進めているのです。「縁切り」は、釣鐘権八(芦燕)らにそそのかされたこともありますが、栄之丞へ実を見せるためにやったこと。観ようによっては、八ツ橋は痘痕顔の醜男である次郎左衛門のことなど、ただの上客としか思っていなかったともとれます。ここをどうとらえるかで「縁切り」の場面の演技が変わってくるように思えます。

で、玉三郎演ずる八ツ橋はどうだったか。渡辺保さんの評では、玉三郎の八ッ橋は初役以来の当り芸。しかしどういうわけか、今度は淡泊で生彩を欠く。ことに愛想づかしはほとんど次郎左衛門をなだめつすかしつしているように見える。とあります。いやいや、私は全然そういう風には見えなかった。玉三郎の縁切は、情が入っているようで、次郎左衛門に客以上の思いがあるような辛さが出ていたように思えます。確かに「なだめすかし」というのも当たっていますが、そうすると後の台詞の切なさ加減はどうでありましょう。

八橋 そう御得心なされたら、もう用のないこの座敷、これでわたしも晴々した、どれ、廻しへ行ってきましょうわいな。
九重 それではどうでも佐野さんを、今宵かぎりお断りかえ。
八橋 わたしゃつくづくいやになりんした。

もっとも八ツ橋が、花魁にありがちな面も持っていたことは認めるにしてもです。三枚起請という言葉だってあるくらいですから。

で、ここの縁切りの場面は、それはそれは見事なくらいに冷酷なんですね。それを演じきっているのが勘三郎の次郎左衛門です。彼は下野佐野の絹商人、ふと立ち寄った吉原の華やかさと八ツ橋に一目惚れして、三日とあけずに通いつめるほどの入れ込みよう。遊びぷりも茶屋から感心されるくらいに気持ちのいい遊び方、八ツ橋のみならず、他の花魁やら太鼓持ちやら、誰からも好かれる好人物。こういう人物像は勘三郎うまい。

最初は田舎のポッと出の純朴さが、次に吉原通いを始めるものの、どこか野暮ったさをひきずっている人のいい旦那。それでも自分が吉原一の花魁八ツ橋に惚れられていることを自慢したくて仕方がないお調子者。なぜなら、彼は先にも書いたように、顔中痘痕の醜男、本心ではコンプレックスがある。八ツ橋に縁切りされた後の場面、一緒に吉原に連れてきた仲間に

聞くと見るとは大きな違い、大方こんな事だろうと、思った壺に相違なく、身請けどころかこの様では、いつでも振られ通しと見える。

と莫迦にされているところから推し量ると、彼の仲間内でのあり様が思い浮かびます。それだけに、ここの縁切りは見ていてつらい。八ツ橋にはそこまで分からないし気付かない。有名な

花魁、そりゃアちっと袖なかろうぜ。夜毎に変わる枕の数、憂川竹の勤めの身では、きのうにまさる今日のはなと、心変わりしたかは知らぬが~

に続く台詞でも、まだ

江戸へ来る度吉原で、佐野の誰とか噂もされ、二階に来れば傍輩の、花魁達や禿にまで、呼ばれる程になってから、指をくわえて引っ込まれようか。ここの道理を考えて、察してくれたがよいではないか

と言っていて、信じられず諦めきれない様子。でも彼が変わるのは、八ツ橋に間夫が居たと分かったその瞬間なんですね。間夫の出現で彼のプライドはズタズタ、今まで築いてきた自分の所在もものの見事に吹き飛ばされた。八ツ橋さん、栄之丞に実を見せるためだけと言うには、ちと罪つくり過ぎたといったところ。

おそらく次郎左衛門の殺意は、この瞬間に芽生え、そして次第に妖刀籠釣瓶に引き寄せられていったのかも知れません。次郎左衛門が何故籠釣瓶を持っているのか、どうして痘痕面なのかは、一~四幕までに書かれているのだとか(読んだわけではない)。次郎左衛門の父親次郎兵衛が、かつて妻のお清が瘡毒を病んで女乞食となっているのを、戸田川で惨殺、その祟りで次郎左衛門は痘痕面になってしまいます。籠釣瓶は浪人の築地武助から譲られたもの。運命の歯車が劇の前にグルリと廻っていたわけです。

ですから、立花屋二階の殺しの場の凄みと怖さは、ちょっと言いようがない。前半の人のいい次郎左衛門を知るだけに尚更。実はこういう傍筋は劇を観た後に知ったのですが、それでも、次郎左衛門が八ツ橋と再開した後、八ツ橋を惨殺に至るまでの一連の台詞と動作には、まさに鬼気迫るものと、もはや止められない激情が込められており、思い出すだけで背筋が寒くなるほど。次郎左衛門が八ツ橋と二人きりになった後、階下の様子を伺い、靴下をさっと脱ぎ、そしてこの世の別れじゃ、呑んでくりゃれから八ツ橋を逃げる後ろから斬り倒しはて、籠釣瓶は、よく切れるなあまでは、とにかく凄い。明かりを持って上がってきた下女を、刀を振り上げるでもなく、触れるようにして斬捨ててしまうところも見物。彼が激情だけではなく、籠釣瓶に引きずられて殺しに入ったことが暗示されているようです。

歌舞伎は「よく切れるなあ」で終わりますが、底本の方はこの後「大門入口捕物の場」となり、殺人鬼となった次郎左衛門が、殺しを重ねながら最後捕らえれるまでを書いています。最後の台詞はこれにて思いおく事なし。御法は決して、そむきませぬです。八ツ橋に始まる殺しを重ねることで、彼の中の鬼も去ったということでしょうか。

そういう点からは、この籠釣瓶、歌舞伎の形をとりながら極めて現代にも通じる人間像を演じきっているように思え、それ故に歌舞伎を超えて生々しく感じるのでした。蛇足ですが「吉原見染め」も素晴らしかったし(幕見席でほとんど見えんけど)、八ツ橋の斬られた死に様も、こんなに美しい死に様があったものかと、嘆息しましたが、それはあちらこちらで皆さん書いていおられる通りです。ああ、もう一度見てみたい。

2005年4月16日土曜日

歌舞伎座:四月大歌舞伎 歌舞伎十八番 毛抜

歌舞伎座四月大歌舞伎の夜の部についての感想を思い出しながら書きます。最初は歌舞伎座に1年ぶりに戻ってきた市川團十郎が歌舞伎十八番「毛抜」を演じました。

團十郎の粂寺弾正に海老蔵の勅使桜町中将、勘太郎は民部弟秀太郎、時蔵が腰元巻絹です。「毛抜」は弾正の人柄の魅力に尽きる歌舞伎でした。余り大きな立ち廻りは少なく台詞で見せる劇ですが、團十郎の余裕を持った大きな演技で楽しませてくれました。


この主役の弾正ですが、文屋豊秀の家臣で豊秀より小野家に使者として派遣されてきた人物。豊秀と小野家の婚儀が整ったのに、息女の錦の前が病気になっているので様子を見に来たというわけです。

そういう重大な使命を持っているにも関わらず、給仕に着た秀太郎や巻絹を口説いてしまうエロさを見せたり、両者にあっさり振られた後に悪びれもせず「近頃面目次第もございません」など客席に向かって謝ってみせたりと、なかなか愛嬌のある役柄です(秀太郎相手に腰を使い始めたところでは、隣の外国人も大笑いしておりました)。両刀使いというのも凄いですが。

一方で、殺された妹を帰せと迫る偽の万兵衛(実は悪人)に対し、それならと閻魔大王に向けて書いた書状を持たせ地獄に行けと斬り捨ててしまうなど、おおらかさとともに諧謔と豪放さを併せ持った人物です。

そういう役を、團十郎は楽しみながら演技しているようにさえ思えました。決まりの台詞を言ったり、見栄を切るときのワクワク感もたまりません。客席もまさに「待ってました」といった感じ。適度にハリのある声で、生来の明るさと人間的な広さのようなものが役ににじみ出ていているようで、何とも観ていて心がすくような劇でありました。

逆に、それ以外の役の方の印象がイマイチといったところで、孤軍奮闘という感じがしないでもないです。海老蔵は公家の勅使役ですから、まあそれまでといったところですし、勘太郎も初心な役柄で團十郎を引き立てるという役ではない。腰元の時蔵も、ちょっとあっさりしすぎ。「びびびびび」で笑わせてくれますが、淡白過ぎるような(笑)

舞伎を見始めたばかりで、しかも4階席からの観劇ですから、役者の細かな所作など見えるわけもないですから、役者のあそこがいいとか書けたものではありません。かなりいい加減な感想ですから、興味のある方はご自分で確かめてください。

◇

それにしても、歌舞伎には変な魅力があります。おなじみの筋書きの中で予定調和の快楽といいましょうか。またはどんな型を演じるかというマニアックな楽しみや、型を超えた役者としての成熟を楽しむということもあるでしょう。何度も繰り返し観られることに耐えられるだけの劇としての面白さと(「毛抜」にしても、天井裏に仕込んだ磁石のせいで、姫の鉄簪筋がひっぱられて髪の毛が逆立つという設定なんですから、かなりムチャクチャ)、役づくりの深さ(役も結構ムチャクチャですが)があるのだと思います。

ムチャクなところを含めて、それが歌舞伎の面白さなのかもしれません。弾正の「近頃面目次第~」の台詞も、これを聞かなきゃ始まりませんし、幕が下りた最後の花道で「身に余る大役もどうやら勤まりまして御座りまする」を聞かなきゃ終わらないといった感じ。これを聞いて胸のつかえが最後にストンと落ちる。考えてみると水戸黄門に代表される時代劇で、決まって「この印籠が~」とやるマンネリを、昔は何が面白いのだろうと思っていたのですが、定型の中に潜む快楽に歌舞伎の面白さがあるのだろうかと思ったりしています。(>ヲヤジ化してきたということだろうか・・・)

これは好きな映画を繰り返し観るという行為とは全く異なったものですし、クラシック音楽を違った演奏家で聴き比べる楽しみとも(ある意味で通底する部分もなきにしもあらずですが)微妙に異なっているように思えます。クラシックやオペラと歌舞伎の違いは、歌舞伎には新解釈やら大きな意外性を求めてはいないということにあるのでしょうか、いわば形とか伝統というやつですね。

対して、フェニーチェ歌劇場の復活公演でのロバート・カーセン演出による「椿姫」など(3月末にTVで放映していたのを観た)、最近のオペラは何でもありのようですから、あのくらいは普通なのかとは思うものの、私などオペラ音楽を楽しむ以前に、演出が気になってどうもおいしくいただけなかったりします(幕が開くとヴィオレッタがベットに居て、替わるがわる男たちからお金を受け取るという場面から始まります。パーティーの席でのアルフレードはカメラを肩から下げていてヴィオレッタにご執心という具合)。オペラは演出家の時代になってしまいましたから、歌舞伎と比べるのもちょっと違うのかとは思いますが。

ここまで考えたときに、中村勘九郎改め勘三郎が、歌舞伎に色々な要素を取り入れているのは、伝統を越えて歌舞伎の新しい方向性を見据えているのかもしれません。ということで、毛抜は勘三郎抜きでしたので、お次は籠釣瓶となるわけで御座いますが、感想はいつになるやらです。

2005年4月15日金曜日

チリチリとした焦燥感

あまりにも自分の生活実感とかけ離れているので、フジ、ライブドアの問題について私が述べることも何もない。どちらも応援しないし、ことの成り行きには企業買収事件という以外余り興味も無い。ただ、ここまで一般の人たちに大きな感心を持たれたの理由のひとつには、堀江社長に対する根拠のない期待感というものがあったような気がする。期待の背景には、慢性的な疲労を起こしている日本の閉塞感や既存勢力の問題がある。


これは、考えてみれば今まさに郵政民営化でしゃがれ声になっている小泉首相が、数年前に登場した時の颯爽とした雰囲気とどこか類似したものを感じる。どちらもナカミの無さという点でも共通しているのは笑えないが。




両者とも既存勢力や抵抗勢力に対する挑戦であったり、既得権益の解体がテーマであったり、あるいは新しい業態に対する期待だったりするのだが、本当に日本人は現在の既得権益を解体する覚悟があるのかとは疑問に思っている。


フジ、ライブドア問題に絡めて、「資本主義の原点」だとか「会社は誰のものか」などという議論も俎上に上るようになってきたが、私はとてもではないが「会社は株主のもの」などと知ったような顔で応えることはできないし、そういうものも含めて、本当に解体したいのか、その覚悟があるのかと、そう嘯くひとには問いかけてみたい。


日本は、ヒーロー的なものにでも縋りたいほどの「閉塞感」に相変わらず支配されているのだろうか。同じ閉塞感とは言っても、数年前とは変わってきているような気もしている。デフレスパイラルの頃は、皆ながダメで何がダメなのか分らないという状況だったけれど、今は、いつの間にか一部の人だけが良くなっている状況だ。「負け組」の開き直りか、どちらの「組」に入るかの瀬戸際に居る焦燥感かもしれない。それでも多数は食べるに困るというほどではなく、貧困とは程遠い生活ではあるから、実感としては「ゆるやかな閉塞感」であったり「ぬるい焦燥感」だったりする。そういう状況の中、大企業は「欲望の拡大再生産と質的拡大」を日々行っており、消費意欲と期待と不満に油ぐことを怠らない。


チリチリとした焦燥感と、昨今の中国の日本パッシングが変な方向で反応すると、日本人の意識が偏狭なナショナリズムに更に傾くことはないかと、ちょっとだけ懸念している。実のところ中国のパッシングにしても、日本とは違った意味での不満の暴発に一因があろうから、歴史認識云々以上にタチが悪いと思ったりしている。

2005年4月10日日曜日

桜 2005年

 


歌舞伎座:中村勘三郎襲名披露 四月大歌舞伎


歌舞伎座での中村勘三郎の襲名も二月目となりました。いよいよ人気も高まっているようですが、今日観ずば4月はもう無理と思い、意を決して幕見席の列に並び夜の部を観てきました。

今回も1時間半以上待つこととなったのですが、それでもギリギリ立ち見にならずに済んだというくらいに混んでいます、皆さん気合が入っています。夜の部の演目は下記です。

<夜の部>

  • 毛抜
  • 口上
  • 籠釣瓶花街酔醒

三月は「口上」が昼の部でしたが、四月は夜の部になっています。実は一番興味深かったのはこの口上でした。中村勘三郎を中心として以下のように下手から上手に並んでいます。

芝翫、仁左衛門、秀太郎、時蔵、魁春、又五郎、富十郎
勘三郎
團十郎、左團次、段四郎、海老蔵、彦三郎、玉三郎、七之助、勘太郎

一列にずらりと並んだ様は壮観。「口上」など滅多に観られるものではありませんし、ましてや勘三郎を継ぐという、歌舞伎界としては大きな襲名行事。並んだ顔ぶれだけで、何となく御目出度い気分にさせられます。中村屋は中村屋一門の色である猿若柿色の薄黄色の裃を纏い、それだけで華やかな光彩を放っていました。三月と違って七之助が口上に列席していることも喜びひとしおでありましょう。

口上は芝翫が仕切りもちお祝いの言葉を述べます。続に仁左衛門から順に富十郎まで、次に團十郎から勘太郎まで、一人一人が一七代勘三郎との思い出やら、幼い頃の勘九郎との思い出を語っていきます。それぞれが、役者としての人柄や立場などを映し出しているようです。

圧巻は、やっぱり富十郎ですかなあ。その朗々としたハリのある声には惚れ惚れ、今回は籠釣瓶の立花屋兵衛で出演していますが、派手ではないものの味のある役割で、最期は陰惨な芝居にホッとした雰囲気を与えていましたね。私はこの人の大らかな芝居が好きだなあ。

團十郎の口上も歌舞伎座に復帰できたことの喜びと、江戸時代から続く中村屋との深い関係について言及していました。團十郎の歌舞伎座復帰の演目は、歌舞伎十八番の「毛抜」。もちろん男も女にも好色な粂寺弾正を演ずるのですが、台詞回しもはっきりとしていて、ううむ流石といったところ。

海老蔵は、こうして聞いているとまだまだ若いなあという感じ。演目としては毛抜で勅使桜町中将を演じていましたが、お公家さんですから、まあ今回はよいかなというところ。

玉三郎は聞かせるし見せますな。「三月の襲名披露もあっという間に終わって、鰯売りの千秋楽で勘三郎さんと手を取り合って花道に下がったら、しんみりしてしまいまして、そのことを申し上げたら、何を言っているの4日後には、また始まるんだよ」と言われたりしましたとか。玉三郎は籠釣瓶の八ツ橋役です。もはや言葉もありません。斬られても、あんなに美しい死に方があったのかと、しばし呆然でした。

七之助は当たり障りのない口上で終わってしまいましたが、あの場で謝ってもねえ。

口上の事を書いたのか演目の事を書いたのか、さっぱり訳の分からない文章になりましたが、時間があれば追記しましょう。それに肝心の勘三郎について何も書いていませんしね。

2005年4月9日土曜日

残すべき風景とは

大学通りの桜から景観論争について思い出し、自分の3年前のエントリ(東京・国立マンション紛争から景観論を考える2002.05.01)を読み返しハッとした。





一方で、地域の連続性などは不要であると考える方もいるだろう。過去の狭く貧しい環境など忘れて、清潔で綺麗で便利な環境を創造すべきだ、まだまだ日本は西欧に比べたら都市化が遅れているではないか。過去の街並みがいとおしいなどとは懐古主義でしかない、というものだ。これはこれで一理あるわけである。ボロボロの木造住宅の横にドブと傾いた電信柱が続くような環境を積極的に残したいと考える人はむしろ少ないだろう。

という部分だが、何にハッとしたかというと、何かの雑誌で「昭和30年代の街並みを丸ごと再現するテーマパーク構築」の記事を思い出したからだ。確かあれは、これから大量定年を迎える団塊の世代をターゲットとしたビジネスであったはずだ。何に書かれていたか思い出せないのでグーグルしてみたところ、下記がヒット。

1つの村まるごとテーマパーク “昭和30年代”の街並み再現 【伊豆で計画】団塊世代がターゲット 定住者2000人規模目指す

これをノスタルジーと取るか、癒しと取るか、悪乗りととるか。記事によると、


「団塊世代以上の人たちが実際に生きてきた時代。現代とは違った“温かい風景”がそこにはあったことを実体験で知っている」(川又社長)。往時を懐かしむ人々が集い合う場の提供。更に介護施設も建設することで、高齢者の同様のニーズにも応えていく。中長期のリハビリ施設も設ける予定だ。

「昭和の村」は、参加型のテーマパークを目指して定住も考慮に入れるのだそうだ。現代という時間のスピードと物質的なものに、どこか疎外感を持っている高年者達が過去の懐かしさの中に引きこもろうとすることを否定することはできない。先のエントリで書いた「木造住宅の横にドブと傾いた電信柱が続くような環境」も、写真風景としてはフォトジェニックであり、郷愁を誘うものであることは認める。それでも、大阪他各地で出来ている食い物屋のテーマパークが、戦後の昭和街並みの再現だったりすることには、納得と違和感が交錯する。(中部国際空港のように「宿場町」と「ヨーロッパの街並み」の再現というのも、アイデンティティの喪失と書く以外、何とも評せないが・・・)


我々が置き忘れたものと現代有しているものの落差、喪失感。そこで真に失われたものは何であるか・・・などという難しいことは、考えても仕方がない、世の中はフジとライブドアの虚構と、六本木ヒルズの巨構が幅を利かせる世界である。

2005年4月4日月曜日

無念!中野 喫茶「クラシック」

昨年の7月4日のエントリーで書いた、中野の「名曲喫茶クラシック」が1月で閉店していたことを、中空庭園とK-tanakaさんのエントリで知りました。


実家に帰ったとき、何気に1990年の雑誌「太陽 別冊」か何かを見ていたら、そこに「クラシック」の記事を見つけ、当時でさえレトロというか古風な喫茶として紹介されていたことに少なからず驚いたものです。いつか入ってみようと思っていたのに、なくなったのでは後悔しても仕方がありません。「クラシック」が「名店」であったのかも、遂に確かめることができなくなってしまいました。

何事も一期一会ですなあ。とりあえず自分のエントリと空中庭園とk-tanakaさんとこにTB打っておきましょう。

[読書メモ]内田樹のブログよりオルテガと苅谷

内田樹のブログより。(2005.03.30、2005.04.03)


  • 苅谷剛彦「階層化社会と教育の危機」
  • オルテガ「大衆の反逆」

メリトクラシーの前提としての誤謬について、下記が幻想でしかなかったこと。


学力には「生得的・後天的なばらつき」があるが、創意や自発性はすべての子どものうちに等しく分配されているということを人々が信じていた(階層化=大衆社会の到来)



オルテガはただでさえ非平等に配分されている「努力する能力」そのものを組織的に破壊する制度として大衆社会をとらえた

(中略)


オルテガがたどりついた結論は「努力」とは「自分自身との不一致感」によって担保されるという、平明な事実であった。おのれのうちに「埋めがたい欠落感」を抱いている人間はそれを埋めようとする。(ニーチェとオルテガ 「貴族」と「市民」)



ニーチェもオルテガも読んだことはないが、注目すべき知見である。内田氏がオルテガに指摘する自分のうちにかかえこまれた<他者>という概念が真にオルテガの思想であるのかは判断がつかないが、内田氏の思想の根源にあるもののようである。


2005年4月1日金曜日

ゲルギエフ&ウィーン/チャイコフスキー:交響曲第4番

4月になってしまいましたね。今年は昨年よりも寒いせいか、桜はまだのようです。来週半ばが見ごろでしょうか。そうは言っても、固い蕾も少しずつ開いてきましたから、今日はアタマを少し開く意味で、ゲルギエフのチャイ4などを聴いてみました。

それにしても、今時チャイ4だけでCD1枚作るなんて・・・不経済ですわな。


  • ヴァレリー・ゲルギエフ指揮 ウィーンpo
  • 2002年10月 ウィーン ムジークフェラインザール Live PHILIPS 475 6316(輸入版)

随分前に発売されていた、ウィーン・フィルとのライブ録音です。以前はゲルギエフといえば日本盤が出たらすぐに飛びつくように買っていたのですが、この頃はまあ輸入盤が出てからでもよいか、という程度になってしまいました。ゲルギエフが嫌いになったというわけではないのですが、余りに人気が出過ぎましたから、そんなに熱くなるのも大人気ないかな、といったところです。

それでも通して聴いてみますと、流石といいますか、ゲルギエフの奏でるチャイコフスキーはよく統制されていて、なかなかに上手いなあと感じます。

チャイコフスキーの4番というのは、ある意味で身も蓋もないような音楽です。こんなにあからさまに感情を表出してしまって、恥ずかしくないのだろうか、と思うところがないわけでもありません。そんなこの曲を、ゲルギエフは、感情を全開にしてグイグイとひっぱていくような野暮なことは、実はしていません。

この演奏に荒々しさや猛々しさ、ロシア的土臭さを求め、ある意味で莫迦騒ぎのようなカタストロフを期待するならば、おそらく聴く人は肩透かしをくらうのではないでしょうか。確かに冒頭のホルンやトロンボーンの強奏を聴くと、ただごとならぬ爆演を期待してしまいますし、どこまでも底の知れないウィーンpoのメンバーが、ゴリゴリと音を出しているのを聴くと、凄いなあとは思うのですが、チャイコフスキーの詩情とか叙情も上手く表現していて、音楽的には振幅のゆったりと大きな、悠然とした演奏になっているように思えます。

音楽全体を支配する、大きな波というか、うねりが感じられ、そこにストーリー性を見出すような感じに仕上がっているようです。また、今回の白眉は3楽章でしょうかね。弦のピチカートは大地さえ粒立つかのような重々しさと強さが溢れており、その強さのままに木管までもがシンクロし、第4楽章の狂騒を予兆するかのような演奏は、なかなかです。また、中間部のメロディーはチャイコフスキーがバレエ音楽作家であったことを思い出させてくれます。そのまま踊れそうな楽しさを味わえます、ここもマリインスキーを率いて長いゲルギエフならではでしょうか。

第4楽章は「狂騒」と書きましたが、これも脳天気なお祭り騒ぎにはなってはいません。下品にもならず、過激にもならず、ウィーン的優雅ささえも湛えながら、この「身も蓋もない」音楽を語ってくれます。今回のゲルギエフに落胆する人は、ここをもっとガンガンやって欲しかったのでしょうか。テンポは結構速めですし、ラストに向けての煽り方も結構凄いですし、オケ全体が強奏した後のムジクフェラインが数十センチほど振動してたのではないかと思わせるほどの音塊も聴くことができるのですがね。

私は、久しぶりにゲルギエフとチャイコフスキーの音楽を楽しむことができましたが、評価は分かれる音楽かもしれませんし、ある種類の方には全く興味の沸かない音楽かもしれません。

2005年3月29日火曜日

【音盤】ビーバー:描写的なヴァイオリン・ソナタ イ長調

先に寺神戸さんのヴァイオリンによるビーバーの曲を紹介しましたが、この盤の最後に納められている「描写的なヴァイオリン・ソナタ イ長調」という曲も秀逸です。このソナタは、様々な動物の鳴き声を描写した曲で、「ナイチンゲール(Nachtigal)」「かっこう(Cu Cu)」「蛙(Fresch)」「雌鶏(Die Henn)」「雄鶏(Der Hann)」「うずら(Die Wachtel)」「猫(Die Katz)」それになぜか「小銃兵の戦い(Musquetir Mars)」が加わり、アルマンド(Allemande)で終わる11分半ほどの短く明るい曲です。




この曲について寺神戸さんは、以下のように述べています。


��シュメルツァーやヴァルターなどの)流れの中で一番"動物園的"な曲がこのビーバーのソナタで、最も写実的な1曲です。面白いのは、そうした描写的な曲とその間にはさまれる「純音楽的」な曲との落差で、それがあまりにも激しいことです。まるで現代曲のようなそのコントラストは、やはりとてもバロック的だと思います。


寺神戸さんは作品としては凄く素晴らしいとは思えないと言っていますが、非常に純度の高い音楽になっていると思います。彼の宗教曲が一方で宗教的な面を追及すればするほどに、音楽的に純度が高まり別の次元に到達しているように感ずるのですが、この曲も極めて描写的でありながらも、それとは対極の境地を獲得しつつあるように思えます。


さらに、これら9種類の描写をヴァイオリン1本で表現しつくしている点も凄いものです。技巧的な奏法を駆使し多様な音色の使い分けての表現は、まさにヴァイオリンの持つ可能性を、軽やかに遊びながら追求しているようでさえあり、当時のヴァイオリンの名手ビーバーならではといったところです。


この「遊びながら」と思えるところが、いかにも洒脱であり、一方でビーバーの諧謔さえ感じるというのは書きすぎでしょうかね。ビーバーなど、この1枚しか聴いたことないですから。

[補足]

"ビーバー 描写的"で検索かけたらclassicaの「無人島の一枚」のページに漂着。寺神戸さんの盤ではないものの、ビーバーを選ぶ人が居るんだなと感心したら、何とその下にk-tanakaさん!!のオススメの1枚が(ハイドン:弦楽四重奏曲 作品76の1-3)恐るべしclassica、つーか、k-tanakaさんつーか・・・デジタルつーかー、つーか・・・>もうないって

おやぢの部屋Ⅱ@JURASSIC PAGE

歴史的勝利を上げたり、記録的な大敗を喫したりと、物凄い乱気流にもまれながらも、話題を振りまいている「楽天」ですが、それとは対照的に長い間コンスタントにサイトを運営されているJURASSIC PAGEの「おやぢの部屋」がブログ化されていることに、ついさきほど気付きました。ブログ版と非ブログ版の両方を用意するという丁寧さと周到さです。


私はこの頃、ブログ以外のサイト更新が非常に面倒になってきましたので、このような運営方針を取られていることには敬意を表します。

2005年3月21日月曜日

【音盤】寺神戸亮/ビーバー:ヴァイオリン・ソナタ集

随分前になりますが、Syuzo's Weblogでビーバーにつてのエントリーがありました。その時は別段気にも留めていなかったのですが、DENON CREST1000シリーズに寺神戸亮さんのビーバー集を見つけたので、そういえばと思い出し聴いてみたところ、これが抜群に良くて、まさに宝物を見つけたかのような気になりました。



ビーバー:ヴァイオリン・ソナタ集
  1. ソナタ 第5番 ホ短調
  2. ソナタ 第6番 ハ短調
  3. ソナタ 第8番 イ長調
  4. ロザリオのソナタよりバッサカリア ト短調
  5. ロザリオのソナタよりソナタ 第6番 ハ短調「嘆き」
  6. 描写的なヴァイオリン・ソナタ イ長調

  • 寺神戸 亮(バロック・ヴァイオリン)、シーベ・ヘンストラ(チェンバロ、オルガン)、上村かおり(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
  • 1994年8月11、12、15~17日 DENON CREST1000 COCO-70742


寺神戸さんについては今更言及するまでもありませんが、この演奏はコレッリのヴァイオリン曲集の姉妹編に当たるのだそうです。


ビーバー(1644-1704)は解説によると17世紀屈指のヴァイオリンのヴィルトゥオーゾ・作曲家とされております。バッハよりも半世紀も前に、ヴァイオン・ソナタにおいて、こんなにも豊穣な世界があったということに驚かされます。技巧の域はきわめて高く、宗教的な色彩を帯びながらも、そこに拘泥しすぎずに音楽的な自由さまでも獲得しているように思えます。


最初に納められているソナタ 第5番 ホ短調を聴くだけで、ビーバーの哀愁を帯びながらも、敬虔で華やか内面世界の表出に聴き惚れてしまいます。主題の変奏が次第に高まっていくさまはスリリングでさえあります。


ソナタも良いですが、有名なのはやはり「ロザリオのソナタ」でしょうか。「キリストの秘蹟に基づく15のソナタと、パッサカリア」という副題がついており、寺神戸氏が外側のドラマだけでなく聖書の意味の核心を付く内面的な表現と解説するように、非常に錬度の高い曲に思えます。


「守護天使」と題された《パッサカリア》は、重音奏法を用いたポリフォニック(多声的)な作品で、バッハのシャコンヌの先駆けのような曲ですが、聖書的世界には全く疎い私でも、この曲を聴くだけで祈りにも似た気持ちと、心の奥底に安らぎのようなものが宿るのを感じます。おそるべしビーバー。

音盤狂日録にもビーバーの記述がありましたので、リンクを紹介しておきます。








2005年3月14日月曜日

歌舞伎座:保名、鰯賣戀曳網


さて、一気に先週観た三月大歌舞伎「夜の部」の感想を済ましてしまいましょう。「保名」と「鰯賣戀曳網」です。

「保名」は歌舞伎名舞踏のひとつ、安倍保名とは陰陽師の加茂保憲の高弟で、恋人の榊の前が自害したことから、悲しみ心乱れてしまっているという設定です。ちなみに保名と狐の間に生まれた子供が安倍清明ということになっています。

保名を踊るのは片岡仁左衛門ですが、その舞は見事の一言に尽きました。舞台効果を考慮し客席の照明を消した中、花道から保名が、つがいの蝶を追いながら、我の心この世にあらじという態で入ってきます。悲しみに心乱れた保名は恋人の小袖を持って踊り狂うのですが、踊りそのものが哀しくそして美しいのです。

仁左衛門は内容や構成上、曲にそう変化や起伏はないし本当に難しい踊りと言っていますが、いえいえ、二十数分のこの踊り、しっかりと楽しませていただきました。

夜の部の最後は「鰯賣戀曳網」、三島由紀夫原作の新歌舞伎です。こちらは細かいことは一切考えず、ただユーモア溢れる芝居を楽しめばよいといった類のもの。勘三郎と玉三郎のコンビのやり取りがおかしみを誘います。

三島の作とのことですが、新歌舞伎においても古典歌舞伎と同じような様式美を備えたいとの彼の美学が踏襲されており、義太夫もツケも用いられています。ただ、ストーリーは非常に他愛もないもの、あちこちで笑いが絶えない大団円のメルヘンです。

勘三郎は鰯賣猿源氏を演じており、このちょっと情けないコミカルな役どころが、ビタリとハマっています。「盛綱陣屋」よりも、こちらの方が大らかで自由に演じているように思えます。蛍火を演じる玉三郎との息も申し分ないといったところ。しかし、いくつになっても(いくつになったんだ?)玉三郎は美しいです。猿源氏の世慣れた父親役のなあみだぶつを演ずる左團次も捨てがたい魅力。

とにかく楽しめる芝居で、私の後ろの女性など始終「アハアハ」と笑い放しでした。これだけを目当てに観に来ている人も多いようでした、勘三郎の当たり役なんでしょうか。鰯賣の呼び声「伊勢の国安漕ヶ浦の猿源氏が鰯かうえい」という台詞が耳について離れません。

しかし、三つのお芝居を観た感触としては、「鰯賣」は面白いだけで何度も観たいと思うほどではなく、古典歌舞伎の面白さには適わないと思うのですが、いかがでしょう。余談ですが、いくら台詞の調子やフリがおかしくとも、どうしてこの場面で皆笑えるんだ?というところが「盛綱陣屋」で何度かあり、あれあれと思ったことも確か、歌舞伎ド素人の私ごときが書くことではございませぬが。

いずれにしても、豪華な顔ぶれの襲名披露。一度は観ておいて損はないかと。さて、お次は昼の部だ、いざ/\(>って、もう行く時間はないぞ)

歌舞伎座:近江源氏先陣館 その弐

日中はチラホラ雪が舞う寒さ、三寒四温の春の風情。京橋図書館に立ち寄りて「演劇界」「レコード芸術」「音楽の友」などを斜め読み。その後「盛綱陣屋」のみ再見せんと歌舞伎座へ。また/\しても気がせいて、幕見席の列に付いたは1時半前、列に並ぶは数えて十数人、これはちょいと早すぎた、とは思うもののまあよしと、印刷した床本取り出し読み耽る。


というわけで、まだ「盛綱陣屋」です。床本を四度ほど通読した上で劇に接すると、イヤホンガイドなど全く不要、スラスラと台詞が耳に入ってきます。役どころも性格も、しっかり把握できているので、劇で誰が何をしているのかがすっかり分かります。今日は堪能させていただきました。




まず役どころとして格段に素晴らしいのが、赤面の和田兵衛秀盛を演ずる中村富十郎(天王寺屋)。自身が語っているように「線が太く豪快」な役柄。敵の陣屋に単身ふらりと立ち寄ったり、あるいは捉えられても、隠し火矢をもって屋根を打ち抜き、御座の白幡を奪って逃走するほどの男。劇の最初と最後にしか出てこないものの、存在感の大きさが記憶に強く残ります。富十郎は台詞回しも太く声高で、人物像をくっきりと描き出しています。「十八代目さんが映えるように盛り上げたい」と語っておられますが、たしかに彼の存在あっての盛綱です。


次は、これもやはりといいましょうか、盛綱兄弟の母、微妙を演じる中村芝翫(成駒屋)。微妙はこの劇の重要人物で、盛綱以上に出番の多い役。最初は音信不通で顔も見たこともなかった孫の小四郎でしたが、見れば見るほど我が子の高綱に似ているので次第に情が移ってしまう、それでも武家の母としての気丈さも示さねばならぬ、という難しい役どころ。見終わってみると、盛綱以上にあちらこちらの台詞が耳に残っています。小四郎に自害を迫りながら、最期は情に流されて抱きかかえてしまうというのは、一つの型なんでしょうか。


ただひとつだけ、人間国宝の芝翫を、たかだか歌舞伎を見始めて2ヶ月のものが、よいだの悪いだの言えるはずもなかろうものですが、先月の「野崎村」でも感じたのように芝翫の演ずる愁嘆場はちょっと”生”すぎるという気がしないでもありません。それだけ気持ちがこもっているということではあるのですが。


さて、次は小四郎の母 篝火を演ずる中村福助(成駒屋)です。彼女は小四郎が心配で敵の陣屋に一人乗り込んできてしまいます。それを盛綱の妻 早瀬に咎められたり、目の前で息子小四郎が自害するのを目の当たりにしたりと、かわいそうな役どころ。ここで、篝火は高綱の計略を知って陣屋を訪れたのか否かということが気になります。私としては、ただ単に息子が心配という親の狼狽が行動に走らせたと思っていましたが、先に紹介した床本では、首実検の後、贋首と知って大将へ渡したそなたは京方へ味方するサ心底かとの微妙の問いに対し、盛綱の台詞は以下のようになっています。


イヽヤいっかな心は変ぜねど、高綱夫婦がこれ程まで仕込んだ計略。


この定本では、夫婦が計略したと考えているわけです。勘三郎演じる盛綱は、ここのところを「高綱親子」と言っていましたので、今回の劇においては篝火は計略を知らなかったとする方が自然かもしれません。いずれにしても、わが子の命さえも、家の名誉のためには犠牲にすることを厭わない、武士の厳しさ、哀れさがひしひしと伝わってきました。


中村児太郎(成駒屋)が演じる小四郎も、最初は一本調子とは思ったものの、最期の悲嘆の場面では、あまりの健気さに心打たれてしまいました。


先に「端役」などと書いてしまいましたが、注進役の信楽太郎を演ずる松本幸四郎もさすがに見事。たった数分の注信役なれど、短い間の華麗な舞、ツケに乗った足さばきにビシッと決まる見栄、あちらこちらから「高麗屋」の掛け声、台詞は何だか聞き取りにくけれど、劇進行にちょっと一息をつけさす役所は見事に果たしていました。


さて肝心の盛綱こと中村勘三郎ですが、これは今更いうまでまでもありません。見せ場は二つあって、ひとつは母微妙に小四郎の切腹の依頼を決意する場面、


盛綱は只茫然と、軍慮を帳幕の打傾き思案の扇からりと捨て「母人それにおはするや」と音なふ声に立出る。


という部分と、もう一つは首実検の場。このように「盛綱陣屋」では無言の中に心理の変化を表す重要な役どころ。三味線の弦の音が、心理の微妙な綾を表現しており、場の緊張感はいやが上にも高まるところ。


首実検の場面では、何故小四郎が贋首と分かっていながら自害したのかを問答すること数分、ふと傍らを振り返ると哀願するかのような瀕死の小四郎の目に気が付き、愕然としてその意図を悟るという算段です。


矢疵に面体損じたれども、弟佐々木高綱が首、相違御座なく候


弟高綱は北条時政をして軍法の奥義を極め、陣平張六にも劣らぬ有志とまで言わせた軍師、何としても鎌倉方に付かせたいという思いが時政にはあります。盛綱は「武士にニ君なし」、高綱に時政の計略に嵌らずに武士としてまっとうして欲しいという、兄心を貫いた情の男です。こういう人間的な広がりがあればこそ、劇の面白さがどんどん広がってゆきます。

かように、書き始めるとキリがないほど、やっぱり歌舞伎を見るなら床本に当たってからが良いとつくづく感じましたです。


2005年3月13日日曜日

近江源氏先陣館 坂本城の段


「近江源氏先陣館」の「和田兵衛上使の段」の前は「坂本城の段」です。WEBにテキストがあるので参照してみましょう。


この段は佐々木三郎兵衛盛綱が、弟の高綱の城門を訪れる場面です。テキストを読むと、盛綱と高綱兄弟は13年間も不通であったこと、お互いの一子である小三郎と小四郎は同年齢の13歳であることが分かります。そして、明日が彼らの初陣になっているのです。当時は13でも元服年齢ですから、中学生が戦場で戦っていたわけですか・・・




盛綱が高綱の城を訪ねたのは、兄弟、従兄弟同士が戦うのに心痛める母微妙を思ってのことです。まずは盛綱が「降参に参った」と切り出しますが、高綱は


兄とは推参慮外千万、凡そ弓取の操はな、善にもせよ悪にもせよ一度頼まれたる詞を変ぜず、危きを見て命を捨て二君に仕へぬを道とする事犬打つ童まで知る所、一旦鎌倉に味方しながら今さら旗色の悪しきを感じて生面下げて降参とは、腰抜けの犬侍、兄弟の縁切った


と烈火の如く怒ります。実は盛綱の降参も本来ならば鎌倉陣営に取り込みたいとする北条時政の計略があってのこと。高綱の主君に仕える「義心が鉄石」であることを確認したため、戦さけられずとなったわけです。


盛綱陣屋でも盛綱は常に弟のことを思う良き兄として描かれています。歌舞伎では高綱は一切登場しないのですが、知将とされながらも、一本気なそして堅い意志に貫かれた武士であることが分かります。、そうでなければ、自分の子供の命を計略の要にはしませんよな。


この後は小四郎が母篝火が見守る中、初陣にのぞむ場となります。ここでの篝火の様子の描写は端的ながら、武士の子の母の気持ちのが短い文章にきりりとまとめられています。


櫓より母篝火、わが子の初陣勝負は如何と見れば、平場の戦ひに、斬立てられて軍兵ども立つ足もなく逃げ散れば、櫓より見る母親は嬉しさ足も千鳥泣き、

この後の従兄弟どうしの合戦の描写も見事。


左手の山の尾先より小三郎が父佐々木盛綱、忰が初陣勝負はいかにと見下ろす遠眼鏡、母は櫓に目も放さず胆を冷する子と子の勝負。「そこを付込め小三郎」と傍なる人にいふ如く父があせれば、篝火は「ソレ小四郎、打太刀が鈍って見える」「そこを/\」と力む父親、あせる母、互ひに勝負もつかざれば「寄れ組まん」「もっとも」と馬を乗寄せむずと組み「えいや/\」と揉み合ひしが、鐙蹴放し組みながら両馬が間にどうと落ち、上になり下になりころ/\転び打ったりしが、小三郎運や強かりけん、小四郎を取って引伏せ上帯解いて高手小手、折重なって大音声「佐々木の小四郎高重を初陣の手初め生捕ったり」と呼ばゝれば、寄せ手はどっと褒むる声、櫓の上に篝火が『わっ』と泣く声、勝鬨は谷に響きて


簡潔な文章の積み重ねながら、も緊張感溢れる描写に舌を巻きます。この段があって、次に和田兵衛が盛綱の陣屋を訪れ、生け捕った小四郎を返してくれと頼みに来るわけなのです。また、こういう母親像がを踏まえたうえで歌舞伎での篝火(福助)を思い出すと、楽しみも増してくるというものです。


って、今回は引用だけですな。


2005年3月12日土曜日

歌舞伎座:近江源氏先陣館

中村勘九郎襲名披露の最初の月夜の部は、「軍艦級」と言われる「近江源氏先陣館 盛綱陣屋」から始まりました。「盛綱陣屋」は近松半ニと三好松洛の合作した全十段の浄瑠璃の第八段に当たります。歌舞伎では「和田兵衛上使の段」「盛綱陣屋(小四郎恩愛の段、盛綱首実検の段)の段」と演じられています。


時は源氏の時代、盛綱と高綱兄弟が北条方と源氏方に分かれて戦っています。盛綱、高綱兄弟の母親が微妙で、盛綱の陣営に居ます。敵方に回っている高綱は知将として北条勢に怖れられている軍師で、老獪な北条時政が何とかしたいと思っています。そんなときに、高綱の一子小四郎が盛綱陣営に捕らえられたところから話しは始まるのです。


配役は豪華の一言、まさに襲名披露にふさわしいという顔ぶれです。人間国宝の芝翫(成駒屋)に始まり、豪傑の和田兵衛には富十郎(天王寺屋)が、敵方になった弟高綱の妻 篝火には芝翫の長男である福助(成駒屋)が、そして囚われの身となった高綱の子 小四郎には福助の長男児太郎(成駒屋)が、端役に近い信楽太郎を幸四郎(高麗屋)が演じているのですから凄いですね。成駒屋に至っては三代総出演です。




まず注目はやはり勘三郎でしょうか。幕見席からですと舞台が遠く、また誰が誰なのかよく分らないものの、さすがに勘三郎が登場すると、あたかもスポットライトが当たったかのような華やかさが生まれるのは、衣装の輝きだけではありますまい。テレビのトーク番組でしか見たことのない勘三郎でしたが、他の俳優たちに比べ通りの良い高めのトーンの声は、4階幕見席までしっかりと届いてくれます。さすが貫禄といったところでしょうか。


盛綱・高綱兄弟の母親役微妙は、歌舞伎「三婆」といわれるほどの難役ですが、それを演じるのが、先月「新版歌祭文」でお光を演じた芝翫です。微妙は、兄弟が別れて戦っていることに心を痛めながらも、武家に生まれた身として自らの立場もわきまえています。長男の盛綱が、生け捕りにされた弟高綱の子、つまり微妙の孫にあたる小四郎に切腹するように仕向けてくれ、という難しい頼みごとを引き受けます。


親子の中に改めて頼むと有るはよく/\の事ならしめ仔細は知らねど心得ました。



ここでの盛綱と微妙のやり取りは見せ場の一つでしょうか。微妙が居ることで、劇にずしりと重みが加わっているような感触があります。


この演目は、兄弟で敵味方に分かれて争う戦国の世の理不尽の中で生きる武士達の気構えと哀しみ、父の意思を汲み自らの命を絶つ小四郎の健気さと、敵であり知将とされる弟高綱に武士として生きて欲しいと考え、自らの身の危険も顧みずに苦渋の決断をする盛綱など、複雑な心理劇が見せ場です。

児太郎演じる小四郎は、台詞が一本調子で、まだまだなのですが父の首を見せられ白刃を自らの腹に突き立てて、あわてる盛綱らに


何故死ぬとは叔父様とも覚えませぬ、卑怯未練も父様に逢いたさ、父を先立てて何まだ/\と生き恥をさらさん、親子一緒に討死して、武士の自害の手本を見せる

の場面はなかなか緊張感に跳んでいます。この後が、見せ場のひとつ盛綱の首実検。台詞なく、何故小四郎が贋首と分かっていながら、父の首なりと自害したのか、自ら問答する場面です。遠くからではよく分かりませんが、次第に変化してゆく盛綱の様子がそれとなく伝わってきました。


異彩を放つのは敵方の軍師である和田兵衛ですが、敵の陣中に単身乗り込んでくるなど豪胆さを見せ付けます。最後に再び登場し、盛綱が贋首と偽って証言した不忠から自害しようとするのを留めるなど、
けっこういい役回りです。和田兵衛を演じるのが、「新版歌祭文」で久作をを好演した富十郎です。彼の台詞まわしは非常に聞きやすく、そして劇にほっとした雰囲気を与えてくれていました。


という具合に、いろいろ楽しめる「盛綱陣屋」でした。今回初めてイヤホンガイドをつけて望んだのですが、これは結構くせものでした。初めてみる劇ですから、解説してくれるのはありがたいのですが、流れつづける劇進行をどうしても阻害してしまう、劇に入れなくなるんですね。だいたいの筋は分かったので、機会があればまた観てみたいですが(>って、また1時間も並ぶのかよ>誰か替わりに並んでくれ)。


にしても・・・武士って大変だったのですね。


2005年3月11日金曜日

【音盤】クレンペラー/ブラームス:大学祝典序曲

このごろの東京は一気に暖かいですね、日中はコートがいらないほどですし、昨日乗ったタクシーは「日中はクーラーつけましたよ」とか言っていました。このまま寒くならずに春モードに突入してくれると良いのですが。

そんなサクラサクの季節だからというわけではないんですが、何気なく手にとって聴いたのが、クレンペラー&フィルハーモニァ管のブラームス 祝典序曲でした。

クレンペラー/ブラームス:大学祝典序曲
  1. 大学祝典序曲 Op.80
  2. 悲劇的序曲 Op.81
  3. アルト・ラプソディ Op.53
  4. 交響曲 第4番 ホ短調 Op.98
  • クレンペラー指揮 フィルハーモニア管
  • 1&2 1957年3月、3 1962年3月、4 1956年11月、1957年3月 EMI (輸入版)


この曲はブラームスがドイツのブレスラウ大学から名誉博士の称号を受けた際に、その返礼として作曲したものですが、曲からは快活さ、若さ、明るさ、希望みたいなものを感じます。

クレンペラー指揮とフィルハーモニア管によるブラームス交響曲はどれもが、そしていつ聴いても感銘を受ける演奏なのですが、大学祝典序曲も目から鱗のような演奏です。堂々たる風格、音楽の持つふくらみとふくよかさ、そして温かみと祝福感。耳を傾けているだけで馥郁たる香りが漂ってくるかのようです。「旺文社ラジオ講座」で有名なファゴットによる幾分滑稽な「新入生の歌(元歌は「狐狩りの歌」)」メロディも全体の中に溶け込んで悠々たる流れです。

最後に流れる「だから愉快にやろうじゃないか」のメロディの当たりになると、すっかり立派な音楽を聴いてしまったという感動と充実感に満ち溢れてしまいました。あまりのことに3度も続けて聴いてしまいましたよ。有名ではあるものの、それほど「名曲」とはいえないんぢゃないかと言うような曲を、ここまで立派に仕上げてしまうクレンペラーには改めて感服です。

ちなみに、私の周りで受験をした人はいません、あしからず。

2005年3月8日火曜日

歌舞伎座:三月大歌舞伎~中村勘三郎襲名披露

三月に入っても寒い日が続いていますね、日陰には溶けきらない雪が残っていたりします。元が北海道なんですが、2年もこちらに居るだけですっかり体が本州仕様になってしまって、ブルブル震えたりしていて情けない限りです。

さて、今月の歌舞伎座は中村勘三郎襲名披露で賑わっています。券は発売と同時に売り切れだったらしく、暢気にウェブで申し込もうと思い立ったときには、もはや行かれる日の席など全くありませんでした。初日は、マスコミを始めとして芸能人などで賑わったそうで、ニュースなどを読む限りでは、口上も最後は涙ながらのものとなり、感動的であったようです。

��月は師走以上に忙しいので、のんびりしていると見過ごしてしまうと思い立ち、この寒い休日に1時間半も幕見席の列に並んで夜の部を観てきました。

感想は・・・ちょっと今は休日出勤+平日はタクシー帰りというくらいに忙しいので、ひまなときにボチボチ書いていきますが、なんとも豪華な舞台でありまして、並んでも価値はあるというものです。休日でも1時間半も待たなくとも、40分前くらいに列に付けば、何とか座れるのではないかと思います。

<昼の部>

  • 猿若江戸の初櫓
  • 平家女護島
  • 口上
  • 一條大蔵譚

<夜の部>

  • 近江源氏先陣館
  • 保名
  • 鰯賣戀曳網
  • 神楽諷雲井曲毬


2005年3月5日土曜日

【音盤】マラン・マレ:ヴィオール曲集より第2巻

3月に入ってから、なにやら仕事がバタバタしていて落ち着かない日が続いています。今日は昨年の秋に入手して封も切っていなかったマラン・マレのヴィオール集を取り出して聴いています。




Marin Marais:Piece de Viole du Second Livre

  1. Couplets de folies
  2. Pieces in G major
  3. Suite in E major
  4. Tombeau pour monsieure de Ste Colombe
  5. Pieces in D minor
  6. Fantasie

  • マルク・ルオラヤン=ミッコラ(ヴィオラ・ダ・ガンバ),ヴァルプ・ハーヴィスト(ヴィオラ・ダ・ガンバ),エリナ・ムストネン(Cemb),エーロ・パルヴィアネン(リュート)
  • BIS-CD-909(輸入版)







マラン・マレ(1656-1728)といえば、師であったサント・コロンブとの確執を描いたAlain Corneauの映画「めぐり逢う朝 ( Tous les matins du monde ) 」で有名になったように覚えています。最近までは脚光を余り浴びていなかったマレですが、ルイ14世時代のフランスでは an incomparable Parisian violist whose works are known throughout Europeというくらいに有名なヴィオール奏者かつ作曲家であったそうです。


オペラやトリオ・ソナタなども作曲し、当時は広く演奏されていたようですが、最も代表的な作品は5巻のヴィオール曲集(1686-1725)とされています。この曲集には550曲もの独奏・合奏曲が含まれていますが、中でも1701年にマレ45歳の時に出版した第2巻は「ラ・フォリア(スペインのフォリア)」が納められていることから特に有名です。このアルバムもこの第2巻からとったものです。


最初に納められている「ラ・フォリア」はフルートでもよく演奏されますから、聴き馴染みのある曲とえいまが、やはりヴィオールで奏されるのを聴くと深みと渋みに圧倒されてしまいます。舞曲をテーマとした32の変奏曲が延々と演奏されますが、聴いていると、淡々とした落ち着きの中からメランコリックな哀愁が漂ってきます。人生に疲れてきたときに聴くと特に心に染みます。


マレの師でもあった、サント・コロンブに捧げるトンボーも秀逸です。一連の下降する音形が追悼と哀しみを歌っているように思えます。最後にちょっと弦の響きが強くなるところに静かなパッションを感じます。


ルイ14世が1685年にマントノン夫人と密かに結婚しますが、彼女が経験なカトリック信者であったことは、華やかな宮廷音楽にも少なからぬ影響を与えたようです。マレの技法を駆使したヴィオラ・ダ・ガンバの曲集は、一見快活なGigueなどもありますが、全体にどこか内省的であり、聴きようによっては老人の追憶や後悔に似た感情を覚えるのも彼の生きた時代と無関係ではないのかもしれません。


ちなみにヴィオールとは以下のようなものらしいです。


The instrument for which Marais wrote the major portion of his works is commonly referred to as the viola da gamba. Strictly speaking, however, it was the small bass of the viol family, which in the 17th and early 18th centuries included as many as nine different sizes of instruments, all called by the generic name viola da gamba. Marais' instrument--viola da gamba, bass viol, basse de viole, or, simply, "gamba"--was somewhat smaller than the modern cello and had frets and seven strings, tuned to A1, D, G, c, e, a d1.



musicologより

2005年2月28日月曜日

近松半ニ:お染久松 新版歌祭文

二度の観劇(2/20、2/24)に及んだ「新版歌祭文 野崎村」ですが、これはもとは近松半ニ(1728-86)による人形浄瑠璃「お染久松」の心中物の第ニ場にあたります。実家には岩波書店の日本古典文学大系が新旧で全て揃っておりますので、旧版より「浄瑠璃集 下」を失敬し休日につらつらと読んでみましたが、なかなかに面白かったので、気付いたことをメモしておきましょう。

お染久松の心中事件は宝永五年(1708年)に実際にあった事なのだとか。それはすぐに歌祭文の種となって流布し、歌祭文も数種現存するのでが、狂言の骨子はだいたい同じで以下のような設定なのですとか。

お染の家は大阪東横堀瓦屋橋の搾り油屋で鬼門屋敷であったこと、お染は一人娘で十六歳であること、久松は子飼の丁稚であること、冬の間に結納を取り交わし、お染は一月十七日に山家屋へ嫁入ることになっていたこと、お染は既に妊娠五ヶ月で腹帯を締めていること、一家が山家屋へ節振舞に招かれて留守の間に、種蔵の前でお染は剃刀、久松は首をくくって死ぬこと

心中物ですから救いがないのですが、この物語に近松半ニはさらに「野崎村」の段を加えることで、他のお染久松心中物とは一味もふた味も違ったものに仕上がっているようです。可憐なおみつに着目し、久松の実家を書くことで物語に深みが増し、お染久松の決定版とも言える出来のようです。

その第ニ場「野崎村」が歌舞伎として上演されているわけですが、第一場は「座摩社の段」です。ここでは丁稚の久松が油屋の下男である小助に騙され(この小助というのが本当に悪党で、詐欺師、盗人、良心のかけらもないという奴)預かった商いの金を盗んだという濡れ衣を着せられてしまいます。

これがあるから、「野崎村」で久松が年末で忙しいというのに実家に戻されることにつながるのですね。そして、こうなったら病に伏せている母親を喜ばすために、母の連れ子のおみつと祝言をあげよう、という段取りになるわけです。

「野崎村」の原本には、歌舞伎と違って母親も登場します。久松とお染が心中まで覚悟していることを知って、おみつが投島田を切り五条袈裟をかけて尼になる決心をした後の有名な場面。

冥加ない事をおっしゃります。所詮望みは叶ふまいと思いの外祝言の。盃する様になって。嬉しかったはたった半時。無理にわたしが添ふとすれば。死しゃんすをしりながら。どふ盃がなりませふぞいな。

の後に、盲目の母親が、おみつの切髪を知らずに久松との祝言が無事に行われると思って

おみつの何をいやるやら。女夫になりゃるを此母も。悦びこそすれ何の死の。

という台詞につながります。そして母はおみつの花嫁姿を思い描いて

一世一度の娘が晴。定めて髪も美しう出来たであろ。裂笄に結やったか。(おみつ:イエ)そんなら両輪か。

と喜びをあらわにします。ここの場面があってから、

しらず悦ぶ母親の。心を察し誰誰も泣声せじとくひしばる。四人の涙八つの袖。榎並八ケの落し水膝の。堤や越ぬらん。見聞くつらさに忍び兼。お染は覚悟の以前の剃刀。なむあみだ仏と自害の体。

とつながります。そして母親が「何が不足で死るのじゃと」おみつに這いより、はじめて五条袈裟に気付くことになります。驚く母に、おみつは尼になって身をひいたことを知ります。この哀しみがあればこそ、お染が耐え切れずに

其の悲しみをかけるのも此のお染から起こった事。死るがせめて身の言訳。

とあいなって、お染、久松、おみつ、久作の「死ぬる、思いとどまって、サア、サア、サア」の見せ場へとつながるのですね(参考)。こういうやりとりがあればこそ、お染の行動にも唐突さがなく、切羽詰った緊張感が最高潮に達するのだと、つくづく思いました。そして其の後にお染の母親が登場し、場がひかれていくわけです。いやあ、面白い。

続くは「下巻 長町の段」そして「油屋の段」となっていきます。久松が和泉の国石津の御家中、相良丈太夫の息子で、「聊かの事で」家がつぶれ、久作がひきとり丁稚奉公をさせていることは「野崎村」で久作の口から伝えられましたが、家退転したのも吉光の守り刀を紛失した誤りでのことが明かされます。しかも、その刀、紛失したのではなく石津の家来鈴木弥忠太(こいつも小助と一緒になって悪事を働いたり騙されたり)が盗んだこと、そしてそれを質入れしている先が、お染の嫁ぐ予定の山家屋であることなどが分かってきます。(この質草でもまた捻りがきいているのですが)

殿様のお目出度に合わせて御赦免があるところから、何とか吉光を取り戻し、久松を和泉の国へ帰参させたいと思案する乳母のお庄も登場し、いよいよに奸計や騙りが渦巻きながら悲劇の終末へと突き進んでいくのですが、なかなかに複雑な物語仕立てになっています。さらには年の瀬の情景と、当時の大阪の世相が生き生きと描かれて、まことに興味がつきない作品となっているのですが、疲れたのでこれにて。

2005年2月25日金曜日

歌舞伎座:野崎村 再見

A Moveable Feastを読んでいたら、なんとここのウェブ・マスター殿は三度も「野崎村」通いをしているとのこと。観劇を重ねる度に作品世界への理解度が深まっていて、とてもとても真似のできる境地ではございません。世の中には、たいした人がいるものだ、と思ったまではよかったものの、ふと気付いたら寒空の中、東銀座の唐破風横の急な階段を息せきってのぼっている自分に気付いたりするのでありました。




さて、明日が千秋楽の歌舞伎座の二月公演です。平日ですが幕見席はほぼ満席、私はあえなく立ち見となりましたが、返って今日はその方が有難く。なぜって、乗り出すようにしなければ最後の両花道を拝むことができませんから。


それにしても、平日の歌舞伎座ではありますが、この間の日曜日とは熱気が少しばかり違いました。千秋楽前の気合でしょうか、掛け声のかかりかたも、なかなかに鋭く、あちらこちらからひっきりなし、といったところ。歌舞伎を見ている気分が高まります。といって、歌舞伎通ばかりではなく、歌舞伎が初めての人やら、寝ている人、しきりにビニール袋をがさがさいわせている人、途中で帰る人、どうしてここで笑うんだよというような人など、まあ色々な人がいます。


前回は芝翫のお光、富十郎の久作ばかりに目が行って、鴈治郎の久松などの演技にはほとんど注意を払うことができなかったので、今回はそちらをよく観ておきたい、と思ったのではありましたが、やはり俄かの歌舞伎観劇では型やら劇中の意味など、深くは分からずじまいといったところ。それでも、久松が久作の肩を揉む場面で病床の母を気遣るしぐさやら、門の外のお染への身振りの細やかさなど、些細な部分での演技に独特の綾がありました。


雀右衛門お染は、現代風に言えば「ちょっと困った女」なんですが、久松を思う気持ちの一途さと、そのお姫様っぽいしぐさのひとつひとつが愛らしくて、びっくりしてしまいます。「袂ははすっぱに持ってはいけない。お姫様をやるつもりでやりなさい」と岳父(七代目幸四郎)に教えられたのですとか。


「野崎村」ではお光の仕草に、どうしても注目しがちで、お染に「びびびびび(あかんべえ)」をしたり、縁側で脚をぶらぶらさせたりと、何とも言えない愛嬌があるのですが、非常に分かりやすくウケやすい演技ともいえます。お光の演技も、お染のしとやかさと、立っているだけで美しい彼女の姿があるからこそ引き立つんですね。二人の女形の競演はやはり見事。


歌舞伎には色々な「型」があるらしく、お光が手鏡を前に眉を紙で隠して照れる場面も、そういう仕草がない型もあって、そちらの場合は包丁を手鏡替わりにして髪を整える型なのですとか。そういう「野崎村」も観てみたいもの。


書き始めると、ひとつひとつの場面が鮮やかで、本当に見ていてあっという間に時間が過ぎてしまいました。二度目はつまらないかな、などと思ったのですが杞憂でしたね。最後の「父様ァ~」の場面は胸につまります。


今回の公演について雀右衛門はきちんとお手本になるようにやらないといけないと思いますよ。皆さんと申し合わせたりはしませんが当然のことをやるだけです。真剣ですと言っています。


人間国宝が一堂に会するので歴史に残るどころじゃありませんよ。すごいですよ、七十二歳でも後家がいちばん若いんですからと言っているのはお常の田之助。とにかく、明日が千秋楽、千秋楽・・・。眠いので取りとめもないですが、これにて。

2005年2月23日水曜日

展覧会:ミュシャ@展東京都美術館

上野の東京都美術館で開催されているミュシャ展を観てきました。観る前は「ミュシャかよ~」という軽い感じだったのですが、観終わった後は、これほど大規模なミュシャ展はもう観ることができないかもしれないと思えるほどに充実した内容でありました。

2005年2月21日月曜日

歌舞伎座:二月大歌舞伎~野崎村

歌舞伎座の二月大歌舞伎のうち、夜の部で演じられている新版歌祭文 野崎村を一幕見で観てきました。

この演目は、中村芝翫が14年ぶりにお光の役を演ずること、お染を雀右衛門、久松を鴈治郎、久作を富十郎、お常を田之助と人間国宝5人がも出演すること、ラストでは両花道を使った演出が見られることなど話題満載です。さらに、A Moveable Feastの書き込みを読んで「これを見逃すことができましょうか」という気になったわけです。

さて、そんな演目ですから期待いっぱいで観たのですが、一幕見席という高所からではあったものの、芝翫のお光、富十郎の久作など堪能することができました。


芝翫が舞台に当たって好きな久松との結婚が決まった喜びに包まれた前半は徹底的に明るく演じます。そうすることで、恋を譲って仏門入りを決意し、髪を切って現れる後半部分が自然に陰になりますと語っているように、前半と後半の変化が見ものです。芝翫は祝言が決まった喜びを、全身に表しており、遠くから観劇していても本当にかわいらしく、ちょっとそそかしい娘役を充分に演じて楽しませてくれました。それだけに、後半に彼女が身を引く場面やら、父親の久作の胸で泣き崩れるラストが引き立ちます。いやはや見事。

久作の鴈治郎も娘を思う父親役を充分に演じてくれ、また、台詞回しも一番聞き取りやすく、劇にしっか締めてくれていました。

お光の恋敵の雀右衛門お染は、お光とは全く異なる性格のお嬢さんという役柄で、心中さえ覚悟する我の強さ、女の一途さみたいなものを演じきっていましたね。お染の竹本に乗っての有名な「くどき」は確かに見ごたえがあります。あちこちから掛け声がかかりました。

竹本といえば、前半のお光の祝言を前にしたシーンですが、大根を切ってなますを作ったり、包丁で指を切ってしまったり、髪で眉を隠すしぐさをして一人照れたり、と非常に忙しいシーンなのですが、竹本の唄ばかりが響いて一幕見席までお光の声が届かなかったのは残念。

ちなみに芝翫は、この舞台のために包丁や、久作に据える灸のモグサ入なども自分で用意したのですとか。

最後の見せ場は、本花道を船で帰るお常とお染、仮花道を駕篭で帰る久松、中央の土手で見送る久作とお光が、それぞれの思いを乗せながら演ずるダイナミックな場面です。一幕見席からでは乗り出すようにしてやっと花道の先端が見えるばかりなのですが、それでも充分に豊かな歌舞伎空間を味わうことが出来ました。

そうそう、肝心の鴈治郎の久松ですが、この役にはほとんど台詞がなく、また動きも少ないため、初見の私には、遠くからでは演技がよく分かりませんでした(笑) やっぱり歌舞伎がよく分からないうちは、1階席とかで観劇するべきだと思いましたよ。

2005年2月18日金曜日

【音盤】シャイー/オルフ:「カルミナ・ブラーナ」

カール・オルフ:世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」

  • シルヴィア・グリーンバーグ(S) ジェイムズ・ボウマン(C-T) スティーヴン・ロバーツ(Br)
  • ベルリン国立大聖堂合唱団、ベルリン放送交響合唱団
  • リッカルド・シャイー指揮 ベルリン放送交響楽団
  • 1983年6日、Jesus Christus-Kirche,Berlin、LONDON名盤1200 POCL-9982

ラトルのカルミナを聴いて以来、頭の中でカルミナの強烈なリズムやら白鳥の歌が、グルグルと回転運動を続けています。おかげで風邪で寝込んだ3連休は、音楽を聴かずとも、カルミナ節を反復することで退屈することなく過ごすことができました(嘘)

この盤は、ロンドンの名盤1200の中のひとつ、リッカルド・シャイーが29歳の時の録音。シャープさとクールさ、それでいて美しい歌心にも満ちている演奏です。

冒頭の"O Fortuna"は何の躊躇いもなく、音楽を炸裂させて開始しているところの鮮やかさ。乾いたティンパニの音と弾け飛ぶシンバルの響き、それに続くふわふわと刻まれるリズムは、美しさと力強さを併せ持っています。

土俗的なエネルギーという雰囲気もあまり強くはない、また、シャイーがイタリア人だからなんでしょうか、どこそこに明るさが漂っていて、この曲に特徴的なドイツ的田舎臭さ(?)と私が勝手に思っている雰囲気は希薄です。それはそれで悪くはないですが。

"Oim lacus colueram (昔は湖に住まっていた)"を歌うのは1941年生まれ、イギリス型の典型的なカウンター・テノールのジェイムズ・ボウマン。彼の歌によって異様な音楽が更にグロテスクに歪んでおります。バリトンのスティーヴン・ロバーツもソプラノのシルヴィア・グリーンバーグも、良い声で歌ってくれています。ソプラノ独唱の"In trutina (天秤棒を心にかけて)"など何度も聴いてしまいますが、どこか"ディズニー的"と思うのは彼女がアメリカ人という先入観?

全体によくまとまっていてますが、カルミナが持つ原始的な本能を呼び覚ますようなザワザワ感がもう少し欲しいというのは贅沢でしょうか。


こちらはティーレマンのカルミナ・ブラーナ

そのうち、ゆっくり聴いてみます。

2005年2月10日木曜日

垂直統合型

佐々木俊尚の「ITジャーナル」より。


 「かつての垂直統合型とは異なり、たとえばJALやANAなどの航空会社がホテルを所有するようなものですね。そのホテルは別に親会社の旅客だけを泊めさせるわけじゃないんだけど、航空会社とホテルが同じ経営になっていれば、いろんなシナジー(相乗)効果が期待できるから」

業界構造の特徴を説明するのに「垂直統合型」あるいは「水平分業型」という概念はよく使われる。今期のデジタル関連企業の命運を分けた理由についても、経済紙はシャープなどに代表される「垂直統合型」のメリットを指摘していた。


この二つを縦軸に、「クローズド・モジュール・アーキテクチュア」と「オープン・モジュール・アーキテクチュア」という横軸を加えた四つの事象で業界構造と利益率の関係を語ることもできる。


一方でライブドアの日本放送株取得問題に関し、堀江社長の言。


「ライブドアにとっても、既存メディアの知名度を利用して、集客力アップを望むことができる。両社の提携は、お互いシナジー効果を生み出すことができる」として、大げさかもしれないが命をかけて今回の話を進めている」



2005年2月8日火曜日

チャイコフスキーの幻の交響曲


本日の日経新聞朝刊に『チャイコフスキー 幻の交響曲110年ぶり完成へ』という記事が。

チャイコフスキーが未完のまま残した交響曲「人生」がチャイコフスキー財団などで補作され完成することになったとのこと。秋には西本智美氏 指揮、ロシア交響楽団で演奏が予定されているらしいです。


第3番と同様に、珍しく長調(変ホ長調 )で書かれているこの曲、第一楽章はオーケストラ全体の完成された譜面が、第二、第三楽章はスケッチしかないため、ロシアの作曲家や音楽研究家らが徹底的に研究し補完作業をしたのだそうです。


チャイコは嫌いではないですが、補完版てのはねエ、どうなんでしょう。一度は聴いてみたいと思いますが。これとは別物になったんでしょうか。



2005年2月7日月曜日

TOD'S表参道ビルの衝撃

青山にヘルツォーク&ド・ムーロン(H&deM)によるプラダ・ブティック青山ができたときも衝撃でしたが、今回の伊東豊雄氏の設計になるTOD'S表参道ビルもそれに続くものでしょうか。

建物の外観は表参道の欅を模したものです。雑誌で見たときには、欅の形にくりぬかれた壁が厚く「野暮ったい」感じだったのですが、実際に目にしてみますと、意外にすっきりと綺麗な建物でした。内部空間もそれなりに作られていますが、外観ほどでありません。PRADAは外観も内部もそして商品の価格も衝撃的でしたが・・・(笑)

青山や銀座は、高級ブランドショップのオープンが相次いでいます。東京の一部の地域に資金が集中し二極化の様相が強まっているのを感じることができます。PRADAの向かいでも新たなファッションビル(ヴェロックス)が建築中でした。ちなみに写真は「日経アーキテクチュア2005 1-24」のものです。

書斎館

文具や筆記具に異様な愛着を持つ殿方は多いと思いますが、こんな夢のような空間があることを雑誌で知りました。

書斎館

青山の骨董通りを少し歩いて住宅街へと曲がると、この店はあります。静謐にして贅沢な空間に、入った瞬間から眩暈の連続でありました。座ってじっくりと万年筆の試筆ができます。万年筆を入手するならば、GINZA ITO-YAや丸の内オアゾの丸善よりも、ずーっと良いです。

歌舞伎座:二月大歌舞伎

歌舞伎座で二月大歌舞伎のうちから、番町皿屋敷と義経腰越状を幕見席で見てきました。

三月は十八代目 中村勘三郎襲名披露ですから、春と三月の穴場にあって余り人気はないのかなと思っていたら、大甘で休日の歌舞伎座は着物を着飾った老若女々であふれかえっておりました。(ちなみに三月の歌舞伎は発売と同時に売り切れのようです)

<昼の部>

  • 番町皿屋敷 一幕ニ場
  • 義経腰越状 五斗三番叟 一幕
  • 隅田川
  • 神楽諷雲井曲毬

<夜の部>


番町皿屋敷は有名な「皿屋敷」伝説をベースに近代風に仕立て上げた岡本綺堂の代表的な新歌舞伎で、人気歌舞伎の一つのようです。お菊が家宝の皿を割ってしまい手打ちにされてしまうところは怪談と一緒なのですが、なぜにたかが皿一枚のために人の命が奪われなくてはならないのか、ということを岡本経堂は「男の純真な心を疑われた無念」に帰しています。

岡本は、お菊(時蔵)が心を寄せる青山播磨(梅玉)を男気のある純粋な人物として描いています。それ故にお菊が家宝の皿を、播磨の心を確かめるためにわざと割ったということに、播磨は憤慨し許すことができません。しかし、どうもこのストーリーには無理があり、お菊が不憫でなりません。

「俺が家宝の皿を割ったから手打ちにするような心の狭い男と思うな、最愛のお菊に疑われたことが悔しいのだ」といって、お菊を自ら斬捨て、井戸に遺骸を放り込み(!)、そして男やもめ、もはや喧嘩しか生きる道はない(!)として終わるのですが、なんぢゃこりゃ!?です。

ストーリーはイマイチですが、名台詞も多いらしくあちらこちらから掛け声が頻繁にかかります。青年播磨は梅玉の当たり役だけあって堂には入ていますし、お菊の時蔵もよかったです。でもねえ、私の隣は外国人でしたが、このストーリーをどう思ったことでしょう。

◇

続く義経腰越状は文句なしに楽しめる歌舞伎です。舞台上手の幕だまりからツケの音が聞こえた瞬間に「歌舞伎はやっぱりこれぢゃなくちゃア!」と思ってしまいます。舞台床を踏み鳴らして泉三郎忠衡(左團次)が登場するなり、あちらこちらから「(タ)カシマヤッ!」の掛け声がかかります、これだよ、これ、ああ幸せ。

義経腰越状の見所は、なんといっても軍師として名高い五斗兵衛(吉右衛門)が、悪臣の錦戸太郎(歌六)と伊達次郎(歌昇)兄弟に酒を飲まされ、次第に酩酊してゆくさまと、その後の三番叟の舞です。

次第に酩酊するという芝居は、新春大歌舞伎の新皿屋舗月雨暈(魚屋宗五郎)と酷似していますね。宗五郎(幸四郎)の酩酊ぶりも笑えましたが、五斗兵衛(吉右衛門)の呑み助ぶりもなかなかのもの。あちらこちらから笑いが絶えません。三番叟は五斗兵衛の舞とともに五斗兵衛を追い立てる奴たちのアクロバティックな動きが楽しめます。

ストーリーは、たわいもないもので、いったい義経はどうなってしまったんだ?という思いで終わるのですが、これはこれ、支離滅裂ともいえる筋書きが何とも潔いものです。こういう歌舞伎ならば何度でも観たいなあという気になりますね。

【音盤】クレンペラーのブラームスを聴く


クレンペラー指揮フィルハーモニア管のブラームス交響曲第2番(1956年)を聴いている。



軽く流して聴いただけだが、1楽章から尋常ならざる迫力。特に低音群の鳴り方がただものではない。底支えをするとともに動物的な猛りさえ感じる。テンポは慨してゆったりと、弦がうたうところは、抒情的気分を排してむしろ朴訥すぎる印象さえある。ベートーベンの「田園」を思わせる牧歌性もないわけではないが、全体的なオーケストレーションの男性的なうねりが心地よい。

2005年2月6日日曜日

【音盤】ラトル/オルフ:「カルミナ・ブラーナ」



カール・オルフ:世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」


  • シルヴィア・グリーンバーグ(S) 
  • ジェイムズ・ボウマン(C-T) 
  • スティーヴン・ロバーツ(Br)
  • ベルリン国立大聖堂合唱団
  • ベルリン放送交響合唱団
  • リッカルド・シャイー指揮
  • ベルリン放送交響楽団
  • 1983年6日、
  • Jesus Christus-Kirche,Berlin、
  • LONDON名盤1200 POCL-9982

年末恒例のベルリン・フィル「ジルヴェスター・コンサート」での演奏で、NHKでご覧になった方も多いと思います。HMVで輸入版が1990円、国内版が2000円でしたから国内版を購入しました。この価格差はイロイロな意味で微妙です。


さて「カルミナ・ブラーナ」と言えば、冒頭の"O fORTUNA (おお、運命よ)" と、続く"Fortune plango vulnera (運命は傷つける)"ばかりが有名で、また土俗的なパワーがバリバリというイメージだったのですが、ラトルの版を聴いてみて、この曲を今まで真面目に聴いていなかったのだと思い知りました。




確かに強烈なリズム、シンプルな反復旋律、劇的コーダは聴きごたえがありますし、刻み付けるようなラテン語のリズムはニ三日は脳内でグルグルと永久運動を起こすかのような力を持っています。しかし、対訳とともに仔細に聴いてみますと、土俗的なパワーばかりではなく、非常に変化に富んだ構成であることに気付かされます。


テーマも「春に(自然と青春)」「居酒屋にて(苦情と日常生活)」「求愛(男女とエロス)」と三部構成、どれもこれも味わいがあります。第二部の"Olim lacus colueram (焙られた白鳥の歌)"のブラックさ、"Ego sum abbas (余は大僧正様)"のオカシ哀し大迫力な嘆きなど、凄い歌詞と音楽です。


しかし一番の聴きどころはワタシ的には第三部でしょうか。歌詞も結構どぎつく、児童合唱に歌わせる曲かよというような内容をシレっと歌わせています。圧巻は"In trutina (ゆれ動く、我が心)"のソプラノ独唱から"Dulcissime (私のいとしい人)"~ここだけでも5回以上は聴いたな~を経て"Venus generosa! (気高きヴィーナス)"と最高潮に達し"O Fortuna"となだれ込む場面でしょうか、ここでのティンパニの強烈にして硬質な響きは凄い。


ラトルの演奏がどうの、ということは上手く書けませんが、ベルリンの性能を最大限に発揮させながらも、単なる土俗的な演奏に陥ることなく、曲のもつ現代性や美しさを引き出しているように思えます。第一部"O Fortuna"での速度変化なども、楽譜に忠実な演奏ということらしいですが、かなり刺激的です。また、第1部の終わり"daz diu chuegin von Engellant lege an minen armen. He! (英国の女王を 私の腕に横たえるためなら)"の最後における打楽器の猛打も凄まじいの一言、ライブで聴いていたら"Hi!"で吹っ飛んでいるます。


曲のあちこちで活躍バリトン歌手クリスティアン・ゲルハーヘルはハリのある朗々とした、そして説得力のある歌声を聴かせてくれます。ソプラノのサリー・マシューは、声質としてはメゾ・ソプラノに近いのかな、最後のキレる寸前の高さで歌う"Ah! totam tibi subdo me! (私のすべてをあげましょう)"も悪くはないですが。


書き始めると、ツッコミところ満載の曲ですからキリがないので、このあたりで。